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高慢婚約者に虐げられ国外追放になった俺は超大国の女王となっていた幼馴染に拾われる〜怒り狂った幼馴染により国家存亡の危機に陥った元婚約者は復縁求めて奉仕にやって来るそうです〜

作者: ガラムマサラ

短編です。

1 追放する婚約者と救出する幼馴染



「ルカ、この駄犬! お前をこの国から追い出してやる!」


 その日の朝も、リリアンナは城の裏庭で、俺に思いつく限りの虐げを行っていた。

 まずは鞭打ち。

 俺の一日はコイツに死ぬほど鞭打たれることから始まる。


 ビシ!!


「——ッッ!」


 その容赦のない痛みで思わず声が漏れそうになるが、なんとか耐える。

 声を出せばリリアンナはますます増長するから。


「あなたのような下劣な雑種が、この高貴なる私の婚約者だなんて——嗚呼、なんて、なんて腹立たしいのかしら!」


 俺は彼女の取り巻きに羽交い締めにされていて身動きがとれない。

 彼女はそれに容赦なく鞭を打ち込み続けた。


 彼女——リリアンナ・アンナリーゼは、このカインハースト小公国の第四令嬢だ。そして、俺——ルカ・ギュスターヴの婚約者でもある。


 俺は自慢ではないが大した出自ではない。

 一応貴族ではあったが、とうの昔に没落してしまった。

 しかし彼女と俺の父親同士が大の仲良しで、その昔に軽いノリで身分違いの婚約を決めた。


 俺の父は二年前に帰らぬ人となったが、約束はそのまま。

 彼女はこの理不尽な婚約に腹を立て、やがて俺を虐げるようになり——そして今では、毎日、暇さえあれば俺を使って憂さ晴らしをする。


「この! 泣け! 泣け! 泣くのよッッ!!」


 何度も何度も憎悪の面で俺を打つアンナリーゼ。

 鞭が服を破き、皮を破き、肉を裂き、血が噴き出る。

 そしてとうとう俺は痛みに負けて声を漏らしてしまった。


「ううッッ!!」


「…………アハァ♡」


 それを見て、リリアンナは悪魔のような愉悦に包まれる。


「痛い? そう、痛いのね! アハハハ痛いのッッ? 笑えるぅ! 泣けよ、もっと啼けえ! アンタのことは嫌いだけど、その声だけは嫌いじゃない! アンタが苦しめば、私は嬉しいの!」


