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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第七章 シヌキデヤレ
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7-7 《【魔王】は問い続ける》

「さてさて、質問の答えはこんなところでいいかい?」


「あぁ。

 ……その。もう一つ、いいか?」


「ほうほう……! 本当にどうしたのやら、【魔王】サマ?

 きみ、そんなに話すタイプだったのかい。

 それならそうと早く言って欲しかったよ。

 ……いや、面白いよ。もう一つどころか、いくつだってどうぞ?」


 ……もしや、彼女は相当に話し好きなのかも知れない。

 口元が露骨に緩んでいる。

 仲の良い友達同士でもあるまいに、たかだか質問したい、と言っただけでこれなのだから。


「お前は……【勇者】を悪感情を抱いているようだが。

 それは何故だ?」


 先ほどの会話の間に、少しは自分の考えがまとまっていた。


 【ヒロイン】と話している間に、自分は妙な感触、違和感を覚えていた。

 その感覚の正体が、少しはっきりしてきている。


 ――自分は何故だか、この【ヒロイン】に敵意を持ち切れていない。


 自分は【魔王】としての役割に逆らえない状態だが、今まで共に戦ってきた【勇者】を殺さなくてはいけないことに対する嫌悪や恐怖を感じているし、【ヒロイン】に対しても良い感情を抱いていないつもりだ。

