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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第七章 シヌキデヤレ
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7-16 その血の暖かさまで

 ――――――その衝撃がきっかけで、また一つ……誰かに言われた言葉を思い出した。


「何にせよ……そんなにあっさりと命を賭けられちゃあ、びっくりするしかないよ!」


 ……そう、僕は敵が驚く程にあっさりと命を懸けられる人間だった。


「死ぬのが怖くないのか!?」


 まさに今、白い雷に頭をぶち抜かれて、死と生の狭間にいる。

 まだ完全に意識が闇に溶けていないのは、【蜜】のおかげだろう。

 花子ちゃんだって100人中100人が絶対に死んでいる、と考えるであろう状況から生き返っている。

 もう何度も実感できていたことだけど、本当に何でもありのエネルギーなのだ。


 しかし――そんな神様のような力を得てなお、すぐ傍にある死が恐ろしかった。


「もしかして飛び抜けた馬鹿だったりして!?」


 そうでもあるのだろう、と今にすれば思う。

 死ぬこと、殺すこと。

 物語の中では最早あり触れた事柄だ。

 人の命なんてちょっと過激な漫画の中とかじゃあ儚いもの。

 その手のお話は正直飽きる程読んできた。

 しかし逆に、現実で命の大切さとやらを実感できるタイミングは少ない。


「あぁそうか、自分の命に価値を感じていないのか!!」


 無気力な世の中。

 何をやっても【理力】が潤沢に使えた時代以下だと言われ続け、ゆったりと死んでいく途中のあの世界。

 頭の悪い僕はその流れにあっさり屈して、命の大切さを理屈でしか理解できない人間になった。

 僕が地獄に堕ちていたのはここに来てからじゃなかったのだろう。

 それはきっと、僕だけじゃなかった。僕以外にも地獄に堕ちていた人が途方も無く沢山いたから、抗いがたい流れになったのだ。


 しかし、他の【勇者】のみんなはどうだっただろう。

 「こことは違うどこか」――そこを目指したのはきっと、堕ちていくのが耐えられなかったからだ。

 しかし、【黄金具現】を経て素晴らしい人生を得たことによって、当たり前に人の命を大切に出来る人間――その世界の主人公を演じられる【勇者】になれた。

 僕もそうなろうとした。しかし、僕は自分の理想の世界を体験する前にここに堕ちてきてしまった。つまり、不完全な【勇者】なのだ。


 他の【勇者】達は完全な【勇者】故に、【サブヒロイン】を殺せない。

 僕は不完全な【勇者】故に、【サブヒロイン】を殺せる。


 その不完全さが、皮肉にもこの場を生き抜くのに偶然役に立っていた。

 この【勇者】だらけの集団の中で、切り札のような扱いになれていた。


 ……だが、このザマだ。

 あの【魔王】に対して、僕はロクに動けやしなかった。

 【魔王】が、自分の大切な人だった――そんな理由で。

 恥ずかしいったらない。【サブヒロイン】相手に手をこまねいていた皆を見て、苛立ちのようなものを感じていた癖に、いざ()()()()になればこうだ。

 そうだ、【サブヒロイン】を殺せたのは結局のところ、知り合って間も無かったよくわからない人達だったから。


「正直、見ていて違和感はずっと感じていた。『何かが足りない』と。今向き合ってようやく、少しだけ理解できた。

 きっと拍君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 戦いの経験が浅いわりには、気負い無く動いているのはそのせいなのかも知れない」


 灯姉と初めて稽古した時に言われた言葉の意味――今になってようやく理解できた。

 ……いや、理屈はその時からわかっていた。


「死にたくない、その感情に理屈は必要か? 殺したくない、その抵抗感に理屈は必要か?

 それこそ人によって答えは違うだろうが、私は『いらない』と答える。

 ……だから私は、自分の心情を理屈で誤魔化して戦い続けるお前を見ると落ち着かなくなる。


 自分が死ぬのは怖い。だけどこういう場なら仕方が無い。

 誰かを殺すのも怖い。だけどこういう場なら仕方が無い。


 何故そんな風に割り切ってしまえるのか。

 ソレはお前が、殺し殺されることについて……表面上では怖がりつつも、結局のところは理屈で割り切れてしまう程度にはどうでもいいと思っているからだ」


 戦うこと。生きること。殺すこと。殺されること。生命の価値に意味――本能。




 ・・・・・・・・・・・・頭に刀をぶち込まれてようやく目を覚めた。

 意思が電流となって身体中を駆け巡る。

 あぁ、普通なら動ける傷じゃない。脳天にぶっ刺さったソレばかりに気を取られそうになるが、片方手首は斬り落とされてるし腹の痛みは中身が潰れてるんじゃないかってぐらいだ。

 力はどんどん抜けていくし、意識は徐々に遠ざかっていく。

 しかし、だがしかし――寝たままでいるには僕の心は荒ぶり過ぎていた。


「――グっ……! う、ウう・・・・・・があァっ!!」


 斬られていない方の手で突き刺さっていた刀の刃の部分を掴んで引っこ抜き、際限無く吹き出る殺意に任せて「敵」に向けて思いっきり投げつける。


「・・・・・・・・・・・・」


 「敵」は、それをあっさりと二本指で挟んで受け止め、冷たい視線を改めてこちらに向ける。

 ……立つ。

 足は震え、身体中は痛み、視界は霞む。

 だがそんな事は問題にはならない。

 震えなんて気にならない。痛みなんて気にならない。

 そして――見えている。「敵」が見えている。視界の異常など問題にならない程に、僕の二つの眼が、まっすぐにこの地獄を見ているのだ――


「――殺されたく、ない……死にた、……くない――」


 受け入れられなかった。

 ようやく手に入れた実感と本能を、それまでずっと持ち得ていなかったこと。

 今まさに自分の命を奪おうとする「敵」の存在。

 怒りに羞恥、悲しみに恐怖。

 とめどなく感情が溢れ、とてもじっとしていられない。倒れたままでいるなんてとんでもない。

 戦うのだ。殺すのだ。

 可能かどうかなんて気に出来る身じゃない。今こそ、何でもありな【蜜】の力を行使すべきなのだ。


 「敵」が刀を中段に構える。切っ先はまっすぐにこちらに向いている。

 何があろうと逃れることは不可能だと主張するように。

 光を失い、黒い涙をとめどなく流すその瞳を改めて見据えた。

 彼女は――殺した。幾人も幾人も、何でもないことのように。返り血に染まりながらも、その血の暖かさまで凍てつかせる程の冷たさをもって。人の所業ではない。

 人であった彼女は、僕が憧れた彼女は……死んだのだ。



 ――そう。彼女は灯姉――美核 灯ではない。

 僕が何としても殺すべき敵。立ち塞がり、僕の未来を閉ざさんとする、【魔王】だ。

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