 バシバシと、無抵抗の俺を何度も何度も——まるで焼死体のように全身をドス黒く変色させるまで打ち続ける。

 肩で息をしながら嬉しそうにこちらを見下ろすと、


「ハアハア……。私、少しだけ、もよおしてしまいましたわ」


 そう言って、俺を家畜小屋まで連れて行き、糞の山の中に投げて頭から突っ込ませる。


「うわあ……臭い。あなた、全身糞だらけですわ。とても臭いますわよ? ほら、私の聖なる水で洗い流して差し上げましょう」


 スカートをたくし上げ、家畜の糞尿だらけになった俺の前に仁王立ちし、思い切り小便を浴びせた。


「うわッッ!」


「アハハ! ほーら、口を開けなさい? 下劣なアンタも、高貴なる私の水を飲めば、少しはマシになるんじゃなくて? きやははははははッッ♡」


 苦しむ俺を愉快げに嘲笑う。

 それから全部出し終えスッキリすると、今度は部下に俺の身体をロープでぐるぐる巻きにさせる。


「きゃははは! 雑種のアンタと私の愛馬——いったいどっちが速いのか競走よ! さあ走りなさい! さもなくば引き摺られるわよ!」


 それからそのロープの先端を馬に括り付けて、歓声をあげながら馬で街中を走り出す。


「ああっダメ! ほら、ああああー言わんこっちゃなーい♡ きゃはははははみじめぇ、痛ったそー♡」


 なすすべもなく地面に引き摺られる俺。


 通り過ぎる町の人々が、地面に引き摺られる俺を見て口々に囁いている。


「あら、今日もいじめられているわ」

「没落したギュスターヴのとこの子よね? 不憫ねえ。毎日あんな目に遭わされて」

「まるで奴隷みたい」

「バカね、奴隷の方がマシよ。だって奴隷はまだ人間として扱ってもらえるもの」


 今や彼女の婚約者への所業は公然の秘密と化している。

 誰もが見て見ぬ振りをしているのだ。


「良いことを思いついたわ!!」


 それでその日の最後、夕暮れ時に、遂にリリアンナは眩い笑みで、


 あの言葉を告げたのだ——。



「アンタを、この国から追放する!」



「……追放? ですか」


 リリアンナの第一従者であるエルザが眼鏡の位置を直しながら問う。


「ええそうよ! こんなゴミ、この国には不要よ! いなくなればみんなも喜びますわ!」


「具体的には、どうやります?」


 リリアンナはロープでぐるぐる巻きにされ、馬に括り付けられたままの俺を見る。


「この馬を街の外に出し、縛ったままのコイツを引き摺らせ、魔法ペインで三日三晩、不眠不休で走らせるわ。そうすれば馬がコイツを街から遠く離れた場所に連れて行ってくれる!」


「なるほど、それは名案です。さすがはリリアンナ様」

 俺はそれを聞いて、愕然とする。


「いや……待てよ」


 それはもはや一線を超えてしまっている。

 街の外にはモンスターがいるし、盗賊もいる。そんなところで縛られたまま放置されたら、


「死んでしまう……」


「……死ねばいいんじゃない?」


 リリアンナはそう言った。表情ひとつ変えずに、心の底から。


「おお、我が娘よ」

「お父様!! 見てください、これからこの下郎を国外追放します!」


 そこに彼女の父であり、この国の王でもあるゲールマンが通りかかった。

 俺は助けを請う。

 彼は父の親友で、婚約を決めた人なのだ。当然、止めてくれるはず——


「……吾輩はなにも見ていない。聞いていない。いいな、リリアンナ?」


 しかしこともあろうに、その王はそのまま立ち去った。


「お父様は前々から後悔してたのよ。友情に絆され、出来損ないを娘の婿にしてしまった——とね。じゃそゆことで、さよならー♡」


「いやだ! いやだ! やめろ! 死にたくない!」


 俺は必死で叫んだ。

 そんな俺を彼女たちは引きずり、街の門の外に連れて行く。

 皆、俺の叫びを無視した。

 街の人も、門兵すらも。

 俺の味方は、この街には一人もいないかのように、みんなが俺を無視した。


 そして——


「ペイン!」


 ヒヒーン!!


 馬は俺を引きずり走り出す。街が遠ざかっていく。

 リリアンナたちが俺に笑って手を振っている。とても幸せそうな笑みだった。


(嘘だろ……?)


 やがて街は見えなくなり、暗い闇に包まれ、見知らぬ森に入る。


 馬は走り続けた。


 いくつかの森を抜け、日が上り、そして下りて——


 2日ほど経った頃、馬は力尽きる。遂に立ち止まり、そのまま朽ちた。


 そこは平原の真ん中だった。


 俺は一人残される。


 不気味な物音や、鳴き声があらゆる方角から聞こえた。


 ガサリ、ガサリ——。


 足音。

 見れば、人影(、、)がこちらに向かって近づいてきている。


(人型モンスター……!? よりにもよって……!)


 最悪のケースを引いた。

 獲物をただ食べるだけの獣型とは違い、人型は知能が高い分、残虐なものも多く、故に捕まった場合はただでは死ねず、世にも恐ろしい凄惨な目にあうとされている。


(最悪だ……)


 押し寄せる絶望感。


「ルーくん」


(……え?)


