新天地でモフモフ料理無双 7
(あれ? ちょっと待って。これって、ついさっき、女将が初めて聞いた話じゃないの? ああ、そうか。料理担当には先に話が来ていたのね)
変だと思ったが、自分で納得する。
「パッソーニのボスは、ジェルマーノ・パッソーニ。年齢は61歳。野菜が嫌いで、料理に出すと嫌がる。食べなくても、見た目で楽しんでもらおうと、飾り野菜をたくさん使う予定だ」
「ボスがどんな家庭で育ったか知りたいです」
「思い出飯でも作る気かい?」
「そうです。参考にしたいと思います」
コルンバーノは、難しい顔になった。
「それは難しいかもな」
「どうしてですか?」
「ボスには思い出飯と言えるものがないんだよ」
コルンバーノは、ボスの生い立ちについて語って聞かせた。
「ボスは、ここから100キロほど離れた農村で生まれている。十人兄弟の八番目。父親は、ボスが10歳の時、出稼ぎに出たっきり行方不明となり、それからは三度の食事もままならず、畑に捨ててある野菜を拾う生活となった。11歳の時には母親が過労死。奉公に出されるが、14歳で逃げ出す。それから各地を彷徨い、ペイポンにやってくるとパッソーニ一家に入った。最初は下っ端だったが、やがて敵対組織との抗争で頭角を現し、ボスに認められて娘と結婚。今の地位にのし上がった。立身出世の権化だ」
のし上がる方向性は認めたくないが、教育も後ろ盾もない少年では、マフィアを選ぶしかなかったことだろう。
「コルンバーノは、ボスの過去に詳しいですね」
「自伝を買わされたんだよ。ペイポンの人は皆買わされているから、誰でも知っているよ」
「それを読ませてください」
コルンバーノからジェルマーノ・パッソーニの自伝を借りた。
夕食の準備が終わると、あてがわれた小部屋で就寝準備に入る。
二畳分の広さしかないが、壁があって屋根があるだけで充分幸せ。
ペッピーノの同室も許された。一緒にいるだけで、安心感が全然違う。
「寝床の心配がなくなって、良かったね」
「ワン!」
キャンドルの明かりを頼りに、思い出の料理があれば参考にしようと自伝を読んでいく。
『両親、兄が四人、姉が三人、妹が二人。家族の楽しい思い出はあまりなく、貧しくて、いつもお腹を空かせていた。負けん気だけは強くて、近所の子供を従えて悪さをしていたガキ大将であった。父はとても厳しかった。出稼ぎに出たまま帰ってこなくなってから、母は笑わなくなってしまった』
どんなものを食べて成長したかを探して読むが、ほとんど書かれていない。
「家族で食べた思い出のご飯って、ないのかなあ」
『農家だから、畑に捨ててある野菜の切れ端ばかりで辟易した。一生食べたくない』とまで書いてある。
「その頃の反動で野菜嫌いになったのか。これは根深そう」
初めて美味しい肉料理を食べたエピソードが見つかった。
『パッソーニ一家に入って、ラムチョップステーキを生まれて初めて食べた。最高に旨くて、奢ってくれた兄貴分には今でも感謝している』
他には、『御馳走を散々食べてきたが、どれを食べても満足することはない』とまで書かれている。
「大人になってから食べたステーキを出しても、ひねりがないなあ。……かといって、野菜を出したら、辛かった幼少期を思い出させた、バカにしているのかと怒りだしそう」
悩みながら読んでいくと、気になるエピソードを見つけた。
『金持ちの友達のバースデーパーティーに招待されて喜んで行ったが、プレゼントを用意していなかったため、玄関で罵倒されて追い返されてしまった。窓の外から覗き見たパーティーが温かで楽しそうで、特別大きなトルテもあって、それがとても輝いていて、羨ましくて涙にくれた。あの日のことを一生忘れない』
哀しい思い出ほど、記憶に深く刻まれて暗い影を落とす。
お金がなければ、プレゼントも買えない。何よりも、貧しい暮らしの中では、プレゼントに縁などない。招待されて手ぶらで行ってしまったとしても、知らないのだから、仕方がないことだ。悪意があったわけではない。
「やるせないなあ……」
読んでいるこちらまで切なくなる。
キャンドルがかなり低くなって、火が消えそうになっている。
「喉が渇いた……」
何か飲んでくるかと起き上がると、ペッピーノもむくりと起き上がった。
キィーと、立て付けの悪い扉を開けると、クラウディオがいたのでギョッとした。
「イヤア!!!」
「ワンワン!」
慌ててドアを閉める。
ドアの向こうから、クラウディオが話しかけてきた。
「あ、あの……怖がらないで……、何もしないから……」
「ななな、何の用ですか?」
ペッピーノが、「ガルルルル……」と威嚇の唸り声をあげた。
「大事な話があるんだ。少しだけでも開けてくれないか」
少しだけドアを開けた。
「ずっとそこにいたんですか?」
「いやいや、丁度今来たところ。飾り野菜を作っていたら、こんな時間になってしまって……」
クラウディオの飾り野菜には、レーナも学びたいところがある。
「ガルルル……」
「どうか、そのコヨルフをけしかけないでくれ」
レーナは、飛び出そうとするペッピーノを抑えた。
「それは用件次第です! やましい目的だったら、ペッピーノが牙をむきますからね!」
「それだけは絶対に違う。どうしても君の耳に入れたい話があって……」
「さっきまで、いくらでも機会はあったじゃありませんか」
「あの場では言えないことなんだ……」
クラウディオが必死に何かを伝えようとしている。
ふざけているとか、騙そうとしている感じはしない。
レーナは、自分の直感を信じることにした。




