8.2 同居人と天探女②
近づいて来たのは黒とくすんだ白色を基調としてほぼ水平に広がる短いスカートのゴスロリに身を包んだ少女である。靴を履いていても身長120cmにも満たない様な、小学校の高学年生ぐらいに見えるその子は短いスカートから伸びる細くて華奢な長い足に膝下迄のロングブーツを履き、そこから更に太ももにかけては黒いガーターストッキングを伸ばし、その端になる太ももにはひらひらのレースフリルが付いている。それに向かってスカートの中から大人の女性の様にガーターの吊り下げベルトが見えていた。ドレスは可愛い膨らみの胸を覆ったところまでで、肩やか細い腕はまだ3月なのに眩しいほどの若い肌を見せ付けて露出している。首には独立したフリルの付け襟、それと同じデザインの物が二の腕にも巻かれている。髪もこの衣装に合わせる様に綺麗なシルバーの色をバレイヤージュに染め付けされており、そんなモノトーンの中に目だけが赤く輝いていた。
「なぁ、 お主も神じゃろう。」
少女は鈴音の耳元で再度囁いた。
鈴音はその少女の見た目と話し方、声色のギャップに戸惑い、ただただ頷く事しか出来なかった。
「うん。」
鈴音が小声で答えると少女は見上げた顔をニヤリとさせて急に子供らしい大きな声を出す。
「貴方よ、あなたに会いたかったの。ずーっと待っていたのよ私。」
そう言うと鈴音の手を取り駅に向かって歩き出した。集まっていた多くの人は何が起こったのか分からずに黙って立ったままである。ゴスロリの個性溢れるファッションに身を包んだ人気の少女と、どう見ても上京したばかりのダサいと言った表現が相応しい女の子との釣り合わない関係に驚いている。
鈴音達がその群衆の横を通り過ぎようとすると、
「あかるちゃん・・・。」
声が掛かった。その声に向かってあかるは返事をする。
「皆さんごめんなさい。今日はこの子に用が有るからこれで失礼しますね。」
あかるは笑顔と一緒に何やら決まったポーズを送っていた。
少女に手を引かれた鈴音も訳が分からずされるがままに付いて行く。少女は神宮橋の交差点に来ても駅へは向かわず、そのまま橋を越え明治神宮の杜に鈴音を誘って行った。人気もまばらになった所で立ち止まり話し出す。
「なんじゃお主のその格好は。」
少女はその容姿に似合わない鈴音よりも遥かに年上の、少ししゃがれた声で詰め寄って来た。
「いきなり、何?」
「お主も神じゃろうて、だったらもっと神らしく人間から崇められる格好をせんか。」
「いやいや、その格好で言いますか?」
「これか、いいじゃろぅ。可愛いじゃろう。皆が我に憧れよる。これぞ、神。」
少女はポーズを決めている。
「で、一体、あなたは誰?」
鈴音のその言葉にがっくりとして、下から目線を向けて言う。
「儂を知らんのか? この可愛い儂を。」
「ん~~、さっき『あかるちゃん』って呼ばれていたけれど。」
「そうじゃ、我はあかるちゃんじゃ。」
「誰?」
両手を腰に当て胸を大きく張って自慢する姿勢を取って答える。
「阿加流比売神じゃ。」
「じゃ って言われても分からないわ。」
その言葉に再びガクッと態勢を崩し、少し寂しそうな声を出す。
「お主、本当に知らぬのか? この容姿、この可愛い女の子、この明るく楽しい性格。本当に知らぬのか?」
「うん、知らない。」
「あ~~~、だから神はダメなんじゃ。人間は誰もが儂に会いたがっているのだぞ。」
「ふ~ん、おしゃれだから?」
「違うわっ! 儂が幸運を運んで来るからじゃ。」
「それは、あなたが神だからでしょ。」
「違う違う、儂は人間共の間で『座敷わらし』と呼ばれているのじゃ。」
再び胸を張るポーズ。
