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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第七章 シヌキデヤレ
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7-14 冗談

 ――【命剣・終幕】。

 力を込めずとも「触れるだけで斬れる」……というのが式鐘おじさんの最初の説明だったが、今はもう少し詳しく仕組みを教えて貰っていた。

 【命剣】とは宿命づけられたその業を、ありとあらゆる要素を無視して為す剣。

 【終幕】は、その名の通り「終わらせる」ことを宿命づけられている……らしく、刃で触れた部分を「斬る」のでは無く「終わらせている」。

 触れたモノが何であろうと、強制的に「終わらせて」、消失させる。

 故に、その太刀筋を阻めるモノは無い――




 >>>




 思わず、ちらりと自分の手元に目を向けた。

 おじさんによって創られた【終幕】は、2本とも確かに僕の手にある。

 だが、目の前に。

 それこそ【終幕】でも使っているんじゃないかと――いや、【終幕】なんかより余程阻まれることの無い、絶対の剣があった。


「――――――チックショウがァァァッ!!

 【ヒロイン】は花子に任せて、隊長格と拍都は【魔王】を止めろォッ! キング隊も【魔王】だ!

 ジャックとクイーンはオレの指揮下で【輝使】を全力で殲滅! 呆けてんじゃねェ、あのクソ【ヒロイン】最悪の手を打ってきやがった!! 無茶でもしねェとどうにもならねェ場面だ、動けェェェッ!!!」


 おじさんの血を吐くような絶叫。

 直後、以前見た巨大な水の砲弾を放つ【蜜技】が魔王に向かって放たれていた。


 恐らく、倒せはしないまでも足止めぐらいにはなると踏んでの攻撃だったのだろう。

 【ヒロイン】の呪いによって弱体化しているとはいえ、おじさんは相当な【蜜技】の使い手だと思う。

 以前その【蜜技】が放たれた時は、大量の【輝使】を一瞬で粉々にする程だった。


 しかし――


「――ふっ!」


 【魔王】は息を吐きながら、得物である白い刀をまっすぐに振り下ろす。

 敵を粉々にせんと撃ち出されたはずの直径10メートルはある水の砲弾は、その一振りだけで冗談のように弾け、散っていく。

 さらに、砲弾を対処する隙をつくかのように殴りかかっていたキング隊の一人の真横をすり抜けながら、胴を一閃。

 格闘の腕は近接戦闘が得意分野のクイーン隊の面々にも劣らない程であった彼は、【魔王】の剣に為す術も無く。

 その肉体を二つに分けながら地に叩きつけられた。


 【魔王】の刀を振るうその動作は、どれもおぞましい程に早い。

 それなのに、その一つ一つが一生忘れられないのではないか、と言うぐらいに目と心に焼き付く。

 その衝撃は、彼女が【魔王】として僕らの敵になる前、隊長格の一人として、頼れる仲間の一人だった時とまるで変わらない――そんなところだけが、変わらないでいる。


 彼女と、彼女の刀。

 そして、その二つによって舞う血の赤色。

 それら以外の全てが、()()

 色彩が消え失せている。動きが止まっている。現実味が無い。存在を信じられない。

 地面がぐにゃりと歪んで今にも僕を飲み込みそうだ。

 声が聞こえる――


「ふざけんなぁっ! よりにもよって……灯さんが敵ぃ!?」


「口動かしてる暇無いわよ! 【ヒロイン】が無茶苦茶やるって、想像はできてたじゃない!」


「止めろ! 式鐘さんに向かってる!」


「【輝使】もこんなに大量に……っ!」


「ジャックとクイーンは【輝使】に集中するんだ! 灯さんは私達キング、が――ァあっ? ――アぁ、あ……!」


「グレアァっ!」


「クソっ、こんなにヤバかったのかよ、この人ぉっ!」


「連携して止めろ! こんなの一対一で勝てるワケない!」


「灯さん……っ! あぁ、あぁ、そうかい! ずっと黙ってたってわけかい! まんまとやられたよクソッ! ジュニ、行けるか!?」


「キャラブレてるっすよヴェネさん! 大丈夫っす、正直なんだかしっくり来てるぐらいっす!

