1-7「何処にでもいる平凡な人間(料理上手)(武術の心得がある)(霊とか見える)(平凡ではない)」
僕の内にある何かが、肉体に強烈な力を与える。本来の機能の軽く十倍は超えているであろう動きで、【ヒロイン】に迫った。
体の節々が爆発しているかのようなエネルギーの発露を感じる。
そんな僕を見てなお、【ヒロイン】の余裕ある表情は崩れない。
それどころか、「ほら、先手でもあげようか?」とでも言いたげに両手を広げている。
こんな舐めた態度のヤツが、僕の邪魔しようってのか……!?
その怒りからか、理性のタガが勢いよく外れてぶっ飛び――それによって凶悪な欲望が芽生えた。
――【ヒロイン】を死の絶望に叩き落してやりたい。
彼女の美しい顔がぐちゃぐちゃに歪むのを見てみたい……!!
突進の勢いをそのままに、右手を突き出す。放たれた矢のように顔面に向かう一突き。
余裕綽々といった表情で、躱そうと上体を逸らす【ヒロイン】の動きが、スローモーションのように見えた。
――そう、あっさり躱される。普通ならば――
突き出した右の肘を曲げる。切っ先は天を指す。そこから手首をぐるりと捩じる、と同時に勢いよく膝を曲げて腰を落とす。
天を指していた切っ先が、外側から弧を描くような軌道へ。水平に敵の頭部を横に薙ぐように見える刀の行き先は、僕の体が沈んだことにより到達点を変える。
狙いは下半身。上から下へ、軌道が急激に落ちるフェイント。基本の型を度外視した、変幻自在の動き。
こんな無茶苦茶な動き方では、致命傷は与えられないだろう。
だが、僕が今持つ刀はただの刀では無い……!
「――――――っ!?」
【ヒロイン】が息を呑む。
斬った感触が無い。――それぐらいにあっさりと、【ヒロイン】の両足は太ももの真ん中あたりから見事に両断されていた。
切断面から勢いよく血が噴き出し、戦場を彩る。
斬った、というよりも、触れたところから消えたかのように思える。他の刃物とは次元が一つも二つも違う。
【命剣・終幕】などと言う大袈裟な名前にも納得がいく。
まさに、その命に幕を下ろす事を「宿命」づけられた刀だった。
【ヒロイン】の体が支えを失って仰向けに地面に叩きつけられる。
(――――とった)
機械的に僕は判断した。相手は動けない。そして僕は先ほどの動作から一つの滞りもなく次の攻撃に移行している。
攻撃の為に崩した体制は、一瞬で立て直し終わっていた。
あとは、先ほどからずっと攻撃の準備をしていた左手をまっすぐに突き出す。それでケリがつくのだ。
狙うは胸の中心。先ほどの一撃をそっくりそのまま返してやる。
――殺す。この【終幕】で――その生命を撃ち抜き、砕く!
「・・・・・・・・・・・・――ぜぇいッ!」
気合を込めた一撃。――しかし……手ごたえが無い。
……躱している!
「――え?」
あの状況、あのタイミング。
絶対に、確実に僕の剣は彼女の心臓を貫いた――その筈だったのに……?
「――――おまえぇ……やってくれたじゃないか……っ!!」
恐らく、地面を転がるようにして剣を躱したのだろう。
身に纏った真っ白なドレスをぐちゃぐちゃに乱した【ヒロイン】が、今までとはまるで違う感情の籠った声を吐き出していた。
「……だけどまだ死んではやらない……っ!
後悔するがいい、その剣がわたしに届くのは今ので最初で最後だ!
――あぁ、いいだろうさ、ここは退いてやる!
だが覚えておきたまえ、もう油断は無い。おまえを最大の障害と認めよう。
次からは全身全霊で潰しにいってやるとも……!!」
【ヒロイン】の怒りと決意に震えた声が響く。その人形のような顔に、人間らしい壮絶な感情を表す形相が浮かび上がっていた。
「に、逃がすか!」
追撃しようと僕は彼女に素早く近づくが、しかし……
「いいや逃げる、逃げてやるとも! みっともなくブッサイクにねぇっ!」
驚くべきことに――【ヒロイン】はその両の手の指で地面を踏みしめて、思いっきり後方に跳躍した……!
肉食獣のように豪快なスピードで、一瞬で視界から彼女の姿が遠ざかっていく。
「は、はぁ~~~っ!?」
・・・・・・・・・・・・無茶苦茶だ!
足が無ければ手を使えばいいじゃないってか? 思いついたとして実行するか。
アレがこのファンタジーな世界の戦い方だっていうのか。
「くそっ! 待てよこの――」
「よせよせ、すと~っぷ」
「――ぐえっ!?」
追いかけようとしたところを後ろから襟首をつかまれ、首に服が食い込んで変な声が出た。
「うえっほ! なんで止める!?」
「深追いはデッドエンドのフラグが立つだろォ大抵。
……ま、いきなり実戦にしちゃあよくできた方だ。むしろできすぎなくらいだ。
だがな、やっぱ『殺す』ってのはそう簡単なことじゃねェ。自覚あんだろ?」
……その通り、かも知れない。
あの一瞬。手を突き出せばそれで終わりというあの瞬間……
ほんの少しだけ、体の動きが滞ったのだ。
あの【ヒロイン】の顔が絶望に歪めばいい、なんて考えていたくせに、いざ彼女を追い詰めてその顔を見据えたあの一瞬……
彼女の顔は変わらず美しいままだった。そのほんの一瞬の光景が今も焼き付いている。
どこか諦めたような、ありふれているようでどこにもない、希望を断たれたあの表情。
手を差し伸べたくなってしまった。
よりにもよって、そんな顔をさせた僕自身が、だ。
「――――――――バカみたいだ」
……もうヘラヘラ笑うしかない。
これから先、ずっとこのネタで笑っていられるという気さえした。