8.1 同居人と天探女①
(このままじゃ、きっと天忍日も私も人間に埋もれてしまう。)
(待っているだけじゃダメ。私も行動しないと。)
(ううん、もう待つだけなのはイヤ。)
(天忍日、私もあなたを探しに行く。)
「お母さん、 私、東京に行く。」
高校の卒業を間近に控えて鈴音は母親に切り出した。
鈴音は今まで生きて来た時代と全く異なるこの現代に、今までと同じ様に生まれたこの場所でただ待つだけでなく自分も天忍日を探さなければと気持ちを焦らせていた。しかし渉と同様、高校までは卒業するようにと両親に説得されていたのである。確かに、中学卒業の年齢では何処に行っても警察の世話になりかねないし、だからと言って高校卒業の年齢になるまで家でゴロゴロしているのも何なので本人も納得して高校生活を送っていた。
「そう、やっぱり行ってしまうのね・・。」
鈴音は母親と拝殿の中で正座で向き合って話している。ここは母子共に巫女として舞う神聖な場所であり、将来の相談をする時にはここでと鈴音は決めていたのだ。
「うん。此処でじっと待つのではなく私も天忍日を探そうと思うの。」
「目処は有るの?」
「ううん、何も無い。でも、今迄とは、前世までとは違う気がするの。人も多くて、移動も早くて、だから、じっと待っているだけじゃダメだと思うの。私も彼を探さないとって。」
「前世までは彼が来るのを待っていたの?」
「うん。その時代、女性の一人旅は危険で何かと不便だったので。危険といっても私は平気なのだけれど。例えば盗賊やら暴漢やらが襲って来たり、危険な野生動物もいっぱい居たのよ。まぁ倒す事は簡単だけど。だって私は魍魎相手に戦えるし神の力もあるから。でも、女性が国境を越えて移動するには色々な制限があって大変だったから待つ事にしていたの。」
「ふ~ん、時代が変われば色々変わるのね。それで、生活はどうするの?」
「バイトでもして暮らそうと思ってる。」
「女神様がバイト?」
母親の問いに顔を緩ませて答える。
「んふぅ~~、実はね、したかったの、バイト。可愛い服を着て、美味しい物を売るの。」
「分かったわ、父さんには私から話しておくから、あなたは琴音にちゃんと話すのよ。」
「はい。」
「それと、必ず毎年帰って来る事。」
「分かってます。巫女の舞いでしょ。」
「そうよ、琴音も楽しみにしているから、あなたと舞うのをね。それに一人暮らしでも天忍日っていう神に会うまでは巫女の資格を失う事は無さそうだしね。」
「もぅぅ、お母さんったら。そんな事しないわよ。私が誓ったのは天忍日、そう神一人だけなのですから。」
「それなら良いわ。住む所は決めているの?」
「ううん、これから。最初にお母さんにちゃんと言ってから色々始めようと思っていたの。」
その言葉に母親は鈴音の手を取りしっかりと握って言う。
「ありがとう、鈴音。 ちゃんと和輝君にも報告してから行くのよ。」
「うん、分かってる。彼の命日にも帰って来るから。」
「そうね。私はあなたを信じているし応援するわよ。当然、お父さんもね。」
「ありがとう。」
「何だか女神様に言う事じゃないわね。」
「ううん、お母さんはお母さんだから。私を生んでくれた大切な人だから。」
「鈴音・・。」
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あっという間に3月も後半になり、明日は卒業式の日になった。
鈴音は親衛隊の皆と会っていた。何人かは別の高校に進んでいたが、仲の良い親友として週末に遊んだり、親衛隊の元となった鈴音の家のお祭りでは揃って巫女姿を披露していた。そんな仲間に東京に行く事を告げる。
「私、東京に行くことにしたの。」
「え~~、急に~~っ。」
「鈴音は進学しないからこのまま此処で巫女になると思っていたのに。」
皆は鈴音に一歩近づき、隣で挟んで立っている朱莉と結衣が腕を掴んだ。
「前々から考えていたんだ。」
