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7.3 最後の村人と天忍日③

 マガミは埃だらけの古びた社殿の床に寝そべりながら土地神様と話している。床は一面土埃に覆われているが暗闇に溶け込む事が出来るマガミには関係ない。此処に来ての会話も5日目になっていた。


「ソレデコノ前行ッタ東京ッテ所ハ凄イ数ノ人間ガ居タンダゼ。」

『そんなになのですか。』

「アア、最初ニ渋谷駅ッテ所デ外ニ出タラ、コノ村ヲ埋メ尽クス程ノ人間ガ目ノ前ニ居タンダ。」

『そんなになのですか。この村を埋め尽くす程の人が駅前に・・。』

「マダマダ、ソノ隣ノ駅デモ同ジ位ノ人間ガ居テ、ソコデ大戸惑女神おほとまどひめのかみッテノニ会ッタンダ。可愛カッタヨ。乙姫ッテ呼ンデイルンダ。」

『そんな場所で別の神と・・。その姫の社は。』

「社ヲ持タナイ神ナンダ。俺達ト一緒カナ。」

『それでよく消えずに居られるものですね。』

「マア乙姫ハ特別カナ。」

『何が特別なのですか。』

「彼女ハ語リ継ガレル事デ姿ヲ消サズニ居ラレルンダ、口裂ケ女ッテ知ッテルカ。」

『いいえ、知りません。この村の者達はそんな話をしていませんでしたから。』

「ソウカ。子供達ニ人気ガ有ルカラ此処デハ無理カ。」

『その乙姫はその後どうしたのですか。何処かへ旅に出掛けられたのですか。』

「イイヤ、渉ガ人間デ友達ニナッテクレル奴ヲ紹介シテ、今ハソノ家ニズット居ルミタイダ。」

『そうですか、人間と友達に、それは良かった。寂しくは無いし、何より拠り所が有るのは良い事です。』

「ソウダナ。」

『君と話していて遠い昔の事を色々と思い出して来ましたよ。遠い・・、遠く・・。』

「ンッ、ドウシタ。」

『遠く・・。』

「ドウシタ。」

『何か思い出しそうなのです。』

「ソウカ、慌テル事ハ無イ。マダマダ、時間ハ有ルサ。」

『遠く・・、遠・・、遠、・・遠つ・・、遠津・・、遠津待根神とおつまちねのかみ。』

「ソノ神ガドウカシタノカ。」

『遠津待根神、そうです、遠津待根神。それが私の名前です。』

「オー、ヤット思イ出シタノカ。」

『ええ、今、はっきりと思い出しました。我が名は遠津待根神、そう遠津待根神です。ハルだけでなく君と天忍日も私の事を思ってくれたお陰で少しだけ力が戻った様な気がします。』




‡‡‡  ‡‡‡  ‡‡‡


 朝の散歩道、ハル婆さんが倒れた。


 日を追うごとにハル婆さんが倒れる回数が増えていたのである。何度も渉が医者に行こうと言ってもハル婆さんは、

「このままじっとしていれば大丈夫。」

と言うばかりで渉の言う事を聞いてくれなかった。


 明日は一週間ぶりにバスが来る日。


 そう、渉が『信二』と言う息子を演じる最後の日である。


 何と言って此処を去ろうか、その時ハル婆さんはどう思うのか、いや、どんな顔をするのか。そもそも自分が信二という人ではない事を理解してくれるのだろうか。それよりも、自分が居なくなった後で今まで以上に倒れたら、外で倒れて動けなかったらどうなるのか、渉はそんな事を朝からずっと考えていた。

 いつ切り出そうか、何て言おうか、それとも何も言わずに消えた方が良いのか。いや、やっぱり正直に話した方が良い。二度と会うことは無いのだろうが、もしかしたら自分の言う事を全く理解してくれないのかもしれないが、それでもやっぱり正直に話そう。そのタイミングを渉はずっと待っていた。


