お忍び王子 2
スリに財布をスられてしまった王子。窮地に手を差し伸べたのはレーナだった。
「オーダー、どうするんですか?」
フランカにせっつかれて、困った顔になった。
「せっかくここまで食べに来たのに」
「何にも食べずに帰ることになりましたね」
観劇や舞踏会や演奏会などで予定が詰まっているカルロ王子は、次回来られるのがいつになるか分からないのでとても残念に思った。しかも空腹。腹の虫がグーと鳴る。
「評判のアクアパッツァを食べたかったが、財布を二人とも忘れたので諦めるよ」
「あ、そう。お二人様、お帰りだよ!」
フランカが厨房に声を掛けると、二人のやり取りを聞いていたレーナが出てきて、「ツケでいいですよ」と言った。
「ハ……」
カルロ王子は、初めて会ったレーナに目を奪われた。
(なんだろう……、この胸の高鳴りは……)
魂レベルで心惹かれる、不思議な感覚に陥った。とても初対面とは思えなかった。
ランベルトは、カルロ王子の異変に気付いた。
(カルロ王子の様子がおかしい……)
見ればわかる。凄腕料理人には見えない、みすぼらしい格好の娘が気になっていることを。
「ちょっと、何、言っているの」
フランカがレーナにやめるよう目で合図を送るが、レーナは気にしない。
「だって、気の毒じゃない。この時間に何も食べずに帰ったら、お腹が空いて寝られなくなるでしょ。それにせっかく私のアクアパッツァを食べに遠くから来てくれたのだから、食べてもらいたいし」
「は? マジ? あんたにそんな権限ないわ! ねえ、ボニファーチョ」
フランカの問いかけにボニファーチョが頷いて同意する。
「私が立て替えます」
「ハー、そうですか。では、前金でお願いします」
カルロ王子は、なんていい娘だといたく感激した。
しかし、そこは王子。民に立て替えてもらうなど、プライドが許さない。
「それは丁重に断らせてもらう。ランベルト、ひとっ走り財布を取りに行ってくれないか」
「承知いたしました」
ランベルトは出て行った。
「すまないが、ランベルトが戻ってくるまで外で待たせてもらう」
「それならテラス席を使ってくれて構いません」
「ダメだよ。客がくるんだから」
フランカはそれも嫌がる。
戻るまで何時間掛かるか分からない。これから客がたくさんくるのに、オーダーなしで席を陣取られてはたまらないからだ。
「私なら大丈夫。外のモフモフワンちゃんと遊ばせてもらうから」
「ペッピーノと言います」
「ペッピーノか。よい名前だ」
「テラス席にも座らないでよ。飲食しないで居座られると、勘違いする人が出てくるからさ」
「心得ている」
フランカの口うるささは、店の経営を考えた正論だ。
カルロ王子は、外に出ると、「ペッピーノ、ほら、遊ぼう」と、ペッピーノに声を掛けてじゃれあった。
こうしている間にも、客がどんどん入っていく。
横目で見ながら売り切れにならないかと心配した。
カルロ王子の不安を読み取るのか、ペッピーノが心配そうにペロペロと顔を嘗めた。
「おお、慰めてくれるのか。ペッピーノは優しいな。私なら大丈夫だ」
ペッピーノの頭を優しく撫でた。