7-2 「使う機会が無いのが一番良いモノに限って後々使わざるを得ない」
【サブヒロイン】栄田 利理との戦いから2週間。
以前花子ちゃんが即斬り殺した少女を除いて「新入り」は現れず、【ヒロイン】自身にも遭遇しない日々が続いている。
変わりばえの無い毎日。
起床、朝食、移動、昼食、移動、夕食。そして風呂入って寝る。
それを機械的にこなしている。
予定時間ピッタリ、何の異常もなく順調。
だけど僕らの雰囲気が良くなったのか、と言われればそうでもない。
ここに来るまでに失った人達が多すぎる。最初は150人を超えていた人数が今では90人と少し。
【サブヒロイン】がもたらした被害はやはり大きかったのだ。
最近【ヒロイン】との戦闘が発生しないのはやはり、花子ちゃんの存在が大きいのだろう。
あの時、花子ちゃんは明らかに【ヒロイン】を圧倒していた。
その強さに加えて「新入り」を即斬り捨てる手段の選ばなさ。
どうやら、【ヒロイン】にとっても手に負えない存在になってしまったらしい。
かと言ってこのまま最奥の【天秤】を僕らが手に入れてしまうまで何もしてこない、とも思えない。
きっとこの何もない日々は【ヒロイン】が次の手を打つ為の準備期間なのだろう。
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そんなある日のこと。
夕食後の大広間で、相変わらず虹色なマジさんが入れてくれたお茶をすすっていると――
「――隣、いいかい?」
「ヴェネさん? ……大丈夫ですよ」
「……ありがとう」
珍しい相手だった。
花子ちゃん程じゃないにしても、それまで【サブヒロイン】を躊躇なく殺していく僕は、みんなから不気味に思われていたから、こうやって話しかけてくれる人は少なくなっている。
今や式鐘おじさんとフォーデさんぐらいしか僕と絡んでくれる人はいなかった。
静瑠さんとかジュニは塞ぎこみがちになってしまっているし、花子ちゃんは覚悟キマッてしまったのか無駄話しなくなった。
ヴェネさんは、アリスさんとの一件で一番僕に話しかけてくるのは「無い」人だったのに、今日はどうしたことか。
しばらく沈黙していたが、唐突に彼は口を開いた。
「――――――悪かったね」
「え?」
「……アリスのことさ。彼女を斬ったキミを……ずっと遠ざけてしまっていた」
「あー……あぁ、まぁ。いやそれはしょうがないんでは? 別に気にしてない……いやそれはそれで失礼なんですかね?」
いきなり謝られてちょっと困惑している僕を見て、ヴェネさんは微かに笑った。
彼はアリスさんが【サブヒロイン】となって、僕に殺されてからずっと活力を無くしているような状態だった。
ジャック隊の隊長として、他のみんなを引っ張ろうとはしていたが、その心の内の絶望はどうしても隠しきれてはいない。
しかしそれを責める人なんていなかったし、僕だってそうだ。
謝罪される、なんて正直考えてすらいなかった。もとよりその必要は無いのだから。
「キミは何も変わらないね。この【天秤地獄】の恐ろしさを僕らと変わらず体験しているはずなのに、まるで変わらない」
「え、あぁ……緊張感なくてスミマセン」
「ふっ……いや、そうじゃないさ。
きっとその変化の無さ、ブレなさはキミの強みなんだろう。
何故ここでブレずにいられるのかはボクにはわからないけど……そうだな。
ボクみたいに、みっともなく揺らいでいるより余程良い」
ヴェネさんがグっ、と持っていたカップを傾けてその中のハーブティーを飲んだ。
「ここはその名の通り、地獄なんだ。殺し合いの場さ。【ヒロイン】はボクらを殺すために相応の準備をしてきている。
……結局ボクには覚悟が足りてなかったのさ。
自分や、自分の大切な誰かを殺される覚悟が。命を懸けてでも戦い、勝利するという覚悟が。
それを、あの『リリィ』や花子さんにはっきり思い知らされた――」
……あの時、リリィ――栄田 利理はこう言っていたっけか。
「名姫 拍都、美核 式鐘、美核 灯、フォーデ=フィマ、里来多 本気! テメエはこの5人だけ押さえてろ!
後は全員わたしが殺す!」
「勝手に現実に絶望して、逃げ出して!
【黄金具現】――『理想の自分で理想の世界へ』、なんて話に飛びつくようなヘタレどもだぞコイツらは!
結局! 上手くやれるに決まってる人生、勝てるに決まってる戦いにしか飛び込めねぇんだよ!
なんだったらそれは戦いですらねぇ……絶対に安全な場所から一方的に嬲り殺しにするようなやり方ばかりがお上手な連中さ!
自分が保障無しのガチンコ勝負ができない事を自覚すらできてねぇヘタレどもだ!
