1-4「ヒロインの容姿が性癖ドンピシャ、フラグも立ってるっぽい……これは人生勝ち確!」
怪物は全て、一体目と続くように……溶けて、消えてしまった。
――何も残っちゃいない。
「本当はここで戦いなんて起こらなかった」そう言われたら信じてしまいそうになる。
「……ふぅー……」
「あ、ケガ、治りました?」
「……完治、とはいかないが。だいぶマシにはなった」
彼女の右手に纏っていた緑色の光が消えた。
恐らく、その光が回復の為の魔法、というやつなんだろう。
光を纏う右手が彼女自身の傷口に触れると、動画を逆再生したみたいに元通りになっていく。
「……世話になってしまったな。私を追っていた敵も倒し、見張りもしてくれた。
おかげで回復に専念できたよ。感謝する」
そう言って、少しだけ微笑んだ彼女は……びっくりするくらい綺麗だった。
あのオークを斬り殺した後。
やはり、「殺す」という事は只事では無いのだと思い知らされた。
やった事に後悔は無い。ああするしかなかったのはわかる。
それでも、怪物だろうがなんだろうが僕が奪ったのは紛う事なく「命」であった。
理屈も感情も飛び越えた、「重さ」がある。
「い、いやいやいやそんな大したことはあっはっは」
「ハハ、謙遜するなよ。……そうだな。この恩で私の胸を揉みしだいたのは帳消しにしてやる。
正直、挽き肉にでもしてやろうと思っていたが。ここまでされてはな」
「ひ、挽き肉ってー!? い、いくらなんでもそれはちょっと……!」
「……だ、誰にも触らせたことは無かったんだぞ……私もこう見えて、女だ。思う所はある――」
「ま、マジですか!? 僕が、ハジメテの男……っ!」
「おい、なにか妙な表現をするなっ! ……はぁ。賑やかなヤツだな」
「……楽しい方が良いじゃないですか! 良ければ、もっとエロ、もといタノシイことしませんか!?」
「フッ――言ってろ、このスケベ男が!」
妙に気が抜けて、お互いに笑い出していた。
「殺し」を経て、何か醜いモノが体に宿ってしまったような感覚はあるけれど、きっと僕はそこまでしてでも守るべき何かを守れた、気がする。
彼女、さっきは自分だってボロボロなのに、会って間も無い僕を、自ら引き付けて逃がそうとしてくれたんだよな。
今までいきなり過ぎて意識できなかったけど、そういう事がすぐに出来る人って「良い」なぁと思う。
「良い」と思える人の為に戦えた、という事実は、僕自身にとってもシンプルに気持ちが良かった。
彼女とは、上手くやっていけるんじゃないか。そんな幸せな予感がした。
「……一つ、聞きたいことがある」
傷を治した彼女は、立ち上がって僕の顔を見据える。
……澄んだ緑の瞳に吸い込まれそうだ。ドギマギしながら「ど、どうぞ」となんとか答える。
「お前、他の世界から来たんだろう? 『転生者』、というヤツか」
「え、なんでわかったんです?」
「当たりか。……この世界の伝承だ。
美しい黒い瞳と髪、透き通るような白皙の肌。そしてその圧倒的な強さ――」
「……口説かれてます?」
「残念、違うな」
「え~……」
「ともかく、お前はこの世界の伝承で語られる、『異邦の救世主』にソックリだ。
この世界に危機が訪れた時、異なる世界から召喚され、危機の元凶を打ち倒す英雄――」
……め、めちゃくちゃベタな設定だ。
僕の『理想の世界』……もしかしてセンス無い感じか。
まぁでも、物語としてなら駄作でも、自分自身が歩む人生としてなら最高なんじゃなかろうか。
英雄としての、光に満ちた人生!
勝利と栄光と……あとエ――もとい、愛が盛りだくさん、みたいな!?
参ったねエへヘ。
「――今すぐ決めなくていいが。良かったら私に協力して」
「やります! 救世主、やっちゃいますよ!」
「早いわ! まだ詳しいこと何も話してないだろう!」
「まー大丈夫でしょ! お姉さんは悪い人じゃなさそうだし、危機と聞いちゃあほっとくワケにもいきませんし!
力になれるんならやりますよ!」
「能天気だなぁ……」
やれやれ、とでも言いたげな笑みを浮かべる彼女に、僕は内心で親指を立てていた。
――大丈夫です、何の問題もありません。
ここは僕の『理想の世界』。僕こそが主人公。僕こそが【勇者】。
「救世主」の役ぐらい、この世界ならばっちりこなして見せますって――
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「――まぁ、それだけやる気があるなら心強いな。色仕掛けに弱そうなのが玉に瑕だが」
「な、なにを根拠にっ!?」
「今までの言動」
「……ぐうの音も出ません……」
洞窟から脱出する為、話しながら歩き始めたのだが、どうも僕は彼女に「女性に弱いキャラ」として認識されてしまったようだ。
まぁ間違いは無いんだけど、「女好き」ってどうにも三枚目な印象だ。
異世界に来てテンション上がり過ぎたか。まぁ明るいのは良い事だと思う。
以前みたいに死んだ目をしながらコンビニバイトをして、頭の中をネガティブな未来予想でいっぱいにしてるよりは、よっぽど。
……テンションが上がってたら案外女性ともちゃんと喋れるな。
それこそ以前はずっとどもりがちでぎこちなかったと思う。
今は色々と……自信を持てる要素がある、というのも大きいかも。
いやぁ、「理想の世界」に「理想の自分」――【黄金具現】は最高だな!