「座敷わらし? え~~~! だって座敷わらしちゃんは大阪に居るんじゃなかったの?」
「色々あって、流れ流れて東北に行ってた。」
「そう言えば『座敷童の宿巡り』とかってテレビで東北の旅館が出ていたけれど、そこに住んでいるんじゃなかったの?」
「あ~、今思い出しただけでも虫唾が走るわ。」
あかるは視線を横に向け、少し口を尖らせて不満そうな口調で続ける。
「儂を何台もの監視カメラで撮ろうとしたのじゃぞ。プライバシーの侵害も甚だしい。訴える所が有るなら訴えている所じゃ。」
「神にプライバシーなんて有るの?」
その一言に怒ったのか、鋭い視線を鈴音に向けた。
「有るに決まっておろう。こんな姿じゃが儂は未成年では無いのだぞ、立派なレデーじゃ。黄昏て酒も飲みたくなる夜も有るのじゃ。独り身は寂しいからな、肌と肌とを触れ合わせて誰かと話したくなる夜もある。だから逃げ出したのじゃ。もう嫌じゃ、あんなに監視される日々は、それに毎晩毎晩見知らぬ者がやって来て儂を探すのじゃぞ、逃げ回り隠れる日々はもう嫌なのじゃ。」
「それでも家から出ちゃ駄目でしょ。あなたの役目なのだから。」
「ずっと家の中になど籠ったままで居られるかっ。飛び出してやったわ。」
「それって単なる家出娘じゃん。」
「決めた。儂はお主と暮らす。」
あかるは人差し指を鈴音に向けて言った。
「えっ? 何勝手に決めてるの。」
「お主の名前は?」
「いや、名前じゃなくって、何で私と一緒に住むって勝手に決めているの?」
「ほれ名前、名を名乗るのは礼儀じゃろ。」
顎を何度も軽く突き出して催促する。
「礼儀とかじゃなくって、一緒に住むって話よ。」
「いいから名を名乗れ。これから長い付き合いになる。」
「ちょっ、 ん~~、私は天探女。」
その名前にニヤリとし、少し小馬鹿にしたような上から目線で聞いて来た。
「ほっ、例の神か。天忍日には会えたのか?」
「会えてない。だから探しに来たの。」
「なら儂も手伝ってやろう。世話になるのだからな。」
「いつ、誰が世話するって言ったのよ。」
鈴音が腰をかがめて顔の高さを少女と同じにして、まるで姉が妹を叱る様にして言うと声を少女に戻し、寂しさを前面に押し出してあかるが抵抗する。
「可哀そうだとは思わぬのか? こんな幼気な少女を独りにするなんて。」
「中身は少女じゃないってさっき自分で言ったじゃない。それに今まで勝手に生きて来たんでしょ。」
「だからじゃよ。だから誰かと一緒に暮らしたいのじゃ。」
「人間と一緒に暮らしていたじゃない。その宿の人に姿を見せて話をすれば良かったじゃない。」
あかるは顔を伏せ、視線を自分のつま先に向けて幼気な少女の声を少し震わせながら絞り出す。
「人間共に我を見せる事が出来なかったのじゃ、こんな姿では幻滅してしまうからな。まぁ、当時は違うファッションに身を包んでいたがな。だから同じ屋根の下にいても別々に暮らしているのと変わらないのじゃ。それに人間共ときたら部屋の物が少し動いただけで儂が動かした等と言って喜ぶし、毎日違う人間が家に来るのじゃぞ、落ち着いて寝る事も出来なかったわ。テレビだの何だのと、一晩中カメラで監視される身にもなってみろ。もっと酷いのは我への貢物じゃ、昔ながらの市松人形だの手毬だのと・・、我はそんな物に興味も無いし夜中に遊ぶ筈無かろう。特に夜中に見る市松人形は気味が悪い。あれを見て泣かぬ子供が居ようか。我は流行に乗りたいのじゃ、可愛いおべべを着て美味しい物を食べて暮らしたいのじゃ。」
「もぅ、贅沢ね。何の苦労も無く暮らせるのに。」
「お主、 儂と暮らすのが嫌なのか?」
少し目を潤わせて鈴音を見つめる。その視線を避ける様にやや横を向いて鈴音が答える。