鈴音の返事は落ち着いている。その静かな声に皆も騒ぐ事無く話を続ける。
「そう、鈴音が自分で考えたのなら良いんじゃない。」
「ありがとう。」
「まあ、結衣ちゃんと葉月ちゃんもここを出て大学に行くからね。今日で皆バラバラになっちゃうね。」
「でもお祭りの時と和輝君の命日には帰って来るから。」
「本当、じゃあその時には連絡取り合って皆で会おうね。」
「うん。お祭りには全員が巫女姿になるんだよ。」
皆が笑顔を交わしていると、名古屋の大学に進む葉月が少し恥ずかしがる様な感じの小声で言う。
「ねえ、だから鈴音ちゃんと結衣ちゃんは東京に行っても変な事しないでね。」
「なぁに葉月ちゃん、変な事って。」
「そのー、あれよー。」
「はっきり言いなよ、バージンを失うなって。」
リーダー格の陽菜が胸を張る様な仕草で堂々という。
「そ そんなにはっきりと・・。」
「いいじゃない、女の子しか居ないんだから。」
「それだったら大丈夫。」
「鈴音ちゃん、凄い自信ね。」
「うん、私には心に決めた人が居るから。」
「え~~~っ!」
皆一斉に声を上げ、再び両脇の二人が鈴音の腕を強く掴んた。
「誰っ、誰なのっ。」
「いつから付き合っているの?」
「何処の、誰っ。」
迫る様な視線を向け矢継ぎ早に質問が出る。直ぐに皆黙り込み視線だけを鈴音に集めた。
「えっと、えっと、 えっとね・・。」
「言いなさいよ、そこまで言ったんだから。」
「うん、えっとね、今の名前は分からないの。」
「はぁ~? なぁにそれ。じゃあ、どんな顔。誰に似ているの。」
「顔も分からない。」
「えっ、じゃあ何処に住んでいる人なの。」
「何処に居るのかも分からないの、だから東京に行って探すの。」
「ここの男じゃないんだ。SNSとかで知り合ったの? でもそれだったら顔や名前ぐらいは知っていて当然か。それなのに知らないなんて・・。鈴音ちゃん騙されているんじゃない?」
「何? もしかして鈴音の妄想? 何処かに私の王子様が居るー、みたいな。」
「妄想なんかじゃない、前世で約束したから。」
「・・前世って・・。」
今まで集中していた視線をがっくりと外し、葉月が呟くように言う。
「まさか、鈴音ちゃん、そんなアニメの様な事本当に信じているの?」
「まあまあ、陽菜ちゃん葉月ちゃん。鈴音ちゃんにも何か考えが有るからそんなに攻めちゃだめよ。鈴音ちゃんは巫女なんだから、何か特別なのかもよ。」
「ありがとう朱莉ちゃん。それにね、お母さんにも言ってちゃんと了承してもらっているから。」
「ふ~ん、なら良いか。でも心配ねー。何処の誰かも分からないなんて。どうやって探すの。」
「・・・会えば分かるの。」
「げっ、本当にアニメみたいじゃん。」
「うん、今の一言で私も心配になった。」
皆、もう一度顔を見合わせてため息を吐くようにがっくりと肩を落とした。
翌日。卒業式を終えて家に帰った鈴音はその足で和輝が眠る墓へとやって来た。
(和輝君。行くね。)
(必ず天忍日に会う。会ってこの呪いを解くの。呪いをかけた神達を見返してやるの。あなたに言うのも変だけれど、私と天忍日との愛は本物だって証明する。)
(また来るからね・・・。)
鈴音は手を合わせながら心の中で和輝に誓っていた。そして、やっぱり日ノ本の神って不思議だな等と思っていた。
(これお墓だよね、仏様って仏教の教えだよね。 私って神だよね。ふふふ。)
(まあいいか。この身は人間、日本人なんだから。)
(天忍日、待っていてね、私も行くから。)
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東京 原宿。
鈴音は荷物を駅のコインロッカーに入れ竹下通りの入り口に立っていた。両手を上げ大声を出して喜びたいのだが多くの人が回りに居るので下ろしている手をしっかりと握り、ガッツポーズをし、満面の笑みを浮かべている。
(やったー、ついに来ました憧れの竹下通り。)
