1-5「意外な展開だったらスゲー、なんて決まってないだろ? 王道にイイ目を見せても良いんじゃないか……?」
――どういうことだ?
「理想の世界」だろ?
この状況、どう見ても死ぬ、よな……?
こんなの、全然理想じゃない。
「ほんの僅かの間だけど。良い夢が見れただけ幸せだと思うよ、転生者くん」
さっきまで笑いあっていた緑の瞳の彼女とは、似ても似つかない姿に変貌した――少女。
平坦で冷たい言葉が、倒れた僕に向けられていた。
「マトモにやり合ったら無駄に手間がかかるんだよ、きみら。
産まれながらにして与えられた、ズルくて強力な力があるからね。
だからこうやって、おままごとで警戒を解いて、不意を突いて即殺する」
……感情が読み取れない。
声に心が一切込められていないのがわかる。
まるで人形が機械音声で喋ってるみたいだ。
「案外コレが一番楽なんだ。男だったらなおさら。ソイツ好みの女に化けて、エキストラが必要なら用意してやって。
期待させて、バカみたいに鼻の下伸ばしてるところに、ズトン、と。
――まったく、退屈だ。皆同じように引っかかって殺されるんだから。
それが目的とはいえ、そろそろ予定調和をぶち壊すヤツがいたっていいだろう?」
彼女の言葉の意味がぼんやりとしてきた。
胸から流れる血液。流れていく。僕から、離れていく。
そのせいだろうか。この意識も、心も。
続くように、その存在を不確かにしている――
「ここはきみ達主役気取りの遊び場じゃあない。冥途の土産に覚えておくといい。この世界の名は――」
――【天秤地獄】。
それが、彼女の告げたこの世界の名。
「――さてさて、わたしはもう行くよ。
『今居る世界じゃどうにもならないから、違う世界に行こう』なんて身勝手でくだらないことを考えるちっぽけな人間に興味は無い。
退屈な人間はどこに行ったって退屈さ。諦めて、さっさと逝くがいい――」
>>>
【天秤地獄】、か。
地獄。地獄ねぇ。そりゃ、「理想の世界」とはほど遠い。そんな世界じゃあ僕なんかとても生きられやしないな。
こんな風に、サクっと死ぬ。だってまさか、ヒロイン候補だと思っていた人にいきなり手刀でぶっ刺される……なんて思いもしないだろう。
……しかし、だからなんだというのか?
こちとら元の世界から逃げ出す為に、違う世界にまでかっ飛ぼうとするぐらいに頭がトんでる人間なんだぞ。
もうとっくに疲れ切ってる。人生に。
まぁ……自分の「理想の世界」だったら、生きてやってもいいかナ? とも考えもするけれど、ソレは実際のトコ、ムシの良すぎる話であって。
自分がいる世界のありように納得がいかないってのなら、死ぬしかない。
そういうことだったんだろう。本来なら。
どんどん意識の輪郭がぼやけていく。
「死」が目前に迫っているのを感じる。
「死」が手を伸ばせば掴めるぐらいに、すぐ近くに。
だからこそ、いまだかつてない程、僕は「死」について理解していた。
全部消える。何も残らない。ゼロに至る。ゼロ、何もない。それが実は安らぎだと気づく。
――「もう何もしなくていい」――
その事がこれ程までに幸せとは、今まで想像がつかなかった。
そうだ、コレでいいじゃないか。全部投げ捨ててしまえ。それで何もかもが解決する。
こんなことならもっと早く――
こういうのは「死にたくない!」なんてノリで足搔くのが燃える展開なんだろうか?
そんで復活、みたいな?
よく見るよな、そういうの。
生命への執着心があることが「主人公」の条件なんだろうか。
だとしたら、僕には「主人公」の条件は満たせない。
死ぬ間際にでもなれば怖くなって「生きたい」って思えるんじゃないかと思ったのだけれど、実際はこの体たらく。
少女の「主役気取り」という表現は非常に的を得ていた。
これじゃあ「主人公」っていうか、モブ?
