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1 巫女として生まれて

 始まりました、『新しい物語』。

 ライフワークの様に書き続けている長編はハイファンタジー、夏は純文学を書いたので、これはローファンタジーで行きます!

 身近にある世界に『日本の神』の要素を入れてみました。夏に書いた『アイスティーは零れて』の後書きに一部だけ掲載した物語が始まります。

「こぉら、鈴音すずねっ! 胡瓜なんか喰わえてっ!」

「ひほふ、ひほふ、ひっひひあ~ふっ。」

(遅刻っ、遅刻っ、行って来ま~っす。)


 家から飛び出した鈴音は赤いチャリンコにまたがると一気に立ち漕ぎをして坂を上る。新緑の木々の間を縫う様にして続く坂を一気に登り切ろうと走る。葉の間から飛び出して来る日差しは5月のそれと違って既に強く、2つ目のカーブを曲がった頃には鈴音の額には薄っすらと汗が滲み出してきていた。目指す中学校は家のすぐ前の国道を内陸に向かって山を越える形で進んだ先に在り高低差130mはある山を幾つものカーブが連なって上るその道を一気に上がれば後はほとんど平坦のようなゆっくりとした下り坂となり一々自転車を漕がなくても坂を上る時に掻いた汗を乾かすように爽快な風を受けながら体は自然に学校へと向かって進む。

 ポキッ!

 下り坂になった所まで来てやっと銜えていた胡瓜を折って食べる。

(ん~~ん、やっぱり美味うま~い!)

 寝起きから初めて口にするみず々しいその胡瓜は自然の中を走る気持ち良さも相まって更に美味しさがみだして来る。坂を登り切った後の学校へと向かうこの道はほぼ東に向かって延びていて5月も半ばの朝の太陽はほぼ正面の高い所にありそれから降り注ぐ日差しも朝から強く、向かっている景色や敷かれている道路、両脇に生え揃っている木々や時折顔を出す小さな畑や一軒家など、鈴音に向かっている面という面の全てが金色に輝いてまるで太陽からの光を彼女に集めているかの様であった。そんな切り開かれた国道の正面から襲って来る太陽の光を避けその身を隠せるような日陰になる所はない。しかし、光を全身に浴びても向かって来る風が優しくその火照りを逃がしてくれて肌には気持ちいい暖かさだけが残り風を切って走る自転車の上ではこの上ない気持ち良さしか湧いて来ないのである。

「ん~~~~ん。」

 胡瓜をかじってそれを飲み込むと、伸びをするかのように自然と鈴音の口からは気持ち良さが言葉にならない声として漏れ出て来た。


 鈴音の家が在るこの半島は海底火山群が隆起して出来た所で海岸線ギリギリまで深い皺となった山の峰が幾つにも分かれヒダの様になって海にまで迫り、人間は僅かに出来た平らな所を見つけて長い歴史を刻んで営みを続けて居る。このような集落が海岸線に沿って点在していて、山によって分断された集落同士はそれらを繋ぐために無数のトンネルを掘る事で出来た1本の国道か昔からあるけもの道の様に細くクネクネした道しかない。自転車で登り切った山の上からも見えるのはモコモコと迫り出して来る山の緑から海に押し出されぬ為に何とかその山に食い込む様な感じでしがみ付いている家々が入り組んで建ち並ぶ漁村のみで、そこに自分の家もある。ここでの生活と言えば漁業を中心として後は釣り人相手の民宿か、わざわざ遠くの町にある会社まで車で通勤するだけだが、その自慢は何と言っても自然豊かな事と静けさである。10隻ほどの漁船しかない小さな漁港から沖に離れると直ぐに深くなる海は青よりも黒に近い藍色に見え、太陽が天高く登って海にその光を注いでも青くはならず元の色のままで有る。しかし海水は綺麗で透明度があり防波堤から下を覗けばそこは水槽の中かと思える程綺麗な海藻や小魚などが泳ぎ回り、さらには足元のコンクリートの岩壁に付着した貝や海藻などの近くを漂うイカの赤ちゃんやその貝が積み上がって作る隠れ家に身を潜めるイセエビの子供すら水族館よりも活き活きとして良く見える。少し離れた海中を覗けば海よりも青い空にぽっかりと浮かぶ雲の影を流しながらその陰に隠れる様に小魚の群れが移動して行くのが見えた。そんな入り江の漁村にある神社が鈴音の家だ。


 代々神主を務めているこの社は元々戦国時代に水軍があった地に建てられたもので武運と無事を祈っていた。今の時代水軍などは無く、漁師たちの安全と昔からのしきたりの様なお祭りを継承するだけの所になっている。