 もし可能であれば、今すぐにでもその命を奪ってやりたい。

 ……だが、それにしては。どこか憎み切れないというか。自分と同じ境遇にいるような感覚もある。


「直球だねぇ」


「世界のバランスを崩す【蜜技】の使い手に対抗する為に産み出された【天秤地獄】。

 それについて先ほど話している時のお前は、妙に落ち着いていた。

 その様子は、【天秤地獄】の道中で時折【勇者】達に見せた表情、ぶつけた言葉とは少し違う……と、個人的には思う。……あくまで。個人的に、だが」


「最後で自信を無くすんじゃないよ、きみのキャラが掴めなくなってきたぞ……

 冷静沈着なのか意外と抜けたところがあるのか。……まぁいいさ」


 言った後で踏み込み過ぎただろうか、と内心冷や汗をかいたが、話してはくれるらしい。

 まぁ、不興を買ったところで自分の()()は大して変わりは無さそうだが。

 【ヒロイン】とて【魔王】の力を利用したいのだから、いくらこちらが彼女にとって気に食わないことを口走ろうとも、この場で即殺されるようなこともないだろう。

 どうなろうと、この【天秤地獄】最奥での決戦には加われる。そうなれば、自分のたった一つの願いを叶えるチャンスぐらいは出来るはずだ。


「まぁ、きみの『個人的な』考えはほぼ正しい」


 【ヒロイン】の真っ黒な白目の中心に据えられた赤い瞳が、どこか遠くを見ているような雰囲気に変わった。


「わたしが頑張らないと世界がどっちゃらこっちゃら~とか、正直【ヒロイン】歴100年以上ともなるとどうでも良くなってくるしさぁ。

 まぁ、結局はわたしの『個人的な』経験のせいで、【勇者】……っていうか、転生者は大体嫌いだし、まぁ殺したいから殺したくないかで言ったら、殺したいって思ってるかな」


「100年以上もここで【ヒロイン】を……?」


「そーう」と何でもないように相槌を打つ彼女を見て、背筋に悪寒が走った。

 こんな「地獄」で100年以上だなんて……想像を絶する。


「詳しくは知らないけど、『先代』の【ヒロイン】がポカやらかして死んじゃったらしくてね。

 その時丁~度、【天秤地獄】の【ヒロイン】にふさわしいぐらいの、殺意モリモリ憎悪メラメラキマっちゃってたのがこのわたしなワケだ。

 そのまま【天秤】にスカウトされて、今日に至るまで引きずり込まれた奴らを一人ひとりぶっ殺してたのだよ。


 せっかくだし、そんな風になっちゃった原因――元いた世界での、かわいそーな過去でも語ってみようか」




 >>>




 キミたちや【サブヒロイン】と同じように、わたしも元はこことは別世界の者だ。

 といっても、この目とかで分かる通り、フツーの人間じゃない。

 わたし達は「魔人族」と呼ばれていた。


 わたしがいた世界は、まぁ普通の中世ファンタジーっぽい雰囲気を思い浮かべてくれればいい。

 魔法……っていうか【蜜技】が日常的に飛び交い、ちょっと遠くに出歩けばいかにもなモンスターに遭遇し、街の中心にあるでっかい城の中には偉い人がピカピカの王座に鎮座してる、みたいな。


 で、わたしはずっと、そのでっかい城で暮らしていた。

 そう、わたしはその世界じゃ偉い人……お姫様だった。

 わたしの家系はその国……魔人族の国の王家だったのさ。

 母が女王、わたしはその跡継ぎ。

 父親? いなかったよ。いないことを不思議にも思っていなかった。あ、これ伏線ね。いやそんな大層なものでもないか。


 魔人族の国には、見た目こそ髪や瞳や肌の色がバラバラで、角だ翼だ追加で2本腕が生えてるだと多種多様だったけど、女性しかいなかったんだ。

 だから、父親どころか男を国のどこにも見かけないのを疑問になんて思っちゃいなかった。



 隣国は逆に、男しかいなかった。

 豚の癖に二本足で歩く怪物……オーク族の男性だけの国でね。

 そいつらは見た目だけでなく中身も醜悪でさ。事情を知らず中に入ってきたり近くを通り過ぎようとした女性の旅人なんかを、薄汚い性欲の赴くままに、きみ達の世界の「薄い本」みたいな目に遭わせちゃうような奴らなんだ。

 空想じゃまだしも、現実の出来事として見たら相当なエグさだよ、アレ。生きている価値も無い外道どもだったね。

 しかも力が滅法強くて意外と知恵も回るから、どこか他の国の軍隊がまとめて殲滅しようとしたって返り討ちにしてしまうような、厄介な怪物達だったよ。


 当然、隣国のわたし達魔人族の国は、女性しかいないということもあって何度も色々な形で侵攻を受けた。

 だけど魔人族は、力こそオークには敵わないが、強力な【蜜技】を行使できる能力があった。

 わたし達の使う【蜜技】はオークを一切寄せ付けず、毎回毎回圧倒することができていたんだ。



 とある日、オークどもの蛮行はいい加減目に余る、ってことで、わたし達魔人族の国は一つの大きな決断をした。

 今は良くても、今後何が起こるかはわからない。戦えば圧倒できる今の間に、全戦力をあげてオーク族の国に攻め入り、根こそぎ殲滅しよう……と。

 生かしておく理由は良心の呵責だけ、それも彼らの卑劣な行いを考えれば捨てるに値する。

 魔人族の国の軍は、女王にして魔人族最強の戦士でもある母が自ら戦いに加わる万全の体制で一気にオーク族の国に侵攻。瞬く間に抵抗するオーク族どもを蹴散らしていった。


 兵のほとんどが死に絶え、オーク族の王がいる本拠地、城にまで進軍。

 あとは災いの現況である王の首を取るだけ――と言ったところで、突然異世界からの転生者が現れた。



 後にわたし自身も顔を合わせることになるソイツは、オーク族以上に醜悪な男だった。

 だらしなく太った体、汚い色合いの肌、心の内が現れたかのように歪んだ顔付き。

 見ているだけで嫌悪感で震えるほどだったさ。



 だがその力は、魔人族すら凌駕するほどの……正にチート、とも言えるものだった。

 魔人族以上の【蜜技】を操り、一瞬で動きを封じこめ、肉体を簡単に引き裂いてしまうんだ。

 汚らしい笑い声を上げながら両手両足を吹き飛ばし、死なないように回復の【蜜技】を使いながらも、文字通り手も足も出ない魔人族の女に容赦なく暴行を加えるその姿は恐怖そのもの……


