新天地でモフモフ料理無双 12
「俺は子供の頃、本当にわがままで乱暴者で、いつもマンマを困らせていた。自伝にも書いた通り、友達のバースデーパーティーに呼ばれたが、プレゼントを持っていかずに玄関で追い返されている。豪華なバースデートルテを食べられなかったことが悔しくて、家に帰った俺はマンマに同じものを食べたいとわがままを言った。お金持ちの友達の家と同じものを用意するなんて、無理な話だと頭では分かってはいたが、ガキだった俺は、その苛立ちをマンマにぶつけずにいられなかったんだ。とんでもないクソガキだったと今ではよく分かっているよ。だけど、その時はそれが当たり前だった。俺のわがままを聞いたマンマは、哀しい顔で俺に言い聞かせるようにこう言った」――
『ジェルマーノ、マンマは少し疲れていてね。このまま寝かせてくれないか。起きたらジェルマーノの食べたかったトルテを作ってあげるから。水あめとはちみつ漬けのフルーツとナッツをたくさん乗せたピンクのトルテだね。分かった。いい子だから、マンマが起きるまで待てるよね……』――
その光景を思い出しながら話すジェルマーノは、ゆっくりと目を閉じた。
まるでマンマの腕の中にいるかのように。マンマの温もりを味わうかのように。
再び目を開けると、話を続けた。
「マンマはそう言うと、床に直接寝転がり、静かに目を閉じた。……それっきり、二度と目を開けることがなかったんだ。いつまでも起きなくて、体が冷たくなって……」
ブルブルと震えながら涙を流す。
「俺は、わがまま言ったことをずっと悔やんでいた。そのまま死んでしまうなんて思いもしなくて。なんで最後にあんなわがままを言ったのだろうかと、ずっと自分を責めていた。亡くなる最後の瞬間ぐらい、笑ってもらいたかった。悔やんでも悔やみきれなかった……。ハハ……。このことを口にするまで、50年も掛かっちまったな……」
ジェルマーノは、眉間を親指と人差し指でつまんで苦悩を隠そうとするが、とても無理だった。
「思い出してしまうと、この年でも子供のように泣いてしまう。自分の弱さを知られたくなくて、思い出さないようずっと心の底に隠してきた……。兄弟にさえも、話したことのない話だ」
長年の胸のつかえがとれたように、ジェルマーノは少しだけ晴れやかな表情になった。
「そうだったんですね……」
レーナはもらい泣きせずにいられなかった。ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
隣の女性も、他の幹部たちも、何名か泣いている。
ふとサビーノを見ると、静かに男泣きしていたので驚いた。
(ええ! もらい泣きしている!)
冷酷冷淡な男だと思っていたから、サビーノが熱い涙を流していることに驚いたレーナは、涙が引っ込んだ。同時に、いい人なんじゃないかと思った。
(チャロに酷いことをするのも、パッソーニ一家の舎弟として仕方なくやっているのかも……)
ジェルマーノがようやく落ち着きを取り戻した。
「まさか、たかがトルテで、ここまで魂を揺さぶられるとは思わなかった……。よく調べたな」
「出身地について調べました。そこでは、50年前からほとんど変わっていないバースデートルテが今でも食べられていましたので、おそらくこれだろうと思って作りました」
レーナは、町のトルテ屋で情報収集していた。
ヴェントーネでは小型のトルテがよく食べられているが、ジェルマーノの出身地が特別な日に食べる大型トルテ発祥の地だと知った。花の汁で色付けされたピンク色のバタークリームは、お祝いの席で食べられる特別なトルテだけ。それでお友達のバースデーパーティーで出されたに違いないと、見当を付けることができた。
トッピングも、昔のレシピを手に入れて忠実に再現している。