 東に向かって平らな所を走り切ると、最後にかよっている中学校へと少しの上り坂が現れる。

 鈴音はそこも一気に走り登ろうと前傾姿勢で立ち漕ぎをしていると突然後ろから叫ぶような声を掛けられた。

「鈴音ッ! ちょっと待ちなさいッ!」

 自転車を止めるとそこにクラスメイトの野崎 陽菜ひなと名波 結衣ゆいが駆け寄って来た。

「鈴音っ、パンツ丸見えじゃない!」

「大丈夫よ、ちゃんと見られてもいいの履いてるから。」

「そう言う事言ってんじゃないの、貴方は乙女なんだからそんなに男子を刺激しちゃいけないって言ってんのよ。スカートだって短いし。」

「もう陽菜ちゃんはいつも厳しんだから。スカートだって皆と同じ長さだよ。」

「貴方ね、もっと自覚をもって生活しなきゃダメなんだよ。貴方しか居ないんだから巫女は。」

「ねえ、巫女って恋愛もしちゃいけないの?」

「ダメに決まっているでしょ。純潔よ、純潔を守り通さないといけないのよ。えっ? 誰か好きな人出来たの?」

「そうじゃなくって、聞いただけ。」

「もう、びっくりさせないでよ。貴方の純潔は鈴音親衛隊である私達が守るからね。ねぇ結衣ちゃん。」

「うん、私も守る。それよりどうして今日もバスに乗らなかったの?」

「あぁ、うん。乗れなかった。」

「やっぱり寝坊?」

「うん。でも自転車の方がいつでも好きな時間に帰れるから便利だよ。」

 小さな集落が分散して人口も少ないこの地域は国道を走るバスの本数も少なく、朝夕の通勤・通学の時間帯に多いとは言っても7時台と16時台が3本になるだけで少ない時間帯だと1時間に1本だけとなる。放課後に友達と話をしていてもいつもバスの時刻を気にして帰る学生が多い中、自転車通学の生徒はダラダラとした時を満喫できるのが鈴音の魅力にもなっていた。それに帰りはほぼ平らな所を除けばあとは下り坂しかなく、雨さえなければこの方がよっぽど気持ち良く帰る事が出来るのである。

「鈴音ちゃん髪の毛ぐしゃぐしゃだよ。」

「あっそれは自転車で飛ばして来たから。」

「もう、そこがいけないのよ。もっと巫女らしくお淑やかに乙女らしくしないと。教室で髪の毛をかして上げるから。」

 いつもの事で陽菜は鈴音専用の櫛を常に学校の机の中に仕舞っている。


 陽菜と結衣に囲まれて、そこからは自転車を押しながら学校へと向かって行く。

「よう、おはよう。」

 後ろから自転車の立ち漕ぎをしながら同級生の潮見 和輝かずきが声を掛けて通り過ぎて行った。直ぐに陽菜が反応する。

「アイツ、鈴音のパンツ見てないだろうな。」

「もう、私が自転車から降りたのもっと前だよ。見ていないよ。陽菜ちゃんさ、男子は皆敵じゃ無いんだよ。」

「うん、私も鈴音ちゃんに賛成。陽菜ちゃんもっと男子に優しくなろうよ。」

「ダメよ。私達親衛隊が気を許しちゃったら。」

 そんな話をしながら校門の所に辿り着くと島田 葉月はづきと塩崎 朱莉あかりが待っていた。公立の中学校しかないここは、学区は広いがそれぞれ分散している集落から集まって来る生徒しか居ないために各学年も1クラスしかなく、皆が小学校からそのまま一緒に通っているために全員の顔を覚えているほどである。ここで待っていた2人は別の方向から通っているために雨の日以外はこの校門で待ち合わせる事となっていた。それも、鈴音を守る親衛隊としての任務に就くためだ。

「ちょっと聞いてよ、葉月ちゃん朱莉ちゃん。今日も鈴音ったらパンツ見せて自転車漕いでたんだよ。」

「誰かに見られたの?」

「もしかしたら和輝に。」

「え~~っ、和輝君にっ。」

「もう皆、やめようよ。見られていないから、陽菜ちゃんの早とちりだってば。」

「そうなの? 結衣ちゃん。」

「きっとそう。陽菜ちゃん厳しんだから。」

「じゃあ私、自転車置いて来るから、先に玄関に行ってて。」


 1クラス30名程の生徒しかいない中で、女性の方がやや人数が多い教室は朝の賑わいも華やかであった。椅子に座らされた鈴音を取り囲む様に親衛隊の4人が集まり、その中で陽菜は鈴音の髪を梳かしながら話をしている。

「鈴音ちゃん、お祭りの準備進んでいる?」

「うん、今年から妹の琴音ことねも舞う事になったから練習もしているよ。」

「へー、琴音ちゃん巫女デビューするんだ。」

「うん、来年中学に上がるからってお母さんが。」

「鈴音の最初の頃を思い出すなー。とっても可愛かったから。」

「ああそうだ、お父さんに頼まれたんだった。皆にお願いが有るんだけれど今年もお祭りの手伝いできる?」

「やったー、やるやる。絶対にやる。」

「うん、私も。巫女さんの格好出来るんだもの。」

「そうそう、巫女さんの格好すると皆に素敵って言われるし、お父さん私の写真をわざわざ撮りに来るんだよ。でもその写真、私も好きなの。飾ってあるんだよ。毎年、変えているんだ。」

「良かったー。じゃあ皆宜しくね。」

「よーし、じゃあ皆も純潔で居ようね。」

「もうー、陽菜ちゃんは直ぐそれなんだから。」

「あはははは。」



 鈴音の家の様な小さな神社には神楽殿かぐらでんなどの専用の舞台は無く、拝殿となる所の障子を全て開け放ち、その畳の上で舞う。代々、この家の女性達に受け継がれている里神楽は一般的な巫女神楽で神楽鈴を持って舞うのである。この神社で使っている物は別名七五三鈴とも呼ばれている十字式の神楽鈴でドーナツの様な輪状の金属板が三段になった物に下から七個、五個、三個の鈴が付けられている。


