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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第七章 シヌキデヤレ
72/78

7-12 「二作目を観ていない三部作のラストシーン」

 ――異様な光景だった。

 それまでは宝石で出来た洞窟だったのが、無理矢理継ぎ足したかのように唐突に全く様相の異なる場所になっていた。

 洞窟とその場所との境目は機械的な程に歪みの無い一線になっている。

 その一線の境界を超えた途端、今までとは打って変わって定規でも当てながら作ったかと思ってしまうぐらいに凹凸が一切無い、まっ平な地面が広がっていた。


「……気にすんな。以前来た時と様子は変わってねェし、罠も仕掛けられてない。見た目だけワケわからんだけだ。……進め」


 式鐘おじさんの言葉に、妙な雰囲気に呑まれ止まっていた僕らの足が再び動き出す。


「ここがこの【天秤地獄】の最奥だ。すぐに【ヒロイン】が来るぜ、気張れよ、オマエ等――」



 フォーデさんが離脱した翌日。

 おじさんが話していた通り、今日の行軍を開始してすぐに――僕らがずっと歩み続け、戦い続け、ひたすら目指し続けた終着点――【天秤地獄】の最奥にたどり着いたようだ。

 灰色の床、壁、天井。それらの至る所に、天秤の絵がびっしりと描かれている。

 白い線で描かれた、左側に傾いている物と、黒い線で描かれた右側に傾いている物の二種類。

 どういう意味があるのか、気にならなくは無いが。


「――これで、最後――今日の戦いを、生き残れれば……帰れる。帰れるんだ……」


 どこからか微かに聞こえてきた、言い聞かせるような独り言。

 内心で頷く。この場所に今自分達が知っている以上に、どのような事情が秘密があろうが……結局のところ、そんなものに興味など最初から無い。

 自分達が求めるのはこんな理不尽な地獄じゃない。「理想の世界」なのだ。

 「それさえあればどうにでもできる」――とまで言われる【天秤】で面倒な問題をまとめて解決したのち、自分が望んだやりたい放題できる世界へと向かう為にここまで苦労してきた。

 その目的さえ達成できれば他の事などまぁどうでもいい――


「・・・・・・・・・・・・」


 一瞬、何故か【ヒロイン】の顔が思い浮かんだ。


「最初は『ちょっと興味あるから誘ってみるか』ぐらいだったのが、今では、きみが仲間にさえなってくれれば、【ヒロイン】の対となる『ヒーロー』になってくれれば……色んなことが何とかなっていく。良くなっていく――そんな気さえしてくる。そんな保障、どこにもないはずなのに。

 ……ねぇ、きみには何故だかわかったりしないかい?」


 いつぞやの言葉が頭をよぎる。


「――知った事かよ」


 心情が無意識に漏れ出て、言葉になっていた。

 確かあの時も同じような事を彼女に言った気がする。

 しかし、断ち切るようなその言いぶりは、逆に何かが引っかかっているのを暗示しているようにも感じた。

 自分自身ですら気づいていない、何か。まだ答えを出せていない問題。その存在を――


「――いや、本当に。今更。知った事かよってハナシ――」


「拍都クン、どーしたのさ?」


 突然かけられた声にハッ、と俯けていた顔を上げると、花子ちゃんのこの場面でも尚「絶妙に微妙」な顔が向けられていた。


「独りでブツブツつぶやいちゃってからに、まさか今になって『もう一人のボク』みたいな設定できちゃった? それとも『戦う理由がぁ~』みたいなヤツ始まっちゃったの? どっちにせよ、ラスボス前にすることじゃなくね?」


