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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第七章 シヌキデヤレ
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7-1 「思い切りやれと言われたので思い切りやったらやり過ぎだとヒかれる日々」

 ――花子ちゃんの覚醒は、僕らの時計の針の動きを大きく早めた。


 これまでで最強の【サブヒロイン】であった栄田 利理を一撃で屠った彼女は、そのまま僕と戦っていた【ヒロイン】に襲い掛かった。

 死神のような姿に変貌した花子ちゃんに対し、【蜜技】を連発する【ヒロイン】。

 目覚めた敵の危険性を感じ取った【ヒロイン】の猛攻は、しかし花子ちゃんには通用しなかった。

 どんな攻撃も気にならないとばかりに防御さえせず、腕や頭が吹き飛ばされても一瞬で再生し、最終的には【ヒロイン】を撤退させる事まで成し遂げた。


 今までははっきり言って足手まといのようだった花子ちゃんは、ここにきてあっさりとエースになってしまったのだ。

 ……しかし、その力があまりにも異質で、強力に過ぎた。

 【天秤地獄】攻略隊に、新たな切り札の誕生を喜ぶような雰囲気は無い。

 次元の違う存在が突然現れたことに対する畏怖、緊張感が充満している。


 ちなみに、【サブヒロイン】となった栄田 利理に蹂躙されたように見えたみんなであったが、意外なことに死者は少なかった。


「ゼロ、では無かったがなァ……」


 式鐘おじさんが言うには、栄田 利理に殺された【勇者】は3名。生存している【勇者】は現在で94人になる。

 僕、おじさん、灯姉、フォーデさん、マジさんの5人を【輝使】に足止めさせた彼女は、それ以外全ての【勇者】を圧倒した。

 【勇者】の放つどんな【蜜技】も両腕の槍を叩きつけて消失させ、まるで作業のようにみんなを這いつくばらせていた。

 だが、どういうことか彼女の攻撃は戦闘不能になる程度には強力であったものの、死に至る程では無いのがほとんどだったようだ。

 動きを止めた後に確実にとどめを刺そうとしたのか何なのか……

 ともかく、命さえ落としていないのなら【蜜技】でどうとでもなるようで、おじさんの【蜜技】ですっかり回復することができた。


「あの栄田 利理ってヤツの思惑が何だったのか――

 花ちゃんを覚醒させるために敢えて追い込んでいたってのか? にしてはちょいと殺意が強すぎていた気もするが。

 ……ま、想像するしかねェな、今となっては。

 とにかく結果としては、あの状況にしては奇跡的なぐらいの犠牲で済んだって事だな」


 あの最強の【サブヒロイン】が何を思っていたか。本人が死んでしまった今となっては伺い知れない。

 だけどなんとなく、花子ちゃんだけは理解していて、ソレが今の彼女の原動力となっているに違いなかった。


 なんせ、最近の花子ちゃんは完全にキマっている。もうキレキレなのだ。




 >>>




「ち、ちょっと……何やってるだし!?」


 静瑠さんが驚愕の声を上げる。

 今日の【天秤地獄】探索――その途中で出会った、一人の少女。

 多分あの娘は、10歳にも満たなったであろう。

 幼いのに身体中ボロボロで、虐待でもされていたような様子のその姿は、例え「この場で新たに出会う『新入り』が、【サブヒロイン】の可能性が高い」という事実を考慮しても同情を禁じえなかった、のだけど。


