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新天地でモフモフ料理無双 11

 レーナは、いよいよだと少しだけ緊張した。


「いいえ、まだあります」

「ほう?」

「今までのは、いわば前哨戦。とっておきは最後に出てくるものです」


 ボスに対して大きく出たレーナに、パッソーニ一家がザワザワする。


「是非食べていただこうと、特製トルテ(ケーキ)をご用意しております」


 それは、ジェルマーノの自伝を読んで思いついた一品だった。


「トルテだって?」

「はい。すぐにご用意いたします。クラウディオ! 運んでください!」


 レーナの合図で、クラウディオが大皿を運んだ。


 覆っている布巾を外すと、中からバースデーパーティーで食べられる円柱型の大型トルテが出てきた。

 ピンク色のバタークリームでデコレーションされ、水あめと蜂蜜でコーティングされたフルーツとナッツが乗っている。


「……」


 ジェルマーノは、黙ってトルテを見ている。

 幹部の一人が聞いた。


「これは子供が食べるバースデートルテ(ケーキ)じゃないか、今日は誰かの誕生日ではないよな」

「はい。今日はどなたのバースデーでもありませんが、ぜひともボスにこのトルテを味わって貰おうと考えて作りました。みなさんもご一緒にどうぞ」


 レーナは、この地域で食べられている伝統的なトルテを購入して、その味を再現した。


「俺は甘いものはいらないよ」

「俺もいらないね」

「俺は食べたいなあ。甘いものは好きだ」

「そのバースデートルテは、子供の誕生日に食べるものだ」

「大人になると、酒で祝うものな」


 幹部たちは、顔をほころばせてそれぞれ勝手に喋りだした。

 ジェルマーノは、黙ってトルテを凝視している。


 隣の女性がジェルマーノに聞いた。


「どういたしますか?」

「くれ」


 レーナが小型のナイフを手にすると、幹部たちは一斉に警戒した。顔つきが変わり、腰を浮かせると、懐に手を入れて臨戦態勢を取る。

 直前までのほのぼのした雰囲気から一転、緊迫した。


「いえ、これはトルテのお取り分け用です。物騒なものはおしまいになってください」

「妙な真似をするんじゃないぞ」

「とんでもない」

「お前たち、控えろ」


 ジェルマーノの一声で、全員武器から手を離して座り直した。


 レーナがジェルマーノの分を切り出し、皿に取り分ける。

 直接渡すことは許されておらず、女性に皿を渡すと、それを女性がジェルマーノに渡した。


 渡されたトルテをしばらく眺めていたかと思うと、(おもむろ)におもむろにフォークで刺して口に運んだ。


「……」


 黙って味わっている。


「これがボスの思い出トルテになると嬉しいのですが」

「思い出トルテだと? そうか、自伝を読んだな」

「はい、しっかりと」


 レーナはニコリと笑った。


 周囲の幹部たちは青ざめた。

 ボスの過去をいじることはご法度。下手すれば、始末されてしまう。

 それほどのデリケート部分を、一介の女料理人がえぐりにきたのだ。とんでもないことだ。


「これが、あなたが恋焦がれて渇望したトルテです」

「……」


 しかも、追い打ちまで掛けた。


(あの女、なんてことを!)


 場が凍り付く。

 幹部たちは、ジェルマーノが怒り出すに違いないと戦々恐々と身構えた。


「……」


 ずっと険しい顔だったサビーノも、一層真剣な顔で事態の推移を見ている。


 裏手で見ていたビビアナたちも震え上がっていた。


「まずい、ボスの機嫌を損ねている」

「あいつ、もう命がないぞ」

「こっちにまで、とばっちりが来ないでしょうね」

「どうする? どうなる?」

「レーナ……」


 全員がハラハラしながら見ていた。



 ゆっくりトルテを味わっていたジェルマーノが、皆が注目する中、突如涙を流し始めた。幹部たちもビビアナたちも、何が起きたのかとビックリする。


(ジェルマーノが泣いている!)(初めて見た!)(あの冷酷なボスが……、子供のトルテで……、信じられん……)(ウソだろ……)


 何を食べても一切感情を表に出してこなかったボスが、トルテ一つで泣きだしたのだ。

 全員が自分の目を疑うのも無理はなかった。


 さらに驚くことが起きた。


 強面のボスが、「マンマ(母ちゃん)マンマ(母ちゃん)」と口にした。静かに号泣しながら、子供のように「マンマ(母ちゃん)」と呼んでいる。


 隣の女性がジェルマーノの涙をハンカチで拭きとっていくが、追い付かないほど流れている。


 泣き終わると、しばらく放心したのち、レーナの方を見た。


「レーナと言ったか……」

「はい……」


 レーナでさえも、この反応はどうしたものかと掴みかねていた。


「不思議だ。俺はこのようなトルテを食べたことがないのに、昔を思い出して打ち震えてしまうなんて。ただの思い出だけじゃない、その時に味わった悲痛な感情が呼び起こされている」

「お友達のバースデーパーティーの事ですね?」


 ジェルマーノは、首を横に振って、「いや、違う」と、否定した。


「このトルテで、死んだマンマ(母ちゃん)の最後を思い出してしまったんだ……。あまりに辛い過去だったから、自伝にも書けなかったマンマ(母ちゃん)の最後を……」


 ジェルマーノは、誰にも言えなかった過去を話し出した。

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