シャンッ        シャンッ


 静かな境内に鈴の音が今の時代とは異なるをおいて涼しく響く。そんな中にやや低音の峻厳しゅんげんたる声が響き渡る。

「琴音、もっとゆっくり!」

「動いている時は鈴を鳴らさないっ!」

「しっかりと腕を止めて、手首を捻るっ!」

「琴音、五色布を持つ手の指は前にしっかり伸ばしてっ!」

「腰を下げて摺り足でっ! 琴音、背筋は伸ばすっ!」

 母香織の厳しい声である。学校から帰るとほぼ毎日琴音の為の練習が有りほぼ毎日琴音は涙目でそれを受けている。姉が舞う所をいつも見ていて、自分もやりたいと常々言っていた琴音ではあったが、いざ自分が舞うとなったら厳しい母からの修業にその心も挫折しそうである。それでも辞めたい等と言わない、いや言えない雰囲気がこの家にはある。代々この社を受け継いでいる神之元きのもと家は女系一家で、男性が産まれて来た事が無い。皆、巫女として巫女になる為に産まれてきている様で、巫女舞も母から、母もその母から延々と受け継がれているものだ。特に厳格なのは巫女が処女である事を守っている事で、母香織も結婚するまでそれを守り通し、結婚して鈴音が10才で舞うまでこの社での巫女神楽は行われていなかったのである。だから、鈴音が初めて神楽の舞台に立った時にはこの集落の者だけでなく周りの集落からも多くの住人達が押し寄せいまだかつてないほどの賑わいを見せたほどであった。当然、彼女の親衛隊を語る女友達は最前列で口を開けて見入っておりそれが切っ掛けで鈴音と友達になり親衛隊をも結成したのだった。

「今日はこれまで。」

「ちょっとお母さん、琴音には厳し過ぎるんじゃない?」

「琴音は12才、貴方は10才から出来ていたのよ、琴音だって出来るわ。それに貴方達の舞いは人に見せるものじゃないの、神様に捧げるものなのよ。神様が喜んで、神様が楽しむための舞いなの、貴方達の舞でここに住む皆の感謝の気持ちを神様に届ける事が大切なの、いいえ、皆の気持ちを私達が神様に届けなくてはいけないのよ。生半可な気持ちでは出来ない。よーく考えて巫女になる様にしなさい。」

「それでも・・・。」

「お姉ちゃん止めて、私頑張るから、お姉ちゃんの様に舞いたいの。」

「琴音・・・。うん、じゃあ、一緒にお風呂入ろうか。」


 鈴音達は一緒にお風呂に入る事が多くなっていた。それは、琴音が巫女に成るために髪の毛を伸ばし出して1人では上手く洗えなかったからで、鈴音も琴音の髪を洗う事が好きであった。身綺麗にして2人で湯船に浸かりながらお互いの事を話す時間も鈴音は好きである。

「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは巫女舞い直ぐに覚えられた?」

「う~ん、どうだっただろう、良く覚えてないわね。」

「ふ~ん。」

「琴音は辛い?」

「うん、でも平気。本当にお姉ちゃんの様に美しく舞いたいから。今でも覚えているの、去年の舞い。今にも雨が降って来そうな黒い雲がお空いっぱいだったのにお姉ちゃんが舞い出したらポッカリと穴が開いて、そこから光がビューーって来て、まるでお日様がお姉ちゃんの舞いを見たくて雲をどっかにやっちゃったみたいで、舞い終わった時にね、お空の雲が無くなって青空になってた。本当にお姉ちゃんの舞いが神様に届いたんじゃないかなって思ったの。あの日ワクワクして眠れなかったなー。」

「そうだったわね、あの夜私の部屋に突然来て一緒に寝ようって言ったのよね。」

「うん。お姉ちゃんは私の憧れの巫女さんなの。お姉ちゃんみたいに成りたいの。」

「うん、琴音だったら成れるよ。あんなにお母さんの厳しい練習を受けているんだから。」

「ねえ、それでもお母さんこわ過ぎない?」

「あははは、そうね、私もそう思う。」

「あ~あ、あ~、お父さんは頼りにならないし。」

「あははは、内は女性の方が強いからね。それにお父さんはマスオさんだから。」

「ねえ、私もお姉ちゃんもお母さんみたいに男の人より強くなっちゃうのかな。」

「え~、どうかな、彼氏いないし。琴音はどうなの? 好きな子居るの?」

「ぜ~んぜん、皆子供っぽいんだもの。お姉ちゃんは?」

「そうなんだよねー、休憩時間にアニメの歌、歌い出すんだよ。男子連中で、引くよねー。」

「高校受験なんじゃないの?」

「まあ、行先は大体決まっているし、落ちたって話も聞いたこと無いからみな平和だよ。」

「勉強しなくてもいいのかー。」

「琴音はしっかり勉強してね。」

「うん、素敵な大人の女性になるんだ。」

「あはははは、やっぱり男子は子供ね。」



 嫌な梅雨時も過ぎ、新緑の緑はより深い緑へと変わっていた。琴音の舞いも上達し厳しい母の声は拝殿内に響く事が少なくなった6月。鈴音の通学もバスから久しぶりの自転車になった。いや、ならざるお得なかった。

「お姉ちゃん、起きてよー。私、先に行くからね。」

 琴音の通う小学校も鈴音の中学校の隣に在り、琴音は普通の生徒と同じ様にちゃんと起きてバス通学をしている。

「はっ! 今何時? やっばーいっ!」

「もうー、お姉ちゃんは巫女としては尊敬するけど、女子としては最低ね。」

「もっと早く琴音が起こしてくれればいいのに。」

「何度も起こしたよ。じゃあ、私行くね。ああ、胡瓜出しといたから。」

「ああ、サンキュウー!」

 髪の毛も梳かさず、制服も乱れて着たままで歯を磨き部屋を飛び出す。当然、布団もぐしゃぐしゃ、脱いだパジャマが殺人現場の死体を模った様にベッドの上にポーズを取って横たわっている。そして、久しぶりの声が響く。

