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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第六章 オマエノセイ
57/78

6-10 「強さのインフレが極端過ぎて、初期の強キャラが一般人と変わりないような描写になってしまう問題」

 ――こう言うのもなんだけど、解放されたような気分だった。


 僕らの【サブヒロイン】への対応は、以前から何も変わっていない。変えられていない。

 現れた「新入り」は即座に排除するべし、という意見も出始めてはいるものの、「【サブヒロイン】で無い可能性がある」という中途半端な希望のような何かのせいで、最後の一線はいつまでたっても越えられないのだ。

 

 「不安の素となるから」というだけで人を殺せるようになったら最早人間では無い、という理屈もまぁ、わからないでも無いから、僕もモヤモヤするものはあれど表立って不満を主張はしていなかった。


 ただ仕方がないとはいえ、9割方敵だろう、と予想される相手をずっと野放しにしておくのは感情的にどうしても難しい。

 だから今日の探索で、ようやく花子ちゃんの友達だったという栄田 利理が、わかりやすく【サブヒロイン】として姿を明かした時……妙な安堵が心に浮かび上がったくらいだった。


 もちろん、呑気にホッとしている場合じゃなかったのだけど。

 今回は特に――普段よりも強力で、特別で、異常な【サブヒロイン】だったから。


 目の前の【サブヒロイン】の肉体の随所が変態し始めていた。

 肘から先と脚の部分が、黒く変色し、さらに槍のように尖っている。

 元あった部分を斬り落として付け替えたような異質さだ。

 背中からは衣服を突き破るようにして2対4枚の翼のようなものが生えてきていた。

 ヴェネさんの天使のような翼とは全く違う趣だ。

 どちらかというと昆虫の翅、蜂あたりをイメージさせるデザインである。


 【サブヒロイン】はその変身を終えてすぐに、大きく息を吸い込んだ。


「――【ヒロイン】!!」


「おぉ?」


 その日も後ろに控えていた、【ヒロイン】は突然声をかけられていかぶしげな反応をした。


「名姫 拍都、美核 式鐘、美核 灯、フォーデ=フィマ、里来多 本気! テメエはこの5人だけ押さえてろ!

 後は全員わたしが殺す!」


「――ほっほう!」


「――なに!?」


 【サブヒロイン】の大胆不敵な宣言に敵味方問わずざわめいた。

 彼女は、その5人以外は自分ひとりでどうにでもできると言い切ったのだ。

 【勇者】数十人程度、自分にかかれば大した障害になりえないのだ、と……!


「その5人以外は!? ヴェネはどうだ、静瑠はどうだ、ジュニはどうなんだい!?」


 ニタニタ笑いながら叫ぶ【ヒロイン】には、即座にいら立ちを滲ませた返答がされていた。


「黙ってわたしの言う通りにしろ間抜け! 今までヌルい攻めばかりやってたらしいが……こんな雑魚どもの群れにどれだけ時間かけてるんだバカが! 無い頭で小細工程度の作戦シコシコ考えるなんて無駄だってんだよ、わからねぇのか、アァ!?」


「あっはは! そんなに口悪かったっけ、リリィちゃん!?」


「役立たずの脳みそを少しはマトモに使って考えてみろ!

 勝手に現実に絶望して、逃げ出して! 

 【黄金具現】――『理想の自分で理想の世界へ』、なんて話に飛びつくようなヘタレどもだぞコイツらは!

 結局! 上手くやれるに決まってる人生、勝てるに決まってる戦いにしか飛び込めねぇんだよ!

 なんだったらそれは戦いですらねぇ……絶対に安全な場所から一方的に嬲り殺しにするようなやり方ばかりがお上手な連中さ!

 自分が保障無しのガチンコ勝負ができない事を自覚すらできてねぇヘタレどもだ!

 あるいは自覚してても、言い訳し正当化し、自分の至らない部分に向き合い、修正しようって気概が無いカスってことだ!


 ――見ててウンザリしてきやがる!

 まるで茶番だ、【蜜】なんて何でもありで最強のエネルギーがあるのに、ソレ使ってやってることはヘタレな【勇者】どもとヘタレにすら手間取ってるアホな【ヒロイン】が延々とじゃれ合ってるだけなんだからなぁ!?

 何が【天秤地獄】だ、笑わせるなダボが!

 これが地獄ってんなら元の世界のが余程地獄だろうが!


 死んでたところを叩き起こされてまでこんなクソ舞台に立たされたわたしの身にもなってみろってんだ!

 あぁ、あぁ! 他にやれることもねぇし、やってはやるけどなぁ!?

 代わりに全部終わりに、台無しにしてやる!

