お忍び王子 3
ランベルトが、パカラ! パカラ! と、早馬で戻ってきた。
「お待たせしました!」
「思ったより早かったな」
「それはもうカルロ王子……、おっと、カルロに、肩身の狭い思いをさせるわけにはいきませんから」
「ペッピーノが遊んでくれたから、気にならなかった。とても賢い犬なんだ」
ペッピーノを褒めた。
「クゥーン……」
ペッピーノが鼻を鳴らす。
「おや?」
ランベルトは、ペッピーノの前足が普通の犬よりも大きいことに気が付いた。
「カルロ、これは犬じゃないです。コヨルフの仔です」
「コヨルフ?」
「コヨルフとは、狼モンスターのことです。子供の頃は犬の仔によく似ていて、専門家でも見間違えてしまうほど。大人になると、背中にたてがみが生えて、牙も爪も鋼鉄のように硬くなる。成長が止まらず、生きている限り体が際限なく大きくなる。時に、100歳を超えて伝説となるコヨルフもいるとか。それは山のように大きかったと言われています。それだから、人間が飼うのは難しいんです」
「そうだったのか。ペッピーノは、とてもそう見えないけどな」
「クゥーン……」
ペッピーノに話が理解できるはずもなく、つぶらな瞳でキョトンとしている。
「野生のコヨルフは猛獣です。襲われたら、人間などひとたまりもありません。ですが、生まれた時から飼育すれば、飼いならせて芸を仕込めます。とても賢いのです」
ペッピーノがペロペロとカルロ王子の手をなめる。
「獰猛モンスターの仔でも、ペッピーノは可愛いぞ」
ペッピーノの背中を何度も撫でた。
「そろそろ、入りましょう」
「ああ。やっと食べられるか。楽しみだ。ペッピーノ、またな」
「クゥーン……」
二人で店に入った。
フランカに、「外で待たせてもらったチップ込みだ。ここから勘定していってくれ」と、気前よくまとまった金を払い、アクアパッツァとワインをオーダーして席に着いた。
「ワインを飲むなら、ハーブの効いたサルシッチャが合うよ」
「では、それも貰おう」
カルロ王子とランベルトは、出てきた料理に舌鼓を打った。
「ああ、待ったかいがあった」
アクアパッツァは、豊富な海のミネラルで丸々と太った魚と貝がたっぷり入っている。ドライトマトとワインのスープにマッチして、あっという間に食べてしまった。
サルシッチャは、混ぜ物で誤魔化さず、しっかりと肉の味がした。肉汁たっぷり。ハーブが脂のしつこさを中和する。食べるとこれらが三位一体となり、口の中で三重奏を奏でる。
素材を生かした野性的な味は、宮廷では食べられない。実に新鮮であった。
フォークを口に運ぶ手が止まらない。
「どれも旨いですね!」
ランベルトも絶賛した。
「正直、どうせ大した味じゃないだろうと侮っていましたが、宮廷で出される料理とそん色ありません。それどころか、上回っている」
「うちの総料理長が怒りで顔を真っ赤にしそうな感想だな」
「あれはあれで上品で美味しいですが、バターソースばかりで胃もたれして肩がこる。こちらは、お腹いっぱい食べても健康になれる気がする」
カルロ王子はワインを味わった。
「ワインは渋めだ」
タンニン多めの安いテーブルワイン。これはさすがに王室用とは比べ物にならないが飲めなくはない。
そう思っていたが、レーナの料理と合わせると相性がいいのか、ワインがとても美味しくなった。
「ちゃんと合っている!」
料理に合うワインであることは、とても重要なことだ。
それからも、クリームコロッケ、石窯焼きピザ、魚とナスの鉄鍋焼きなど、目についたメニューを片っ端から注文していった。
どれも美味しくて、カルロ王子もランベルトもレーナの料理をすっかり気に入った。
ただ、店内の酔っ払いたちがうるさくて敵わない。
「最近の政治情勢はどうだい?」
「王様がなー!」
「外交問題が心配だ」
「税金が高くて参るよ」
耳元で叫ばれているようなガラの悪い大声で、王室がどうの、政治がどうのと言いあっている。
王室批判が出ると、カルロ王子の体が自然に縮んだ。
「カルロ……」
ランベルトが心配する。
「私は大丈夫。庶民の生の声が聞きたくて来ているんだから、想定内だ」
カルロ王子は平静を装った。
「アクアパッツァ! クリームコロッケ! ズッキーニと鶏肉の鉄鍋焼き! 塩レモンパスタ!」
次々と入るオーダーの対応で、厨房内は火事場のように忙しそうだ。
「全部一人で作っているんでしょうか。凄いですね」
「相当、段取り良くて手際がいいんだろう」
「あの料理人、まだ15歳だそうですよ」
「そうか。もう少しすれば、きっと素敵なレディーになるだろう」
「レディー、ですか?」
「確かに評判通りの腕の良い料理人だ。それは素晴らしいことだが、彼女はそれだけではないと思う」
(やっぱり、カルロ王子は女料理人に一目惚れしている……)
心配した通りだった。
カルロ王子は、レーナを料理人としてだけでなく、一人の女性として見ているから間違いない。
料理人をレディーとして見る事のないランベルトにとって、驚きだ。
(カルロ王子、相手が市井の一般料理人では、身分差がありすぎます……)
せめて一流レストランのトップシェフであれば良かったのにと、ランベルトは思った。