「こぉら、鈴音っ! また胡瓜なんか喰わえてっ!」

「ひほふ、ひほふ、ひっひひあ~ふっ。」

(遅刻っ、遅刻っ、行って来ま~っす。)

「気を付けて行くんだぞー。」

 後ろから優しい父親の声が聞こえた。



 放課後、親衛隊の皆が乗るバスの時間まで鈴音も教室でおしゃべりをしてから自転車で学校を出る。6月の太陽は今だ高く、これからの時間でも十分に運動でもできそうであったが帰ってから琴音と舞いの練習をするために鈴音は少し早く自転車を漕いでいた。朝の時間帯と違い纏わり着く風は熱く、太陽からの日差しと道路の照り返しに少しうんざりして家に続くほぼ真っ直ぐな道を恨む様に眺めている。半分程の所まで来た時にクラスメイトの和輝が立ち止まって何かを道路から運んでいるのが見え、そこまで行って声を掛ける。

「和輝君、何しているの?」

「ああ、鈴音か。道路に折れた枝が飛び出していたから退けていたんだ。」

 折れた枝は既に道から離れた林の脇に移動して有り、2人は自転車を押しながら話をする。

「和輝君優しいんだね。」

「そんなんじゃない。これで誰かが怪我したら、俺は知っていたのにって嫌な気分になるだろう。」

「それが優しさってもんじゃないの?」

「どうでもいい。ただ、そう言うのが嫌なだけなんだ。」

「ふふ~ん、意外と大人なんだ。」

「何だ急に、お前こそ早く帰らなくていいのか? 踊り大変なんだろ。」

「踊りじゃない、舞い。天女の様に舞うの。」

「妹がデビューするんだろ。」

「うん、琴音ね。そう言えば和輝君の弟も琴音とおない年だったよね。」

「ああ、航輝こうきから聞いたんだ、琴音ちゃん頑張っているみたいだな。航輝がすげーって言ってた。」

「ありがとう、琴音に伝えておくね。」

 同級生である和輝の家は鈴音の隣の集落で、鈴音の家の前を通る国道を更に進んでトンネルを抜けた所に在る。そこも同じ様な漁村で父親は漁師をしている。ここの家は鈴音の所と全く逆で男しか産まれて来ず、和輝は3人兄弟の真ん中で、兄は高校を卒業すると父親の手伝いとして漁船に乗って一緒に働いている。2人は小学校の時からも同じ通学路で通っていたためにその共通の話題も多く、話は尽きる事無く楽しい時間を流していた。

 その時。学校からの下校生を乗せた路線バスが2人の横を過ぎ去っていく。田舎のほとんど車など通らない道である、自転車を押す2人が横に並んで歩いていてもクラクションなどは鳴らさずにバスは右車線に大きくはみ出して抜き去っていく。学校から直ぐに自転車で出た鈴音よりも後から停留所を出発したバスには当然であるが家が同じ方向に在る親衛隊の陽菜と結衣も乗っており、得てしてこういう時に限ってバスに座っている2人と外を歩く2人とが近くなる側となるもので、鈴音が何気なしに通り過ぎるバスを望んだ窓に見えたのはそこに貼り付き直ぐにでも飛び出して来そうなほどに鬼の形相をした陽菜であった。

(やっばっ、陽菜ちゃんに見られた。)

「じゃあ、私は練習があるから。」

 そう言って自転車に跨ると、

「おう、俺も一緒に行くよ。」

と和輝も自転車に跨る。

「いいよ、1人で行くから。」

「は? 俺んもこっちなんだよ。」

「いいってば、ついて来ないでよ。」

「何言ってんだお前、俺にしばらくここで待ってから自転車に乗れって言ってんの?」

 結局2人並んで帰る事となり、鈴音の明日訪れる親衛隊からの不幸など関係無い和輝はいつもの様に話し掛けて来て、やがて2人は笑いながら話をして家まで帰った。

「じゃあまたね。」

「おう、巫女の舞い、頑張れよ。琴音ちゃんもね。」

「ありがとう。」

 鈴音の家の前で別れた和輝は一気に自転車を漕ぎ流れる様に集落の中に消えて行った。その後ろ姿を見ていた鈴音は、

(やっぱり男の子なんだ。自転車漕ぐの早いなー。)

等と思いながら角を曲がって見えなくなるまでそこに立っていた。


 翌日、鈴音はバスで通った。乗り込んだバスには既に陽菜と結衣が乗っており、鈴音を見るなり『さあこっちに来て説明しろ。』と言わんばかりの視線を送って来た。それでも鈴音には作戦があり、妹の琴音を傍に置くだけでそれらが回避できると踏んでいたのである。しかし、乗ると直ぐに琴音は、

