愛の逃避行 4
「シー。騒ぐな。気づかれる」
「あ!」
レーナは、慌てて自分の口を塞いだ。
「ビックリした。儀式中は関係者以外立ち入り禁止ですよ」
「分かっている。だから見つからないように、忍び込んでいるんだ」
「もしかして、チャロを助けに来たとか?」
まさかと思いつつ聞いてみると、サビーノが頷いたのでまた驚いた。
「そうだ」
「ええ! だって、チャロが目障りだったんじゃないの?」
「違う。あれは仕方なくやっていたことだ」
「この町から追い出そうと嫌がらせしていたことが?」
「それには理由があったんだ。次の生贄であの子が選ばれる可能性が高いと思ったから。その前にいなくなればと考えて、追い出すように仕向けていた。上手くいかなかったけどな」
チャロの身を考えてやったことだったと白状した。
「こうなるって、知っていたんですか?」
「生贄に選ばれる娘には条件がいくつかあって、家柄、身内の職業、資産の有無などであの子に当てはまることが多かったから、可能性が高いと思っていた」
「占いで選ばれると聞きましたけど」
「それは本人と身内を納得させるために吐く表向きの嘘。お偉い人たちだって、自分の娘や孫を生贄にしたくないだろ。占いで選ばれたと言えば疑われない。だが裏では、選ぶ側の都合が優先されている。どの家庭だって生贄に家族を差しだしたくない。家族が多いほど、説得に時間が掛かってしまう。しかし、あの子の身内は祖父だけ。家族が少なければ、説得するのも楽。際立った資産もないから、いくらか握らせれば黙る。それらの理由で、生贄に選ばれる家の娘はだいたい見当がついてしまう」
「おじいさんは納得したんでしょうか?」
「チャロが選ばれたと聞いて、家まで行って祖父に会った。年を取りすぎて、まともな判断力がなかった。それでうまく言いくるめられてしまったんだろう。チャロ本人も、自分が死んだ後の祖父の世話を約束されたことで、渋々承諾したんだ」
「そんな……」
チャロが自ら選んだ、いや、選ばざるを得なかった。それがとても悲しい。
ふとサビーノを見ると、縛られているチャロを見て、目が潤んでいる。やはり、素顔は涙もろい人情家だった。
レーナがジッと見ていると、サビーノが慌てて涙を拭った。頬に涙の跡が残る。
「で、あんたは何しにここに来た?」
「私もチャロを助けようと思っています。協力しあいませんか?」
「それは助かるが……」
「助けた後は、どうするつもりですか」
ばれたら捕まってしまい、結局生贄にされてしまうだろう。
「チャロと一緒に、俺も逃げるつもりだ」
サビーノの口から爆弾発言が出た。
「え? それって、駆け落ちってことですか?」
「そんなにハッキリ言うな」
サビーノが照れたので、もっとビックリした。
顔つきから、本気が見て取れた。
「ウワー、そうだったんですか。いつの間にそんな仲に! 愛の逃避行ですね。ロマンティックで素敵!」
レーナは、自分の事のように嬉しくなった。
「そんなんじゃない。儀式をぶち壊した以上、この町に居続けることは出来ないからだ」
「またまた! 照れ隠しはいいですよ。好きでなければ、ここまで捨て身でやらないでしょ。自分の命だって賭けることになるんですから」
「からかうんじゃない。怒るぞ!」
サビーノが拳を振り上げた。
「はいはい。ごめんなさい」
チャロへの辛い当たりも、好きだからこそ。それが分かって、レーナは「ウフフ」と笑う。
「ところで、二人で逃げるのはいいけど、パッソーニ一家はどうするんですか?」
「迷惑掛けないよう、このことは誰にも明かしていない。ボスにもだ。俺一人の考えでやっている。だから、俺が逃げたと思って探すだろう。ボスには落ち着いたら説明に行くつもりだ」
