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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第七章 シヌキデヤレ
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7-15 地獄へようこそ

 灯姉に向け、【勇者】の誰かが放った炎の渦を、一閃。

 火炎すら斬り伏せた彼女はそのまま、一切の迷いを感じさせない足取りで素早く、自分に【蜜技】を食らわせようとした相手に駆けていき――


「しぃっ――」


 止まらないまま斜めに斬り上げ、さらに背後に回って斬り下ろす。

 そこからすぐそこに迫っていた一人を振り変える勢いそのままに両断し、さらに横に踏み込みながらもう一人の心臓を突き穿つ。引き抜きながら死角から剣を振りかぶりっていた者に、その刃が振り下ろされる前に肩から体当たりし、体制を崩したところに逆に上段から縦に真っ二つ。


 まるで演舞のような()()()()っぷり。

 吸い込まれるように灯姉の刀が相手の肉体を捉える。

 致命的な斬撃を受けたソレらはあっさりとその生を終えていく。

 血をまき散らしながら、グラリとよろめき倒れる。

 断末魔の悲鳴を上げながら、あるいはそれすら口に出来ぬまま、【天秤地獄】を生き抜いてきた【勇者】達が次々と斬り伏せられていく――


 そしてその間、僕はピクリとも動けなかった。

 感覚の全てが凍り付いてしまったかのようだった。


「やぁやぁ。どーしたどーした突っ立っちゃって?」


 すぐ近くから聞こえたその声に驚き、慌てて振り返るとそこには――


「ひ……【ヒロイン】……」


「こっちはなかなかいい場面になってるよ。ほら――」


 彼女が指さした方を見ると、黒いぼろ布のようなモノが見えた。

 先ほど僕らと花子ちゃんを分断した鎖の壁には一つバカでかい大穴が、【ヒロイン】と花子ちゃんの戦いの凄まじさを物語っている。

 ……しかし、こうして【ヒロイン】はピンピンして僕のすぐ傍にいる。

 つまり、あのどう見てもゴミにしか見えないようなアレは……


「あの死神女、なかなか頑張ったけどね。この状態のわたしにはさすがに敵わないということかな……もう再生が始まってるな。まったく、何回身体をバラバラにされれば気が済むんだろうね?」


 良く見るとぼろ布のようなソレがびくびくと痙攣し、少しずつ形を変えていっている。

 あのベタな死神の姿に戻ろうと、必死になって足掻いていた。

 以前【ヒロイン】の攻撃を受けたときには一瞬で再生してしまったのに、今は明らかに窮地に陥っている。


「まぁいつか心が折れるだろう。

 心が折れれば【蜜】が彼女に手を貸すことも無くなり、他の【勇者】どもと同じように死ぬ」


 【ヒロイン】が手を振るうと、腕に巻き付いていた鎖が伸び、鞭となって標的に襲い掛かる。

 もう一度立ち上がろうと足掻いていた花子ちゃんに、慈悲なき一撃が叩きつけられ、その衝撃を物語る戦塵が舞い上がった。


「……そう、死ぬのさ。今まさに、【魔王】の剣に手も足も出ず斬り殺されている【勇者】どものように。

 あぁ可愛そうに。

 ――で、きみは何をしているんだい?」


 薄く笑む【ヒロイン】に、何一つ言い返せない。

 すぐ目の前に、最終目標である敵がいるにも関わらず、【終幕】に手をかけることすらできない。


「彼女の強さに臆したのかい? いやいや、【蜜】を使った戦いは精神の戦いだ。

 その気になって頑張ればいいのさ。敵が手に負えない程強大であるのならば、それを超える程の決意やら覚悟やらを持てばいい。そんな都合良く、だなんてオトナな考えを持ってるヤツは、そもそもここまで来れるはずもない。

 きみならきっと出来るさ、()れるさ! その腰にかかった素晴らしい刀だってあるじゃないか! さぁ! 頑張れ!!」


 表面上は励ますような言葉なのに、それは真っ黒な靄のようだった。

 その靄は僕のつま先や指先から少しずつ少しずつ這い寄ってくる。

 靄に覆われた部分が大きくなるほどに――何かが、何かが――取返しがつかなくなっていくかのような。


「――あー、そういえば彼女、きみの大切な人か何かだったっけ? え? それだけで日和っちゃったのかい? ……いやいやいや、それはおかしいだろう。きみ、【サブヒロイン】は即殺せたじゃないか。

 同じことじゃあないか。誰かの大切な人を殺す。最初の【サブヒロイン】、アリスはヴェネの大事な大事な妹だった。そうだろう?


 その『誰か』が――名姫 拍都――きみ自身になったというだけだ」


 ――――――違う。

 この真っ黒い靄は、この絶望的な予感は、今産まれたモノじゃない。


「まさか、()()()()だからってわけじゃあないよねぇ?


 戦えないのは、割り切れないのは、殺せないのは――相手が彼女だからなんてことはあるまいね?