 午後の農作業を終え母屋に帰る時、ハル婆さんが倒れた。この日、3度目である。


 母屋から一段下がった土地に広がる畑は数段の石の階段を登るのだが、倒れた際にその石の階段に頭をぶつけたのである。

「母さんっ。」

 渉は来た翌日からハル婆さんを『母さん』と呼ぶようにしていた。

「だ 大丈夫、大丈夫。」

 しばらく動かなかったが、少し時間が経つとハル婆さんはいつも通りにそう言って渉に笑顔を見せた。傷の手当をするためにハル婆さんを抱えて家に入り囲炉裏の横に布団を敷いて寝かせる。

 頭の傷の応急処置をして、布団に寝かせると渉は思い切って言う。

「救急車を呼ぶよ。」

「待っておくれ。」

「もう待っていられないよ、直ぐに病院に行った方が良い。今は頭を打っているから精密検査してもらった方が良いよ。」

「もう少し待っておくれ。」

「母さん。」

「ありがとうね、 母さんと呼んでくれて。」

「え・・。」

「あなたは優しい。信二に成り切ってくれて、ありがとうね。」

「・・・。」

「ごめんね、こんな婆さんに付き合ってくれて。夢を見させてくれて。本当にありがとう。」

「分かっていたの・・。」

「神社で後ろ姿を見た時は本当に信二が帰って来たと思ったよ、 でも 途中からね・・。」

「ごめんなさい。あなたを騙す様な真似をして。」

「何言ってんだい、感謝しとるのは私の方だよ。楽しかったねー、久しぶりに家が明るくなった。」

「渉と言います。」

「渉くんかえ、もう少し信二で居てくれるかね。」

「分かりました。・・母さん、救急車呼ぶよ。」

「ああ、しょうが無いね。明日は行ってしまうのだろう。」

 ハル婆さんは週一回のバスの運行も分かっていた。

「うん、行くよ。でも今度行くところは戦場では無いから安心して。」

「ほほほほ、そりゃ良い。だがこの村にまた人が居なくなっちゃうね。神様も寂しいだろうね。」

「そうだね、神様、寂しがっていたからね。」

「ほほほほ、分かるのかい、神様の気持ちが。」

「ああ、分かるよ。だってそう言っていたから。」

「おや、いいね、神様と話が出来るなんて。私も話してみたかったね。今までは私からしか話した事無いからね。ほほほほ、出来ればだけどね。」

 その時急にハル婆さんは意識を無くし、力無く眠りに落ちた。危篤状態である。

 渉は急いで救急に連絡を取ると、闇に向かって叫んだ。

「マガミっ、土地神を連れて来てくれっ。」


 その声は闇を伝い、社殿の中に響き渡った。


「連レテ来イッテ、ドウスリャ良インダ。」

 マガミの声も闇を伝い渉に届く。

「鏡だ、鏡を銜えて来てくれ。急いでっ。」

「オゥ、分カッタ。」

 床に寝そべっていたマガミは体を起こすと立て掛けてあった丸い鏡を銜え、そのまま闇に入って行く。


 闇を抜けハル婆さんの家の闇から鏡を銜えたマガミが現れた。

 銜えている鏡を渉に渡して訪ねる。

「婆サン危ナイノカ。」

「ああ、もう直ぐ亡くなるだろう。だからその前にこの神と話をさせて上げたいんだ。」

 渉は鏡に向かって声を掛ける。

「おい聞いているか、もう直ぐハル婆さんは死ぬ。出て来て話をしろよ。」

『・・・。』

「おい、聞いているのかっ。」

「渉、コイツノ名前ハ遠津待根神ッテ言ウンダ。」

「遠津待根神、聞いているのか、姿を現せ。おいっ。」

 渉が幾ら鏡に向かって声を掛けても返事が無い。

(この埃か、綺麗にして光を注げば・・。)