 そいつのせいで、一時は王手をかけていた魔人族の軍は撤退を余儀なくされ、それどころか逆に母とわたしのいる城にまで逆に追い詰められてしまったんだ。


 ……母は最期までヤツに抵抗した。

 だけど力及ばず、地に組み伏せられ、他の魔人族と同じように四肢をもがれた。


 ヤツは母の目玉を抉って踏みつぶした。

 ヤツは母の腹を裂いて中身をぶちまけた。

 ヤツは母の頭をスイカみたいに踏みつぶした。


 まぁ他にも、口にすら出したくないことを色々と。

 その時わたしは、ヤツについてきていたオークどもに組み伏せられ、抵抗もできず。

 母が無茶苦茶にされるのを見ているだけしかできなかった――



 ……母が「使い物」にならなくなった後は、わたしの番だった。

 見せつけられていた最悪の凌辱を今度は自分自身で体感して、わたしは体も心もぶっ壊されて、最低な死を迎えてしまいました。ちゃんちゃん。



 で、話が終われば、ある意味まだ幸せだったかも知れないな。

 ヤツに殺され、肉体から引きはがされたわたしの魂は……【天秤】の意思と繋がった。


 【天秤】は、この悲劇の――当事者であるわたし自身ですら知りえなかった、真実の全てを明かしてきた。


 わたし達を無残に殺し尽くしたあのクズこそが、わたし達……もとい、わたし達の世界丸ごと全部を創り出した張本人だったのだ。


 きみ達の世界では、【黄金具現】が認知されるそれ以前に、似たような「世界を創る」【蜜技】が行使された事例がいくつかあったらしい。

 ただほとんどの人々がその事を知り得なかっただけさ。

 自らが生きる世界に対しての絶望。自らの人生を理不尽に終わらせた突然の死に対する憤怒。

 そして、「こことは違うどこか」への憧れ――などなどの強烈な感情が、【黄金具現】とよく似た奇跡を――何千何億分の一、極々僅かな確率で――引き起こされたんだ。


 その奇跡を、よりにもよってあのクズが手にしてしまった。

 ヤツは、異常な欲望を内に秘めながら人生を歩んできた。


 ――美しい女を壊したい。

 腕を引きちぎって燃やしたい。

 足をハンマーで叩き潰したい。

 頭を割って脳を引きずり出したい。

 その女が強ければもっと良い。

 体を斬り刻み、叩き折り、打ち壊し。

 強さを自負しているような女を、その心ごと派手にぶち壊しにする妄想がソイツにとっては言い知れない甘美だった。


 口づけるのにも撫ぜるのにも抱きしめるのにも興味が持てない。

 とにもかくにも、常人であれば吐き気を催すような暴力をふるいたい、と。


 当然、そんな欲望を大っぴらにするわけにいかず、男はそれを抑え込みながら鬱屈した日々を過ごしていた。

 しかしある日、欲望を抑え込む為に行っていた暴飲暴食が引き金となり、ヤツは死に至る病に罹ってしまう。


 一人暮らしの部屋。

 周りに他人はいない。

 力が入らなくなった身体。

 歪む視界。


 ヤツは自らの死を悟り、一つの後悔を抱く。

 ――こんなことなら、死ぬ前に欲望を発散しておくべきだった、と。


 マトモではない欲望を抱いたばかりに、自らを抑え込んでマトモぶっていた自らの人生が酷く馬鹿馬鹿しく、意味の無いものに思えたのだ。

 どうせ死ぬのなら、やりたいようにやってしまえば良かったと。


 あぁ、何故この世界では人を壊すことが許されないのか。

 産まれる世界を間違えた。この自分の欲望が認められる世界に生を受けたかった。

 いや、認められなくても許してくれなくてもいい。

 逆らう者、抗う者。全てを滅茶苦茶にできるほどの力がこの身にあれば良い。