「私は独り暮らしがしたいの。やっと自由な生活ができるのよ。今まで何度生まれ変わってもずっと親元で待つだけの暮らしをして来たの。私は自由に暮らしたいの。」
少しの沈黙の後、あかるは小さな寂しい声で話し始めた。
「いつも独りじゃった。どこの家に居ても、毎日色んな人間がやって来ても、いつも独りじゃった。家から出ない儂は他の神に会う事も無く、かといって住んでいる人間と仲良く話をする事も出来ずに暮らして来たのじゃ。天探女よ、お主はどうじゃった? 幾柱からの恨みを買って生まれ変わりを繰り返してきたお主はどうじゃった。」
「私は人間として生まれ変わってきたからその都度両親も居たし、人間とは関わって来たから寂しくはなかったわ。」
「そうであろう、独りとは寂しいものぞ。いくら神と言えども話し相手も無く、姿を褒め合う事も無いのは寂しい。それにお主は人間に加えて思いを寄せ合う天忍日と言う神も居ろう。儂に比べれば何倍も幸せに暮らして来たのじゃ。」
「さっきあんなに多くの人間に囲まれていたじゃない。」
「あ奴等は儂の表面しか興味がないのじゃ、着飾ったこの姿にしかな。本当の儂を知らぬし、話したところで分かり合える事は無い。寂しい気持ちは埋まらぬのじゃ。」
「話してみれば。」
「お主、意外と冷たいの。一大決心をして家を飛び出し、お主という神にやっと会えたのに儂はまた独りで過ごさなければならぬのか・・、嫌じゃ、もう独りは嫌なのじゃ。お願いじゃ、天探女よ、儂と一緒に暮らそうではないか。・・・な。」
「でも、私は自由になって行きたい所に行き、可愛い洋服を着て、美味しい物を食べるの。あ~、当然、天忍日を探すのが一番の目的だからね。」
「ふんっ、やりたい事が多いのー、それでその金はどうするのじゃ。」
思っていた答えが鈴音の口から出て来たと思ったのか、あかるはニヤリとして上目づかいで聞き返す。
「バイトして稼ぐに決まってるでしょ。この姿は人間なんだから。」
「あ~ぁあ~、そうか~、バイトか~。」
あかるは完全に勝ったかのような自信満々な感じで、相手をおちょくる様に言う。
「な 何よ。」
「可愛いおべべは高いぞ、美味しい物も高いぞ、住む所だって高いのじゃろう。」
再び上目づかいだが、どこか勝ち誇った様な、相手をいたぶる様な視線と声色を鈴音にぶつける。
「だから何よ。」
「金を稼ぐために働かなくてはならないのだろう。働いて、働いて、働いてそれでも生活に消えて行くのが金じゃ。働くばかりで中々貯まらないのが金じゃ。」
「そ そんなの分からないじゃない。」
「お主はまだ独り暮らしを舐めておる。」
「あなたに何が分かるのよ。」
勝利を確信したのか、あかるは両目を閉じ、懐かしい遠い過去を振り返る様にしみじみとした声で話し出した。
「儂には分かる。人間共はこぞって儂に願いをかけに来ていたのじゃからな。幸せに成りたい、お金持ちに成りたいと・・、その者達は必ず言うのじゃ、働いても働いても生活が楽にならないと・・・な。」
「・・・・。」
鈴音が返答に困ると、勝利を確信し更に追い詰める様に再び瞼を開き、にやけた笑みを浮かべて言う。
「だから儂が一緒に住んでやるのじゃ。楽しいぞ。何より、楽が出来るぞ。」
「そ う? あなたとなら楽しく過ごせるの? 楽が出来るの?」
「当り前じゃ。可愛いおべべも買えるのじゃぞ。働き詰めで時間ば~~っかりが空しく過ぎて行くよりはいいじゃろうて。」
「本当にそんなに上手くいくの?」
「いくいく、儂が保証する。だから、な、一緒に暮らそう。」
「も~ぅ、うん分かったわ、じゃあ一緒に住みましょう。」
「本当か? 本当なのだな、やったーっ、我はもう独りではない。本当に良いのだな。」
