7-4 「ぶっちゃけ、伏線なんていちいち覚えてられないです」
「強力な【蜜技】には多くの【蜜】を要する」
知られたところでどうにもならない、と言わんばかりの得意げな顔で、【ヒロイン】が語りだす。
「そして、【蜜】をどれだけの量使えるか、というのには個人差、限界がある。
なんでもありな【蜜技】の世界にも、結局のところ越えられない一線は存在していて……その一線を越えるやり方の一つが、【アーティファクト】」
【アーティファクト】――僕が持つ【終幕】もその一つらしい、『魔法の道具』、便利アイテム。
自分だけの力で足りないのなら、道具を使う。わかりやすい話だ。
「【アーティファクト】の中には自分の持ち得る【蜜】とは別に、追加の【蜜】を用意するものが存在する。
それ自身を砕くことで、追加で使用できる【蜜】を持ち主に与える宝石。
周囲一帯の【蜜】をかき集める機能を持つ腕輪。
普段から自らの【蜜】を与えておいて、ため込んでおける水瓶なんてのもあったな。
【天秤】はこのテの……というか、全ての【アーティファクト】の中でも最上級の性能を持っている」
「それさえあればどうにでもなる」――【天秤】の、その前提があるからこそ……僕らは【天秤地獄】の最奥にひたすら突き進んでいるのだ。
【ヒロイン】はいよいよ、【天秤】そのものを戦いに活用しようとしているらしい。
花子ちゃんすら敵にならない、と言うだけの根拠はある、と言いたいようだ。
「世界中の【蜜】って言ったって無限にあるワケじゃないんだ。
資源の無駄遣いは良くない、なんて当たり前の話だろう?
これまではなんとかかんとか、できるだけ低コストでケリをつけようとしていたんだがもう形振り構っていられない。
花子の脅威を感じた【天秤】は、ついにその機能を解放することにしたのさ。
【天秤地獄】に引きずりこんで、数えきれない程の命を殺してまで蓄えた【蜜】を、わたしに使わせるのを認めてしまった。これからは手加減無しってことさ。
単純に使える【蜜】の総量の差。絶望的だと思ってくれたまえ。もうきみ達に勝ち目は無い――」
「加えて、僕達の中に紛れ込んでいる【魔王】までいる……と。確かに、自信満々なだけはある」
【ヒロイン】はニヤリと笑いながら、僕の言葉に頷いた。
「以前話したおとぎ話を信じるならば――この【天秤地獄】の【魔王】とはこの【天秤地獄】を作った張本人の『憎悪』を元に産まれた怪物。
【魔王】という立場から本来ならばこのわたし【ヒロイン】、【勇者】である【天秤】に敵対する存在なのだけど――」
そう言えば、何故【魔王】なのに【ヒロイン】に味方しているのか、という部分は以前コイツが中途半端なところで話すのを止めてしまっていたっけ。
「『憎悪』を最大限に活用しようとした結果、らしい。
前にも話したけど、世界を創る【蜜技】にはルールがある。
【勇者】、【ヒロイン】、【魔王】を設定する、決まり。本当にゼロから作るより、起点となる設定、ある程度の縛りを設けることで世界を効率的に作り上げる。消費する【蜜】の量を減らす為の。
そして、きみ達【勇者】がそうであるように、【ヒロイン】、【魔王】にも絶大な力が与えられる。
【天秤地獄】を作り上げた者の、底無しの『憎悪』が、【魔王】という立場を得てさらに強大になる。
【天秤】はその『憎悪』の向き先を無理矢理に捻じ曲げてでも自分達の戦力にすることを望んだ」
「……なんかもう実感が湧かないけど、とにかくヤバいってことだろ。もうわかったって」
「ははは、敵がどういうものか、なんて興味も無いって?」
「【天秤】の力を借りた【ヒロイン】と【魔王】。
いちいち説明されなくたって滅茶苦茶強いのはわかるって。
それの成り立ちがどうとか、仕組みがどうとか、知ったところで何が変わるんだ?
