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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第七章 シヌキデヤレ
71/78

7-11 《誰かと比べればちっぽけな》

 【サブヒロイン】――つまりは自分達の敵となったジューネルを追う彼――フォーデ=フィマは内心酷く動揺していた。が、それと同時に「やっぱりか」というようなどこか静かな諦めも抱いていた。


 最初の【サブヒロイン】、ヴェネ=アイバの妹であったアリス。

 【勇者】達の中心人物の一人であったヴェネを狙い撃つ為の人選のように感じた。

 自分とて、アリスが敵となった時は衝撃を覚えたが、恐らくヴェネはソレとは比べようも無いほどの絶望を覚えたに違いない。

 【蜜】を使った戦いとはすなわち精神の戦い。アリス戦以降のヴェネは、自分から見ても調子を落としていたように見えた。


 もしアリスがヴェネの力を削ぐ為に、意図的に【サブヒロイン】に選ばれたとすれば……キング隊の隊長という位置にいる自分に対しても――そんな予測はあった。だが。


(覚悟はしていたつもりだった――が、結局のところ「俺」はこの可能性から目を逸らしていたらしい)


 それ以前は自分と同じく常に余裕ありげだったヴェネが、絶望に膝を折ったその様子を思い返すと、いざ自分が同じ目にあった時、平静を保っていられる気がしなかった。

 だが、この【天秤地獄】は甘い戦場ではない。「自分だけはこの場所がもたらす絶望から逃れられる」など、そんな楽観が実現する訳は無いと、確信に近い予測はあった。

 ……覚悟が必要なのは明白だった。今日かも知れない。明日かも知れない。明後日かも知れない。

 人知れず彼は、自身の大切な女性と殺し合うことへの心構えをしていたのだ。


(だが、所詮は「つもり」だったな。実際にそうなってしまうとどうにもきっついぞ……)


 彼が自らの「理想の世界」で、ここに引きずりこもうとする鎖に絡みつかれた時、ジューネルは目の前にいた。

 自らが築いた城の中庭、夜空に浮かぶ満月を眺めながら、二人で静かに語らっている最中だった。

 彼女は確かに生きていた。【サブヒロイン】を産み出すに必要なのは死者の魂と聞いていた。ジューネルは死者ではない。だから、アリスのようにはならないはずだ。

 そんな都合の良い考えで不安を紛らわしたことが何度あったか。


 異なる世界から自分を引きずりこむような相手だ。多少の無理を通してきても不思議ではない。

 非情な現実を噛みしめ、半ば自棄になりながら走るスピードを早めた。



 先行したジューネルは随分遠くにいるのか、未だ姿は見えない。気配だけがフォーデには感じられる。

 彼女が立ち去った後、仲間に別れを告げただけでそれ以外の余計な事は何もせずすぐに後を追っているのに、ここまで離れている。

 自分と実力は互角だったはず――いや、【サブヒロイン】となって以前よりも強力になったからか。


(いやいやそれも違うな――こちらが本気でないからだ)


 以前にも皆の前で見せた、【蜜技】で召喚する黒馬。アレなら自分の足で走るよりも余程速い。

 それすら失念する程に自分は動揺していたのか。


(違う、それも違う……! ジューネルの元にたどり着いてしまうことを恐れているんだ……あぁクソ……威勢の良い事を言っておいて実際はコレか!? 情けなさ過ぎる……!!)


