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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第七章 シヌキデヤレ
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7-5 《【魔王】は誤解されやすい》

「――あと2、3日だ」


 そう言うと、目の前の――少なくとも見た目は14か15に見える――少女が「うんうん」と満足気に頷いた。


「わたしもそのくらいだと思うよ。そのくらいで、【勇者】どもはここに到着するね」


 「ここ」、は……【天秤地獄】の最奥である。

 皆がこの地獄に堕ちてからずっと目指していたこの場所に、自分――【魔王】は招かれている。

 《リーチ・ラズ》とかいう、【ヒロイン】にのみ許されているらしい転移の【蜜技】を利用し、【勇者】に先駆けてこの地を踏むことになった。

 それまでの灰色の宝石の洞窟とは打って変わって、床も天井も凹凸一つないまっ平。

 汚れ一つ無く真っ白なそれに、黄金で描かれた【天秤】が無数に散らばっている。

 椅子一つすらないが、祭壇のようなものがぽつん、と一つ。その上に見た目は何の変哲もなさそうな古ぼけた天秤が置かれていた。そのまんまだが、アレが【勇者】達の最終目標、【アーティファクト】の【天秤】だろう。


「なんとなくわかっていると思うけど。

 【勇者】どもがここにたどり着いたその時こそ、きみという最強の切り札を切る瞬間だ。

 せいぜい暴れてくれ給え」


「――あぁ」


 彼女と面と向かい合ったのは今日が初めてだ。

 だが、理解はずっと前からしていた。


 自分は本来、既に命を失っている身であること。

 その死を【魔王】の魂によって一時的に先延ばしにしていること。

 そして、【魔王】の魂によって意思を侵食され、今や自分自身が【魔王】そのものになってしまっていること……


 これまでは小手調べでしかなかったのだ。

 あれだけ【勇者】達を心身ともに傷つけた【サブヒロイン】も、消耗品の捨て駒。

 【サブヒロイン】と【輝使】だけで勝てれば儲けもの、ぐらいにしか思っていない。

 結局のところ、彼女の本命はこの場所での戦いだ。

 道中でできる限りこちらの人員を削り落としてからの、万を持しての決戦。

 【天秤】という最終兵器を活用できるこの場所で、さらに【魔王】まで投入して一気に圧し潰す。

 それが【ヒロイン】の思い描く、【勇者】全滅のシナリオなのだ。


「……落ち着いてるねぇ」


 ふと、【ヒロイン】は興味深げにこちらの顔を眺めながらそうポツリと呟いた。


「【魔王】としての憎悪で荒れているんじゃないかと思ったよ――ねぇ」


 【ヒロイン】が首を傾けながら、トントン、とその側面を指で叩く。


「欲しくならないのかい? わたしの首」


「……何故そんなことを聞く」


「【魔王】っていうのは本来【勇者】や【ヒロイン】に敵対する存在だからさ。

 真偽のわからない伝承によると、この【天秤地獄】の【魔王】は、この【勇者】役の【天秤】の元となったとある少女の憎悪から産まれている。

 少女は自分自身でも不気味に思っていた自分の憎悪を最大に活用するため、わざわざそれを【魔王】に仕立て上げてかつその矛先を自分から他へ捻じ曲げて利用している」


「・・・・・・・・・・・・」


 直接説明はされていなかったが、その事は何故か知っていた。理屈では無く本能が知っていた。

 【天秤地獄】の【魔王】とは、そういうものだ、と。

 知ってはいても理解はできないが。


「無理矢理なんだよね。【魔王】が【ヒロイン】を助けているこの構図は。

 それにきみが【魔王】に憑りつかれて――もとい、【魔王】になってしまってから大分経っている。

 無理矢理捻じ曲げられたその憎悪は、時間と共に元に戻り、暴走してしまうのがいつものパターン」


「……ここでお前を殺しにかかるのが普通ということか?」


「まぁね。その度にわたしがその肉体を破壊して、【魔王】の魂が次の肉体を探すきっかけを作ってやる。代替わりってやつさ。

 特別優秀そうな肉体だった場合は出来得る限りの『延命処置』を施した後、最後に一つ、ちょっと大きい仕事を任せる。その後はやっぱり棄てちゃう」


「そうか」


「きみは優秀だ。【魔王】として、この最終決戦まで()()()()くれるだろうとは思っていた。

 だがここまで見事に安定させているとは想像以上。

 目と鼻の先に本来の『敵』がいるんだよ? 本当に来ないのかい? その衝動のままに、わたしを喰い破る気にはならないかい?」


 彼女がニヤニヤ笑う。

 いっそ本当に、今から彼女を襲う気になれたのなら――と一瞬考えたが、やはり無駄だ。

 【ヒロイン】もそのぐらいの想定はしてここにいるのだろうし、何よりここまで説明されているのにも関わらず、【魔王】の憎悪の向き先は未だに【勇者】であった。

 せめて一矢報いなければ、という皆の仲間としての思いと、【魔王】として【勇者】を皆殺しにするという意思。相反するその二つが奇妙に同居している。

 ……だが、結局のところ、主導権は【魔王】の方であった。

 【サブヒロイン】だった彼女らも、こういう思いを抱いていたのだろうか。

 黙り込むこちらの様子に、彼女は満足気に微笑んだ。


「いやぁ、感謝するよ、今代の【魔王】サマ。

 どうやらきみには手間をかけなくても良さそうだ。

 ……思えば、想定外ばかりで苦労させられたよ今回は。


 数多の異世界を荒らし回った美核 式鐘が本命かと最初は思ったんだ。

 だけどそれよりもっとワケのわからない名姫 拍都が出てきた。

 それだけならいつものルーティンワークに紛れ込んだちょっとしたスリルとして楽しめたのに……春野花子なんてふざけた化け物まで現れたんだよ?

 流石にちょっとばかし、きみ達に有利なイレギュラーばかり起こり過ぎじゃないかい?

 一度くらい、わたしの方に都合の良い想定外があったっていい。そうだろう? ねぇ?

 いや本当に、楽をさせてくれてありがとう!」


「・・・・・・・・・・・・」


 ここまで言われているのに、まったく()()()になれない我が身が少し、恨めしい。

 恨めしい、が……やはり体は動きそうにない。

 ……落ち着いている、だとか言われたか?


 【魔王】の魂に選ばれるのは死に瀕した者。

 こことは別の世界で迎えた、あの敗北を思い出す。

 今から何をしても、自分の運命の行き先は変わらない。

 負け犬がほんの少し、その生の終幕を後回しにしているだけなのだ。

 そのことが今のこの身にははっきりと感じられる。


(――だから、使()()()はもうずっと前に決めてあったんだ)


 今から手に入れられるものなど、何一つ無い。無いのかも、わからないが……




 ただ一つ。ただ一つだけ――願い、求めることにした。




 「一つだけ」としたにも関わらず、それが叶う保証は無い。

 その行き先を見届けることすら、この身には出来ないだろう。



 そのある種の諦めが混じった自分を、落ち着いていると評するのは何とも的が外れているが……

 誤解されやすいのは今に始まったことではないのを思い出すと、妙に納得してしまった。

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