 しかし、その人影はどういうわけか、懐かしい声音で懐かしい名を告げた。

 ルーくん。

 それはかつての幼馴染がルカに対して使っていた呼び名だ。

 でもその子は、ルカが六歳の時に俺の前から消えた。剣士の家系であり、栄光を求める親に連れられて出て行ったのだ。

 離れ離れ。

 しばらくは手紙も届いた。

 でもやがてそれも途絶え、噂では、すでに一家もろとも没してしまったのだと、そう言われていたのだが——。


「クーちゃん……? なのか……?」


 目の前にやって来た人影——。

 月光により美しく照らし出されたその少女はやはり紛れもなく、かつての幼馴染、クーちゃんことクーデリアその人だった。


「やっと会えた」


 彼女は優しい笑みで言う。


「迎えに来たの。実はあたし、王様になったんだよ」


 次の瞬間、あたり一面の草が一斉に風でなびく。大きな影が俺たちの上に落ちた。

 見上げると——空に飛行船が飛んでいる。

 それを所持できる国は世界でも数えるほどしかない、あまりにも巨大なラプラス級と呼ばれる規格の船だ。


「あたしの船だよ」


 それが本当なら——

 彼女の国は、あまりにも大きい。




2 幼馴染の純心と感情的報復



「イルシール連合超王国……!?」


 それが俺の幼馴染が王を務める国の名前だという。


「そう。知ってる?」

「知ってるもなにも……」


 この大陸でその名を知らぬ者などいない。世界で一、二を争う超大国だ。


「そか。……よかった、知っててくれて」


 彼女は俺の反応を見て、何故かとてもホッとしている。


 彼女に連れられてラプラス級戦艦に乗り込む。

 すると中の大勢の兵士たちが一斉に跪いた。彼女だけにではなく、俺にも、である。


「おかえりなさいませ、クーデリア女王陛下。そしてようこそいらっしゃいました、ルカ・ギュスターヴ様」


 そう言ったのは立派な鎧とマントを身につけた女騎士だ。面を上げさせて俺は驚く。

 なぜならその騎士は、世界最強の聖剣騎士(ホーリーナイト)キーラ・ナイトブラッドであったからだ。

 世界で知らぬ者などいない、偉大なる剣士である。


 クーデリアの指示で、ほぼ裸同然だった俺に着替えが用意される。着てみると、それはまるで王の如き荘厳なる衣服だった。


「ルーくん、今までどうしてた? ……身体中の傷のこと、訊いてもいい?」


 私室で二人きりになると、彼女はそう訊ねる。

 俺は正直に、これまでのことを話した。


「……そうだったんだ」


 最後まで聴き終えた彼女は、静かに、そうとだけ言った。

 しかし声には言い知れぬ怒気を孕んでいた。


「ねえ、ルーくん」


 やがて彼女は、優しい笑みに表情を切り替えて俺に近づき頬に手を当てる。


「約束を、果たしに来たの」

「……約束?」

「そう。結婚の約束」

「え?」


 寝耳に水だった。それを見て、彼女はくすくすと笑う。


「やっぱり覚えてないか。五歳の時、星降りの丘であたしが結婚してってお願いしたの。そしたらルーくん、『俺は自慢じゃないがものすごく弱いから、守ってくれそうな強い女としか結婚したくない』って」


「……そんなこと言ったのか、俺」


「うん。クスクス。とても素敵で、面白い答えだよね」

「…………」


「それで、『世界で戦えるほどの国の女王なら、即答でOKする』てルーくんが言うから、『じゃあ頑張るから、その時は結婚してね?』て訊いたら、ルーくんは『モロチンだ!』って」


「モロチン……?」

「間違いじゃないよ? 当時のルーくんのマイブームだったの。モロチンって言うのが」

「なるほど」


 幼少期の俺が色々すまんかったな……という気持ちになった。


「ねえ、ルーくん」


 彼女はそこまで説明すると、やがて俺の手をとり、上目遣いに告げてくる。


「あたし、ちゃんとなったよ?」


「…………うん」


「だから、今度こそ、結婚してくれる?」


 俺は信じられない思いでそれを見返した。

 もしかしてクーちゃんは、その時の約束を鵜呑みにして、こんな超大国の女王にまで本当にのし上がったというのか?