 渉は鏡を磨き、その綺麗になった鏡に掌を向けて叫んだ。


唹囉オラっ。』

 (光をっ。)


 渉の掌が輝き出し鏡全面が光に照らされた。だが、その光は鏡に反射して何処かを照らすのではなく、そのまま鏡の中に吸い込まれていく。不思議な光景である。すると、

『此処は何処ですか。』

「やっと返事したか。此処はハル婆さんの家だ。」

渉が答える。

「ハル婆さんはもう直ぐ死ぬ。分かるだろう遠津待根神。」

『はい、分かります。』

「出て来て姿を見せてやれ、そしてお前の声を聞かせてやってくれ。」

『でも、私にはもうその様な力は・・。』

「待ってろ。」

 そう言うと渉は大刀を出し、鏡に向かってそれを翳し唱える。


婀囉无腗懋アランヒム 瑕甓湃カヴァヘ 糯湃ダヘ 懋瑕匬髏ムカユル 湃礪稗ヘレベ

          唹囉オラ 湃洙廜滻霸ヘシュトゥナハ 陌囉ミャラ 殽囉婀霸マラアハ。』

 (剣に宿りし神の力よ、光に変り鏡を照らせ。)


 その言葉と共に大刀が輝きだし、鏡を照らす。先程よりも強く眩い光が鏡を照らし包み込んで行く。その光も鏡は反射することなくその全てを吸い込む様にその中に取り込んで行った。やがて大刀の輝きが消えると、鏡の中から女神が抜け出て来た。

 衣裳きぬも姿で腰回りには領巾ひれを纏い、それを両腕に掛けて居る。その姿はお伽噺に出て来る天女を思わせるもので、面長の顔はそこにある切れ長の目とスッキリとした鼻筋、小さな唇が落ち着きを持った大人の女性であり、時代を越えて美人とはこういう顔だと思わせる。しかし、その姿はどこか透き通っており、そこに存在している事さえも危ぶまれるものであった。


 遠津待根神は姿を現すと、ハル婆さんの枕元に行き、跪き、両手でハル婆さんの頬を包んだ。そして、

『ハルよ、私の声が聞こえるか。この遠津待根神の声が聞こえているのならばその目を開けよ。』

そう言うと、今まで昏睡状態だったハル婆さんは瞼を開けた。

『ハルよ。私が土地神の遠津待根神ですよ。』

 そう言って微笑む。ハル婆さんは何も答えないがその目からは涙が零れた。

『今までありがとうな。其方の訪問が何より嬉しかったぞ。来るのを楽しみにしていたのだぞ。』

「か 神様・・。」

『うん、うん。其方は良く生きたな。偉いぞ。これからは私の声を聞くだけでなく、私と一緒に暮らすのだ。心安らかに、其方の若い頃の体に戻ってな。』

 ハル婆さんは神の言葉に笑顔で答えている。

『うん、頑張ったな、もういいぞ、ゆっくりと休むがよい。そう、ゆっくりとな。』

 遠津待根神がそう言うとハル婆さんはゆっくりと瞼を閉じた。


 頬を包んでいた手で、今度はハル婆さんの手を包み婆さんの寝顔を見ながら遠津待根神は話し出す。

『天忍日、ムスビよ。ありがとう。ハルに私の姿を見せる事が出来た。これで天に召されても私を探せるでしょう。いや、一緒にあちらの世に行く時も私を見て安心するでしょう。』

 そう言うと、じっとハル婆さんの顔を見たまま黙り込んでしまった。


 ハル婆さんの息はどんどんと浅くゆっくりになっていく。手を握る遠津待根神は思い出話しをするように再び語り始める。


『ハルよ、其方の両親は産まれたばかりのあなたを私に見せに来たのですよ。あなたはそれまでずっと泣いていたのに境内に入った途端に静かになって気付いたら眠っていたのを私は覚えています。それからあなたはすくすくと成長し、お転婆の子供の時には私の膝元の境内に毎日遊びに来てくれていましたね、お前は女の子なのにママゴトよりも木登りや鬼ごっこを男の子に混じって走り回るのが好きでしたね。大きくなって小学校を卒業してもこの村を出る事無く、ここにずっと居たあなたは事有る毎に私の所に来て話をしてくれていましたね。   それが何より嬉しい。