「きっと理解してくれると思います」
ジェルマーノなら、忠誠を尽くしてきたサビーノの熱い想いを汲んでくれるに違いないと、レーナは思った。
祝詞が終わって、一同、静かに礼をする。
「儀式が終わるぞ」
「サビーノのこの後の計画は?」
「会食中に飛び込んで、チャロの縄を切って連れ出すつもりだ」
「なるほど。ここは警備が手薄。皆、油断していますものね。でも、あの人数に追いかけられたら捕まってしまうでしょう。私にも計画があります。そのための準備をしてきたんで、どうか、私が合図するまで手だし無用でお願いします」
「それはどんな計画だ?」
「それは……」
レーナは、軽く説明した。
「そんなにうまくいくだろうか」
「勝率はかなり高いと思いますよ」
「分かった。料理人のあんたを信じよう」
一同が祭壇前で車座になる。会食開始だ。
「いざ、出陣!」
出て行ったレーナは、お膳を一人一人の前に運んでいった。
「さ、どうぞ」
全員に、瓶に入れたはちみつ酒を注いで回る。
「……」
誰もが押し黙って酒を飲み、小さく食べている。
レーナが作った儀式料理はどれも美味しくて、全員、すぐに食べてしまった。
「これ、誰が作ったんだ?」
「私です」
「……不味いなあ」
不味いと言われたのは初めてだ。
「お口に合いませんでしたでしょうか。申し訳ございません」
「いや、違う。味には文句をつけようがない。が、こういう時の料理は不味くて食が進まないぐらいが丁度良い」
「勉強不足でございました」
レーナは、謝った。
「この酒も、美味くてつい飲んでしまう」
「お酒は飲んでいいんだよ。正気ではいられないんだから」
やはり、彼らも生贄を捧げる儀式をやりたくないのだ。正気を失うことも、酒宴の目的の一つなのだろう。
「お酒はたくさんご用意しております。いくらでもお飲み頂けます」
レーナは、休むことなく注いで回った。
口当たりが良いはちみつ酒。いくらでも杯が進んでしまう。
「なんか、急に眠気が……」
一人がバタリとその場に倒れ込んだ。それに続くかのように皆が倒れていく。
全員が寝てしまった。
「サビーノ、今です!」
レーナが合図を送ると、隠れていたサビーノが出てきた。
「おう、どうなるかと思ったが、全員、寝てしまったな。料理に何か仕込んだのか?」
「人聞きが悪いですね。幻覚キノコを少しだけ、オムレツのキノコソースに混ぜ込みましたけど」
ウフフとレーナは含み笑いした。
「儀式料理は全て、眠くなる食材で作ったんです。もちろん、はちみつ酒を選んだ理由もそれです」
ナッツ、バナナ、キウィ、レンズ豆、チーズ、そしてはちみつ酒のはちみつ。これらの共通点は、催眠効果に長けている栄養が入っていることだ。
それに加えて、幻覚キノコを食べたことで数時間は目を覚まさないだろう。
「さ、今の内です」
サビーノは、チャロを縛っている縄を解いた。
「ああ! ああ!」
真っ青な顔でふらつくチャロをレーナが抱きしめる。
「もう大丈夫だから、安心して!」
「ウワアアアアン!」
チャロは、死の恐怖から解放された喜びに号泣した。
「そして、チャロの代わりに岩を結びつける。サビーノ、用意してくれた?」
「ああ」
サビーノがチャロと同じ重さの岩を縄に結び付けた。
これもレーナのアイデア。サビーノに頼んで、丁度良い岩を探してもらっていた。
「ヴェントーネ火山の神よ! これが生贄だ! 受け取れ! それ!」
岩を火口に向けて力いっぱい投げ入れる。ゴロゴロと斜面を転がってマグマに落ちた。
ドボンという音の代わりに、「ジュワー」と、蒸発する音が聞こえて、一瞬で消えてなくなった。
三人は、全身ゾワッとした。