「いいわよ、あかるちゃんとなら楽しく暮らせそうだから。」
「そうと決まったら早速行くぞ、先ずはその服装を何とかせねばダメじゃからな。」
鈴音の手を引いて歩き出そうとする。
「そんな、急に言われても私、余分なお金持っていないわよ。」
その言葉に、あかるは繋いでいない手を胸に当てて言う。
「安心せい。全て儂に任せておけ。ささっ、行くぞ天探女。」
再び手を引いて歩き出す。手を引かれながらあかるの後ろを歩く鈴音が言う。
「ああ、私の事は鈴音って呼んで。人間の名前は神之元 鈴音って言うの。」
「では行こう鈴音。」
「そうね、じゃあ行きましょうか、あかるちゃん。」
今度は横に並び手を繋いで歩いて行く。
‡‡‡ ‡‡‡ ‡‡‡
鈴音はあかるに連れられて渋谷へとやって来た。
「へ~、ここが渋谷。」
「これっ、きょろきょろするでない。儂まで田舎もんに見られるじゃろう。」
「でも、どうして渋谷?」
「お主に似合う服はこっちの街の方が揃うからな。それに・・・。」
「それに?」
「先ずは先立つものが必要じゃろ。」
またあかるはニヤリとする。
「・・・?」
あかるに連れられて来たのは宝くじ売り場であった。
「さあ買え。自治宝くじのスクラッチを1枚買うのだ。」
「え~~、私、そういうのダメなんだよねー。くじ運が悪いって言うか。」
「鈴音、お主はそれでも神なのか? まあいいから買えっ。」
あかるに言われ鈴音は売店のおばさんにスクラッチを頼んだ。
「お好きなのをどうぞ。」
にこにこしながらおばさんはスクラッチクジを扇の様に広げて鈴音の前に出す。
「どれにしよう・・、ねえ、あかるちゃん、どれが良い?」
「どれも一緒じゃ。いいからさっさと引けっ。」
鈴音は目を閉じ手にしたクジを引く。
その横であかるは何やら呟いた。
『些蟇霸。』
(幸運を。)
引いたクジをコインで削る。
「ん? ん? んん~、 えっ?」
鈴音は全部削ると手を震わせてあかるを見た。
「あかるちゃん、揃った。何なに? 草履のマークが揃ったよ。」
「ほぅ、それで幾らじゃ。」
「えーと、ご ご 5万円っ! 200円で買ったクジが5万円?」
「普通じゃよ。」
「たった1枚で5万円だよっ。驚かないの?」
「だから、普通じゃよ。儂の力を持ってすればこの位普通なのじゃ。」
「えっ・・、力? もしかしてあかるちゃん神の力を使ったの?」
「当然じゃ。これが儂の力。幸運を引き寄せる力じゃ。」
「いいの?」
「何がじゃ?」
「何がじゃ、じゃないでしょ。こんな事に神の力使ったらダメでしょ。」
「ダメな訳あるかい、ここで使わなくて何時使うのじゃ。」
「何だか罪の意識が・・・。」
「平気、平気。今まで人間共にいい思いをさせて来たのじゃ。これからは儂等もいい思いをせんと。」
「・・・・。」
「さっ、早く金に換えろ。この売り場は5万円までは換金してくれるからの。」
「えっ? もしかしてあかるちゃんはもっと高額の当選が出来るの?」
あかるは胸を張って言う。
「当たり前じゃ。一等、特等、前後賞、何でもござれじゃ。商店街のガラポンから競馬の3連単まで自由自在じゃ。何なら応募はがきの懸賞で旅行にでも行くか? だが今は金がいるじゃろ、それだがな、もっと高額ならば銀行に行かないといけないからな。今は直ぐにお金に換えられる金額にしといてやったわい。」
「ふ~~ん。良いのかな~~?」
「いいに決まっておる。」
「本当にいいのかな~。」
「ぶつぶつ言うな。さっ、早く買い物に良くぞ。残ったお金で美味しい物を食べるのじゃ。」
お金を手にし、再び鈴音とあかるは手をつないで渋谷の街に消えて行った。