 ねえ、天忍日よ。我々もとの神って何なのでしょうね。


 私はずっと考えているのです。変でしょう神なのに神の存在理由を考え続けるなんて、どうすれば消える事無く、この地上に存在し続けている事が出来るのだろうかとずっと考えているのです。それがようやく分かって来たような気がします。


 我々日ノ本の神は神だけでは存在出来ないのです。


 我々を拠り所とする人間が居て、拠り所としてくれる人間を我々神も拠り所にしないと日ノ本の神は存在出来ないのです。


 常に話しかけ思いを寄せてくれる人間という者が存在しないと神も存続できない。


 我々はこの日ノ本に大地を作り、人間を作り、その人間に色々な事を教えて来た。農業、漁業に狩猟、家造りから料理の仕方。ああ、君は魍魎どもの退治を教えて人間を守って来たのですよね。そうやって常に我々と人間は隣同士で生きて来たのです。やがて人間は我々から色んな事を学んで、それを自分たちなりに工夫して便利な世の中にして行きました。それはいいのです、人間が幸せに暮らしたいと願う思いに従っただけですからね、でも、それで我々は崇められ、祭り上げられて遠い存在へと追いやられてしまいました。もっと気安く何でも話してくれればいいのに、昔の様に境内で思いっきり大きな声で遊んで欲しいのに、なのに、気付けば遠い存在として扱われ、願い事や感謝のみをややこしい言葉やかしこまった作法やらで告げられるようになってしまいました。もっと気楽に接してくれればいいのにね。我々日ノ本の神は万能ではない。それは分かるでしょう、それぞれの神が役割を担って分担しているから日ノ本には多くの神が居たのだと。そしてそれぞれの神が昔から人間と一緒になってこの国を豊かにして来たのですよね。何でも話し、酒を酌み交わし、その日の出来事から愚痴まで聞いていた。それが楽しかった、この村だってそうだったのですよ、昼は子供達が境内で遊び回り明るい声を響かせ、新たな命が誕生すると真っ先に私に見せに来ました。祭りの時だけでなく季節が変われば皆が集まって酒を酌み交わし、そこに踊りもある楽しく豊かな村だったのです。

 やがて世の中の暮らしが便利になり豊かになって、多くの娯楽が増えると人間達は便利な都会へとこの村からどんどん離れていき、我がやしろへ訪れる人は居なくなった。でもこのハルは違った。ずっと傍に居て色々な話をしてくれる。朝夕にあいさつをして、笑顔を見せてくれる。だから私は今まで存在してこられたのだと思います。

 ハルが結婚する時も私の前で誓い、子供が生まれた時も笑顔で見せに来てくれた。やがて悲しい戦争が始まった時も私の前に来て愛する夫や息子達の出征しゅっせいを笑顔で送り出し、その夕方私の前で泣き崩れて無事に帰って来られるように何度も何度も私にお願いしていたのです。なのに私は・・・。息子達は帰らず、戻って来た夫に左脚は無かった。それでもハルは私に感謝の言葉を言ったのよ、何もしていない私に、いや何も出来なかった私に。それからも毎日来て、息子達の無事を祈っていた。

 やがて夫が亡くなると、私の元に来て昔話をするようになったのよ。私もよく知っているこの子の昔話、ハルの人生そのもの。それが嬉しかった。傍に来て何でもいいから話しをしてくれるハルが嬉しかった。いつしか村人は此処を出て行き、人の少なくなった村の祭りはとうに無くなり、そうしてこの村は気付けばハル一人きりになったの。私の楽しみはハルがいつも散歩の時に立ち寄ってくれる時間だけになった。