美月みつきちゃん、花音かのんちゃん、おはよう。」

と言って、さっさといつもの通学仲間の所へと行ってしまった。そう、いつもバスに乗らない鈴音は琴音が一緒に通う友達がいる事を忘れていたのだ。

「鈴ー、ちょっと。」

 陽菜は名前もまともに呼ばない。

「昨日のあれは何?」

「あぁ、和輝君が道路に出ていた枝をどかしていたから。」

「それで?」

「それだけ。」

「2人で楽しそうに話しながら歩いていたじゃん。」

「家、同じ方向だから。」

「結衣ちゃんはどう思う?」

「私はギリギリセーフかな。手、繋いで居なかったし。」

「ありがとう、結衣ちゃん。」

「結衣ちゃん甘いっ! 次に手を繋ぐんだよ。」

「えっ、そうなの鈴音ちゃん。」

「ええー、そんな事無いよ。和輝君とは何でもないんだから。単なる幼馴染だよ。」

「鈴ー、内の学校の生徒、皆が幼馴染だよ。」

「えっ、そうそう、その幼馴染。皆と一緒って事。」

「あやしい~~。」


 学校に着くと更に親衛隊の2人が加わり陽菜が中心となって和輝との事が問い詰められる。その内に通学に自転車を使うのがいけないだの、バスにすれば親衛隊の監視下に置くことが出来る等という話にまで勝手に進んで行った。皆が問い詰める程に鈴音は和輝を意識してしまい、授業の合間にもチラチラと視線を泳がせ教室の入り口に近い右斜め前方に座っている和輝の背を覗き見ていた。休憩時間になると和輝は友達と席に集まってスマホを見せ合い何か盛り上がっている。それを何気なく見ていた鈴音の耳に和輝の声が届く。

「やっぱりイレーナちゃんだろう。」

「何言ってんだ和輝、エルザちゃんのこの胸、これだろう。」

「ふんっ、胸何かどうでもいい、イレーナちゃんは俺の嫁だ。」

 そして鈴音は思った。

(けっ、やっぱり男子はガキだ。)

 机の上に重ねた腕に顔を伏せて、少しだけ和輝に好意を寄せてしまっていた自分にげんなりしていると親衛隊の朱莉が声を掛けてきたが鈴音は顔を伏せたままで答えている。

「どうしたの? 気分でも悪いの?」

「ううん、目が覚めたの。」

「寝てた? ごめんね。」

「あはは、そうじゃないから心配しないで。」

「ならいいけれど。」

 伏せていた顔を少しずらし、腕から目を覗かせて上目遣いで和輝を睨む。


 鈴音のバス通学は2日と続かなかった、琴音の優しさにも起きなかったからだ。あの日以来鈴音はなんだか和輝の事を意識してしまい、自転車で通学の時に後ろから和輝が声を出して近づいて来ても速度を上げて逃げる様にして避けたり、和輝が前を走っている時は一気に追い越してそのまま走り去ったりして居たのである。それでも和輝は何度も声を掛け、追い付いては話し掛けて来ていた。

「待てよ、待てって言ってんだろう。」

「しつこいな。」

「どうしていつも逃げてんだよ。」

「逃げてなんて居ないわよ。一緒に居るといけないの。」

「どうして一緒に居ちゃいけないんだ?」

「陽菜達、親衛隊の皆に心配掛けちゃうから。」

「は? 何それ。」

「私は巫女だからって。」

「巫女は幼馴染と一緒に帰っちゃいけないのか?」

「じゅ、純潔を保たないといけないからって。」

「プッ、それじゃあ何? 男と居ると離れていても話をするだけで何かの変なウイルスに感染するっていうのか。」

「そうじゃないけど・・・。」

「俺さ、聞きたいんだよ巫女の話。」

「へっ、どうして?」

「航輝がさ、琴音ちゃんから色々聞いて来るんだよ、手に持っている鈴は鳴らさず移動するとか、ゆ~っくり動くのはとても大変なんだとかってさ。それ聞いていたら俺も何だか色々知りたくなって、それに近くに本物の巫女さんが居るのに聞かないなんて勿体ないだろう。」

「そうだったの? だからいつも声を掛けて来ていたの?」

「ん、まあ、鈴音の巫女姿は綺麗だしね。」

「えっ、あ、ありがとう。」

「鈴音はさ、皆の憧れなんだ。そんな奴と仲が良いなんて自慢できるだろ。」

 鈴音は和輝の『自慢できる』という言葉に少しカチンと来たが、それでも悪い奴で無い事は知っていたので少しキツイ目をして横を向いて小声で呟いた。

「まぁ、二次元嫁が居るんだから私に手を出す事は無いわよね。」

「ん? 何か言ったか?」

「ううん、別に。それじゃあしょうがないか、一緒に帰って上げる。」

「おう。」

「でもいい、学校では私に気安く近づかない事、それに男子が集まった時も巫女の話を自慢しない事。一緒に帰っているのが分かっちゃうから止めてね。」

「ああ、鈴音の話は家の中だけにするよ。これで俺も航輝に負けない話が出来るぞ。」

「あははは、航輝君がライバルなの?」

「そうなんだ、アイツ本当に自慢して来るんだぜ、自分が巫女でもないくせに。」

「ふふふ、琴音も学校で自慢してるんだ。少しは抑える様に言っとかないと。」

「いいじゃん自慢しても。自慢できる事なんだから。いや、巫女は自慢できるよ。」

「あ、ありがとう。そんなに褒めてもらうと恥ずかしいな。」


 その日以来、2人は下校途中で一緒になり並んで帰る事が多くなった。自転車組なのにバスの時刻を気にして、陽菜達親衛隊が遠く離れたのを見計らって決めた所で待ち合わせるかのようになって一緒に帰るのである。元々家の近い幼馴染であった2人は共通の話題も多く、巫女の話だけでなく進路の相談や祭りの事、兄弟の話など尽きる事は無い。そんなある日。