「……そうですねぇ~……結構僕、一途なんで。誰か良い人が居れば、惑わされずに済みそうなんですけど!」
そう言ってあからさまに彼女の方をチラチラと視線を投げてみる。まぁジョーク的なアレだけど。
彼女は僕のそんな様子を見て、ククッ、と小さく笑った。
「お前、分かりやす過ぎるだろ? ……まぁ、結論を急ぐな。街についたら、私より可愛くて、綺麗な女くらい掃いて捨てる程いるさ」
「いや~そんなそんな! 僕はお姉さんみたいなカッコイイ系が好きですよ!」
「ハハ! そんな風に言われたのは初めてだよ。
……戦ってばかりの人生だった。大概の男よりは強いからか、『そういう』話とは今日まで縁が無かったな……ふむ」
そう言って、顎に手をやり、少しだけ思案するように彼女は目を閉じた。
うーん、動作の一つ一つが絵になる。
「私より可愛くて、綺麗な女くらい掃いて捨てる程いる」?
僕にとっては貴方以上の女性なんていませんよマジ。
つーかそんなのがポンポン出てきたら理性崩壊し過ぎて死んじゃう。
「――もし、この世界から危機が去って……その時まで、お前が私以上に惹かれる女が現れなかったら。
お前の嫁にでもなってやろうか」
「ゑ?」
……マジか。
『理想の世界』よ、マジか!
あまりにも都合良過ぎでは!? 最高か……っ!?!?!?
「別に悪くは無いと思うんだ。お前はスケベだが、悪い人間には見えないからな。
私を好いてくれる男なんて他にいなさそうだし……その上本当に『救世主様』だったなら、文句のつけようもない」
「ちょ……っ! マジですかホントですか本気ですか!? 僕、本当に頑張っちゃいますよ!?」
思わず彼女の両肩を掴んで揺さぶってしまっていた。
彼女はそんな僕を見て、「とんでもなく愉快なモノを見た」と言わんばかりに、気持ちよく笑っている。
「落ち着け落ち着け。まだ決まったわけじゃないだろう、色々とな。
私達はまだお互いの名前すら知らないんだぞ?」
「へ……? あ、そういえばそうだ……」
「色々あり過ぎて、こんなに当たり前のことすら後回しにしていたとはな!」
そのことがお互いにおかしくて、また笑い合っていた。
――「良い雰囲気」だった。とても。
……元いた世界じゃこんなにイケメンでもなくて、恋愛なんて貴族の遊び、くらいに考えてたけど……今の僕は「理想の自分」だ。
青春しちゃってもいいのではないか。
アオなハルしちゃってもいいのではないか。
ラブでコメっても、イイのではないか……っ!!!
「名姫 拍都です! ホント、頑張るんで! よろしくお願いします!!」
浮かれ切った僕ははしゃぎながら彼女に右手を差し出していた。
――これから、彼女と共に。
僕はこの最高の異世界ライフを全力で駆け抜け、幸せになってやるのだ。
彼女も楽しげな表情で、右手を持ち上げている。
――僕はこの時、思いもしなかった――
「そうか、拍都――わたしの名前は」
――彼女のその手は、僕の手を取ってくれるのだと信じて疑わなかった――
「――【ヒロイン】だよ」
――まさかその手が、僕の胸を(心を)貫くだなんて、思いもしなかった――
彼女の手が僕が差し出した手に触れもせずに、明らかな殺意を滲ませながら、胸の辺りに向かってくるのを僕はじっと見ていた。
その動きは酷く緩慢に見えるのに、僕は身動き一つ取れず――
「・・・・・・・・・・・・え?」
突き刺さる。ずぶり、と嫌な音が聞こえた、気がした。
意味がわからない。
訳がわからない。
……何もわからない。
突き刺さった彼女の手も、この口から流れ出る血液も、酷く現実感が無く、他人事のよう。
「よろしく。というか……さようなら」
肉が擦れる音を立てながら、彼女の手が僕の胸から引き抜かれる。冗談みたいな勢いで血が流れ出ていた。
……体に力が入らない。そのまま後ろによろめいて倒れてしまった。
「ぅ、あ……?」
少しでいいから、何がどうなっているのか知りたかった。知りたくてたまらなかった。
――必死で首を動かして彼女の方を見ると、ますます奇妙な事態が起こっていた。
褐色の美しい体と緑の瞳をした、僕の理想の具現のような彼女はそこにいなかった。
代わりに……似ても似つかない容姿をした、背の低い顔立ちの整った少女が僕を見つめていた。
海の底のような暗い青色の、地面についてしまいそうなぐらい長く美しい髪。
燃え盛る炎を連想させる、妖しげに輝く赤色の瞳。
白目の部分は真っ黒になっていて、彼女の底の無い虚無が感じられる。
手首には、鈍く光る鎖が巻き付いている。じゃらじゃらと音を立てながらひとりでに蠢いていて……生きているんじゃないのか、と思わされた。
着ている真っ白なウェディングドレスは、僕の真っ赤な血で汚れているけど――それでもため息が漏れそうなぐらいに綺麗で、その下から見える何も履いていない足にすら造形の美が感じられた。
「――良い夢は見れたかい、きみ。……どうだい? いっそそのまま眠ってしまうのも悪くないだろうよ。現実なんて見つめていたら壊れてしまうからね。その妄想で目も耳も心も塞ぎたまえ。
――妄想、得意だろう? なぁ、『負け犬』――」
「負け犬」……あまりにも鮮やかに自分の本質を言い当てられたような気がする。
それがおかしくておかしくてたまらなくて、お腹が痛くなるまで笑いたくなった。
笑おうとした。笑おうと、した。
だけど、口から漏れ出たのはグロテスクな赤色だけだった。