7-10 「他人のドラマを飲み干すのであればせめて3日は欲しいけれど」
「――そもそも花子よ、貴様自分の『理想』は見つかったのか?」
「へ?」
「式鐘王から聞いた。貴様が【黄金具現】を経たにも関わらず、【勇者】としての肉体ではなく元のままなのは、恐らく貴様が貴様自身で自らの『理想』を上手く思い描けていない故――らしいと。
見つけられたのか? 貴様の『理想』は?」
「――んあ。多分見つかってない、感……?」
「は、はっきりしねぇ……」
そういや、彼女が最初にここに来た時、そんな話をしていたっけか。
その曖昧な反応を見る限り、恐らくこの問題については何の進展も無かったのだろう。
「自分の『理想』……『やりたいこと』すらわかっていないのだ、貴様は。そんな貴様に理解できることなどそもそもそう多くはない。自惚れ過ぎなのだ、花子よ。
貴様はその自分の身の回りで起こったことすら良く理解できている気がしない、何となくピンとこない、頭にモヤがかかっている気分だ、まさに『絶妙に微妙』な気分を抱いている――その状態が貴様のデフォ、もとい分相応というヤツだ!」
「ボロクソ言われてねぇかアタシ!? この厨二魔人野郎いい加減にしろよコンチクショウ!!」
「でも花子ちゃん、否定できないのでは……」
「いじめだ! 野郎二人がかりでか弱いオンナノコをいじめるとは!」
……この期に及んでか弱いオンナノコを自称するとはなかなか大胆なヤツである。
「フハハ! よい、それでよいのだ花子よ!
言いたいことを無責任に言い散らかし、気に食わない言動をする者にはコンチクショウと反抗する!
貴様が自身で言っていたことだ――『どうせ全部無駄で、希望なんか持つ意味が無いってんなら……できるできない良い悪い関係無しに、ただやりたい事だけをやりたいようにやる――ヤケクソ、ってやつ?』とな!
貴様は、今になって自分が期待されたり恐れられているのを先の出来事で改めて実感したのだ。
一時期の貴様は、ある意味で『閉じて』いた。『他人など気にもしない、知ったこっちゃない』という形で、他人の存在をある意味で拒絶していた。
――だが、こじ開けられたのだ!
自分にずっと疑いの目を向けていた者からのなりふり構わない謝罪によってな!
覚悟が決まったはずの貴様は初めての体験、衝撃にあっさりと揺らぎ、出来もしないのに自分を省みちゃっているワケだ! 無様!
どうせ貴様は『やりたい事をやるしかない』程度の存在だろうに!!」
「励まされてるのか貶されてるのか! どっちよアタシ!?」
話している間にヒートアップしてきたのか、フォーデさんの語り口調は激しさを増していた。
普段からテンション高めなので違いがわかりづらいが……僕には今のフォーデさんが、どこか自分の感情のコントロールを失っているかのような印象を受ける。
……一体どうしたのだろう。いや、僕の気のせい?
「とりあえず貴様はまず、友を改めて失った時に得たその覚悟を貫き通してみろ!
それは本来、そう簡単に揺らぐようなモノではあるまい!
それを捻じ曲げることは、友の死を踏みにじるものと知れ!
その道の先が、目も当てられぬ程の地獄かもあったとしても!
