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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第七章 シヌキデヤレ
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7-0 《死神》

 目の前に迫る死神の鎌。

 背筋を垂れる冷たい雫を感じながら素早く身を引いた。


 わたしに躱されて宙を切る刃。

 空振りの隙を狙って、両腕に巻き付いた鎖を思い切り叩きつける。


「――はしゃぎ過ぎだよ、今まで何もしてこなかったヘタレの分際で……!」


 一振り目で武器を持つ腕の骨を砕き、二振り目で頭蓋骨を叩き割ってやった。

 脆い。最強の【サブヒロイン】であったリリィを一撃で屠ったのは流石に戦慄したが、このわたし、【ヒロイン】の力にはやはり敵わないのだ、と安堵できたのは一瞬だけだった。


「……いや、ズルだろうそれは」


 粉々になった腕が武器を落とす前に一瞬で再生し、何事も無かったようにニ撃目を放ってきた。

 慌てて身をよじったが、僅かにかすったらしい。

 右の頬にほんの少しの痛みを感じる。

 これまで拍都以外の【勇者】には攻撃を当てられたことすら無かったのに――



 ……これは、何だ?

 【蜜】の扱いで一番重要な要素は、精神の在り様。

 強い意志。明確な成功、勝利のイメージ。

 【輝使】。【ヒロイン】。【サブヒロイン】。【勇者】。超常の力を手にしている戦士達。

 その中ですらこの死神は圧倒的な存在感を放っている。

 この事実が示すのは、春野花子が持つ「意思」の強さ。


「だが! だがそんなことがあり得るか!?」


 今まで後ろに引っ込んでるだけだったじゃないか。

 役立たずだったじゃないか。

 それが今になって都合よく「覚醒しました! いきなり最強になったぞー!」だなんて……


「ふざけすぎだろう……!」


 わたしは確かに飽いていた。

 【ヒロイン】としての変わりない日々に。

 毎日毎日毎日同じように殺して、飽きて色々と変化を加えたりして、結局それにも飽きて。

 もうちょっと想像を裏切ってくれるようなヤツは現れてくれればと心のどこかで望んでいた。

 だからこそわたしは拍都を少し気に入っている。彼はわたしを驚かし、この心に熱を取り戻させてくれた。


 しかし、これは違う。

 何が、と問われてもうまく言葉にできないが……

 この死神は気に入らない。

 視界に入るのも許せる気がしない。

 脳みその片隅を内側から舐められるような不快感に突き動かされ――


「《シイシ・ソミニ・ミカミ》!」


 地面からわたしの腕に巻き付いているのと同じ鎖が飛び出し。すぐさま死神に巻き付いて拘束する。

 この鎖は【天秤地獄】から【ヒロイン】に与えられる特別制。

 【勇者】を圧倒することを目的としたコレの性能は半端ではない。

 拍都の持つあの漆黒の刀ぐらいでしか、傷をつけることもできないだろう。


「身の程を知ってもらおう――《グイ・コーナ》!」


 わたしの呪文に呼応し、動けない敵の方に向けた手のひらから一滴、青い泥が垂れる。

 地に落ちたその泥は、見る見る内に巨大化し――


「腕一本と頭で足りないのなら……その身体の全てを――!」


 人一人を覆い隠せる大きさの、巨大な手の形となる。

 青い泥の手が、死神を握りこんで、潰す。

 バキバキと骨が砕ける音。一切の加減もするつもりはない。

 全身、隅々まで破壊し尽くす。


「《シイシ・ソミニ・コイシ》!」


 《グイ・コーナ》はただの【蜜技】とは格が違う。

 これもまた、【天秤地獄】から【ヒロイン】に与えられる特別なモノなのだ。

 その青い泥の手は敵の抵抗を封じながら、敵の全てを砕き、さらに追加で【蜜技】を使うことによって機能を付け加えることまでできる。


 《シイシ・ソミニ・コイシ》は美核 式鐘に使ったものと同じ【蜜技】だ。

 鎖の呪い――それ自体は、特別な【蜜技】ではないが、この呪いは使用者の怒り、憎しみといった暗い感情の強さが効果に影響する。

 ……つまりわたしが使えば、どんな呪いよりも凶悪で致命的な作用を及ぼす。

 【黄金具現】を産み出す程の【蜜技】の使い手である式鐘すら、今コレを食らって本来の実力の10分の1も出せない程にまで弱まっている。


「砕くだけでは済まさない――その身体の全てを呪いつくす!!」


 破壊した破片の一つの例外も無く、呪い尽くす。

 わたしの攻撃手段として五本の指に入る程の技。

 どんな化け物が、【勇者】が相手だろうと抗うことはできない。

 ただ絶対的な「死」あるのみ。それだけのはず。




 それだけのはず……だったのだが。


「――不条理だ。理不尽だ。こんなことが……許されるか……っ!!」


 美核 式鐘じゃなかったのか。

 名姫 拍都じゃなかったと言うのか。

 この【ヒロイン】が真に警戒すべき敵は、コイツだったと――?


 ふと、視界の端に映った何かに気を取られた。

 仰向けに倒れていた、【サブヒロイン】……リリィの顔。

 死神の鎌に命を奪われたその女の顔は……笑っていた。

 それも穏やかさとは真逆の、口角を吊り上げ、歯をむき出しにした……追い詰めた敵に愉悦を込めて送るような、恐怖心を煽る笑み。


 放り出された右の手は中指だけが立てられている。

「ざまあみろ」――そう言いたげに。


 まさか、彼女はコレを狙っていたのか?

 【サブヒロイン】として定められ、自由意思のほとんどを奪われた彼女。

 自分の身に降りかかった理不尽に、「ただでは済まさない」とばかりに打たれた一手か。

 自分自身に不可能ならば、花子を覚醒させてわたしを追い詰めようとでも――


「・・・・・・・・・・・・《リーチ・ラズ》」


 撤退を選ぶしかなかった。《リーチ・ラズ》……【天秤地獄】の中でなら好きな場所に瞬間移動できるそれを使って。

 砕き、呪ったはずの死神の存在が、まだ確かに感じられるのだ。

 死神を殺すなど不可能だとわたしを嘲笑うように。

 ……殺せていない。確認せずともわかる。

 きっと今頃、あの死神は何事も無かったかのように立ち上がっていることだろう。

 退かなければどこまでも追いかけられ、ズタズタに引き裂かれるに違いない。

 負ける――現時点では、確実に。

 不快感を押し殺せる程の恐怖に駆られ、わたしはまさに形振り構わず逃げ出したのだ――



 わたしを打倒する者がいるとすれば、「立派」な信念を持っているだろうと……理由も無くそんな気がしていた。

 「こいつになら殺されてもいい」と認められるような。

 だけどそれは実のところ、ただの願望でしか無かったのかも知れない。



 ……あの死神と対峙したときの感触。それに覚えがあった。

 これだけはどれ程の時間が経てど忘れられる気がしない。



 わたしが、【天秤地獄】に堕ちる前。【ヒロイン】として殺戮を決意させる程の絶望をくれやがったあのアイツに、とてもよく似ている。

 あまりに自己中心的で、どんな犠牲も気にも留めない、あのクソ野郎に――

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