お忍び王子 1
ヴェントーネ王国のカルロ王子はイケメンだけどちょっと変わり者だった。
ヴェントーネ王国の第一王子カルロは、庶民に変装してたまに市中を視察する。
今夜もまた、マントで体を、フードを目深に被って顔を隠し、同じくマントとフードのランベルトと共に、城下町を歩いていた。
ランベルトは、騎士であり、カルロ王子の首席護衛を勤めている。幼なじみでもある彼は、気心も知れて、カルロ王子のよき相談相手でもある。
「今夜の行先は、例の居酒屋ですか?」
「ああ、そうだ。女料理人の腕が素晴らしいと評判の店だ」
「居酒屋ですから、酔っぱらって大げさに伝わっているのではないでしょうか?」
「それはそれで、女料理人の顔を見てみたい。気取ったコース料理ばかりでなく、たまには庶民の味も悪くないだろう」
保守的なヴェントーネ王室。つい貴族と交流しがちだが、カルロ王子は良くも悪くも一般の庶民に興味を持っていた。
次期国王として民の生活を知るべきだとの責任感も手伝い、学者に教えて貰えばいいと周囲から忠告されても、それでは取り繕った表面的なことしか見えない、本当の姿を知るには身分を隠して同化し、自分の目で見て耳で聞く実学を心得ていた。
わざわざ庶民に扮して視察に赴くなど、周囲から見れば偏屈な変わり者。カルロ王子は、王族らしくない王族であった。
それに振り回されるのがランベルトだった。
「それに、こんなことはあまり言いたくないのだが、最近出される料理の味が落ちた気がするんだ」
「総料理長が変わったばかりですよね。まだ慣れていないのかもしれません」
「それもあって、あまり城で食べたくないのだよ」
「居酒屋が評判通りに美味しければ、今後も通うおつもりですね」
「総料理長には言うなよ」
「もちろんです」
狭い道を歩いていると、一人の男がカルロ王子にぶつかってきて、続けてランベルトにぶつかった。
「おっと、気を付けてくれよ」
謝るどころか、文句を言って去っていった。
カルロ王子は、ランベルトに聞いた。
「ランベルト、今のはどっちが悪かったんだ?」
「もちろんぶつかってきた方です。失礼な男ですね。捕まえますか?」
「まあいい。ここで揉め事を起こしては、陛下にお忍び視察を禁止されてしまう」
国王は知られては、自由な行動を制限されてしまう。それを怖れた。
目立たぬこと、トラブルを起こさないことと、いくら慎重に行動しても、向こうからトラブルがやってくるのは避けられない。
ペッピーノが居座る店にやってきた。
「目印は店の前にいる大型犬と聞いた。ここが噂の『ボニファーチョの店』だな」
「こやつ、邪魔ですね」
「いや、きっと番をしているんだ」
カルロ王子がペッピーノの目を見て、「賢い子だ」と、褒めると、ペッピーノはのそりと動いて道を開ける。
「ほら、やっぱり」
「分かっているんですかね」
「出入り禁止の人間は吠えて追い返すのだろう。最強の門番だな」
カルロ王子の言った通り、ペッピーノは一旦店とトラブルを起こした人間の顔を覚えていて、近づくだけで吠えるのだ。
中に入ると、「いらっしゃいませー」と、フランカが声を掛けた。
「ワインとアクアパッツァを2人前くれ」
「先払いです」
「分かった」
懐に手を入れたところで、財布がないことに気付いた。
「あれ? 財布がない」
ポケットを探るが、どこにも見当たらない。
「ランベルト、払ってくれないか」
「分かりました……、って、あれ? 財布がない!」
ランベルトも財布がなくなっていた。
「ランベルトも? どういうことだ? 出てくる時にはあったはずなのに」
「もしかしたら、さっきの男にスられたかもしれませんね」
「あの不自然にぶつかってきた男がスリだったのか。全然気づかなかった。鮮やかな手口だったな。そうか、あれがスリというものか」
スリというものに初めて遭遇したカルロ王子は、怒るどころか喜んだ。