「鈴音、もうすぐ誕生日だろう。」

「覚えていたの?」

「あ、いや、そう航輝から、航輝から聞いた。」

「ふ~ん、それで?」

「俺の親父がさ、船出すから海に行かないか?」

「本当っ! 行きたい行きたい。」

「琴音ちゃんも一緒にどう。」

「うん、是非、お願い。」

「祭りは来月だから、まだ時間は十分あるだろうって親父が言ってたんだ。」

「ありがとうー、ここにずっと住んでいるのに、船ってあまり乗った事無いんだよね。琴音もきっと大喜びよ。」

「それで、沖で釣りして、獲れた魚をプレゼント。」

「マジッ! 凄いじゃん。あー、でも魚をさばくのってうち上手くないんだよねー。お母さん嫌がるかなー。」

「捌くのは俺、無料のサービス。何なら煮つけのサービスもプラスで。」

「すっご~い、そんな事まで出来るの?」

「漁師んの中3だからね。」

「それって、巫女より凄いよ。うん、マジ尊敬する。」

「じゃあ今度の日曜日に。」

「ありがとう、琴音もそうだけど、お父さんとお母さんが大喜びだよきっと。」

 並んで走る和輝の横顔が何処か大人びて見え、半袖のシャツを更に肩の上の所まで捲った袖から伸びる腕に今までになかったたくましさを感じていた。和輝もいつも巫女の話を聞く側でその度に感動していたのだが、今、横に居る鈴音の驚くまでの喜ぶ顔を見ていつもに無く自慢気で、それが自信になってその表情に現れていたのでる。夏の日差しは強く、日に焼けた和輝の肌は若く張りが有り光っている様にさえ見えた。


 鈴音は学校に行くよりも早く起き、琴音よりもはしゃいでいた。

 太陽の陽射しは鈴音達のお出掛けを妨げる位に強くなっていたが、それにも負けない程に家の中には楽しい声が響き渡っている。

「お母さん、服、これでいい?」

「良いわよ。」

「ズボンじゃ可愛く無い?」

「船に乗って釣りするんでしょ。その方が良いの。」

「あっ、帽子帽子、日焼け止め塗らなくちゃ。」

「ねーねー、お母さん、琴音の服も見て!」

「見てるわよ。」

「これなら航輝君にも可愛いって言ってもらえる?」

「うん、大丈夫。とっても可愛いわ。」

「あっ、お母さん、お昼は?」

「ちゃんと準備して有るわよ。もう、2人共落ち着いて。」

「だって楽しみなんだもの。船だよ船、釣りだよ釣り。今までの誕生日よりもず~~っと楽しいんだから。」

「あまりはしゃぎ過ぎて怪我しない様にね。」

「はーい。」「はーい。」


 渇いた船着き場のコンクリートは嫌という程白く太陽の陽射しを海面同様に跳ね返し、内に含んだ熱は2人の靴の中にまで届いていた。ギラギラとする太陽にメラメラとするコンクリートの熱という表現がこれ程似合う日は無い位に快晴になった日曜日、家の近くの船着き場で2人は和輝の家の船を待っている。この集落を包み込んでいる腕であるかの様に伸びる岬から約束の時間になり音も無くゆらゆらと揺れる空気にその影をはっきりと見せる船の姿が現れると、もう体が言うことを聞かない。遠くに見えて白く何処にでも有る漁船が和輝の家の物かも判らないままに2人は見えるはずも無い所から大きく手を振り、時折弾む様に小さく飛び上がって叫び声さえ出して喜びを爆発させていた。驚くほどに近づかない船にも怒る事無く待ち続け、今、やっと目の前に接岸すると船上にはこれ程と思う程によく似た顔の男達が大小揃って笑顔を向けている。

「待たせたな。」

 いつもとは違う男らしい和輝に少しドキッとしながらもしっかりお礼をして船に乗り込む。

「いいねえ、巫女さんを乗せるなんて。良い事有るよ。」

 和輝の父親が船の操縦席から顔を覗かせた。

「よろしくね。いっぱい釣ろうね。」

 和輝の兄である大輝だいきが琴音に優しく話し掛けると、

「兄ちゃん、今日は俺が琴音を任されたんだ、手出しするなよ。」

等と末っ子の航輝はエスコート気取り満々である。

「おう、頼んだぞ航輝。」

 そう言って大輝は笑顔で弟の肩を叩くと、鈴音達に向かって少し肩を竦めた。


 ゆっくりと進む船も漁港を出ると速度を上げ、波に上下する揺れも少なく弾けた海の粒と一緒に気持ちのいい風が鈴音達の頬にぶつかって来る。真下の海は直ぐにその色を例の黒に近い藍色へと変へ釣りのポイントに着いた。

「ここで釣るの?」

「ああ、そうだよ。ここでも水深は200mくらい有るんだ。」

「えっ? だってすぐそこに家が見えるよ。」

「そうなんだって、もうちょっと行くと1000mともっと深くなるんだぜ。」

「知らなかったー、和輝君良く知ってるね。」

「当たり前だろ、漁師の息子なんだぜ。」

 そう言われて鈴音と琴音が船から身を乗り出して海を覗いていると和輝の父親が大きな声を出した。

「あまり覗くなよ、安城あじょう姫に引き込まれるぞ。」

「安城姫って?」

「昔、この近くに有った城の姫だ。水軍の将であった殿が死に、秀吉軍が攻めて来た時に家来と共にここに身を投げたんだ。それで、船から海を覗くと敵が探しに来たと思ってそいつを海に引き摺り込むんだよ。」

「へぇー、知らなかった。」

 和輝の父親の話しに驚きながら鈴音は和輝に向かって答えると、

「漁師仲間じゃ有名な話さ。鈴音の所は違う地区だから家が神社でも知らないのかもね。」

と丁寧に話してくれる。

「じゃあ、準備して始めな。」

 父親の声に息子達が全ての準備を行う。釣り道具から仕掛け、海への入れ方から釣り糸の流し方まで付きっ切りで教えてくれている。その手際の良さと説明の上手さを女子達は目を丸くしながらもカッコいいと思って見つめていた。