「……そっちこそ、ラスボス前の顔つきとテンションじゃないじゃん」


「んあ、アンタ事ここに至ってま~た『絶妙に微妙』とか思ってんのかアタシの事!」


「……僕はただ、花子ちゃんは今日も『平常運転』だなぁと思ってるだけだよ」


「このやろー、その言葉そっくりそのまま返してやんよぅ」


「あ、あの。結局お二人頼みのこーはいが言えることじゃないっすけど、もうちょい緊張感持った方がいいんじゃないっすかね……」


 花子ちゃんとしょーもない雑談をしていると、おずおずと言った様子でジュニが口を挟んできた。

 その隣にいる静瑠さんの何とも表現しがたい微妙な表情を見るに、彼女も同様に思っているらしい。


「いやいや、この最終決戦目前でも揺るぎの無い二人のテンション。これこそ強さの証ってヤツじゃあないのかい、知らないけどさ」


 その二人の後ろから、ヴェネさんが実にテキトーな事を言う。


「……それに今のボクら、皆気合入ってるというか、覚悟が決まってるというか……敢えて悪い言い方を浮き足立ってるというか。

 どうも普段通りとは程遠いからさ。その内何人かが『絶妙に微妙』なテンションになってるぐらいが丁度良いんじゃないかなぁ」


「アンタまでそー言うんですか! アタシゃそんなに揺ぎ無く『絶妙に微妙』ですか! ちくしょー!」



 実は今日、出発前にまたもアクシデントが起きていた。

 昨日のキング隊隊長、フォーデさんに続き、副隊長であるマジさんが姿を消していたのだ。

 朝食の時間に現れず、彼が使っていた部屋にも見当たらず。


 最後に彼の姿が見かけられたのはフォーデさんが去り、それに動揺しながらも行われた最終決戦に向けての作戦会議の場。

 会議が終わってすぐ? 皆が寝静まる直前か最中か、それとも起きてすぐか……ともかく、彼は僕らの誰にも告げず、ここを去ってしまったのだ。



 あとは最終決戦が残るのみ、というこの局面で、立て続けに二名の離脱。

 しかもそのどちらも主力と言える人員。

 それでも平常心でいきましょう、と言われても難しいのは理解できる。


「……二人のこと、気にならないと言えば嘘になる。だけど、それに気を取られてボクらがしくじるのは彼らも望むところじゃないだろうね。

 ジュニ、静瑠。気を抜け、とは言わないけど固くなり過ぎないようにね。まぁ、それが一番難しいんだけどさ!」


「……はいっす」


「はい……だし」


「灯さんも――」


 ヴェネさんが首を捻った先の灯姉にも声をかける。


「よろしくお願いしますよ。フォーデ君、マジさんの穴を埋める為、隊長を任されているボクらが特に頑張らないと!