「まじかよ」


 俺は思わず笑ってしまった。

 あまりにも彼女という人が凄すぎて。


「笑うことないじゃん。必死で頑張ったのに……」

「すまん。でも、俺でいいのかよ?」

「ルーくんが良いんだよ」


 それはあまりに一途でひたむき過ぎる答え。

 嬉しすぎる。なんて素敵な人なんだろうって、心から思う。


「故に断る」


「ええ!?」


「結婚はできない。まだ」


「そんな!? ……うん? まだ?」


 俺はただの没落貴族の長男。このままじゃあまりにも情けなさ過ぎる。せめてそれなりに、対等になれるように、俺も頑張りたい。


「ルーくんらしい答えだ」


 クーちゃんはそう言って笑ってくれた。


「でも、せめて婚約だけでもしてほしいな」


「うん、わかった。いいよ」


 二人で指切りして、誓いの口づけをして、最後に彼女は俺に指輪を嵌めた。


「エンゲージリング。ルーくんは既にあたしのものだという証左。外さないで」


 これで晴れて俺たちは婚約成立。

 部屋に次々と祝福する配下たちが入ってくる。


「おめでとうございます、ルカ・ギュスターヴ次期国王陛下」


 長い縦書きで呼ばれるようになった。


「あなたに我が絶対の忠誠を誓います」


 ついでに世界一のホーリーナイトからも誓いの口付けを掌に受けた。


「じゃあそういうわけでルーくん」


 ひとしきり皆で喜びを分かち合った後、クーちゃんは女の顔になる。

 女を憎む、女の顔。

 そのまま冷ややかな声音で告げた。


「これからあたしは、あたしの大好きな人の報復を始めるね」



◇◇◇



 その日、小国カインハースト公国——その王室に、激震が走った。


「なっ!? 今、なんと言った?」


 宰相はゲールマン王に、再度通告する。


「……先刻、イルシールより通達がありました。本日巳の刻、貴国への進軍を開始する——と」


 王は愕然とし、口を半開きにして固まる。


「い、イルシール……? そんな……」


 国としての格が違い過ぎる。

 絶対に、勝てるはずのない格上。


「な、何故だ……イルシールは騎士の国だ。故に血の気は多くとも、理由なく他国を侵略することはまずない」


 宰相はやや沈黙し、答える。


「通達には、その理由も添えられていました」

「なに? 理由はなんだ?」


「……『この進軍は、極めて感情的な私怨によるものである。我が愛するルカ・ギュスターヴ次期国王に繰り返し行われていた、あまりに非人道的な仕打ちに端を発し、我らの憤りと、その忠義の矛先を、我がクーデリアの力によって示すものである』——と」


「……な、なんだと……?!」


 天下のイルシール超王国——その長き歴史の中でも超圧倒的な人気のもとに即位した、あのクーデリアからの伝令に、なぜ……、


「なぜ、あの愚男の名が綴られている……?」


 王は愕然とする。


「ルカ・ギュスターヴ……次期国王、だと?」


 どういうことだ?


「くそ!」

「いかがなさいますか?」

「どうもこうもない! なにがイルシールだ! こうなれば、我が公国の力を見せつけてやる!」

「というと?」

「兵を出せ! いかに相手が超大国といえど、絶対に勝てないというわけではない! 我が公国は無敵なのだ!」

「かしこまりました」


 それとあと——。


「娘を……リリアンナをここに呼べ!」3 幾億の聖剣と空に流れる五千の星



「ふふ、わらわらとやって来ました。どうやら戦うつもりのようですね」


 カインハースト小国から少し離れた空を浮かぶイルシール超王国のラプラス級戦艦"ユークリッド"——その艦首から俺たちは地上を眺めていた。


 カインハーストの方角より、地上を埋め尽くす数の騎士たちがこちらに進軍して来ている。


「数はいかほどですか?」

「はい、およそ五千人ほどかと」


 クーちゃんが問うと、横に控えていた一人のメイド服の少女が無表情に答える。

 彼女の名前は"人形"という。奇妙な名前だが、皆がそう呼ぶのでどうやら間違いないようだ。

 いつも無味無感情な彼女だが、とても優秀で、メイド業の他に、クーちゃんの参謀のような役割も務めているのだとか。


「相手の軍をどうみますか?」

「……はい、とても稚拙で脆弱かと」


 クーちゃんはその答えを聞き、満足げに頷く。


「捻り潰しましょう」

「はい。それでは魔道装甲隊を十機——」

「いえ、」


 人形ちゃんの提案をクーちゃんは却下する。


「もっと盛大に叩き潰しましょう。そうじゃないとあたしの気が収まりません。そうですね……、キーラ、あなたが行ってください」


(……え?)


「かしこまりました」


 そう言うと、キーラはなんと一人で戦場に向かおうとする。

 いやいやいやいや、相手五千人だぞ?

 いかに世界最強のホーリーナイトと言えど、それはいくらなんでも——!