「ここまで胸を揺さぶる料理を出したのは、お前が初めてだ。トルテも良かったが、ラムチョップも旨かった。自伝を読んで作ったのだろう。今までもたくさんの料理人がラムチョップを出してきたが、どれも初めて食べたラムチョップに敵う味はなかった。今夜のが一番思い出の味に近くて旨かった」
「ありがとうございます」
思い出が記憶を補正している場合があるから、他のラムチョップもそん色ない味だったとは思うが、レーナのラムチョップが思い出の味を上回ったということだ。
「料理の腕も確かだし、なにより食べる人に寄り添う料理。……これ以上、何も言えないな」
「では、タルパは許されるんですね」
「そうだな。これからもレーナがここで料理の腕を振る舞えるよう、上納金は諦めよう」
「やった!」
「お前という料理人がいて、ビビアナは幸運だったな」
ビビアナが喜んで飛び出てきた。
「今の話、ここにいる全員がしかと聞いたからね!」
「ああ」
「やったよ! みんな! これからは何も怖れることなく、堂々と営業を続けられるよ!」
「「「ウワオ!」」」
イレネオもベニアミーナもコルンバーノもクラウディオも、飛び跳ねてお互いに抱き合って喜んだ。
「あら……」
ベニアミーナは、勢いに任せてイレネオと抱き合って照れた。
「レーナ! レーナ!」
殊の外、クラウディオが感情を爆発させて喜んだので、コルンバーノが「ええ!」と、驚いた。
「俺の手柄! 俺の手柄! ビビアナ! 特別手当を出してくれよ!」
ガリオが図々しい頼みをどさくさに紛れて口にしたが、ビビアナから、「バカいってんじゃないよ!」と一蹴されていた。
宴が終わると、ビビアナはレーナに礼を言った。
「レーナ、何もかもあんたの手柄だよ。ありがとうよ」
レーナは、(生贄として差し出すつもりだったくせに)と、呆れる。
イレネオがやってきて、「ヘイ! マイハニー!」と、レーナの手を取って踊りだした。
「ななな、なんですか?」
「素晴らしかったよ。君は最高だ!」
「それはありがとうございます」
イレネオは、片膝立ててレーナの手にキスをした。
「僕と結婚して下さい」
「ええ!」
「イレネオ!」
ビビアナは顔が引きつっている。彼女も知らなかったようだ。
「母さんは、黙って見守っていて。僕の愛すべき伴侶は、レーナ以外にないと分かったんだ。この結婚、誰にも邪魔させない!」
一人で熱くなっている。
レーナがふと横を見ると、ベニアミーナが、「キイイイイ!」と奇声を発しながら、ハンカチを噛んでいる。
(うわ! マンガ⁉)
クラウディオとコルンバーノも、その様子を見ていた。
コルンバーノが、「ホレ、いいのか」と、クラウディオの背中を盛んにせっついている。クラウディオは、俯いたまま微動だにしない。
(何? その反応)
レーナには意味が分からない。
とにかく、イレネオの爆弾発言でレーナの周囲1mがカオスな状況に陥っている。
たった一言でそうさせた当の本人は、レーナに夢中で何にも分かっていない。
「レーナ、返事を聞かせておくれ。OKだろ?」
「ごめんなさい。結婚はしません」
「ガアアアアンン‼」
イレネオは、断られたショックで、「ウワアアア!」と、泣き叫んでどこかに走っていってしまった。
「イレネオ様!」
ベニアミーナがそのあとを追いかけた。
「大丈夫でしょうか」
心配するレーナにビビアナが言った。
「あれははしかのようなもので、すぐ治るよ。さ、仕事! 仕事!」
よくあることらしかった。
レーナの名前は、パッソーニ一家のジェルマーノをコテンパンにやっつけた女料理人としてペイポン中を駆け巡り、行商人の間でもその話題で持ち切りとなった。
パッソーニ一家に商売を邪魔されて恨むものも多かったが、恐ろしくて誰も抵抗できなかった。それなのに、若い娘が一矢報いたというのだから痛快な話である。
城下町に移動した行商人によって、ペイポンの今一番ホットな話題として格好のネタになった。




