モフモフ相棒ペッピーノ 5
ペッピーノを家に連れ帰ると、首に巻かれた大きな鎖を外した。
「これからは自由よ。もう誰もあなたに鎖をつけないわ」
長年、金属の硬い鎖で繋がれていたペッピーノは、首回りの毛が抜けて皮膚が赤くただれていた。
「なんて痛々しい」
まずは傷口の消毒をする。水で汚れを洗い流すと、傷口に薬草を優しく塗った。それを舌先でペロペロ嘗めようとするので慌てて止める。
「嘗めちゃだめよ。我慢、我慢」
ペッピーノは我慢した。
「聞き分けの良い、いい子ね」
頭を撫でて大げさに褒めると、初めてなのかキョトンとした。
体はヒョロヒョロのガリガリ。貧相なペッピーノを家族に見せると、「汚い犬はどこかに捨てておいで」と嫌がられた。
「元気になるまで世話させて」
家に入れないことを約束して、強引に軒先に置かせてもらった。
「鎖につなぎなさいよ」と再三注意されても、「この子は自由だから」と拒否した。
ここにいるのも自由。野生に戻るもの自由。
ペッピーノは、自由になってもレーナのそばにいることを選んで逃げないでいた。
エサは店で出た魚のあらや肉の切れ端、骨を貰ってきた。レーナが愛情込めて作った温かいエサを食べさせていると、数日間で毛並みが美しく生えそろい、見違えるほどモフモフになった。
――モフモフモフモフ。
モフモフすると、心地良い手触りで癒される。
レーナは何度でもモフモフした。そのたびに、ペッピーノは元気になっていった。
家族にもモフモフになったペッピーノを自慢した。
「ほら、栄養状態が良くなったら、こんなに綺麗になったでしょ」
「フーン」
「本当だ」
姉のアリアンナは興味がなく、妹のヴィオラは物珍しそうにペッピーノを撫でる。
父のポンツィオと母のゾーエはやっぱり嫌がったが、「私、ペッピーノを飼いたい!」とヴィオラのとりなしで庭先に置くことを許してくれた。
やがて情が移ったのか、ペッピーノを見ても何も言わなくなった。
レーナが居酒屋に行くときは、片時も離れたくないペッピーノが勝手についていった。
「クゥーン、クゥーン」
置いていかないでと言わんばかりに、子供のような甘えた鳴き声を出しながらヨタヨタついて来る。
しかし、飲食店に動物はご法度。
「中に入ってはダメ。ここで大人しく座っていなさい」と、番犬代わりに店の外に座らせた。
賢いペッピーノは、自分の立場をよくわきまえていた。
無駄吠えはしないし、客の出入りの邪魔をしない。いつも臥せって、客を怖がらせないよう配慮している。
こうして、ペッピーノは店のマスコット犬として大人気となった。
元気になってしっかり歩けるようになってからは、レーナの行き帰りにボディーガードのように頼もしくついてくれるようになった。
周囲の協力もあって、巧いこと回るようになった。
自分は忙しいから犬の世話などできないと思い込んでいたことは愚かだった、さっさと助けてあげればよかったと、レーナは心から反省した。
セルジョも、前より頻繁に客として来るようになった。
いつも一人で静かにアクアパッツァを食べて、ビールを飲んでいたが、レーナからサルシッチャを勧められると、美味しさを知って、それからはサルシッチャも必ずオーダーするようになった。
「あのセルジョって、いつも一人で黙って食べて、陰気臭くて苦手だわ。店の雰囲気が悪くなる」
フランカは嫌がったが、「彼はペッピーノを助けてくれたとてもいい人。どう飲むかはお客様の自由」と、問題ないことを強調して擁護した。
「でも、じーっ、と人の動きを見ているし、何か不気味」
一人では手持無沙汰で、視線を向ける先もなく仕方のないことなのに、フランカは嫌がる。
フランカのことは見ていないと思ったが、それを言うと角が立ちそうなので、レーナは黙って聞き流した。
居酒屋は、レーナの料理とモフモフ犬の店として人気を博し、ますます繁盛したのだった。
次章より、いよいよ王子の登場です。