 ま、灯さんはボクなんかよりよっぽど強そうだから、お前に言われても……って感じかも知れませんが!」


「いや、そんな事は。

 ……私も為すべきことを為します」


「頼りにしてますよ!」


 再び意思を統一する隊長格メンバーの会話を聞いているうちに、さきほど自分が何を考えていたかボヤけてしまった。


 ……まぁ、いっか。

 何はともあれ生き残らなきゃどうにもならん。

 どうしてもってなら、全部終わってから考えれば良いことだろう。

 命あってのナントカ、ってヤツだ――




 >>>




「大体察してるだろうが……作戦らしい作戦はねェ」


 おじさんの諦観交じりの言葉に、いちいちざわつく人はいなかった。

 この場で唯一、最奥を目にした彼曰く。そこには身を隠せる遮蔽物すら無いらしい。

 それ以前と同じように、広さは十分にある。

 その場の特徴を利用した戦術、なんて望めない。不利な要素は無いが有利な要素も同じく無い。


「純粋に実力勝負するだけだ。

 ……だが、恐らく、想像するしかねェが……明日の【ヒロイン】は今までで最も強力な敵として立ちはだかって来るだろうな。

 【サブヒロイン】なんて手を打ってきたあの女が、退く余地がねェ最終決戦で何の備えもしてないなんてあり得ねェ。

 元々【天秤地獄】はヤツのホームグラウンド。楽観するのは上手くねェ、基本的にオレ達が不利ぐらいに思っとけ」


 思えば最初の頃の僕らには、一人ひとりが無双の【勇者】という事実を由来とした驕りのようなものがあったかも知れない。

 【天秤地獄】の恐ろしさは何となく感じてはいただろうが、流石にこの人数の【勇者】が集まってるこちらの方が有利だろう、という楽観。

 そんな浅はかな想像が、これまでの道のりで覆っていき、僕らの雰囲気もそれに合わせて変わっていった。

 今や――「不利なのはこちら側」――それが共通認識になってしまったのだ。


「だが、この状況をひっくり返せる知れんヤツがいる。

 エース……いや、『ジョーカー』がな。

 以前【ヒロイン】を圧倒した春野 花子。

 【終幕】を持つ名姫 拍都。

 明日の決戦はこの二人が鍵だ。

 花子は言わずもがな、拍都も【終幕】ありきってだけでなく【サブヒロイン】を即座に斬れる程の覚悟がある。

 オレは、この二人が特に【天秤地獄】に適応し、実力を発揮できると思う。

 そして、この地獄の理不尽さをブチのめせる可能性を持っていると考える。

 異論あるヤツは? ……いないな、よし」


 そこまで大げさに表現されると「いやそんなことは」なんて言いたくもなるが、これもまた共通認識だと言わんばかりの反応をされてしまった。

 ……僕自身は自分のことを【終幕】ありきだと思うんだけどなぁ。まぁ花子ちゃんよりは「ヤバく」ないってのも共通認識だとは思うけど。


「オレ達はこの二人を援護することに集中だ。【ヒロイン】に決定打を与えられるのはコイツらしかいねェ。

 二人が存分に力を発揮できる状況を作ること。それが最優先だ」


 明日の最終決戦における役割分担が告げられる。

 【ヒロイン】の呪いによって弱体化しているおじさんはいつも通り最後方で、隊長格以外のメンバーに指示を出し【輝使】を抑え込む。

 【ヒロイン】に直接挑むのは花子ちゃんと僕、それを援護する形で灯姉、ヴェネさん、静瑠さん、ジュニの四人がつく。


「今まで隊長格としてまとめてくれていたこの四人だが、今回は『ジョーカー』二人の援護だけに集中してもらう。

 こんな言い方はアレだが……()は無視しろ。こっちはオレが何とか保たせてやる。

 六人で連携し、【ヒロイン】を討ってくれ。


 ……さっきも言ったが、恐らく、【ヒロイン】はこれまでと違う手を準備しているだろう。

 ヤツ自身の強化か、それとも自らの駒である【輝使】に手を加えるのか――これまでと全く違う駒、という可能性も考えられる。

 だが、それが何であろうが頭を潰せば終わるだろ。

 名前を挙げた六人は【ヒロイン】を倒すことだけ考えてくれ。

 その他は、基本的にこっちで引き受ける。

 この分担で対処不可能と思われる程の不測の事態が起こった場合でも、オレからの指示が無い限りは【ヒロイン】一人に集中するんだ。……いいな?」




 >>>




 【勇者】達が【天秤地獄】を無事に脱出できるかは、まさに僕と花子ちゃんの二人にかかっていた。

 ……いや、自分達二人だけで戦う、なんて自惚れてはいないが、客観的に考えても僕と花子ちゃんが【ヒロイン】とどこまでやり合えるかが肝なのだろう。

 目立ちたがりでは無いと思っていたが、いつの間にやらメインキャスト扱いになってるのが今更ながら落ち着かない感じだった。

 ヴェネさんには「揺るぎの無い」と言われたが、実際のところは現実味を感じてないだけなのではないだろうか。


 ……まったく、本当にラスボス前のテンションじゃないな。

 自分の「理想の世界」――なにもかも思い通りに行きづらい世界で生き、故に何もかも思い通りにゆく世界を望んで【黄金具現】を選んだ。

 結局「理想の世界」にたどり着けず、【天秤地獄】に堕ちてからも最奥の【天秤】さえ手に入れば改めて自分の望んだモノを得られるだろうと示されるとあっさりと僕はその目標に向かって進むことを選んだ。

 そして戦いになれば即座に敵に【終幕】を向けられた。目的の為。生きていく為に。


 欲しい何かがある。

 まだ生きていたい。

 そう思って、結局のところそれだけを思って、戦ってきた。




 だが、今になって。


 「それだけ」な自分が、致命的な歪みを抱えているように感じるのだ。




「――――――――や、待ってたよ【勇者】ども。

 こここそが【天秤地獄】の最奥。

 きみ達が犠牲を払いながらも目指し続けたモノはここにあり、そしてわたしはこれ以上は退けない。

 お互いが譲れない、まさしく最終決戦の場へようこそ――」



 自らの内に沸いた疑問の答えをまだ見つけられていないのに。

「知った事かよ」と言わんばかりに、役者が揃ってしまった。

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