 ・・・・・・立ち向かえたのは。――耐えられたのは! ぷぷ……、アッはァ! ウ、受け入れられたのはァ!!


 『自分の』ではない、()()()()()()()だったからダぁなんてェ!!


 まさかまさかまさか、そんなコトあるわけあるわけネェ~よなァ!! ハァ~クトォォォ……? ぶは、あ――アハハハハハァッ!!!」


 『取返しがつかなくなっていく』ではない。

 『絶望的な予感』ではない。


 既に取返すことなどできないという――地獄に堕ちてしまった後悔だった。




 >>>




 ・・・・・・何かが胸にぶつかった衝撃で、我に返った。

 どれだけの間、目に見える光景から目を逸らしていたのだろうか。

 時間が急に飛んでしまったかのような感覚に戸惑いながら、衝撃の正体を探る。

 その答えは、自分の足元に転がっていた。


「ぁぁぁ……」


 自分の物とは思えない程のか細い悲鳴が喉から漏れる。

 ソレは、光を失った瞳で僕を正面から見つめていた。


「・・・・・・彼女は――戦ったぞ、()()()()


 自分を見つめるソレが、何だったのか――誰だったのかを感じたその瞬間に、誰かの足がその――首から下を失った、ジュニ――を踏み潰した。


「見ろ。この私の、【魔王】の――殺戮の結果を。

 あれだけいたお前の仲間も、随分減った。

 あれだけ頭数が減れば、後は【輝使】どもに任せておけば決着がつくだろう」


 言われるがままに、逆らうことなどできはしないとばかりに、僕は彼女に示された方に目を向ける。


 元の形を保てなくなった、物言わぬ肉の塊がそこら中に転がっている。

 ――赤い。自分の眼球に赤い絵の具でも塗りたくられたのかの思うぐらいに、血みどろの景色。

 大勢の【輝使】達が【勇者】を取り囲み、雪崩のように襲い掛かっている。

 その宝石の身体に遮られ、正確にはわからないが……きっともう僕が共に歩んできた仲間達は、今や10人かそこらだろうと、なんとなくわかった。


 これまでとは比較にならない程の犠牲。死。

 あぁ、理屈ではそうだ。

 今日の戦いは、この最終決戦は、今までで一番過酷なものになるだろうとわかってはいた。


 しかし、何故だか……リアリティを感じない。予感なんて生易しいものではなく、はっきりと突き付けられた現実であるのにも関わらず。信じられない。夢ではないのか。夢だったら良かったか。夢でだって、ごめんだ。


 悪夢の中で、灯姉が目の前に立っている。

 今まで見たことが無いくらいに冷たい表情で。

 やはりこれは夢だろう。

 なんせ、彼女が着ていたのは黒い着物だったのだから。


「自分の命も他人の命もどうでもいいと思っていたお前は、【サブヒロイン】を斬ったことで少しだけマシになった」


 語りは静か、というよりも平坦だ。

 だが、刻み付けられるかのような抗いがたさがあった。


「どうでもいいものではない、自分が踏みつけたソレは、途方も無くかけがいがない。

 自分が求めようとしているのは、そこまでしなければ手に入らないのだと、お前は知った。

 だがそれも……まだまだ理屈の範囲。いちいち頭の中で言葉をこねくり回しただけ。

 乗れなかった補助輪付きの自転車に、練習を繰り返した結果いちいち考えずとも乗れるようになったかのような――理屈が肉体に溶けて一つになっているかのような、その領域にまでは至れていない」