 そう俺が主張すると、クーちゃんとキーラは二人でのほほんと笑った。


「……次期国王陛下は、どうやらとてもお優しい方のようだ」

「ふふふ、ルーくん、心配しなくても大丈夫だよ」

「……しかし、そうですね。もし良ければ次期国王、一緒に戦場にどうですか? 目の前で私の戦いぶりを一度見てもらえるととても光栄なのですが」

「それはいいかもね。ルーくん、見てくるといいよ」


 え……???


※※※


 そういうわけで俺はキーラと二人、戦場の地に降り立った。

 向こうからは地平を埋め尽くす五千の兵隊が剣を片手に突進して来ている。


 えー……。あれを二人で相手するの? 物理的に無理だと思うんだけど。

 あれ……? これもしかして俺ワンチャン死んだ?


 しかし横でキーラは余裕の表情だ。


「次期国王、剣の心得は?」

「少しはあるけど」


 本当に少しだけだ。


「なるほど、ではこの剣を差し上げますので、良ければ使ってください」


 そう言うと彼女は腰に提げていた二本の剣のうち、白刃の一本をくれる。

 見るからに業物そうな剣だ。

 シンプルだが美麗な装飾が施されており、かなり大振りだが、手に持つと驚くほどに軽い。


「こんな凄そうな剣、いいのか?」

「はい、もちろんです。我が愛刃のうちの一本ですが、次期国王に気に入って持っていて頂けるというのなら、これに勝る栄誉はありません」


 キーラはそう言って、素敵に微笑む。


 俺だと宝の持ち腐れな気もするけど、本人がそう言うならまあいいか。簡単にくれてしまうあたり、それほど高価な物でもないのかもしれないし。


 ドドドド——!


 と、そろそろ敵が目前まで迫ってきた。

 圧巻——!

 見渡す限りの敵、敵、敵、敵——!


「それでは王よ、少し下がっていてください」


 風で長い髪とマントを翻し、キーラは凛然と告げる。


「本当に大丈夫なのか……?」

「ええ。王の手を煩わせはしません。見ていてください」


 すると——

 次の瞬間、彼女は剣を抜く。赤刃の剣だった。天に高く掲げ、声高く唱える。


「『聖剣技・金剛千手阿修羅』——ッッ!」


 次の瞬間、地中より巨大な山の如き剣が幾万も出現する。大地を切り裂き、その上のものも容赦無く貫く。


「うわあああああああああッッ!!!」


 悲鳴——。

 目の前の大地は見渡す限り、巨大な針山のような惨状になっており、その地上にいたカインハースト軍は一網打尽となっていた。


 一撃——!

 たったの一撃で五千を滅ぼした。

 圧倒的だった。

 これが、世界最強のホーリーナイト!


「ホーリーナイトは世界のありとあらゆる次元に存在する幾億の『聖剣』を操ることができます。あの程度の数、問題ではありません」


 まさしく一騎当千——否、五千。


「す、すげえ……」


「これより、この全てが貴方の力ですよ、次期国王。私はイルシール・王直属七騎士が一人。故に貴方のためだけにこの力を振るいます」


「それは、心強いな……」


「光栄です」


 全てを終えて振り向いた彼女は、とても幸福そうに、無邪気に微笑んだ。


「もしかすると私は、王からそのような言葉を賜りたくて、わざわざ戦場にまで出向かせてしまったのかもしれませんね」


 そんな冗談を口にして、クスクス笑う彼女は、たった今、五千の兵を薙ぎ倒した戦士とはまるで思えないほどに、魅力的な美しさをたたえていた。4 リリアンナ、スケープゴートになる