 むしろ抵抗してくる方がより好ましいぐらいだ。必死に自分に立ち向かってくる女を踏みにじるのはさぞ快感だろう。


 強く美しい女が数えきれない程いる世界が良い。

 自分の身の周りに同じく女の尊厳を踏みにじることが大好きな仲間がいる世界に産まれたかった。

 自分の欲望を思うがまま、好きなだけブチまけられる世界があれば、どれだけ良いか――!


 死を目前に、それまでよりさらにむき出しになったその欲望が、その男にたまたま備わっていた素質と奇跡的に結びついた結果――わたし達の世界が産まれ、男は自らが創り出したその世界に転生を果たした。


 わたし達の世界は、その何もかもがその男の欲望を満たすためだけの装置だった。

 醜悪な欲望を持つ男だけの国は、男の居場所として都合が良かった。

 多種多様で強く美しい女だけの国は、男の欲望を向ける先として都合が良かった。

 男に備わったその力は、女を好き勝手に壊し尽くすのに都合が良かった。


 わたし達の世界は、わたし達の国は、わたし達の何もかもは……ヤツにとって都合が良かった。

 全ては、都合良く創り出されたモノだった。


 わたしの過去、わたしの身体、わたしの心。

 全てが作り物。欲望のはけ口以上の何でも無い事。

 その事実は、自分の全てを壊されたその事実以上に、わたしの心を暗闇に沈めた――




 >>>




「・・・・・・・・・・・・」


 【ヒロイン】が語った事実に、何の言葉も返せなかった。

 自らの全てが、誰かの欲望を満たす為だけの物だったと。ましてや、その事実を知ってしまったと。

 ……なんなのだ、それは。その心情の一かけらだって想像することが出来る気がしない。

 沈黙するしかないこちらに、彼女は自嘲的な笑みを向けた。



「ワケがわからないだろう、【魔王】サマ?

 わたし自身だって、未だにこの感情に名前を付けられそうに無いくらいなんだから。

 とりあえず『憎んでいる』ってことにはしてるけど、さてはてその言葉で合ってるんだろうか。足りているんだろうか。

 まぁ、『世界を創る』【蜜技】ってのは、そこで生きる命だって創っている。

 多くの場合、それは『創り手』サマの都合の良いように、ね。

 【黄金具現】とは、【勇者】とは……まさに()()だ。

 『理想の世界』に、『理想の自分』として。

 何もかも自分の理想、自分に都合の良い世界と自身を創り出し、ソレを思いのままに自分勝手にして遊んでる。

 その対象が意思ある生命だろうと気にも留めずに。そんな一方的に滅茶苦茶やられたら、……そりゃ、少なくとも良い気はしない。でもその不快感ですら創り出されたモノなんだ。

 ……改めて考えても本当に意味がわからない。なんなんだろうねコレは?


 【天秤】からこの事実を知らされた時、わたしは今よりもさらに自分の感情を整理できていなかったけど……【ヒロイン】になればそんな奴らに痛い目を見させることが出来る、と知ればすぐに首を縦に振った。

 都合良く創って都合良く扱うふざけた奴らに、一切何もできずに消えていくなんてわたしには出来なかった。

 ……【ヒロイン】となってからの初仕事は、わたし自身を滅茶苦茶にしてくれたヤツの殺害だったよ。

 自分の全てを都合良く創り出し、好き勝手にしたソイツを【ヒロイン】の圧倒的な力を駆使してぶっ殺してやったよ。

 その時の高揚感のようなあの感触も――あぁ、完璧に当てはまる言葉が思いつかないね」



 そう遠い目をする彼女にかけるべき言葉。

 ――少なくとも、自分には絶対に見つけられそうにない。

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