そう、そうだ……! 地獄と知ってなおその道を進むが良い――我も、そうするともさ……!!」
「――――――誰だ、オマエ!? いつからそこにいたァッ!?」
今や大広間中に響き渡っていたフォーデさんの弁に対抗するかのような、式鐘おじさんの警戒心に満ちた大声が突然に轟いた。
反射的におじさんの視線を追うと、そこには――
「――フォーデ様」
「――見事。見事、見事、まったく見事よ、我が愛しのジューネルよ!」
幼いが、異様な程に美しい少女だった。
肌、髪、瞳の色は雪のように白く、しかし着ているのは黒いドレス。その対比が双方の美を強調している。
「壊れる直前の宝石のような」――何故だか、そんな表現が頭の中に浮かんだ。
これまで【勇者】のみんなのやたら美形な容姿を散々見てきた自分にしても、強烈な印象を感じさせる疑いの余地もない「美少女」なのだけど、ふと目を離せば消えて無くなっているのではないか、という不安を抱かせるのだ。
「――っ!?」
皆が一斉に、彼女に対して身構える。
少女の見た目はある種特異ではあるが、それ単体で警戒心を呼び起こさせるモノでは無い。
だが、この場所はおじさんが創り出した僕ら【勇者】の拠点。
中にいるのは無双の【勇者】達であり、その誰もに気づかれずに入り込むなんて……只者ではあり得ない。
「……フォーデさん、知り合いですか?」
「うむ、知り合いというか、妻だな。マイワイフ」
「わいふぅ!?」
フォーデさんが、花子ちゃんの驚愕に妙に落ち着き払った笑みを返す。
「あぁ、ぶっちゃけ我、ロ〇コンであるし。我が理想の世界での理想の美少女、それが彼女、ジューネルよ」
「堂々としたロリ〇ン宣言だ……」
「安心せよ、実年齢は二十歳を越えている」
……何を安心すればいいのかわからない。
ともかく、この真っ白な少女はフォーデさんの知る人物ではあるようだけど、だからと言って「な~んだ良かったー」とはならない。
真っ先に思い浮かぶのは――
「――お察しの通りでございます。
わたし、ジューネルは【サブヒロイン】――あなた方の敵として、ここにいます……」
……自分から言われてしまった。
こうも堂々とされると逆に反応に困ってしまう。
困惑を元にした静寂を真っ先に破ったのは、フォーデさんだった。
「もう一度言ってやろう。見事だ、ジューネルよ。
その誰もが一騎当千の力を持つ【勇者】達に気づかれず、ここまで入って来たその手際。
そしてその正体、目的を一切隠し立てず宣言するその度量。それでこそ我が理想の体現者!」
フハハハ! と普段通り、いや普段よりも盛大に笑ってみせるフォーデさん。
……何故笑っていられるのか。その心境、僕には到底計り知れそうに無い。
「……お戯れを。あなたはわたしの接近に気づいていたでしょうに」
「それは仕方あるまい! 我が貴様に気づかぬなどあり得ぬのだからなぁ!」
「……フォーデ様。
【ヒロイン】の手先に堕ちたわたしが望むのはたった一つ。
最愛の貴方との、一対一の戦い……!」
そう言い放つが否や、ジューネルと名乗った少女は、たん、と床を蹴り、跳躍した。
空高く舞い上がりながら、身体を捻りつつ後方へ。
華麗な後ろ飛びのその先は、丁度広間の、外へと続く扉の前。
音も立てず降り立った彼女は、もう十分でしょうと言わんばかりに僕らに背を向ける。
「――お待ちしております、フォーデ様――」
呆気に取られている僕らを気にも留めず、彼女はさっさと扉を開け出て行ってしまった。
何の前ぶりも無く現れ、言いたい事を一方的に言い放ち、反応する間も待たず立ち去る……という、身勝手の極みのような立ち振る舞いには、さしものみんなも茫然とするしか無かった。
……ただ一人を除いては。
「……だ、そうだ貴様等。
ということで我はジューネルの挑戦を受けねばならなくなった。
決戦を前にして悪いが、我はここで離脱だ! いや参ったな!」
「待て待て待て待て。
唐突過ぎて意味が分からねェぞ……!」
最初に立ち直ったおじさんが、僕ら全員に思いを代弁する。
「心配するな、我もビックリよ!
ここに来て我が理想の世界で出会った最愛の女が【サブヒロイン】としてここに現れるとは!
もう笑うしかあるまい! フハハ!
