レーナの秘密 5
「これ、ください」
たくさん購入して、家に持って帰ると試作した。
絞ったレモン果汁に、砂糖を溶かしたシロップを混ぜる。少量の重曹を入れればレモンスカッシュの出来上がり。
試飲すると、口の中で炭酸がシュワシュワと弾けてとても爽やか。お客さんもきっと気に入ってくれると、自信を持てる仕上がりとなった。
余ったレモンがもったいないので何かに利用できないかと考えたレーナは、「塩レモン」が最適だとすぐに思いついた。
レシピは、スライスレモンと塩と数種類のハーブを大きな瓶に入れて数日間置いとくだけ。
塩分でレモンの実から出てきた果汁にハーブが溶け込み、爽やかな調味料となる。魚や肉の生臭さを消し、ビネガーよりもマイルドな酸味はアクセントとなり、皿が引き閉まる。あらゆる料理に使える。
長期間保存が効くから、旬の安い時期に大量に買い付けて作っておけば、他の時期でもレモンを使える。
スライスレモンをびっしり詰めた瓶を並べて、レーナは、これで一年中レモンを使えると悦に入った。
重曹もまだたくさんある。掃除以外で有効活用する方法はないかと考えて、ソーダブレッドを思いついた。
ソーダブレッドとは、イースト菌の代わりに重曹で膨張させたパンである。この異世界にはイースト菌もなかったので、人々は堅いパンを食べていた。
重曹を使うとすぐに膨らんで発酵時間が不必要となる。そのため、仕込みから焼き上げまで大幅に時間を短縮できる。忙しくても焼き立てパンを食べたい人向けである。
「うん、美味しい」
薄力粉を使ったソーダブレッドは、ケーキのようなフワフワ食感となる。
ソーダブレッドをアクアパッツァのスープに浸すと、面白いように吸い込んだ。それを食べると、最高のハーモニーが口の中で奏でられた。
「美味しい!」
この二つをセット価格で売れば、お得感からきっと人気になるだろう。
試食した家族も「いいんじゃない?」と太鼓判を押した。
特に妹のヴィオラは、レモンスカッシュをとても気に入って、家でも時々作ってとねだった。
次の市では、プレーンとハーブ入りのソーダブレッド2種類を用意した。
行列を作っているアクアパッツァ目当ての客にソーダブレッドを併せて勧めると、「うまい、うまい」「絶品だ!」と、誰もが喜んで食べて褒め称え、近くに人にも勧めてくれた。
それを見た人がまた購入して「うまい、うまい」と、同じように口にするから、瞬く間に人気に火が付いて飛ぶように売れた。
レモンスカッシュは、このあたりの人々には初めての口当たりだったようで、驚きながら楽しんでくれた。
物珍しさから評判となり、人が押し寄せてすぐに完売した。
そんな繁盛しているレーナの店を睨みつける男がいた。レーナのせいで売り上げが落ちたと恨んでいるライバル店主マルコーニだった。
「くそ、あそこに客が集中して、うちの商品が売れないじゃないか。何か不正でもしているんじゃないか? 誰か調べてこい!」
スタッフがいくら聞いて回っても、レーナに不正がないことは実際に食べた客たちの証言から明らかであった。
「不正だって? 食べもしないで疑うのかい?」
「まずは食べてみることだな」
一様に鼻で笑われた。
いろいろなアイデアで楽しませてくれるレーナの噂は、たちまち街中に広がった。
何もできない子という汚名も晴れた。
これでどこかの高級レストランに雇ってもらえれば、自立の道が開けると考えたレーナだったが、思わぬ誤算が生じた。
評判を聞きつけた居酒屋店主のボニファーチョがスカウトに来ると、レーナのいないところでポンツィオと話が進み、高額な契約金で勝手に決められてしまったのだ。
こうしてレーナは、わずかな給金で働くこととなった。
だからボニファーチョはレーナをこき使うのだ。
ポンツィオがしたことを考えると仕方ないのかと、今は自分の境遇を我慢している。
契約金は家族に使われてしまって、自分には一銭も入っていない。
その上、「もっと稼いでこい」と、要求までする始末。恥知らずな一家である。
次回、モフモフ相棒の登場です