(やっぱり東京に来たなら最初はココよね。修学旅行でも来られなかったんだから。)
(此処ここ。ここに来たかったのよ。女の子なら先ずはここに来ないとね。)
(あー、でも、ここに来たいから家を出た訳じゃないのよ。天忍日に会う為。)
何だか分からないが、言い訳をして頭の中で会話している。
(イケナイ。私は女神なのだから・・、あー、身も心も人間になっちゃいそう。)
(でも良くやったぞ人間。良くぞこの様な街を作ったな、褒めて遣わすぞ、あはははは。)
(あー、でも気を付けないと、浮かれてばかりだと田舎者って見られちゃうから。)
鈴音は憧れの原宿に来て心を躍らせていた。
平日だというのに3月も終わりに近いこの時期は何処の学校も休みの所為か凄い人が押し寄せている。しかも皆、鈴音と同じ位かそれより下の中学生位の子ばっかりである。それに皆がおしゃれだ。思いの服を自由に着ているがどれも可愛らしく、春の装いを纏っていた。それに対して鈴音はウール入りの暖かい起毛素材のチャック柄で足首までのロングスカートを穿き、上着は体型をカバーするようなダボダボのセーターで真冬真っただ中である。色はダークグレーで首周りには寒くない様に大きく巻き返した襟、袖は掌が隠れる位の長いもので、大きな網目模様が冬物である事を見せつけている。
(あー、みんな可愛いなー。私、何だかおばさんみたい。)
(まぁ、漁師町にはGUすら無かったから仕方ないけれど・・、向こうではおしゃれに見えたんだけどなー。)
気を取り直して竹下通りへと入って行く。実家のお祭りでも見たことの無い人の多さと飛び交う明るく高めの声に鈴音も同年代として溶け込んだように周りのお店を一軒ずつ覗きながら楽しんでいた。カラフルなお店に見た事も無いデザート、皆が食べ歩いているのを横目で見ながら歩いて行く。
(あーー、アレ、私も食べたいなー。)
(ダメダメ。お金、そんなに持っていないんだから。先ずは生活の為に無駄遣いは絶対にダメ。我慢、我慢。)
鈴音は竹下通りを抜けて明治通りに出ると渋谷に向かって歩き出す。見ていると食べたくなってしまうおしゃれなデザートに僅かな所持金を無駄にはしたくないし、何より今の自分のファッションに自信を無くし今日はここを一周して仮契約しているアパートに向おうと思っていた。歩いて直ぐに大きな並木の有る表参道へと来ると、原宿駅に向かってゆっくりと坂道を歩き出す。ここは竹下通りとは違い、落ち着いた、いや、普通の色使いのおしゃれな店が並んでいる町並みである。歩いている人の年齢層も竹下通りよりも高く、当然なのだがビジネスマンも多い。
そんな中、急に人集りが出来たかと思うと、そこから黄色い声が溢れだしてきた。
「あかるちゃん、あかるちゃーん。」
「きゃーー、会いたかったです。一緒に撮ってもいいですか?」
「やっぱり可愛いーー。今日来てラッキーっ。」
ビルの壁に向かい半円形の人集りが出来ている。中高生の若い女の子だけでなく、近くの商業施設で働いている女性なのだろうか、同じ制服を着たグループや小さな子供を連れた若いお母さんの姿も混じっている。飛び交う声と同時にそこは既に撮影会の場となっていた。
駅に行くためにはその人混みの横を抜けないとだめで、鈴音も誰が居るのかと思いながらその輪の中心を覗き込みながら近づいて行くのだが周りの人垣にその注目人物は見えない。
(誰だろう、芸能人でも居るのかな。さすが東京。)
(でも、『あかるちゃん』って言う芸能人なんていたかなー。)
(もしかしたら芸能人じゃなくって、有名なインフルエンサーだったりして。)
すると突然その半円形の人垣が割れ、そこから少女が出て来た。周りの人がその子を目で追っている事から皆はその子を目当てに集まっているみたいである。
そこから出て来た少女は真っ直ぐ鈴音の方に向かって来る。
そして目の前で止まると小さな背を思いっきり伸ばし、口を鈴音の耳の近くにできるだけ寄せて、二人にしか聞こえない声で言った。
「お主も、神じゃろぅ。」