「待て待て待て待て。

 唐突過ぎて意味が分からねェぞ……!」


 あの時の式鐘の言葉は正しくフォーデの心境そのものだ。

 この場では感じるはずの無い、拠点に近づいてくるジューネルの気配を感じ取った彼は、ずっと心の隅にあった最悪の想像が現実となった恐怖に震えた。

 前もってしていた想像、心構え、覚悟――そんなものは、迫りくる実感と向き合った途端にあっさり崩れ去り、無意味となる。

 予測していたはずなのに、「何故こんな突然に」「理不尽だ」「訳がわからない」――そんな事実を受け入れられず目を逸らそうとする、情けない嘆きの感情で胸が軋んだ。


 もう、すぐにでも。

 自分は皆と別れなければならないのだろう。

 何故だがフォーデにはここに来たジューネルがどのような言動をしてくるのか、はっきりと想像がついていた。

 これでも自分は「隊長」という立ち位置につけられたもの。

 今まで辛い戦いをしてきた皆に、さらに余計な不安を抱かせたくは無い。

 言葉で、立ち振る舞いで。何も心配することは無い、と示さなくては。

 せめて彼らの瞳に映る自分が、最後まで不敵なフォーデ=フィマであり続けるように。


 彼は恐怖を義務感で無理矢理に押さえつけながら、最後の言葉を愛すべき仲間である【勇者】達に送ったのであった。


(恐れている場合か――「俺」は例え命尽きたとしても、【サブヒロイン】となったジューネルを倒さなくてはならない! 明日の決戦に横やりを入れさせる訳にはいかないんだ……!)


 駆けていた彼は立ち止まり、瞼を強く閉じながら自分の杖を地面に叩きつけた。

 地面に描かれた魔法陣の中心から現れた、紫色の炎を身に纏う黒馬に飛び跨る。


「――行くぞ」


 決意を口にし、目を見開いた彼の瞳には、覚悟の光が宿っていた。




 >>>




 最奥の方向とは逆方面に向かい自らの相棒を走らせる。

 しばらくすると動いていた彼女の気配がピタリ、と止まるのを感じた。

 敵として向かい合うその瞬間はすぐそこだった。

 気が付けば随分と元居た拠点から離れてしまっている。

 つまりかなり長い間移動していた、ということになるが、フォーデには今までそんな事を意識する余裕すら無かった。


 そして、ついに――


「――悪い、待たせた」


「……フォーデ様」


 フォーデ=フィマはジューネルと数メートルの間を空けながら向き合った。

 愛し合う者同士としては大き過ぎるその隔たりが、お互いの意思を雄弁に語っている。


「……『俺』がいなくなってから、どうなった」


 【勇者】達の前では見せない、等身大の彼としての呟き。


「知っている限り、【サブヒロイン】となるのは死者のはずだ。『俺』が引きずり込まれようとしたその時、君は確かに目の前にいたんだ――なのに、この状況。何が、あった――?」


「・・・・・・・・・・・・貴方がいなくなってから、貴方を捉えて引きずり込んだあの鎖が至るところから現れました。次から次へと、無数に、全てを埋め尽くす程に。

 鎖は蠢き、その身を叩きつけられた全てが砂で出来た城のように崩れていきました。

 生き物であろうとそうで無かろうと、一切の区別無く。

 このわたしも、何の抵抗もできずに――」


「……そう、か……」


「【サブヒロイン】とは随分と不自由な存在なようです。

 自分では無い憎悪が意思の輪郭をぼやかしていく。

 微かに感じ取れる『自分』を、懸命に守り、保っているつもりです。

 ですが――嗚呼、ですが……申し訳ありません、わたしにはこのぐらいしか。

 ――いや、違いますね。わたしは『せめて貴方に討たれたい』という意思を押し通したようで、その実『フォーデ=フィマを敵軍から離脱させる』という役割を果たしてしまって――」