 船の左右に分かれて釣りを始めた琴音の竿に落として直ぐに獲物が掛った。水深が深くても現代は電動リールという便利な物が有り小学生でも簡単に深海から魚を釣り上げる事が出来る。リールに付いているボタンを押したあと、琴音は海面を見て徐々に上がって来る魚影にコーフンしながら叫ぶ。

「やったー、釣れたよお姉ちゃーん。」

「凄いねー、何が釣れたのー?」

「分かんなーい。ねえ航輝君、なにそれ。」

「ゲホウ。」

「ゲホウだってー。」

 琴音はそのまま鈴音に返す。

「和輝君、ゲホウって何?」

「えっ、  おーい親父、ゲホウって何?」

「んーん、ソコダラの仲間。」

「だって。」

「だってって、分かんないよ。」

「ゲホウはゲホウだからな。上がったら見てみろよ。刺身も美味うまいし、煮つけは最高だ。」

「ほんと! 楽しみだなー。」

「おい、鈴音のも引いてるぞ。」

「えっ? これ?」

「ああ、深海魚だから良く分からないだろうけど餌に喰いついている。引き上げて。」

「これ? このボタン?」

「そう。」

 和輝は直ぐに網を取りに行き船べりで魚を待っている。黒い海中から白い葉っぱが薄っすらと赤く色付きその片側が綺麗な赤で染められた様になったのがひらひらと揺れながら浮かび上がってくる。釣られているのに泳いで逃げようとする事も無くただ体が受ける海水の抵抗で右に左にと横になった体をその流れに任せたままで浮かび上がって来る。それが網に入ったのを見て鈴音は琴音に声を掛けた。

「琴音っ、お姉ちゃんも釣れたよー。」

「どんな魚ー?」

「赤いのー。」

「ハシキンメ。」

 和輝が直ぐに答える。

「ハシキンメだってー。」

 甲板へと持ち上げられた魚を鈴音が持ち上げようと手を伸ばすのを見て、

「気を付けろ、腹に棘があるぞ。」

と注意をし、釣り針を外して顎を持ちあげ鈴音に渡して来た。

「琴音、これっ。」

 鈴音が琴音にその魚を見せる。

「おーー、目、おっきくて真っ黒だね。綺麗。 航輝君、あれ美味しいの?」

「うまい。」

「じゃあ、私の釣ったのは?」

「うまい。」


 それからは時間の経過に色々な話をして過ごす事が多くなり、釣りのゆっくりした1日を過ごしながら、昼には鈴音達の母親が用意してくれたお昼ご飯に和輝の父親が用意してくれた魚のアラの味噌汁を気持ちのいい揺れの船上で食す。男性だけの兄弟なのでさぞや雑で荒々しいのかと思いきや、とても丁寧で直ぐに物を片付け大変な作業も笑顔でこなしているのを見て鈴音は感心しきりであった。

「和輝君達って凄いね。直ぐに片付けるんだ。」

「狭い船の上に物が有ったら邪魔で危険だろ。」

「へーそうなんだ、だから道路に出てた枝も片付けたんだ。」

 その時琴音が大きな声で喋った。

「お姉ちゃん、航輝君のお兄ちゃんと結婚すればー、そうすればお部屋の片づけしてもらえるじゃん。」

「な、なんて事言うの。」

「お前、部屋散らかしてるのか?」

「そ、そんな事無い。普通の女子の部屋だよ。」

「俺に期待するな。俺の部屋も汚い。」

「へっ?」

「部屋だけは片付かないだよなー、どうしてなんだろう。」

 すると兄の大輝が、

「アニメグッズの所為じゃねえ、捨てたら。」

等と言って来て、それに和輝は直ぐに反応する。

「捨てられっかよ。」

「嫁だもんねー。」

「そっ、えっ? 何で知ってんの?」

「教室で話していたじゃん。」

「えー、聞こえてたの?」

「盛り上がっていたからね。イレーナちゃんだっけ。」

「止めろよ、恥ずかしい。」

 今までかっこよく船上で動き回っていたのが嘘の様に恥ずかしがって小さくなっているのを見て、鈴音は少し笑いながらも可愛らしいとも思った。


 釣りも終わり、鈴音達の家がある港へと戻って来た。

 釣果ちょうかは良く判らなかったが、和輝の父親が言うには深海魚の釣りでこれだけ連れれば上等で、さすが巫女さん達だと褒められた。和輝も同じ様な事を言っていたので釣った数としては良かったのだろう。それを氷と共に詰めた発泡スチロールの箱を手にした和輝と一緒に船を降りて家であるお社へと向かう。

 和輝の料理の腕も確かだった。魚を捌き、刺身、煮つけ、アラは味噌汁にし、大きめに切った白身は鈴音の母親に揚げるといいといって下準備迄した。途中で切り分けた刺身を数切れ皿に盛り、見つめている女性達への味見という試食も行い飽きさせない事も忘れていない。料理に使えない所はまとめてビニール袋に入れ、持って来た発泡スチロールの箱に戻す。料理後の台所も綺麗にしてすっきりとした。やはり手際の良さにこの家の女性陣達は惚れ惚れとしている。