 せめてそれぐらいやらねぇと気が済まねぇ……っ!」


 不意に、【サブヒロイン】が勢いよく腕に生えた槍を突き出す。

 喚き散らしていた彼女の隙を狙って、【勇者】の何人かが武器を構えて飛びかかっていたのだ。

 しかし、【サブヒロイン】の槍は凄まじい速さで、先陣を切っていた【勇者】の攻撃が届くよりも前に――


「ぐあ……っ!?」


 ――脇腹に深く突き刺さっていた。

 シンプルに鋭く、速い一撃だ。

 これまでの【サブヒロイン】も【勇者】と渡り合える程の能力があったが、それよりもさらに格上であることはすぐに理解できた。

 人一人を串刺しにした槍が大きく真横に振られると、その軌道上にあった他の【勇者】達が蹴散らされ、吹き飛ばされていく。

 洗練された技術を使った攻防、強力な【蜜技】の応酬、といった如何にも「戦い」らしい様子では無かった。

 軽く、雑で、いっそ呆気なく。

 ゴミを箒でさっさと払うように、全くもって大したことでないように――


「これは……きつそうだ」


 僕は思わずボヤいていた。

 真っ先に串刺しにされた彼は、肉体を硬化させる【蜜技】に長けていた。

 もちろんソレは、ダイヤモンドだなんだといった、「普通」な硬度ではない。

 【蜜技】という超常の現象が飛び交う中であっても、問題無く力を発揮するほどのだ。

 故に、この苛烈な【天秤地獄】の戦いの中であっても、彼は今まで負傷らしい負傷はしていなかった。


「――ほらな、【ヒロイン】! 【勇者】なんて大層な肩書きつけられてもこの程度だ!」


 非現実的な【蜜技】による工夫が、まるで最初から存在しないかのよう。

 単純明快、普通の知識しか無かったとしてもすぐに理解できる、退屈でありふれていて……一方的な光景。


 みんなが【サブヒロイン】に総攻撃をしかけていく。

 炎の渦が、雷を纏う斧が、氷の槍が。

 竜巻が、牙が、銃弾が、レーザーが、ナイフが。


 そのどれもが、見た目以上に特別な何かを込められた攻撃だったはずだ。

 しかし、【サブヒロイン】が無造作に振るった槍はそのどれもを、ただ一つの例外も無くねじ伏せる。

 今まで僕らが頼りにしていた【蜜技】など、自分にとってはただの幻と変わりがない、とでも主張する如く。


「いいか、よく聞けよ【ヒロイン】、こいつらの中でマトモにやれるヤツなんざ、あの5人ぐらいしかいねぇんだよ!

 まずは邪魔なゴミどもを蹴散しゃあいいんだよ! 後は数でゴリ押して圧し潰せば良いだけだ!

 オラ、ボケっとしてねぇで――とっとやれぇ!」


 【サブヒロイン】の圧倒的な力量に混沌としていた戦場に、数えきれない程たくさんの【輝使】がいつものようにどこからともなく現れ、加わっていく。

 しかし、彼らは僕らのほとんどには見向きもしていなかった。

 【サブヒロイン】にかかりきりの【勇者】達のすぐ傍を素通りし、ただひたすらに目標を目指している。


 式鐘おじさん、灯姉、フォーデさん、本気さん。その周囲に続々と集結していた。

 そして、僕の目の前には……


「――うーん、何だろうねぇあの『リリィ』って女は。

 【サブヒロイン】の癖に【ヒロイン】をこき使うとは何事かって話さ。

 正直いつもの【サブヒロイン】と同じように見ていたんだけど、どうも一際特別な意思を隠し持っていたらしい……

 もうちょっとじっくりと事を運びたかったけど……まぁ、彼女の言うこともわかるし、止めてしまうのが勿体無くなるぐらいには興味が湧いてきたな。

 と、いうことで。ちょっとこの状況、何とかしてみてくれよ、拍都?」


 どうも【ヒロイン】は、【サブヒロイン】の言う通りにやってみる気になってしまったらしい。

 【サブヒロイン】が挙げた5人を自分と【輝使】で抑え、他の【勇者】を【サブヒロイン】一人に丸投げする気だ。

 そんなことができれば苦労なんか無いだろう、と言いたくなるような、単純な方針だったが、あの【サブヒロイン】は本当にそれをやってしまうような雰囲気がある……!


 【サブヒロイン】に他のみんなを全滅させられてしまったら、後はもう戦いにすらならない。

 【輝使】達の数に押しつぶされて終わりだ。


「さぁさぁ、どうなることやら、どうすることやら。ここが正念場じゃないかい――?」



 【ヒロイン】の腕に巻き付いた鎖が振り上げられる。

 あっさりと追い詰められた事に焦りを感じながら、僕は【終幕】を鞘から抜いた――

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