「――やめよう、そういうのはさ。

 俺は君の事を責めなんかしないし、君も自分を責めなくていい。

 ……とにかく相手が悪かったんだ。

 【天秤地獄】。【ヒロイン】。どんなモノだってアレにかかればすぐにぶっ壊れてしまうんだ。

 実感したよ。

 俺はあの世界で力をつけて、元の自分とは次元の違う強大な存在になれたと思っていた。

 物語の中の、大胆不敵な……普通の人間じゃあ推し量れない、魔人。

 だけど、上には上がいたってこと。

 フォーデ=フィマよりさらに反則、さらに次元の違うヤツがいて、ソレが全部滅茶苦茶にしていった――」




 >>>




 彼がフォーデとなる前、【黄金具現】を行う以前。

 彼は特段、特別な人間では無かった。

 高校を卒業して業界内でそこそこの位置にある制作会社に無難に就職した一人の男だった。

 杖を振り回し全てを燃やし尽くし、黒馬に跨り戦場に支配する、なんて真似は当然出来なかった。

 ……だが、彼の頭の中はずっとそんな妄想で埋め尽くされていた。現実の自分にはできない事ができる、「理想の自分」を思い描くこと。小学生の頃からずっと変わらないその妄想を捨て去ることがどうしても出来なかったのだ。

 小学3年の頃に出会った古い漫画のキャラクターの一人。

 闇魔術を自在に操り、どれ程強大な敵であろうと圧倒する吸血鬼――そんな設定を持つ男。

 彼にとっての「カッコいい」は、今に至るまでずっとソレである。


 しばらくは無邪気にその嗜好をさらけ出して生きていけた。同調し、語り合える友人も何人かはいた。

 が、小学生の高学年、中学生と年を重ねていくごとに、少しずつ周囲の反応に違和感を感じ始め、中学の3年にはとうとうはっきりとした言葉にされた。

 ――「厨二病」。遠い昔、20世紀終わりの頃から存在したそのスラングを使われながら嘲笑された時、周囲より深くソレにのめり込んだ彼もついに、自分が愛していた者が他者からどう思われるものだったのかをはっきりと感じ取った。

 嗤われてなお自分をさらけ出せる程意思の強い少年では無かった彼は、羞恥に顔を赤らめながら、二度と自分の「カッコいい」を周囲に明かすことはすまい、と誓った。


 【黄金具現】を行った者の中には、周囲にはどうしたって馴染めない程の心の病、彼が持っていたソレよりも数段異質と表現される趣味嗜好を持ち、外界との致命的な「ズレ」に苦しんでいる人間も少なくない。

