愛の逃避行 2
厨房で下ごしらえ中、ベニアミーナが思い出したように口にした。
「もうすぐ、儀式の日だわね」
「儀式? ああ、20年に一度開催される儀式のこと?」
「そうよ。ヴェントーネ火山の神様に奉納する儀式。よく知っているじゃない」
「前にビビアナから聞いたので。楽しみだわ」
「なんで?」
「お祭りじゃないの? ここのお祭り、見てみたいなあ」
ベニアミーナは、呆れた顔になった。
「お祭りじゃないわよ。儀式だけ。参加するのは、司祭、町長、商工会議所の会長、温泉街の重鎮や関係者たち。私たち一般には関係ないから」
「なんだ。お祭りじゃないのか」
たくさんの人々が集まって楽しく過ごす日本の夏祭り。それをレーナは想像していた。
あれだって、五穀豊穣を祈って神様に奉納する儀式があってのお祭りではあるが、露店がたくさん出て、賑やかで、花火が上がって、格好のデートの口実になる。
ここでは違うようで、少し残念だ。
「真剣な儀式よ。なんたって、ヴェントーネ火山の神様に生贄を捧げるんだから」
「い、生贄⁉」
レーナは衝撃を受けた。
「生贄って?」
「選ばれた若い娘が、生きたまま火口に放り込まれるの」
「死んじゃう!」
「それが生贄でしょ。ああ、うるさい。レーナは選ばれる心配はないから、安心しなさい」
ベニアミーナがうざったそうに顔をしかめる。
「その生贄って、どうやって選ばれるの?」
「占い」
「そんなもので?」
「占いで選ばれるんだから、誰も文句を付けられない。生贄になった娘は、死後に町を救った英雄として教会で奉られるから、それで我慢しなさいってこと」
「だからと言って、生贄なんて……」
つい最近、自分が生贄になるかもしれなかったが、それとは比べ物にならない。生きたまま火口に放り込まれてしまう、文字通りの生贄。とても信じられない。
「じゃあ、レーナが身代わりになる?」
「う……」
「ほらね。口だけのくせに、いい子ぶってんじゃないわよ。ここの人たちは、何百年もこの儀式でヴェントーネ火山の噴火を防いできたの。もしも噴火したら、村人がたくさん死んでしまう。麓にはマグマが流れて燃え尽き、降り注いだ灰に埋もれる。一人の犠牲で何千人もの命が助かるんだから、理にかなっている。他所から来たあんたに何が分かるって言うの。偽善を振り回して余計な口出ししないで」
レーナは胸が痛んだ。
「そんなつもりは……。非科学的すぎるから……。噴火と生贄は関係ないのに……」
「ふん」
ベニアミーナは分かってくれない。
ビビアナがやってきた。
「全員集合!」
コルンバーノ、クラウディオが集まる。レーナとベニアミーナも話を中断した。
「揃ったね。えー、では発表がある。今度の儀式料理をタルパが請け負うこととなった」
「儀式料理って、もしかして……」
「火山の神様に生贄を捧げる儀式のお膳。これは大変名誉なことなので、成功に向けて全力をあげるように」
「「はい!」」
コルンバーノとベニアミーナは、張り切って返事する。クラウディオは、無言。レーナも無言だ。
「レーナが代表でメニューを考えるように。肉と魚を使うことはできない。それ以外は自由に作ってよい」
「は、はい……」
「元気がないね」
「いえ……」
レーナは、全く気が乗らなかった。できれば辞退したいぐらいだ。
「儀式の流れを教えてください。どのタイミングで儀式料理を食べるのでしょうか」
「生贄の娘は、一人で先に食事を頂いてから沐浴で禊を行う。着替えが整うと、火口の祭壇で司祭が祈りを捧げる。一同で儀式料理を頂き、生贄の娘は火口に身を投げる」
「食べている目の前で?」
目の前で人が死ぬのに、どうして飲み食いできる気になるのだろう。