勝手に弱くなってでもくれるのか? そんなことないだろ? 話が長いっての。弱点でも教えてくれるんならまだしもさ」
【天秤】がどういうものか? 【魔王】がどういうものか?
そんなこと、別にどうだって良い。
【天秤】が僕らの現状を解決するとわかっているのだから何としても手に入れるだけだし、【魔王】なんて名前からして強敵なことはわかっているけど倒さないことにはどうにもならないから倒すだけだ。
結果が同じであるんだったら僕はどうだって良い。
――いやそんな理屈より、正直コイツと長い間話したくないからさっさと話を打ち切ってしまいたいという思いが大きい。
なんとなく気が向かないんだ。
本当なら、彼女の話から情報の一つでも引き出そうとするのが賢明なんじゃないか、と頭の片隅で考えてはいるのだけど。
ふと、【ヒロイン】が僕に執着するその理由が、彼女自身にもわからなくなっているように……
僕もまた、【ヒロイン】と長話をするのを嫌っている理由がボヤけていることに気づいた。
「味方に引き込みたいから」「立ち塞がる敵だから」……お互い、自分の感情を説明付けられそうな言葉はあるが、それが何故かどうにもしっくりきていないらしい。
「弱点は教えてあげられないなぁ~……特に無いし。
その代わり、ヒントはあげられるよ」
「ヒントぉ?」
「【魔王】は魂のみの存在、っていうのは前に言ったね? 誰かに憑依して戦う為の肉体を得る。そういう存在だ。
で、どういう人に憑りつくのかは、一つ決まりがある」
「決まり?」
「死にかけてるヤツ」
「……はぁ?」
今にも命を落としそう、って人に憑りつくということなのか。
なんでわざわざ?
「こことは違う世界から、引っ張って来るのさ。
例えば……強力だったのに、裏切りか何かで理不尽な敗北をしてしまった戦士だ。
単純な実力では勝っていたのに、卑劣な手段で命を落としそうになっている彼らの胸中はどうなっているだろうか?
後悔? 憤怒? 憎悪? まぁどれだっていいが、そういう納得のいかない敗北と死を前にした凄絶な感情を【魔王】は好む。
この【天秤地獄】に引きずり込みながら。
自身の力を注ぎその命を繋ぎとめながら。
その意思を自身の憎悪で支配し――【魔王】はきみ達を殺す存在として完成する」
「・・・・・・・・・・・・」
【サブヒロイン】は死者の魂を元に創られ、【魔王】は死にかけの人を操って。
【天秤】が【蜜】を得る方法はここに引きずり込んだ人を殺すことだし……つくづくこの【天秤地獄】はやたらめったらに血なまぐさい場所だと再認識した。
ホント、とっとと出ていきたい。
「さて、拍都」
僕の目の前でピッ! と指を立てる【ヒロイン】。
「一体誰が【魔王】になってしまっているのか、わかりそうなもんじゃないかい?」
「……何?」
「【魔王】になるようなヤツは、死にかけるような目に遭うようなヤツってことさ。
つまり、絶対勝てる戦いしかしないようなヘタレの中にはいないってこと」
「うん……? それで?」
「――はい、ヒントはここまで!
後は自分で考えたまえ!」
「え、ええ……何だよ、それ」
ピンと来なくて首を捻ってしまったが、どうやら話はここまでのようだ。
困惑する僕の表情を、「心底愉快だ」と言わんばかりの顔で笑ってくる。
ああ、腹立たしい。さっさと話が終わってほしいとは思っていたが、こんな形で打ち切られるのはやはり不快だった。
「いや、結構な大ヒントだよ、これは。
ほぼ答えなんじゃないか、とヒヤヒヤしてるぐらいなんだが。
まぁ、わからないならわからないで、楽しみにでもしておけばどうだい?」
「楽しみにはなんないでしょ……」
結局、ヒントとやらもどう参考にしたもんだがわからないし。
今日もまた、時間を無駄に浪費してしまったらしい。あぁ、疲れる。本当にとっとと出てしまいたいな、こんな地獄。