「今……なんと言った?」


 カインハーストの玉座の上で、ゲールマン王は宰相からの報告を驚愕して訊き返した。


「……はい、全滅した——と、申しました」

「何がだ……?」

「イルシールの戦艦に送り出した五千の兵隊がです。それも敵はたった二人だけであったと。しかもたった一撃で、五千の兵が全滅したとのことです」


 それを報告する宰相の顔もまた、驚愕に満ちている。


「な……二人? それにたった一撃だと……? 人の一振りで、五千もの人間が沈むというのか……!?」


 まるでフィクションの物語を話して聞かされているような気分に陥る。

 現実味がなさ過ぎる。あまりに次元と常識が異なる。


「ちなみにこれが対敵した二人であるとのことです」


 宰相がこちらに魔石盤を見せる。

 そこに現場の兵士が死ぬ前に捕捉した相手の姿が映っていた。


 美しい白銀の軽鎧を身につけた麗しい女騎士と——


「これは……! ルカ・ギュスターヴ!!」


 もう一人はかつての親友の愚かなる息子——ルカその人だった。


「まさか……よもや、本当だとは。ならイルシールからの通告にあった次期国王というのも、やはりコイツなのか!?」


「おそらく、間違いないかと」


「そんなバカな……なぜあんな男が、超大国の次期国王なぞになっている!? それに——」


 あいつはつい先日、この国から追い出したばかりだというのに。

 娘のあの方法ならば、間違いなく死んだと思っていた。

 それがなぜ——。


「リリアンナ様が彼にしてきたことを考えますと、これは困ったことになりましたな」


 リリアンナの所業は、この国の誰もが知るところである。当然王も、把握していた。その上で、見過ごしてもいた。


 それがまるで不当な行いだとは、微塵も思っていなかったからだ。


 あの男は——。

 彼のかつての親友の息子は——。


 あまりにひどい、出来損ないだった。


 報告によれば、彼は剣も魔法もまるで才能がなく、学問の方もそれほどでなく——つまりは凡夫。否、それ以下であると言える。


 なんでも魔力量だけは異様に多いとのことだったが。


(しかし魔力だけ多くて、いったい何の意味がある? 使う力がなければ無意味。つまりアイツは能無しだ)


 友との悪ノリで、娘と婚約まで取り決めてしまったことを、ひどく後悔したものだ。


 けれど一度取り決めた約束を反故にしては、王としての沽券に関わる。


 だから、向こうから音を上げてくれれば都合が良かった。

 だからあの時、あのまま自分の知らないところで勝手に死んでくれればこれに勝る幸運はないと、そう思っていた。


(しかし、まさか生きていたとは!)


「終わりだ……どうしよう、ワシら、殺されてしまうぞ!? あのガキに……あんな奴に!?」


 ゲールマンは取り乱す。頭を掻きむしる。白髪がボロボロと抜けた。


「こ、降伏しよう……! 白旗をあげるぞ!」


「——! 陛下!」


 宰相が報告する。


「た、たった今、新たな通告が敵国より届きました。『明朝、貴国に最終侵攻をかける。降伏は受け入れない。我らの目的は、大切なルカ王のための報復にある。貴国の王族には、もれなく惨たらしくも容赦ない、圧倒的な死を与えることをここに宣言する』——との、こと……」


「うわああああああああああ!??」


 王は発狂する。


「娘を! リリアンナはまだ来ないのか!? 呼び出してからどれほど経ったと思っている!」


 あの娘は呼んでもいつだってすぐ来ない!

 おのれ! あの忌々しいリリアンナめ!


 彼は苦境に陥り、とうとうその憎しみを娘に向け出した。



 ※※※



 数時間後、王の前にけたたましいリリアンナの喚き声が響いた。

 無理矢理連行する兵に、リリアンナが噛み付いているようだ。


「なにすんのよ! 無礼よ! この、死刑——死刑にしてやる! お父様に言いつけて、死刑に——」


「リリアンッッ!」


「——ッッ?!」


 王が一喝し、娘は黙る。

 その様子から、何か抜き差しならぬことが起きていることを彼女は察した。


「な、なんですの……? お父様」


 王は怒気を放ち告げる。


「呼び出したのは、お前があの御方に長らく行ってきた、数々の由々しき悪行について咎めるためだ」


「……??? 御方? 悪行? 一体誰の、なんのことですの?」


「あの御方と言ったら決まっておろう! あの高貴なるルカ・ギュスターヴ大王のことだ!」


「……は? 血迷いましたの? あんなクソ下郎を」


「黙れ!!」


 ビク!