 【ヒロイン】の切り札として相応し過ぎるくらいに相応しいっすから……っ!!」


 悲鳴のような。怒号のような。

 一つ一つが振り絞るような、決死の感情が込められたソレら。

 だが、今の僕にはただの雑音でしか無かった。耳にした瞬間からドロドロ溶けて零れ落ちる――


「……いや」


 自分の意思に関係なく、口が動く。


「いやいやぁ。いやいやいやいや・・・・・・・・・・・・ナニコレ?」


 赤色がまたも噴き上がる。

 ほとんどが色彩と意味を失った僕の世界で、あの黒い着物が、白い刀が、赤い血が。

 今の僕にとって、特に意味不明なソレらが、よりにもよってソレらが特に、シリアスなリアリティを持っていた。




 困るのはちょっとシリアス過ぎるって所だ。

 いや、本当に困っている。比較して自分の何もかもが冗談みたいになってしまったから。




「そのと~り。灯は他の【勇者】と事情が違う。『理想の自分』としての肉体は持ってねェし、辿り着いた世界も明日の命も保証されねェような超ハードな所だった」


 おじさんは確かにそう言っていた。

 世界に絶望した灯姉が、大学によって送り込まれた異世界は、【黄金具現】による「理想の世界」とは違っていたと。


「【魔王】は魂のみの存在、っていうのは前に言ったね? 誰かに憑依して戦う為の肉体を得る。そういう存在だ。

 で、どういう人に憑りつくのかは、一つ決まりがある」


「決まり?」


「死にかけてるヤツ」


「……はぁ?」


「こことは違う世界から、引っ張って来るのさ。

 例えば……強力だったのに、裏切りか何かで理不尽な敗北をしてしまった戦士だ。

 単純な実力では勝っていたのに、卑劣な手段で命を落としそうになっている彼らの胸中はどうなっているだろうか?

 後悔? 憤怒? 憎悪? まぁどれだっていいが、そういう納得のいかない敗北と死を前にした凄絶な感情を【魔王】は好む。

 この【天秤地獄】に引きずり込みながら。

 自身の力を注ぎその命を繋ぎとめながら。

 その意思を自身の憎悪で支配し――【魔王】はきみ達を殺す存在として完成する」


 そんな会話を、【ヒロイン】としたっけか。


「オレがその話を聞き出した時、ソイツらは今まで確認できていた異世界での灯の反応を見失っていた。

 ……死んだ、と判断されたらしい」


 そうおじさんから聞いてからずっと、僕は灯姉が死んだと判断される程の状況に陥りながらもなんとか生き延び、ここで再会するに至ったのだ、と考えていた。


 そうじゃなかったとしたら?


 明日の命も保障されないような世界でも、灯姉なら生き残っていても不思議じゃあないって、僕は根拠も無く思い込んではいなかったか?


 そんな甘いもんじゃなかったとしたらどうだ。


「毎日命のやり取りをしていた。死にかけることも何度もあった。

 走馬灯なんか見飽きたよ」


 灯姉はそう言っていた。

 毎日命のやり取りをしているような世界。「走馬灯なんか見飽きた」程度で済む方が余程あり得ないんじゃないのか?


「【魔王】になるようなヤツは、死にかけるような目に遭うようなヤツってことさ。

 つまり、絶対勝てる戦いしかしないようなヘタレの中にはいないってこと」


 【ヒロイン】は確かにそう言っていた。


 僕らのほとんどは【黄金具現】を経て「理想の自分」となった【勇者】。

 向かった異世界は自らの「理想の世界」。生き残れて当然のイージーモード。

 【ヒロイン】に言わせれば絶対勝てる戦いしかしないような、ヘタレ。

 そのカテゴライズから外れているイレギュラーとなると、候補は絞れたはずなのだ。


 僕、式鐘おじさん、花子ちゃん、灯姉。

 僕も、きっと花子ちゃんも死にかける目に遭うようなハードな人生は送っていない。

 僕らが元居た世界は、確かに衰退に向かっていたけど、日常的に争うようなことは無かった。


 となると、式鐘おじさんか灯姉の二択。

 しかし、おじさんが【魔王】であれば確かに最悪ではあるが、回りくど過ぎる気がする……



「いや、結構な大ヒントだよ、これは。

 ほぼ答えなんじゃないか、とヒヤヒヤしてるぐらいなんだが」



 結局。

 僕はこの【天秤地獄】に堕ちた全員の事を隅から隅まで知っているワケじゃない。

 【ヒロイン】に言わせれば「ヘタレ」であった【勇者】達の誰かも、【魔王】の条件は満たしていたかも知れない。

 【ヒロイン】がどういう意図で【魔王】を使うかなんてわかるはずも無いから、僕視点回りくどいだけだったとしてもおじさんが()()である可能性はきっと捨てきれなかった――


(ばかばかしい、しらじらしい――なにを、いまさら――)


 ……一丁前に考えをこねくり回すフリをしていた自分に嫌気が差した。

 誰が【魔王】かなんて、その存在を知ってから僕はずっと考えてきたじゃないか。

 自分だけがその存在を知っていて、罪悪感があったから、僕はずっとその正体が気になっていたじゃないか。

 【ヒロイン】のヒントを聞いてからは、誰が一番怪しいかなんてきっとどこかで考え付いていたはずなんだ。

 どこまで考えても確定はできなかっただろうが……だからこそ、【ヒロイン】はヒントをくれたのだろう。


 しかし、前もって覚悟を決める事はできたはず。

 それが出来ていれば、こんな風に、目の前に倒すべき相手がいるにも関わらず、呆けて立ち尽くす――そんなみっともない姿を晒すことは無かっただろう。


 だけど、できなかった。

 最後の最後。

 今までまぁまぁそれっぽく立ち振る舞えた僕は、よりにもよってここでヘタレになってしまったのだ。









「――しんじたく、なかった――」

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