お忍び王子 6
カルロ王子は、興奮するランベルトを我慢するよう手で押さえた。
「彼女の言う通りだ。何も間違ってはいない。落ち着いて席につきなさい」
ランベルトは、王子に説得されて渋々座り直す。
「フン。あんまり勝手なことをすると、出入り禁止にさせてもらうよ」
フランカは、ランベルトを脅すと他のテーブルに移動した。
「なんだ、王子に対してのあの物言いは! 生意気な娘だ!」
「私の正体を知らないのだから、仕方がない」
「最初からけんか腰なのが気に入らない」
「ちょっと口が悪いだけだろう」
「ちょっと?」
揉め事を見ていたレーナがやってきて頭を下げた。
「フランカが失礼なことを申したようです。誠に申し訳ございません」
丁寧に謝罪するレーナに面食らう。
「いや、君は関係ないから」
「彼女は店の顔。私にも責任があります」
カルロ王子は、本人の替わりに謝るレーナに、(なんて心の根の尊い子だ)と感心した。
店の責任者は別にいるのに、奥から全く出てこない。
(先ほどからトラブルが起きると、どこかに消えていなくなるのはどういうわけだ)
責任を取らない責任者に苛立ったが、レーナの存在が感情を鎮める。
「君に免じて、なかったことにしよう。それよりも、私は素晴らしい料理を作る君に感謝を述べたい」
「ありがとうございます」
レーナがニコッと笑って輝く笑顔になる。
「無理を承知で、図々しいお願いをしてもいいだろうか」
「なんでしょうか?」
「塩レモンパスタがとても美味しかった。塩とレモンだけで、このような味にはならないよな」
「そうです。それだけではできません」
「味の秘訣を教えて貰えないだろうか」
「構いません」
「ちょっと、レーナ!」
フランカが横から口を挟んだ。
「これぐらい、大丈夫」
厨房に戻ったレーナは、大きな透明の瓶を持ってきた。
スライスレモンと果汁で一杯になっていて、様々なハーブが浮いている。
「これが味の秘訣です。私は『塩レモン』と呼んでいます。この地ではレモンが特産品。安く手に入るので、たくさん利用しようと思って自分で作りました。中にはレモンと塩と数種類のハーブが入っています。瓶に入れてしばらくすると、塩分でレモンから果汁が出てきます。それがハーブと混ざり合って、美味しい調味液ができるんです。パスタに練りこんだり、ソースを作ったり、肉に漬け込んだり。仕上げのアクセントにしたり。リゾットやピザ、デザートにも使っています。チーズに使うと、チーズケーキができます」
快く隠し味を教えてくれて、作り方から用途先まで教えてくれたレーナにまたまた感心した。
「この辺りでは、見かけばかり立派で役立たずのことを『レモン野郎』と呼ぶぐらい、酸っぱいだけで利用価値が見つからなかったレモンを、ここまで使いこなすとは恐れ入った。ありがたい」
何がありがたいのかレーナには意味が理解できなかったが、感謝されていることは伝わってくる。
その言い方に(ヤバい!)と思ったランベルトは、すかさずカルロ王子に目配せしたが、カルロ王子には伝わらず、(どうした?)という顔をしている。
レーナは、『レモン野郎』という悪口が気になった。
「その悪口はレモンさんに悪いですよ。レモンは見かけ倒しではありません。どんな料理にも使える万能果実です」
「なるほど。君は素敵な子だな」
「え……」
急に褒められて、レーナは戸惑った。
ランベルトも違う意味で戸惑った。
(そこでそう褒める? カルロ王子、唐突すぎです)
口から本音が飛び出してしまったようだ。