……いやモブだって生命への執着はあるだろうから、モブ以下か。
――――眠い。
だから電気を消して、フカフカのベットで眠りましょう。
せめて夢の中では幸せになれますように。
……いよいよ意識が霧散する、というその時……生命が注がれている音が聞こえた。
失っていた体の感覚が蘇る。胸に空いた大穴に――ドバドバと何かをぶっかけられていた。
――――――あぁ、どうやらまだ僕は死なないらしい。
……結局はこんなモンだろう。
死ぬのはあまりにも心地良すぎて、楽過ぎて、どう頑張ったって自力で復活などできるわけがない。
魔法のような非現実的な力があったとしてもだ。
死ぬ→復活のイベントを自力で起こせるヤツなんて、それこそ創作物の中にしかいないのだろう。
誰かに無理矢理引きずりあげられて、ブサイクに人生を延長する。
これこそリアリティ、ってものじゃないか。
――僕は顔も知らないどこかの誰かに、「死んじゃダメ」と言われているから、仕方なく生きているだけの男なのだ。
胸に大穴を開けられるという、安らかな死への大義名分を手に入れた僕を、無理矢理引きずり上げてくれやがったのはどこのどいつだ、と目を開けると……
「よォ、拍ちゃん。
ったく、死にかけの癖して綺麗な顔してんじゃねェっての。
どうせなら劇的に生きて劇的に死のうぜ?
そもそもおとなしく殺されるのがナシだって話だ!
ぶっ殺されるぐらいならぶっ殺せよ! だっはっは!!」
「……んなアホな」
目の前に見知った顔の暑苦しい中年男性の顔面。かけている黄金のフレームの眼鏡がギラリと光る。
目覚めの光景としては最悪だった。
「……ワケわからんから事情を説明してくれよ……」
なんで僕死んでないんだ、とか。
なんでここにいるんだ、とか。
あ、そういや顔変わってるのになんで僕だってわかったんだ、とかもか……
「――式鐘おじさん」
このオッサンの名前は、美核 式鐘。
「日本国王」とかいう、バカ丸出しの肩書を持っていて、昔僕の家の隣に住んでいたおじさんである。
「百を超える異世界を旅した」という無駄にスケールの大きい経歴を持った大物、もとい変態。
……そして、【黄金具現】を産み出した人物。
事情を説明してくれと頼んだはいいが、そもそもこのオッサン自体の事情もワケがわからない……つまりは悪夢のような状況であった。
……何故だ。
異世界転生したのに、何故にまた元の世界の知り合い、それもオッサンに出会わねばならんのだ。チェンジ。
どうせ助けてくれるのであれば母性盛り盛りで「がんばれ♡」してくれるお姉様だろう、ソコは……っ!
「どうして……どうして……っ!」
「オマエ、生き返らせてもらったのにな~に悲しそうなツラしてんだ? とっとと立てっての!」
……相変わらず、派手な服を着たオッサンだ。
ジャラジャラと黄金の装飾を施された、胸元ががっつり開いているデザインの真っ赤なロングコート。
昔のハリウッド映画で見たような、「海賊の船長」のイメージだ。……あるいはインチキなサンタクロース。
浅黒い肌、がっしりとした体つき、金髪をかきあげ、後ろで一まとめにした髪型。
顔には大きな傷、黄金のフレームの眼鏡、そして常に大胆不敵の表情。それらが強烈な印象を与えてくる。
見れば見る程現実感が無いが、こんなのが元居た世界では一時期僕の家の隣に住んでいた。
……出会った頃はもっと地味だったんだけどなぁ。
「治療してやったんだ、感謝しろよ?
……つーかなにされたんだよオマエ。胸におもっくそ穴空いてたぞ」
「……あの子に手刀をぶち込まれた」
僕はずっと黙っている少女の方を指さした。
先ほどから動きが無い。おじさんのことを警戒して攻め込んでこない、ということか……?