「和輝君が内の息子になればこんなに美味しい魚が食べられるのね。」

 母親の言葉に鈴音も和輝も顔を赤くしていた。


「じゃあ、俺はこれで。」

「歩いて帰るの?」

「ううん、電話したら親父が迎えに来てくれるんだ。」

「そう、じゃあ、それまで一緒に居ようか。 お母さん、送って来るね。」

 境内で腰を下ろして和輝の父親が来るのを待つ。

「今日は本当にありがとう。素敵な誕生日プレゼント。」

「楽しかったなら良かった。琴音ちゃんも喜んでくれていたしね。航輝も楽しそうで良かったよ。」

「うん、初めて見た、漁師さんの仕事。カッコいいね。」

「そうだろ。漁師はカッコいいんだ。俺もまだまだだから早く大輝兄ちゃんみたいに成りたいんだ。」

「和輝君なら成れるよ。」

「なあ鈴音、お前船の上で言っていたよな海からこの社の方を見ながら、私は巫女を継ぐからここを離れる事は無いって。」

「うん、ここで巫女を続けていくの、お母さんから受け継いだ舞いをいつか私の子供に教えるの。」

「そうか、俺もここを離れないって決めているんだ。この綺麗な海がある所を。」

「ふ~ん、漁師になるのね。」

「いや、あの、もしもだ、もしも他に好きな奴が居なかったら俺が神主になる。おれがマスオさんとしてこの家に来てもいいか?」

「えっ?」

「漁師にはならずにお前と、鈴音と結婚してここを継ぐって事。」

「な、何言ってんの急に。 そ、それに和輝君にはイレーナちゃんがいるでしょ。」

「あっ、イレーナちゃんね。イレーナちゃんて何処かお前に似てるんだよ。それで、その、イレーナちゃんが好きなんだ。」

「ちょ、ちょっと待ってよ急に。」

「ああ、急だったからごめん。でも、これが俺の気持ち。鈴音の誕生日には言おうと思ってたんだ、これですっきりした。航輝はさ、大声で言うんだよ、琴音ちゃんと必ず結婚するって、恥ずかしくも無く、もしかしたら俺もそれに感化されちゃったのかも。」

「あ、ありがとう。でも、」

「そうだよな、幼馴染からこんな事急に言われても困るよな。返事はいい、俺の気持ちは伝えたから、もし嫌でも今まで通りの幼馴染で付き合ってくれ。」

「う、うん、考えとく。」

「おう。 おっ、親父が来た。じゃあな。」

「あっ、今日は本当にありがとう。皆にもよろしく言ってね。」

「ああ、じゃあまた明日。」

 和輝は笑顔で手を振って父親の軽トラに乗って帰って行った。


 家に入ると母親が鈴音達に声を掛ける。

「2人共ーー、夕飯前にお風呂に入りなさーい。」

「はーい。」「は  い。」

 お風呂の中でも琴音は船の事ばかりを話して来た。

「お姉ちゃん、今日は楽しかったねー。」

「うん。」

「航輝君ってかっこいいな。」

「うん。」

「航輝君のお兄ちゃん達もかっこ良かったね。」

「うん。」

「航輝君ね、琴音をお嫁さんにするんだって。」

「うん。」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、変だよ、疲れちゃった?」

「ううん、大丈夫。」

「琴音、先に出るね。」

「うん。」

 琴音が風呂から出た後、鈴音は湯船のなかで口まで浸かり、ブクブクと泡を出しながら悶々とした思いを巡らせている。

(じゃあまたねって、明日はどんな顔して会えばいいのよ。)

(イレーナちゃんが私に似てるって? 私がそんなに可愛いわけないじゃん。)

(あーでもイレーナちゃんにアイツ何してるか分からないからな、この変態。)

(んー、でも船の上の和輝、かっこよかったなー。)

(どうしよう、あー、もー、どうしたらいいの?)

(そうよね、親衛隊の皆には絶対に気付かれない様にしないと。)

(あー、もー、もーーー、和輝ったら急なんだからっ!)

 そして頭まで湯船に浸かって風呂を出た。


 食事はその美味しさと和輝が料理したものだと思うと徐々に気持ちも解れ、やっぱり美味しいものは美味しいとしか言えない等と皆で笑いながら夕食を過ごして。久しぶりに見た夢は何だか分らない程に笑いこけているだけの変な夢だった。


 翌日、学校ではギクシャクとした笑顔で和輝に挨拶をしたが、普段と変わらない和輝に少し怒ってそれを親衛隊の皆が不思議な顔で見ていた。授業も何だか分からないままに終わり、下校の自転車で和輝に会わなかった事にホッとしていた。


 悲惨だったのは舞いの練習である。

「どうしたの鈴音。ふらついているじゃない。」

「もっと心を澄ませて、神様の事だけ考えて。」

 神様の事だけ考えろと言われると余計に和輝の顔が浮かび、琴音との間合いが合わずに鈴を鳴らす音がずれる。

「お終い。今日はこれまで。今日の鈴音は全然ダメよ。」

「ご、ごめんなさい。」

「昨日の釣りの疲れが残っているのかもね、2人共今日はゆっくり休みなさい。」


 そんな日が数日続き、学校でも自宅でも皆から心配されながらの日々を過ごしていた。




 7月11日。

 誕生日の前日。

 0時を過ぎれば15才になる。




 布団に潜った鈴音は15才になったら新たな自分に生まれ変わるんだと思いながら深い眠りに就いた。

 今日、11月17日はこのサイトに投稿開始2周年目に突入です。(パチパチパチ)

 1年間書き続けて、新しいものをこの日から投稿したかったので、何とか出来てほっとしている所です。


 「赤い月の欠片」を長編で考え、そちらがメインですので、こちらは不定期投稿になってしまいます。(申し訳ない、本当に申し訳ないと思ってます。)

 人物設定に必要なお話し(5話まで)以降、この物語はオムニバス形式で行こうと思っていますので、それぞれが出来次第アップします。

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