愛の逃避行 3
レーナが儀式料理を完成させたのは、儀式当日のことだった。
「こんなギリギリじゃ、試食もできないじゃない」
ベニアミーナが呆れた。
「試食はいりません」
「ビビアナの許可は?」
「私に全権任せてくださいました」
「こんなメニューで納得してくれるのかしらね」
こんなメニューとこき下ろされる。
レーナが用意したメニューは、クルミソースの掛かったレンズ豆の豆腐、ナッツのチーズ和え、バナナブリュレ、キウィサラダ。キノコソースが掛かったオムレツ。ソーダブレッド。
「まるでカフェの朝食メニューじゃない」
ベニアミーナがバカにする。
「これが酒か」
コルンバーノが壺に入ったお酒の匂いを嗅いだ。
「いい感じに発酵しているな」
「これもレーナが作ったの?」
「ええ。自分で作ったはちみつ酒なの」
はちみつ酒は、雨水が入ったハチの巣で自然発酵しているのを発見された、古来より人間に飲まれているお酒である。
壺に水と生のはちみつを混ぜて一週間おくだけで、出来上がる。それをレーナは自分で作った。
「発酵で甘みが抑えられて飲みやすく、いろんなフレーバーを加えて味変も楽しめるんですよ」
「へえ、ちょっと飲んでもいい?」
「どうぞ」
ベニアミーナは、はちみつ酒を飲んだ。途端に目を見開く。
「本当だ! 飲みやすくて美味しい! はちみつの味が残っていて、だけどそれほど甘くない」
「俺にも飲ませて」
コルンバーノも加わった。
シナモンを掛けたり、レモン果汁で割ったり、牛乳と混ぜたりして、ベニアミーナとコルンバーノが飲み比べていく。
それを見ていたクラウディオも興味をそそられ、耐え切れずに「一杯飲ませてくれ」と言いだした。
「これは止まらない!」
はちみつ酒をすっかり気に入って飲み進めた結果、三人共ほろ酔いとなってしまった。
レーナはニンマリ。
(これなら成功間違いなし! あとは、その場にいられれば……)
ビビアナが呼びに来た。
「そろそろ、時間だよ」
「はい。準備は整っています」
ビビアナがお膳の出来を確認していく。
「フウン、見栄えよく出来ているじゃないか」
「配膳とお酌は誰がするんですか?」
「神聖な儀式だからねえ、スタッフは一人しかだせないんだ」
(それなら)と、レーナは名乗り出た。
「ビビアナにお願いがあります」
「何だい?」
「私にその役をさせてください」
ビビアナは、他の三人を見た。酔っぱらっていて使えない。どのみち、レーナしかいない。
「熱心でよいことだ。許可するが、儀式をぶち壊すことだけはするんじゃないよ」
勘の良いビビアナはレーナの下心を察していたが、どうせ何もできないだろうと許可した。
ヴェントーネ火山の火口近くに作られた祭壇前では、司祭、町長、商工会長、町の有力者たちが揃いの礼服を着て、自分たちの儀式料理到着を待ち構えていた。チャロの分は先に渡してあった。
そこに、ガリオや他のスタッフと共に、儀式料理のお膳を人数分とお酒の壺を大量に運び込んだ。
終わると、レーナ以外は山を下りていった。
レーナはチャロを探した。
(チャロは……、いた!)
白い式服を着せられたチャロは、逃げ出さないように縄で繋がれて、一番前に座らされている。
(なんてことを!)
チャロがレーナに気付き、泣きそうになる。
(チャロ、気をしっかり持って! 絶対に助けてあげるからね!)
レーナは、チャロに励ましの視線を送った。
儀式が始まった。
「ヴェントーネ火山の神よ、かしこみかしこみ……」
司祭がお祓い棒を火口に向けて振りながら、気を集中させて長い祝詞を唱えていく。
参列者は、頭を下げて厳かに聞いている。
チャロは、恐ろしいほどの無表情でジッと前を見ている。それはまるで、自分の感情を無理やり殺しているかのようだ。
裏で儀式を見守っていると、誰かにトントンと肩を叩かれた。
(誰もいないはずなのに?)
不思議に思いながら振りむくと、悲痛な面持ちのサビーノがいるではないか。
「ワア!」
レーナは、飛び上がらんばかりに驚いた。




