お忍び王子 8
「ふうー、満腹だ」
全ての料理を食べ終わったカルロ王子は、大きなお腹を抱えた。
ランベルトは、晩餐会では食の細い王子が、ここまで大量の料理を食べたことに驚いた。
「よくお食べになりましたね」
「旨い料理は別腹だよ。食べれば食べるほど、不思議と食が進む」
そして気分が良くなる。
宮廷の緊張する晩餐会とは違う。この店の雰囲気もまた食欲増進に貢献している。
「この店の料理は、どれを食べても食欲が増進されて酒が美味くなる」
「それだけ美味いってことだよな」
「しかも他店では味わえない、ここにしかない料理ばかり。これなら客が殺到するはずだ」
夜遅くになるにつれて客が増えていき、店内の席にあぶれた連中がテラス席にまで座っている。
「レーナにチップを渡したいな」
カルロ王子は、「最後にもう一度感謝の気持ちを伝えたいので、ここに呼んでもらえないだろうか」とフランカに頼むと鼻で笑われた。
「お客さん、ここは高級レストランじゃないから必要ありませんよ。それに、今はとても忙しい時間なので無理でーす! 追加オーダー! 塩レモンチキンソテー! サルシッチャ!」
カルロ王子を鼻であしらって、フランカはオーダー対応に身を置いた。
レーナの料理の虜になる客がどんどん増えていく。
オーダーが積み重なり、個別の客に対応する暇がレーナにないのは見て取れた。
諦めきれないカルロ王子は、フランカに「レーナにチップを渡してもらえないか。君と二人分を渡すので均等に分けてくれ」と、二人分手渡した。
「OK。後で渡しておくね」
現金の威力はすごい。フランカは、エクボの浮く本日一番の笑顔で受け取った。
(憎まれ口をたたく生意気娘も、笑うと可愛いんだな)
ランベルトは、不覚にもフランカを可愛いと思ってしまった。
フランカは、鼻歌まじりで他のテーブルに向かう。
(ちゃんと渡すだろうか)
ランベルトは不安になったが、カルロ王子の気分に水を差すようなので黙っていた。
二人で店を出ると、ペッピーノが客たちから料理を分けてもらっている。
「ペッピーノ、パン、食べるか?」
「ワン!」
放られたパンの欠片を、地面に落とさず器用に口に入れた。
「お、いいぞ!」
客は面白がって、今度はチキン一切れを高く放る。
ペッピーノは、逞しい後ろ脚でピョンと高く飛び上がるとパクっと上手に咥えた。
それを喜んだ客が、またまた食べものを放り上げる。
「こんなに美味しい料理のおこぼれを頂戴できるんですから、羨ましいですよ」
「彼には最高の環境のようだな」
二人の横を先ほどラーメンを作らせたバンダナ男が、体を縮めて小走りで追い抜かしていく。
カルロ王子は、不穏な空気を感じとった。
「あの男、先ほどラーメンを作って貰ったにもかかわらず、お礼も言わずにレーナを睨んでいた。何か気になる。後を追ってみよう」
「承知致しました」
二人で後をつけることにした。