レーナを探して 10
「お前は偽トリュフの売人だろう。レーナを恨んでの凶行か?」
「ああそうだ。分かっているなら、話が早い」
「捕まらなかったんだろ。何を恨む理由がある」
「捕まらなかったが、この女のせいで偽トリュフの商売が二度とできなくなった。ボロ儲けしていたのに」
「まっとうな商売をすればいいじゃない」
レーナが口を挟んだ。
「うるさい! お前は口出しするな!」
「あなた、いろんな都市を回って行商していたんでしょ。お店にも直接売り込んで。度胸も商才もあるじゃない。人を騙そうとしないで、良いものを適正価格で売れば大成功するわよ」
レーナは、褒める作戦に出た。
詐欺師は商売上手なのだから、その才能を正しく生かせば世の中のためになる。
市場によい食材が流通しないと料理人は本当に困ってしまう。エントのような人材も社会には必要だと考えている。
「う、うるさい! うるさい! お前に何が分かる!」
「この国では、北と南からよい作物がたくさん入ってくるでしょ。そうね……、スパイスを扱うってのはどう? 地方に出回っていないスパイスを売って回れば、儲けられるんじゃない?」
「スパイス? へ! ヴェントーネの田舎者にそんなものが売れるかい!」
「あら、売り方次第じゃない? どうして売れないかと言うと、使い方が分からないからなの。そこで、売る時にレシピを付けるの」
「俺はレシピなんて書けない。料理も苦手だ」
「私が教えてあげる」
「え?」
レーナの申し出にエントは驚いた。
「一番素晴らしいスパイス料理をね。屋台まで戻りましょう」
レーナが可愛らしくウィンクする。
人のよいレーナをさすがに見かねて、カルロ王子は忠告した。
「レーナ、こいつはお前をさらった男だぞ」
「知っている」
「信用し過ぎじゃないか?」
「大丈夫よ。丁度、仕入れたスパイスの使い道を考えているところだったのよね」
全員で屋台まで戻った。
「手順を見せていくね」
小皿にスパイスを入れていく。
「クミン1、コリアンダー1、ターメリック0.5、レッドペッパー0.5。基本のカレーは、このたった四種をこの配合で合わせればいいの。ここに他のスパイスを加えると、自分だけのカレーが出来る」
フライパンでみじん切りの野菜を炒めた。
「野菜は、手元にあるもの何でもいい。火が通ったら、潰したトマトと水を入れて沸騰させる。ある程度水分が飛んで煮詰まったら、先ほど合わせておいたスパイスを投入してよく混ぜる」
カレーの香りが広がる。
「軽く沸騰させて……、はい、カレーの出来上がり。簡単でしょ。さあ、食べてみて」
「そんなことを言って、毒が入っているんじゃないか?」
エントは、疑り深かった。
「では、私たちが先に頂こう」
カルロ王子とランベルトが先に食べることにした。
「グリーンカレーに比べるとずいぶん黄色いな」
「これが基本の色。加えた食材で色は変わるの」
一口食べただけで、辛さが身に染みる。
「ああ、辛い! けど、美味しい!」
カルロ王子が噛み締めるように言った。
「辛さが直撃する! でも、旨い! 辛さの向こうに旨さがある!」
ランベルトも、絶賛した。
「ね、美味しいでしょ」
レーナは、満足そうだ。
「これで、毒入りではないと分かっただろ。エントも食べてみろ」
二人の反応を見て、エントがカレーに手を出した。
「うわ、辛い! アババババ!」
一口食べて辛さに驚き、舌を出してのたうち回った。
「お前ら、俺を騙したな! こんなもんは、食いもんじゃねえ!」
文句が止まらない。
「いや、こういう料理なんだよ」
「水くれ! 水!」
「水よりも、牛乳がいいですよ」
レーナがコップに牛乳を入れて差し出した。
「よこせ!」
奪うように受け取ると、一気飲みした。
「ハァー、落ち着いた。本当だ。辛くなくなった」
「脂肪分の高い牛乳を飲むと、辛さが消えるの。辛さが苦手な人には勧めてみて。カレーに牛乳を混ぜると子供向けカレーになるわ」
「しかし……、こんなに辛いものが人気になるとは思えない」
カルロ王子が援護で説明を加えた。
「最初は辛さに舌が驚くが、食べ慣れると平気になる。そして、もっと食べたくなる。それがカレーだ」
「本当に?」
「本当だ」
レーナは、即席でメモしたレシピをエントに渡した。
「このレシピをあげるから、スパイスを売る時に使ってみて。カレーの美味しさが知れ渡れば、客が殺到するはず。期待して」
「貰っていいのか?」
「あなたが偽トリュフ売りから足を洗えるなら、安いものよ」
エントは真っ赤な顔で小さく言った。
「ありがとう……。乱暴な真似をして悪かった……」
「いいのよ」
カルロ王子とランベルトは、感動した。
「さすが、レーナだ」
「こんなことって、あるのか?」
悪者が改心したことに、驚きを隠せない。
カルロ王子は、レーナをますます好きになった。
(レーナは全く変わっていない。オノフリオのことも、エントのことも、自分を苦しめた相手を恨まない。逆に、少しでも光明を見いだして救いの手を差し伸べる。聖女だ。なんて、素晴らしいんだ。私の人生に必要な人はレーナだ。レーナ以外に考えられない!)
どんな障害があろうとも、どれだけ反対されようとも、レーナと共に生きるのだと決意した。
(お城に戻ったら、堂々と宣言しよう。ブルネッラ王女にも、兄はもう逃げたり誤魔化したりしないと言おう)
自分を心配してくれた妹に対して、冷たい対応を取ってしまったことに反省しきりだ。
エントは何度も頭を下げて、帰っていった。
「これで二度と偽トリュフ売りをしないといいな」
「レーナは凄いなあ。あの悪者にあそこまで配慮してやるんだから」
しかし、レーナの顔色は冴えない。
「どうした? 元気がないように見えるが」
「私……、私は……、大きな罪を犯しました」
突然の告白に、カルロ王子とランベルトは表情を引き締める。
「罪とは?」
「収穫したトリュフは王室に送らなければいけないと知らず、私は、ペッピーノが見つけたトリュフを勝手に売ってしまいました。今回、あの人が起こした偽トリュフ騒動で、トリュフを売るのにも許可が必要だと知りました。本当はすぐに名乗り出るべきだったけど、私の料理を楽しみにしているお客様がたくさんいらして、明日も食べにくるよと言われて踏ん切りがつきませんでした。だけど、いつまでも隠していてはいけませんね。あの人も改心したことだし、私、自首します」
「レーナ!」
レーナがそんなに深い悩みを抱えていたとは思いもしなかったカルロ王子は、うろたえた。
次で最終回です。