「祭壇前で食事を頂くことで、神様と一体になり、喜んでもらうんだよ。生贄の娘が神様の食事ということさ」
「……」
そんなことで噴火が抑えられるはずがないのに、犠牲者を出すことで安心して日常を暮らせる。
だけどやっぱりそれは納得できることではない。
とうとう、黙っていられなくなった。
「生贄には反対です。そんなことをしても、噴火とは関係ありません。何か違う方法でもいいんじゃないでしょうか。例えば、人形を生贄に見立てて捧げるとか……」
ビビアナの顔つきが険しくなる。
「おだまり! 余計な事を言うんじゃない! ここではずっとそうやってきたんだ! あんたは他所から来て、ここが嫌になれば違う土地に移れる。だけど、ここにはご先祖様から受け継いだものがあり、ここから動けない人たちがたくさんいる! ここにいる限り、ヴェントーネ火山が噴火しないよう祈って生きていくしかない人たちなんだ! ご先祖様方が考えた最善の方法が、生贄の儀式なんだよ! あんたに今までの犠牲を否定する権利はないよ!」
「……」
大きな声で他人を黙らせる、ビビアナの得意技が炸裂した。
ビビアナ自身が誰よりも強く、ヴェントーネ火山が噴火しないように祈りたいのだ。
このタルパを先祖より受け継ぎ、次のイレネオに譲り渡すまで守っていかなくてはならない。
噴火したらこの温泉街も危ない。全てを失って伝統の灯が消えてしまう。
この地域の人々は、ビビアナ同様、噴火によって全てを失う恐怖と日々向き合って生きている。
自分たちの生活を守るためならば、誰かの犠牲も厭わないのだ。
誰かが死んで安心を得た人々は、噴火の恐怖を忘れて日常を送ることができる。
誰かの日常を閉ざしておきながら、おかしなことだと思わない。
「生贄になる人って、もう決まっているんですか?」
「チャロって子らしい」
「チャロ⁉」
レーナの顔からサーッと血の気が失せて体が冷えた。
「知っているのかい?」
「少しだけ……」
「そうかい……。誰になっても辛いことだよ。だけど、知り合いってのは、なおさら辛いねえ」
ビビアナもしんみりした。
「本人には伝えられているんですか?」
「内々に伝えられているはずだ」
「承諾したんですか?」
「断ることはできないんだ。選ばれてしまった以上、どうにもならない。儀式料理は、その子の人生最後の食事でもあるから、心して作るんだよ。せめて美味しいものでも食べて、最後の瞬間を迎えて欲しいね」
「……」
レーナは震えた。
花売りのチャロ。彼女の無垢で幼い顔を思い浮かべる。
パッソーニ一家に抵抗しながらも、必死で働いて生きている。それがどうして選ばれてしまったのだろう。
できれば違う人であってほしいと願った。
部屋に戻ったレーナは、泣きながらペッピーノを抱きしめた。
「どうして、どうして……。何とかならないの?」
「クゥーン……」
ペッピーノに人間の事情など理解できるはずもないが、レーナが落ち込んでいると寄り添ってくれる。さらに、全身をモフモフしたことで、心が癒されて落ち着いた。
レーナは、ガバッと立ち上がるとペッピーノに叫んだ。
「やっぱり、何とかしよう!」
「ワン!」
「チャロを助ける!」
「ワン!」
ペッピーノは、元気になったレーナを見て喜び、ふさふさの尻尾を大きく揺さぶった。
「チャロを逃がしたところで、他の子が新たに選ばれるだけ。チャロを助けて、この儀式をきちんと終わらせる方法がないかなあ」
もう一度、儀式の手順を見直す。
「食事を済ませた生贄の娘が沐浴で禊を行う。着替えが整うと、火口の祭壇で祈りを捧げる。一同で儀式料理を頂き、生贄の娘は火口に身を投げる……か……」
ふと、アイデアが浮かんだ。
「儀式料理を利用してみよう」
レーナは、自分で立てた計画に沿ってメニューを考えた。