 花子ちゃんときたら同情するどころか、即座にあの時の死神の姿に変身し、大鎌で脳天からその少女をカチ割ってしまったのであった。


「いや、絶対【サブヒロイン】でしょアイツ。あんなあからさまにカワイソーなビジュアル、絶対そうだって。

 あの見た目で躊躇ってるトコを後ろからズドン! ってやる目でしたよやっこさんは。獲物を狙うはんた~の目つきだった、ゼ! まぁ目なんか見てなかったんだけどネ~」


 ……死神花子ちゃん、相当サイコである。

 流石にドン引きして「いや、でも……」などとモゴモゴ言うみんなの事など気にもしない、と言わんばかりだ。


「元から『新入り』は即殺しちまおうぜゲッヘッヘって言ってる人、結構いたじゃん。何だったら静瑠さんが一番言っていたぐらいでしょ?」


「そ、それは……」


 以前、静瑠さんに殺されそうになって彼女にビビっていた花子ちゃんだったが、今はまるで立場が逆転しているように見える。


 隊長格の中で「新入り」を即排除しようと主張していた静瑠さんとジュニさんであったが、もちろんそこに何の葛藤も無かった、なんて思う人は誰もいないだろう。

 即殺を主張する彼女達の顔つきは、隠しようもない悲痛に歪んでいた。

 むしろ殺すこと以外の解決策を思いつかない自分へのふがいなさを感じ取れるほどで、表情も動かさずに「新入り」を排除する花子ちゃんとはある意味で真逆とも言える。


「今更だけど、アタシもソレ賛成。

 ぶっちゃけ自分の命が惜しくて言い出せなかったんだけどさ~ガハハ。アタシも【サブヒロイン】かもって疑われてたし。

 ……つーかよく考えればまだその可能性はあるっちゃあるのかなぁ。

 ま、そうなっちゃたら……あー、アレだ。流れでシクヨロ」


「流れて……」


 やってることと口調のテキトーさのアンバランスにクラクラしそうだ。


「――つまり、自分が【サブヒロイン】になったら躊躇なく殺してくれ、ということかい?」


 混乱している僕たちの中から、すっと一歩踏み出し、そう問うたのは……


「お、ヴェネさん。

 うーん……ちょっと違うかな。アタシも一方的に殺されたくは無いんだよね。

 自分が犠牲になる気はさらさらなーい」


「……ボクらと戦う、ということかい?」


「まぁそんなカンジ?」


 ほとんど宣戦布告に近い言葉にみんながざわめき立った。

 しかしヴェネさんは気に留めず、さらに問い続ける。


「今の自分ならボクらぐらいどうにでもできると……その見込みがあるという――」


「やー、違う違う。『できそう』とかそーいう話じゃあない。

 『無駄』なんだってさ。リリィが言うには」


「無駄?」


「動いても無駄。考えても無駄。悩んでも無駄。決断しても無駄――

 どれだけ努力したって、どっかの誰かの気まぐれかちょっとした間の悪さか。

 それだけで、自分が積み上げてきたことなんてあっさり崩れ去っちゃうんじゃないかってさ」


「それは」


「あぁ、わかってる。

 そんなもん自分が怠けてることへの言い訳かもしれないって事はさ。

 だけどリリィは、何も悪いことしてないのに死んじゃったから。

 『上手くやれてる』奴らに対して、『()()()()じゃなかったから』ってだけだろ、って思ってたっぽいんだよね。

 大凶を引き当てずに済んだというだけ。運ゲーに勝利しただけ。みたいな?

 で、『絶妙に微妙』なアタシ程度にはそれを否定できなかったりするワケだ。

 だから、リリィと同じようにやる――」


「同じように?」


「どうせ全部無駄で、希望なんか持つ意味が無いってんなら……できるできない良い悪い関係無しに、ただやりたい事だけをやりたいようにやる――ヤケクソ、ってやつ?

 嫌なことは嫌って言う! 立ちふさがる敵は全員死刑! 

 どういう状況で誰が相手だろうともう気にもしねー!

 その過程で、アタシよりもっと価値があったり正しかったりする人や信念が犠牲になるとしても問答無用でぶっ潰す!!」


「うわぁ……」


 またドン引きしてしまった。

 僕が言えた口なのかはわからないけど、突き抜けて自己中心的な主張である。


「あぁ、つまりキミにはもう敵も味方も無いわけだ。

 【勇者】なのか【ヒロイン】なのか。そんなことはどうでもいい。

 自分の立場がどうなろうと、邪魔する者は殺す――自分が死ぬまで、と……」


「お、やっぱ気に食わない感じ? デュエルスタート?

 先攻後攻コイントスで決めちゃう?」


 そのあんまりな物言いに、意外にも、ヴェネさんは小さく笑った。

 ……笑ってるとこ、久しぶりに見たかも知れない。


「――いいや。納得したよ。

 ……式鐘さん、時間を取らせてしまって申し訳ありません。進みましょう」


「……あァ」



 ヴェネさんはもう用は済んだ、とばかりにさっさと歩きだしてしまう。それぞれ顔を見合わせていたみんなもそれに続く。

 【天秤地獄】の最奥に向かって。黙々と歩を進める……

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