……だが、どこかで想像はしていた。
最初の【サブヒロイン】……アリスは、その兄でありジャック隊の隊長という我らの主戦力の一人、ヴェネ伯爵の心を折る為に送り込まれたのだろう。
で、あれば。キング隊の隊長であるこのフォーデ=フィマにも、我自身の大切な者を利用した動きがあってもおかしくあるまい! どうだ式鐘王よ、そうは思わぬか?」
「そ、そりゃあまァ……そうかも知れんがよォ……」
「だがここのところ【サブヒロイン】が現れていなかったからか、我も気が緩んでおったようだ。
後は最終決戦のみ、と思い込んでいたところにコレとは、見事に不意を突かれたわ。
流石の我も心の整理がつかん……が、あそこまで堂々と宣言されたからには、我はすぐにでもあの誘いに乗らねばならぬ。それだけは、間違いが無いのだ!」
心の整理がつかない――フォーデさんらしからぬ言葉だった。
自分にはその様子を見てわかるようなものでは無いけれど、どうやらそんな言葉が漏れ出てしまうほどに、彼は追い込まれているようであった。
先ほど、花子ちゃんに対して少し暴走気味なテンションだったのは、あのジューネルという少女の接近を感じ、その意味を悟ったが故だったのか。
「貴様等、覚悟しておけ!
明日の決戦、尋常なものでは無いと! この【天秤地獄】は元よりあの【ヒロイン】の領域!
突然に、唐突に! 地獄に叩き落とすような攻撃に対抗せねばならぬと知れ!
だが! 貴様等も一人一人が無双の【勇者】である! 理不尽な程の実力を持つ戦士である!
その貴様等が死力を尽くせば、必ずや! 必ずや勝機があると、我は信じる……!!」
何だか別れの挨拶のようだ、と間の抜けた印象を受けてしまった。
ようだ、ではない。実際、恐らくは……そのつもりなのだろう。
しかし展開が早すぎる。ついていけない。
これが敵のホームグラウンドで戦う、ということなのだろうか。
「ジューネルの実力は我とまったくの同格! 彼女と一対一で戦うとなれば、まぁ相討ち……それと似た結果にはなるであろうな! 恐らく、貴様等と再合流することは無かろう……!」
「だ、だったらヤツの言われるまま馬鹿正直にタイマンなんかせずともいいだし……! そうだ、誰かが加勢すれば!」
「いいや、手出し不要よ、静瑠嬢! 流石にそんなノリでは無い!」
「ノリって……!」
狼狽し切った静瑠さんの主張はあっさり切って捨てられる。
「……だけどフォーデ君。
実力は同格、と言っているけど彼女はきみの良く知る女性である、という事に加えて【サブヒロイン】でもある。
【サブヒロイン】になったアリスはそれ以前よりも強力な存在になっていた。
ジューネルもきみが知る以上に強くなっているに違いない、それでも一対一でやるのかい?」
「それも考えた! だが考えは変わらん、我一人で戦うぞ!」
ヴェネさんの予測、その正しさを認めつつもフォーデさんは主張を変えない。
「我と同格のジューネルが【サブヒロイン】としての力を上乗せされているとすれば、何人か加わったところでまとめて消し飛ばされて余計に犠牲が増えるだけ!
というか、もし今の彼女が我より強くなっていたとして、それでも退けぬ! 退けぬのだ……!
望まず【サブヒロイン】に仕立て上げられたジューネルが、どのような心持ちで我に決闘を申し込んだのか……!
我は応えてやらねばならん! 絶対にだ……!
――これ以上待たせる訳にもいかぬ。
……生き残れよ貴様等。この【天秤地獄】で長く戦い、傷つき、悩み――各々思う事はあろうが――」
「特に貴様等」とでも言いたげに視線を花子ちゃんと僕に――って僕も?
色々と考え込んでいるのを悟られでもしただろうか。
見かけに反して妙に気が回る人だな、なんて今になって彼の新しい側面を感じた。
「今一度、気を引き締めなおせ!
【ヒロイン】を、斃す! この【天秤地獄】から、生き延びるのだ! 万全の貴様等なら、可能だ!
戦い抜け――輝かしき未来を掴み取るまで……!!」
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死地とわかってなお何の躊躇いも感じさせない颯爽さだった。
ジューネルを追って駆けていくフォーデさんを、僕らは茫然と見送る。
何せ彼の妻と名乗ったジューネルが僕らの前に現れて10分と経たずにコレなのだ。
言外に死を覚悟するフォーデさんの想い、きっと僕らは万分の一も理解できていない。
何の実感も持てない程唐突に、主要戦力の一人が離脱。
彼が去った後の静寂が、自分達の置かれた厳しい境遇を冷たく示していた――