 怒鳴られ、リリアンナは身体を震わせる。


「これでハッキリしたぞ! 悪いのはお前だ、リリアンナ! お前に償わせる……!」


 王もまた、恐怖と怒りでワナワナと震えていた。


「お前があんなことをしなければ……あんな……、国外追放などと、馬鹿げたことをするから——!」


「お父様……いったい……?」


 訳がわからないでいるリリアンナに、王はやがて言い渡した。


「責任を取れ! お前が、あの御方の足の裏でもケツの穴でもなんでも舐めて、謝って来い!」


「……は?」5 嫌われると相手を好きになってしまう呪い



「カインハーストは、娘——リリアンナをこちらに寄越すと言ってきています」


 人形からその報告を聞いて、クーデリアはニッコリとした笑みを浮かべた。


※※※


 トントン——。


 クーデリアのいる部屋の扉がノックされ、人形が女を連れて部屋に入ってくる。

 その女は、リリアンナと名乗った。

 美しい艶のあるブロンドで、目鼻立ちが整っており、スタイルも悪くない。


「な、なんですの、あなた……」


 しかし頭は然程良くないようだ。

 未だに状況を飲み込めていない。


「ようこそ、我が艦へ。自己紹介しておきますね、あたしの名前はクーデリア。イルシールの女王にして、ルカ・ギュスターヴの次期妃となる者です」


「……は? イルシール? ルカの婚約者? ぷぷ! あーはっはっは! 冗談でしょう?! あんた、あんなゴミと婚約したというの!? 見る目無さすぎい!」


 大笑いするリリアンナに、ニコリと上品な笑みをクーデリアは浮かべると、静かに歩み寄り、バシン! とビンタする。


「——ッッ!?」


「口を慎みなさい、雑種。誰に向かってものを言っているの? あたしは超王国現女王——そしてルカ・ギュスターヴはその次期国王ですよ? あなたは一体何なのです? どこの田舎町の何番目の娘なのですか? クスクス」


 リリアンナは、顔を真っ赤にした。


「あなたの国は、現在、我がイルシールにより、破滅的状況に追いやられている。あなたの父親は、そんな状況下で、あなたを寄越した。これの意味がわかりますか? 馬鹿なあなたには少し難しいのかしら? ならこう言えば理解できますか? あなたが今生きているのは、100パーセントあたしの気まぐれにすぎない。あたしはいつでもあなたを殺すことができる。そして殺したいと思っている。迷いなく、気まぐれに。理解しました? それならすぐに這いつくばりなさい、ドブス」


「あ、アンタ——ッッ!」


「……あんた?」


「い、いえ、何も……あり、ません……クーデリア……様」


 リリアンナは、這いつくばる。

 クーデリアはニコリとして、それを見下ろす。足をかける。


「わ、私を、いったいどうするおつもりですの……?」

「……あたしは、大好きなルーくんがこれまでされてきたことを思うと、全身が怒りで煮えたぎる。あなたの顔を見ると、いかに惨たらしく殺せるか、思わず夢想してしまう。でも我慢しようと思います。それではあまりに呆気ないから」


 クーデリアは懐から取り出す。

 それはどこか禍々しい、杭のような代物だった。


「これは……あたしが呪いを込めた、呪具です」


「呪い……?」


「あたしは呪詛騎士(カースナイト)なんです。そしてこの呪具には、次のような呪いを込めてある」


——呪詛詳細

① ルカに不快な感情を抱かせると、その代償として、被呪者はその分だけルカのことを好きになる

② ルカを悦ばせられると、①による効果を一段階前に戻せる

③一定期間①or②の条件を満たせない場合、自動で呪いが進行する。その場合、全ての効果の単価が大きくなる

④呪いの存在を誰かに開示すると、①の効果がカンストする

⑤ ①による効果がカンストし、その上で◯◯◯をルカと成した場合、呪詛による全ての精神操作が解除される

⑥ ⑤の後、被呪者の精神状態が◯◯だった場合、被呪者は致死する。◯◯だった場合、それ以上何も起きない


「ところどころ条件が抜けているのは、いったい何なのですの?」


「なぜあたしが、わざわざ全ての条件をあなたに開示しなければならないの?」


「……くっ」


「まあとにかく、まとめると、これからあなたは、ルーくんに誠心誠意媚び続ける必要がある。これまであなたがゴミと罵り、蔑んできたあの人に、全力で奉仕するの。ふふ、見ものね……。別にしなくてもいいけど、その場合あなたは、勝手にルーくんの虜になる。そして……クスクス」


