お忍び王子 7
カルロ王子は、時間を忘れてひたすらレーナを見つめている。
「……」
レーナも黙って見つめ返した。
二人の回りに、レモンのフレッシュな香りが広がり、爽やかな空気が流れているかのようだ。
ランベルトは、見ていられなくて、夢の世界にいるカルロ王子の肩をゆすった。
「カルロ! 目を覚ましてください!」
「あ……」
我に返ったカルロ王子は、ランベルトに聞いた。
「今、私は何を?」
「塩レモンについて聞いていました」
「あ、そうだった。ええーと、その塩レモンとやらを、私のところでも作ってもいいだろうか」
カルロ王子の申し出にレーナはニコッと笑った。
「構いません。ハーブの配合によって、全く同じものを作るのはとても難しいと思います。お客様の……えっと……」
「カルロと呼んでくれ」
この地では、王室と同じ名前を付けたがる民が多く、そう珍しい名前ではない。だから、名前だけで王子だと見破るものはいない。
「カルロの思うハーブを配合すれば、きっとカルロだけの特製塩レモンができると思います」
カルロ王子は、レーナに自分の名前を呼んで貰えて嬉しくなる。先ほどまでの嫌な気分がすっかり吹き飛んだ。
(なんだ? この幸せな気持ちは?)
カルロ王子は、有頂天になる。
ランベルトは、カルロ王子の変化に不安を抱いた。
(カルロ王子……、まさかとは思いますが……。本気で恋に落ちてしまったのではないでしょうね? あなた様は次期国王になられる方。このような場末の居酒屋で働く料理人とは、あまりに身分差がありすぎます)
民間人のお妃が問題なのではない。
民間人でも、お妃に相応しい淑女なら結婚も認められる。
しかし、このような居酒屋の料理人は一流料理人と違う。
この恋は悲恋に終わる。
そんな予感がしてならない。