 それももう直ぐ終わる。


 きっとこのハルの死と共に私も消えるでしょう。あのご神体と言われている鏡の中に引き込まれて消えるの。

 それもいいわ。この子と、ハルと一緒に消えるのだから。やっとここ数日なのよ、この答えに辿り着いたのは、随分年月が掛かってしまったわね、神なのに。

 有難う天忍日。そしてムスビよ。最後にハルに何かして上げたかったの。でも私は実体のない神だから何も出来なかった。君が来てくれて本当に感謝している。最後を看取ってくれるなんて、私や家族の代わりにハルを看取ってくれるなんて何て言ったらいいのか。それに私自身も君達に見送られるのだから本当に感謝しないとね。


 あぁ、もう直ぐだ。もう直ぐハルは息を引き取る。そうしたら私もだ。この地上から消え、何処にも無い所に行く。


 ハルよ、お前と共に行こう。今度は私がお前を支える番だ。導く時が来たよ。』



 その時、ハル婆さんが笑った。いや、笑った気がした。




『ハルよ、ありがとう。』




『ハルよ、マガミよ、天忍日よ、有難う。ありがとう。ありが・・・。』




 そのまま遠津待根神は消え、ハル婆さんはその少し前に息を引き取っていた。



 救急隊が到着したのはそれから30分経ってからである。


‡‡‡  ‡‡‡  ‡‡‡


 渉は警察署に連れて行かれ事情聴取を受けていた。


 未成年であったこともあり、自宅に連絡を入れられ両親が身元引受の為にここまで向かって来る事となった。警察から連絡が来る前に渉は闇を通じてムスビと連絡を取っており、状況の全ては母親を通じて父親にも知らされていたので、警察からの連絡にも驚かれずに済んだ。署に来てからも渉がハル婆さんの所で一週間過ごす事を知っていたと両親が警察に言ってくれたので何事も無く身柄は直ぐに自由となった。


 車に戻りながら母親が聞いて来る。

「渉、そのお婆さんはどうだったの。」

「うん、僕の事は自分の息子じゃないって最初から知っていた。」

「そう。」

「ハル婆さんと一緒に土地神も消えたんだ。」

「神様って、消えるの。」

「うん、消えるよ。もうほとんどの神が消えてしまっているんだ。皆、力を無くしてね。」

「そうなの、神様は消えるの・・。渉。あなたは・・・。」

「僕はまだ平気。だって、母さんや父さん、それに多くの人が僕の事を思っていてくれるから。神が消えるのはその神を思う人々の思いが弱いからなんだ。まあ信仰心ってのに近いけれど、どれだけ思われているのかが存続する力なんだ。」