 それらに比べれば自分の抱えている者などなんてちっぽけだろう、と情けなくなる事もある。


 自分の愛したキャラクターとそれを愛する自分を嘲笑された後、彼は自分の「カッコいい」を捨て去ろうとした。

 自分の趣味は、「ダサい」のだと。変えなくてはならないと。

 しかし、どうしても。成人して会社勤めになってからでさえ、ふと気が付くと「カッコいい」自分を頭の中で思い描いてしまう。

 何も笑うことは無いじゃないか、と悲しみや怒りすら湧いてくる。

 こんな子供がするような妄想に大人になってからも浸り続けている自分を恥ずかしいと思った事は何度もある。


 しかし結局彼は、自身の「カッコいい」を変えることができなかった。


 【黄金具現】の存在を知るとすぐに、彼はさっさと会社に辞表を出してすぐに「理想の世界」へ旅立つ準備を始めた。

 自分がどうしても離れられない、「厨二病」な妄想そのままの世界へ行きたい。「カッコいい」自分になってみたい。

 こんなくだらない理由でこの世界から離れようと思っている大馬鹿野郎は自分くらいだろうな、と自虐的な思いと共に、彼は自らの「理想の世界」へと降り立った。


 何もかもが、思い通りになった。

 「カッコいい」自分が現れると、敵は戦慄に震え、味方は尊敬のまなざしを向ける。

 自分の全てをさらけ出しても、嘲笑する者はそこにはいなかった。

 しばらくしてから出会ったジューネルは、正に自分の理想の女性であった。

 自分の望む言葉を与えてくれた。自分の言葉に喜びを示してくれた。

 容姿も――これもまた元の世界で主張するのは難しいが――彼好みの、あどけなさが残る美少女であった。


 元の世界を捨て、何もかもが思い通りになる世界で生きる。

 その事に対して、歪んだ何かを感じなくもない。

 立ち塞がる障害は結局のところ自分の「カッコいい」を満足させる丁度良い舞台装置でしかなく、虚しさを覚えもする。


 ――「【黄金具現】なんてするヤツは所詮、この世界で踏ん張れない負け犬だ」――


 そんな世間の声を否定し切れる自信は無い。

 「甘えている」「根性無し」「社会不適合者」――その通りなのかも知れない、と自虐的に思う瞬間は何度もあった。

 とても浅はかな事をしてしまったのかも知れない。

 自分の行いに対して、他人に何を言われようが反論出来る気がしない。


 だが、それでも。

 どうしても彼は、フォーデ=フィマは、「理想の世界」で生きる自分を不幸せだと思えない。

 【黄金具現】を、ソレを選んだ自分を、肯定し続けてしまう。

 「カッコいい」自分を、誇りに思ってしまうのだ。


 【黄金具現】が自然の理やら何やらに反していて許されないものであったとしても。

 ソレに縋ってしまう自分達がどれほど批判されていたとしても。

 【勇者】の中で自分が抱えているモノが一番くだらなく、ちっぽけであったとしても。

 彼にとって、「紫炎の魔人」フォーデ=フィマでいられる場所はここだけだ。

 自身の愛を、理想を、隠さないでいられる場所はここだけだった。


 彼は肯定せざるを得ない。

 【黄金具現】が、そこで得る「理想の自分」、「理想の世界」がどれほど歪んだモノだったとしても。

 自分はそれに救われたのだから。




 >>>





 【黄金具現】を作り上げた式鐘を内心尊敬している。

 その【黄金具現】により産まれた【勇者】には揺らがぬ仲間意識を抱いている。

 彼らと別れるのは、悲しかった。感情が制御できなかった。

 考えを纏める時間も余裕もなく、ただ勢い任せに叫んだ別れの言葉は、変じゃなかっただろうか、不十分では無かっただろうか。というか勢い任せ過ぎて、きちんと伝わったかどうか怪しい。


 だが今や、フォーデが立っているのは【サブヒロイン】ジューネルの前。

 いつの間にかどう転んでも、残酷な結末が待つ状況に身を置かされている。

 今さらやり直せる事は何もない。

 どれだけそれらしく振舞ったとしても、結局自分は特別な人間でも何でもない。

 改めてそう実感すると思わず自嘲的な笑みが零れそうになる。


 完全無欠の「紫炎の魔人」も、【天秤地獄】が繰り出す大きな流れに飲み込まれた。


「……ジューネル、僕らはもう本当にどうにもならない場面に立ってしまっている」


「……はい」


「恐ろしいよ。もうロクでもない未来しかないって、はっきりわかるから。だけど、それでも――」


 一瞬、言葉を切る。

 僅かな静寂――だがすぐにそれは、彼自身によって破られる。

 同時に、等身大の平凡な男であった彼は再び――


「――それでも、我は! 最後まで『紫炎の魔人』であり続ける!

 見るに堪えぬ結末であったとしても、我は悔やまぬ! 

 我がした選択も、我が得た出会いも――嗚呼! このような状況に陥ってなお、我には何にも代えがたく美しいのだから……!!」


 すぐそこに、終幕がある。

 それも、幸福とは程遠いソレが。

 その恐怖から目を背けず、フォーデは自らの全てを肯定した。

 こんなことなら違う道を歩めば良かった、などとは思いもしない。

 この結末に納得できているワケではない。しかしここに至るまでの道のりは、彼にとってかけがいの無いものだった。自分らしくいられた。好ましく思える人々と出会うことができた。幸福だったのだ――


「我らの最後の逢瀬である――どうせだ、お互い塵一つ残らぬまでやり合おうではないか、ジューネル!!」



 地を蹴り、自分に向かって駆け出すフォーデの瞳を見据えながら、ジューネルは静かに微笑んだ。

 向かい合う二人は今、同じ想いを共有しながら闘争へと身を投じる――

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