料理無双で成り上がる女料理人
レーナ 主人公 大地震に巻き込まれて異世界ヴェントーネ王国に転生。前世では料理人だったため、ここでも料理人としてのし上がり、王子様に見初められて成功していく物語。
異世界ヴェントーネ王国は、大陸の南に飛び出た半島にある、諸外国との交易で栄える港湾国家である。
中心地には、赤茶けた山肌のヴェントーネ火山が国を見下ろすようにそびえたっていて、かつて噴火を繰り返した雄々しい姿は王国の象徴となっている。
いくつもの山並が海岸線ギリギリまで迫る起伏の激しい地形。そのために坂道がとても多い。
日当たりのよい大地には豊かな森林が広がり、水はけのよい栄養豊富な土壌で農作物は大きく育つ。特にレモンが特産品である。
ミネラルたっぷりの海で採れる魚介類は、種類が豊富で丸々と太っている。
山から切り出される赤茶色のヴェントーネ石は貴重な輸出品となっていて、街の石畳、階段、住居にも使われている。
風光明媚な景観と美味しい食べ物は人を呼ぶ。「半島の宝石」と呼ばれるヴェントーネは、常に多くの観光客で賑わっていた。
民は素朴で質素。
この国を支配するヴェントーネ王家は、民を大切にすると評判で、それに応えるように民も王室を敬愛していた。
15歳のレーナは、城下町にある小さな居酒屋「ボニファーチョの店」の料理人として、毎日夜遅くまで身を粉にして働いていた。
ホール係のフランカが、客のオーダーを奥にいるレーナへ伝える。
「レーナ! アクアパッツァ2つ!」
「ハイ!」
「アクアパッツァ2つ追加!」
「ハイ!」
「ああっと、3つ追加! それと塩レモンパスタ大盛り!」
こなしきれないほど次々にオーダーが舞い込んで、レーナはてんてこ舞いだ。
観光地でもあるこの街には朝から夜まで客がひっきりなし。この居酒屋では、店内だけでなく路上に並べたテラス席も客で埋まっている。
レーナの作るアクアパッツァは、この店の名物料理。客のほとんどが注文するため、夜には品切れになることも多い。昼間でも客が押し寄せてアクアパッツァを注文するのは、そのことを知っているからである。
レーナがこの店の料理を一人で任されている。
店の主であるボニファーチョは一切関知せず。仕入れとアルコール作りと客の話し相手しかしない。しかも、料理の注文ばかりでアルコールは出ないと予想するとすぐにさぼる。タバコを吸いに出た切り、いつまで経っても戻ってこないこともしばしば。
ホール係のフランカは、客相手に忙しい。
出来た料理を出す時に、フランカが客からチップを受け取っている場面をレーナはたまたま見てしまった。
「アクアパッツァ、出来ました!」
「遅いわよ! もっと早くできないの?」
フランカは、最初からレーナには当たりがきつい。
一言嫌味を言って、カウンターに置かれた皿をさらうように持っていく。
二人の息があった連携プレーがなければ、料理は冷めて、待たされた客が騒ぎ出すからお互いに必死だ。
客足が少しだけ途切れてレーナとフランカが一息入れていると、ボニファーチョがようやく戻ってきた。
「売れ行きはどうだ?」
忙しい時間に抜け出したことなど、全く気にしていない。
「材料がなくなりました」
「そうか、じゃ、仕入れに行ってくるか」
売り上げの一部を手にすると、また出て行った。
労いの言葉もなく、二人の働きに対する感謝もない。
それもそのはず。ボニファーチョの頭の中には、「働かせてやっている。むしろ感謝しろ」としか書かれていないからだ。
フランカと二人になると、レーナは先ほどのことを聞いた。
「ねえ、さっき何か受け取っていなかった?」
「は? 受け取ってないし。何、盗み見してんのよ! 性格悪い! あんたは黙って料理を出してればいいの! お客様は私目当てで来ているんだからね!」
ここでのルールでは、客からもらったチップは個人の収入ではなく、店の収入。必ずボニファーチョに渡すこととなっている。
ボニファーチョは、ある程度貯まったら二人に分けると約束していたが、受け取ったことはない。
フランカも最初は真面目に渡していたが、途中でそのバカバカしさに気付いてからは独り占めするようになった。
厨房にいるレーナは、チップを受け取ることができない。
安い給金のレーナにとって貴重な収入なのに、まったく恩恵に預かれていなかった。
たまたま目撃して聞いても、逆切れされて話にならないので最近は諦めている。
それに、確かに給仕サービスの対価かもしれないと思うと、あまり強気に出られないのだ。
「ボニファーチョに告げ口したら、あんたが嘘を吹き込んでいると言って、クビにしてもらうからね」
最終的にレーナがフランカから脅されて終わる。
レーナの料理はアクアパッツァだけでなく、手作りソーセージ「サルシッチャ」も、パスタも、リゾットも美味しい。
特にイタリアンソーセージ「サルシッチャ」は、今までこの地域になかった味で、仕入れ先の肉屋の店頭でも扱いたいと頼まれるほどの腕前だった。
店の消費分で精いっぱいなので丁寧にお断りしているが、もし居酒屋を辞めてサルシッチャ屋をするなら協力させてくれとまで言われている。
なぜわずか15歳にしてレーナが料理上手なのかというと、彼女は転生者だったからだ。