「やっぱりヤツか。……オマエは運が良いぜ、拍ちゃん。ここに来たヤツは大抵何もわかんねーままアイツに殺されちまうらしいしな。
だが安心しな! オレが来たからにはオマエは死なねぇよ!」
少女とおじさんが向き合う。
「よォ、【ヒロイン】……オレはコイツと色々話したいことがあるんでな?
空気読んで退いてくれねぇかァ?」
【ヒロイン】……確か先ほど、彼女自身もそう名乗っていた。本名じゃないよな? 通り名、みたいな?
にしても、【ヒロイン】、って。
【ヒロイン】と呼ばれた少女は、ほんの少しだけ口元を歪めた笑みをおじさんに向けた。
……一応は笑っているのに、やっぱり人形みたいに見える。なんなんだ、コイツは?
「……一人かい、式鐘? ――あぁ、驚いた。本当に一人だ。
あまりにも馬鹿馬鹿しいから無駄に警戒してしまったよ。
きみを潰せば、色々と楽になるな……」
少女は何の気負いも感じさせない自然な動作で、腕を振り上げ、勢いよく下ろす。
すると、その手に巻き付いていた鎖が急激に伸びてしなり、鞭のようにおじさんに襲い掛かる。
「おっと!」
おじさんは間一髪で躱す。
あの鎖が【ヒロイン】の武器らしい。
躱された鎖の鞭が、地面に叩きつけらて轟音を鳴らす。
相当な破壊力なのはすぐにわかった。
あんなの食らったら、ただじゃすまない……!
しかし、対するおじさんは涼しい表情を崩さない――
「そんな焦るな焦るなってェ……ま、その気ならそれはそれでいいぜ!?」
おじさんが懐から何かを取りだした――アレは、金貨?
「――⦅モノイ・イト・ラモ⦆!」
そんな意味不明の言葉を叫ぶと、金貨は真っ二つに割れた。
するとそこから、気味の悪い液体が猛烈な勢いで流れだしてきた。
「うぇ……ナニソレ……」
思わず呻いてしまった。
他ならぬ【黄金具現】を産み出したおじさん。
そんな事を為すことができたのは、彼が以前から数々の異世界を旅して回り、異界由来の、地球に生きる人間には「魔法」としか言いようのない、非現実的な技術を大量に習得しているから。
そのおじさんが繰り出したこの魔法? は一体何だろうか?
……なんか、白濁色でドロドロしてて、物凄い不快感があるのだけど。
「……なんだい、コレ?」
少女の問いに応えるように、液体が人の型に変化した。
一人、二人、三人……どんどん増える。人型達は形が完成するや否や、肉食獣のように少女に飛びかかっていった!
「……また面倒そうなのを――あぁくそ、こっちに来るんじゃない……っ」
次々に襲い掛かる、今や50人くらいになっている人型と、それに対抗する少女を後目に、おじさんは真っ二つになった金貨を放り投げてしまった。
「しばらくは足止めできるだろ」
「ナニこのキモイの……?」
「【蜜技】だよ。【蜜技】ってのはまァ……魔法みたいなもんだ。
コレは女と見るや全力で襲いかかる兵隊を作る【蜜技】でな。獲物になった女はどちゃくそにエロいことされる」
「どちゃくそて」
「ま、それは今ど~でもいいんだよ!」
おじさんが勢いよく振り返ってがっしりと肩を掴んできた。
「【ヒロイン】はクソ強いからな! 足止めも長くは持たん!
簡潔に言うが、このまま何もしなかったらオレ達はあっさりオダブツだ!」
「えぇ……」
「だから――何とかして勝てる状況を作り出さねぇとな!
拍ちゃん、オマエにも協力してもらうぜェ……?
色々疑問はあるだろうが、今はとにかく生き延びることだけを考えろ! いいな!」
一体、このオッサンは僕に何をさせようというのか。
簡単なことなら良いけど……ヤバい橋を渡らされる気がするぞ。