「……ぅ、ぁ」


「考える時間は十分にあっただろう、名姫拍都。その理屈を肉体と精神に完全に混ぜ込む為の猶予ぐらいは間違いなくあった。

 だが、これが現実だ。

 状況は動いた。時間は流れている。それに従うかのように命は潰えていく。

 私がそうした。私が殺した。積み上げれば山となる程に――斬って捨てた。

 いくらこの身が【魔王】であったとしても、瞬き程の一瞬ではここまでにはなるまい。

 地獄を作り上げるに十分な程の時があればこそ。

 長かったぞ。眠くなるほどにな。そしてその間、お前は一歩たりとも動けなかった」


 灯姉が鞘にしまわれていた刀を抜く。

 いくつもの命を奪ったであろうソレは、この赤い景色の中でも、まだ一つの足跡も無い雪のように、打ちのめされる程の白色――


「まるで下手な物語のキャラクターだ。作り話を進める為に、不自然に、無理矢理に、動かされているかのよう。

 仕方がないから、そうするしかないから、どうしようもないから、お前は敵を殺してきた。

 その罪の深さはちゃんとわかっているのだから――と、厳しく言い聞かせ、しかし結局は自分を許しながら、ここまで堕ちてきた」


 上段に構えたその姿勢は、否が応でも刃が振り下ろされるその未来を想像させられる。

 ようやく、腰の刀に手がかかった。

 しかし、その動作は結局、必殺の意思からくるものではなく――


「・・・・・・・・・・・・地獄へようこそ、名姫拍都――」


「――ぁ、アアアァッーー!!」


 一振りの刀を鞘から抜いた。

 『触れただけで斬れる』――そんな悍ましい程の殺傷力を持つその黒き刀を、ただただ自分の身を守る為だけに、振った。

 雷のごとく降って来る白刃に叩きつけるように。


 だが、何故か。まったくもって理解ができないが、無敵であったはずのその刀は、あっさりと砕け散った。


「ひ、ぃぃぃやあああッ!!」


 自分ですら震えあがる程の恐れが込められた金切り声と共に、もう片方の刀を抜く――


「遅い」


 ――足元に何かが落ちたような音がした。

 迫りくる【魔王】から目を逸らしてはいけない。

 その事は無意識に理解していたはずなのに、何者かに頭を押さえつけられたかのように僕の視線は下に傾いた。


「……あぇ?」


 【終幕】のもう一振りがそこにあった。

 その柄を握りしめていた手首と――手首? 誰の?

 それを理解する前に、腹に突然鉄球を叩きこまれたかのような――それはもう痛いという感覚がぶち壊れるぐらいの衝撃が僕を襲った。


「っ!? ぐぶっ……ふぇっ!?」


 蹴られたのか殴られたのか。

 【魔王】が先ほどよりも近くに詰めてきていたのだけは辛うじてわかった。

 あぁしかし、いちいち頭が追い付かない。

 どうなってるんだ。

 持っていた二振りの【終幕】、一つは砕かれ、もう一つは確かに手に持っていたはずなのに地面に転がっていた。

 そして馬鹿みたいに腹が痛い。痛すぎて痛くない、なんて意味不明な感想が出てくるぐらいには切羽詰まっている。

 立てる気はしないが立たないと殺される。

 ……誰に? 【魔王】に。

 【魔王】って誰だ? 灯姉。美核灯。

 灯姉に殺される? なんか僕、殺されるようなことしたっけか? 実は嫌われてたのかなぁ。ショックだ。


「いやわからないわからないわからないちょっとたいむしぬころされるなんでなぜにどうしておかしいとつぜんでとうとつでいきなりすぎるしぬまって」


「待つか阿呆。そもそも今や、突然で唐突でいきなりという程ではない。

 私が正体を現してからお前の仲間のほとんどを殺せた程には時間が経っている。

 ……む、これは先ほども言ったな。うん。言ったはずだ。

 聞こえなかったのか? いや受け入れられないのか。それは困った。

 覚悟が決まらない内に斬り捨てては死ぬに死に切れないだろうと、放心しているお前を敢えて後回しにして時間をくれてやったのだが。うっかり“待っているだけ無駄”と考えそうになるな。

 いや実際そうだったのか。腹立たしい。殺してやりたくなるぐらいには。

 ……む、なら無駄口を叩いている場合じゃないな。殺すか」


 あぁ死ぬ。

 意味が分からないけど分かるまで呆けてたら死ぬ。

 だから分からないまま動くしかないと、腹の痛みを無視して立ち上がろうとする。

 立って、走って、逃げよう。とりあえず。命あってのナントカって言うし。

 まずは手足を放り出したうつ伏せの状態から四つん這いへ移行しよう。焦らないで、ゆっくりだ。小さな目標を一つずつ達成する。そーいう意識が今まで欠けていたのだ。うん。千里の道もなんとかかんとかと昔の偉い人が言った。偉い人の言う事なら間違いない。

 右の手を地面について、グっと力を込める。込める。込めらない。込めらないって何だ? は? おい、何が一つずつ達成するだ。一つ目から出来ないのだが。ふざけてるのか。昔の偉い人役に立たねぇじゃねぇか。死ね。いや死ぬ。死ぬ。誰が。知らない。


 痛みで霞んだり歪んだりして視界が役に立たない。だったら感覚を頼りにすればいいじゃない。右、右の手、手首――の感覚が無い。

 わかったぞ。さっき地面にオちてた手首、アレ僕のだ。持ってた武器ごと斬り落とされた。とんでもなく綺麗な切り口だった。思い出した。真っ白な一閃が刀を鞘から抜いた僕の手首をすぐさま叩き切ったのだ。    

 あんなことが出来るのは灯姉ぐらいだ。やっぱり灯姉は凄い! 好きだ! 結婚して!


「ふ、へへへ」


 しまった! 思わず灯姉との結婚生活を妄想したらキモい笑いが漏れ出てしまった。

 これは嫌われた。きっと嫌われた。間違いなく嫌われた。

 嫌われたから殺される。死ぬ。



 愛する女性に嫌われ生きる意味を失った男の脳天に、切れ味抜群の雷が落ちてきた。

 雷は脳を貫通し舌を突き刺し顎をぶち抜いた。ざくり、と僕を貫いた雷がそのまま地面に突き刺さる音がはっきり聞こえた――

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