 クーデリアは静かに冷たく笑う。

 その表情で、とても惨たらしい未来が予見されて、リリアンナは青ざめた。


「お、おやめになって……お願い、」

「……え?」

「やめて、お願い、助けて——!」


「馬鹿なの? どうしてあたしが、あなたなんかを助けないといけないの?」


「——ッッ!」


 クーデリアは無味に、手の中の杭型の呪具をリリアンナの胸に打ち込む。


「あああああああああああ!!?」


 打ち込まれた杭は煙のように消え、しかし痛みで、リリアンナは悶えて、最後に呪詛は完成した。

 彼女の胸元には、奇妙な紋様が浮かび上がっていた。6 嫌々だけど進んで奉仕せざるを得ない高飛車お嬢様



「え……? リリアンナ……が、どうしてここに?」


 翌日、俺が玉座の間に行くと、そこにはイブニングドレスを身に纏ったリリアンナが伏して待っていた。


「昨晩、亡命してきたの。心を入れ替え、これからはルーくんにお仕えしたいんだって。いまいち信用できないけど、でもあまりにも必死にお願いしてくるものだから、試用期間で置いてあげることにしたの」


「へえ……」


 さすがクーちゃん。とっても優しい。

 すると目の前のリリアンナが立ち上がり、髪をファサっと掻き上げつつ述べる。


「驚きまして? まあ、そういうことですわ! あ、あなたに尽くしてやりますので、せいぜい感謝するといいですわ!」


 それを言うリリアンナの高飛車な様子は、いやでも以前の鞭打つ彼女を想起させる。

 俺は嫌な気分になった。


 ——と、


「うぅ!?」


 彼女に何か異変が起きる。

 ぶるぶると震え、内股になり、そして胸を押さえて、赤面する。


「なっ——!?」


 するとどういうわけか、今の彼女は少しだけ前の彼女より可愛くなっている。

 リリアンナは俺と目線を交わすと、恥ずかしげにし、明後日に逸らすようになっている。


「ど、どういう……そんな……まさか……私の心が……」


「どうしたんだ?」


「う、うるさい!! 私に話しかけ——」


 叫び、そしてまた真っ赤になって震える。


「あああアン——ッッ!?」


 彼女はピクピクと、崩れ落ちる。


「大丈夫か?!」


 俺は心配になって駆け寄り、彼女を介抱する。


 抱き起すと、彼女は顔を真っ赤にした。

 それでとても悔しそうに、


「や、やめろぉ……ぅぅ……ど、どうして……どうしてこんなに……!!」


 と言って胸を苦しそうに抑える。


「胸が痛いのか!?」


「なぜ、私などをそんなに気にかけるのです!? あんなに酷い目にあわせてきたこんな女……放っておけばいいじゃありませんか」


「……たしかに。でも、変だな、やっぱ苦しんでるお前を見たら、心配になったよ」


 そう言うと、彼女は心底悔しげに、しかしまるで昂るように赤面した。


「ばか……」


 リリアンナは静かにドレスを脱ぐ。


「うわ!」


 思わず目を逸らそうとするが、その前によく見てみると、下にはハイレグアーマーが装着されていた。

 アーマーなら、別に目を逸らす必要もないのか? これだけで往来を闊歩するどんな戦士がいるくらいだし。

 でも戦士でもないリリアンナが、しかもドレスの下にそれを着ていたというのが、どうにもこうにもちょっとエロい。


「くっ……! さ、触ってくださっても……い、いいんですの……よ?」


 リリアンナは震える手で、俺の手を掴み、ハイレグアーマーの胸部装甲の上に当てさせた。


 すると、リリアンナの様子がまた変調していく。

 にじませる感情が、恥じらいよりも、怒りの方が占める割合が多くなった気がした。


「く、くぅううう……!」


 そんな、獣のようなうめきを洩らす始末。

 しかしそんな状態でも彼女は跪き、ルカの靴を脱がし、足の指を舐めながら言った。


「ルカ……様……ぅぅ……ルカ様……、どうか、私を、私を……飼ってくださいまし……! お見捨てにならないで。好きになっくださいまし……!!」


 悔しげに、しかも半泣きで、しかし自ら進んで足を舐め回すその様子は、まったくアブノーマルで、異様な光景だった。

暇つぶしで書いたものですが、とりあえず様子見であげてみます

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― 新着の感想 ―
[一言] 終わりまで主人公何1つしないでただそこにいただけだし幼馴染みが偉いだけのただのヒモ男じゃん。元の環境をただ受け入れるだけで自分から劣悪環境を抜け出す努力すら欠片もしてなかったみたいだし、元の…
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