「へぇ、そうだったの。そうね、日本人は色々な国の神様を都合よく祀ったりするから、本来日本に居た神様への思いが弱くなっちゃったのかもしれないわね。」

「まあ、しょうが無いんじゃない。それが日本人だからね。」

「意外とサッパリしているのね。もっと憂う所が有ると思ったのだけれど。」

「はははは、日本人をそうやって育てたのは神自身だからね。それに日ノ本の神はおおらかだよ。この世から消えても向こうの世界で遊ぼうって思っているから。」

「向こうの世界って。」

「僕も行った事無いから知らない。」

「あなたも知らないの。なぁにそれ、本当にそんな世界有るの。」

「そうだね、有ったらいいなって思う。へへへ、人間みたいでしょ。」

「うん、安心した。日本の神様って人間っぽいのね。」

「いや母さん。日本人を神様っぽくしたんだよ。だから似てるんだ、考え方がね。」


 車を走らせ帰路に就く。


「ごめん父さん。もう一度ハル婆さんの家に行って欲しいんだ。」

「何しに行くんだ。」

「最後にやっておきたい事が有る。お願いだよ。」

「もう真っ暗ぞ。それにあそこには誰も居なくなったんだろう。」

「だからさ。平気だよ夜は慣れているから。それより父さん大丈夫。」

「任せとけ。」


 一時間掛けて狭い山道を通り懐かしい鳥居の前まで辿り着いた。


 そこで渉は車を降りてハル婆さんの家へと向かう。


「父さん、この先にバスロータリーが有るから、そこでUターンして此処で待っていて。」

「分かった。渉、気を付けろよ。」

「うん、行って来る。」


 神社の林の横にあるハル婆さんの家へと続く道を進む。

 街灯などは当然無く、曇った空には光る物が一つも見えない。そんな真っ暗な中を何度も通った一本道を進んで行く。気が付けば渉の隣にはマガミも寄り添って歩き、上空ではムスビが飛んでいた。


 すでに自分の家の様な感覚で玄関代わりの引き戸を開ける。元々この家の扉に鍵などは無く、自由にいつでも出入りする事が出来た。家に入った渉はハル婆さんが最後の床にした布団の近くに在った鏡を持ち上げマガミに渡すと、そのまま奥の座敷に行き豪華な仏壇の引き出しに入っている写真を取り出した。その中の何枚かを選ぶと次は出来るだけ家の中を整理する。当然、敷布団も皺無くピンっと張った状態に敷き直し、掛布団は綺麗に半分にして折り畳んだ。囲炉裏の炭は消える事無く今でもチロチロと赤く暖かかったが、それを全て灰の中に埋めてこんもりと灰の山を作ってからハル婆さんの家を出た。


 渉は家を出た所で最後に一緒に居た畑を眺めている。


 暫くして畑へと降りると婆さん自慢のトマトを一つ捥ぎ取り、それを頬張りながら遠津待根神の社へと向かった。



 鳥居をくぐり、昼でも暗い木が生い茂った参道を抜け境内を進んで社殿に入る。持って来た鏡をマガミから受け取るともう一度磨いてから元有った棚に戻す。それを今まで何百年と向いていた方角とは違う、横向きに置き直した。そしてその鏡に正面から映るようにハル婆さんの家から持って来た写真を向かい合わせて立て掛けた。


 一枚は、ハル婆さんが結婚した時の旦那さんと一緒に映っている写真。

 座っている若いハル婆さんの横に彼女の旦那さんがきりッとして立っている。カラーではないが白無垢に角隠し、そこから僅かに見える文金高島田ぶんきんたかしまだの整った髪の巻き込みが綺麗に映っていた。

 その横には産まれたばかりの子供を抱えたお宮参りの写真を二枚。きっと兄弟の物であろう。若いハル婆さんがとてもいい笑顔で子供を抱きかかえて映っている。



 渉は鏡とこれらの写真をしっかりと向かい合わせに置くとマガミに聞いた。

「マガミ、これで遠津待根神も寂しく無いよね。」

「アア、何時デモ好キナ人間ヲ見ラレルンダ。アイツモ喜ブヨ。」

 そんな会話をして社殿を出た。




 鳥居を抜け、両親が待っている車へと乗り込む。




 ゆっくりと渉達の乗った車は走り出し、古びた鳥居は遥か後方の暗闇に消えていった。




 ハルと遠津待根神。

 人も神も消え、かつての村は本当に誰一人として居なくなった。

日本の神様ってこんな感じかなと思っています。

『何が何でも我を崇めよ。』って言うのとは違い、何と言いましょうか、神話でも人間っぽい所が沢山有って、だから日本人はこうなったって感じです。

 例えばイジケテ岩穴に閉じ籠ったり、今でいう“引きこもり”?。 それを笑いで何とかしようなんて他の国の神では考えられないのでは・・・。


 スミマセン、これは私の感じたことでして・・・。

 そんな感じでこの物語は進んで行きます。

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