あるいは自覚してても、言い訳し正当化し、自分の至らない部分に向き合い、修正しようって気概が無いカスってことだ!」
「まさにあの娘の言う通りさ」――とヴェネさんは言う。
「拍都クン、式鐘さん、灯さん、フォーデ君、本気さん。確かにこの5人は、この状況でも変わらなかったり、覚悟というものが感じられる気がするんだ。状況の変化などものともせず、自分を保ち続けている。勝ち目が無いとしても前へ進む気概がある。
だがボクと来たらどうだ。アリスがあんなことになってしまった後は、隊長の癖に隊をロクに引っ張れない程に落ち込んだ。あの程度の不幸など、ずっとずっと前に覚悟しておくべきだったのに……!」
震える口調を落ち着けるように、彼はまたカップを傾ける。
今度は完全に飲み干してしまった。
「花子さんもボクと同じように大切な人を失った。再び失ったと言うべきか……しかし彼女はボクと同じ道を辿らなっただろう?
ボクのようにみっともなく喚き散らて駄々捏ねるような事はしなかった。それどころか、彼女は自らの手で決着をつけたんだ。
可能かどうかなど関係ないと。絶望してなお、前へ進むのだと。自分の信念を押し通すには、それこそ『ヤケクソ』でもなければならないと彼女にはわかっていて、ボクはわかっちゃいなかった……」
「やー……花子ちゃんが特別ぶっ飛んでるだけかと……」
「――ふ、あははっ!」
ヴェネさんが声を上げて笑った。
彼の笑い声なんていつぶりだろうか?
「彼女が狂人だろうが何だろうが、少なくとも今、ここに適応しているのは花子ちゃんの方さ。
おかしいイカレてるついていけないとドン引きしてる場合じゃない……今更だけど、ボクも覚悟を決めようかと思う――」
ヴェネさんが、何かを僕に差し出してきた。
銀に光るネックレス。……どこかで見かけたような気がする、と記憶をまさぐっていると、ヴェネさんが察したのか軽く頷いた。
「そういえば、最初に出会った時ボクはコレをキミに売ろうとしていたっけ?」
「あ、あ~……思い出した。100%天然の神のご加護が~とか言ってたヤツ。……ってなんでこのタイミングでコレを!? 何度言われたって買わないですよ!? 絶対怪しいですもん!」
また詐欺めいた営業トークを聞かされるのか、と身構えるとヴェネさんに大笑いされた。
「酷いなぁ! うーん、そんなに胡散臭いかなぁ……
まぁ今回は買わせないよ、タダさ」
そう言って僕の首に自然な動作でかけてくる。
「へ?」
「特に迷惑をかけてしまったキミへの謝罪のしるしだよ。首にかけておくかなんなりして身に着けて置いてくれ。
ボクの使える中で、何時間もかけて準備しないと使えるないような、強力な防御の【蜜技】の機能をそのネックレスに込めてある。
発動するのは一回きり。『それを食らえば死ぬ』――そんな致命的な一撃を食らった時だ。それがあれば、そんな一撃から、一回限り。身を守ることができる」
「……それって、すごい貴重なんじゃ……」
いまだに【蜜技】が使える世界の基準がよくわからない僕だけど、説明を聞けばその有用性は理解できた。それこそヴェネさん自身が使えば良いぐらいだ。
そんなものをポン、とタダでくれるとは。
「まぁ……貴重は貴重かなぁ。その銀ってただの銀じゃなくて、僕の『理想の世界』でそのネックレスがギリギリ一つ作れるぐらいしか存在しなかったから。
僕は色々【アーティファクト】を作ったことがあるんだけど、それは最高傑作さ。
良質な素材が本来あり得ない加護の付加を可能にした、自慢の一品さ」
「そんなもんを10万で売ろうとしてたんですか……?」
「いやいや、前も言ったけど天使ジョークさ天使ジョーク。
見た目そんな価値のなさそうなモノを10万で売ろうとして、実は10万どころじゃないぶっ飛び商品だったという――」
「わかりづれぇっ!」
「そうかい? なるほど、ボクには営業の才能は無いらしいね。
ともかく――もっとボクが気をつけていたのなら、コレはアリスにあげるべきだったんだろうけど、もう彼女はいない。キミに渡しておくよ」
謝られる必要なんて元々感じないし、謝罪の品なんてむしろ恐縮してしまうぐらいだけど……
その真剣な表情をみて、有難く受け取ることにした。
「じゃ、じゃあ……ありがたく頂きます」
「うん、ありがとう――時間をかけて済まなかったね。
明日から、また改めてよろしく」
差し出された手を握り返すと、頷いてからヴェネさんは「それじゃあね」と微笑みとともに去っていった。
……その背中が妙に儚げに見えるのは、気のせいだろうか?




