6-9 《白黒》
「――花ちゃんは何で『飛ぶ』ことができなくなっちゃったのかな?」
「・・・・・・・・・・・・知らんし。
っつーか、さっきの言葉……聞かれてるのマジでヤバくね?」
リリィの問いにちゃんとした答えを返せないのが気まずくて、間に合わせのようにそんな事を言ってみた。
……いや、実際口に出したらマジでヤバい気がしてきた。
しかし、リリィは余裕ありげな態度を崩さない。
「今までだって、『ほぼそうだろう』って話だったのに結局、正体表すまで何もしてこなかったんでしょ?
『そうじゃない』可能性が1%でも残ってるうちは、先じんて何かをしようとはしない――
ここは『飛ぶ』ことができない人ばかりだね」
「う、うぅむ……」
小馬鹿にしたような表情で、辛辣なことを言う。
以前から、彼女はたまに黒い言葉を吐くことがあった。それに乗せられたアタシはうがー、と騒ぐ。
その漫才のようなやり取りはアタシとリリィの「お決まり」の一つであったが、今は上手く歯車がかみ合わない。
「――さっき、『リリィがやれば』って言ってたよね」
アタシが煮え切らないのを見て取って、リリィは視線を空に向ける。
瞳に力を込めて。
刻み付けるように言葉を紡いでいく。
「……正直さっきまで、ここのみんなに腹を立てている癖に、自分だって何もできないという事に落ち込んでた。
もう何もやる気が起こらないくて、テキトーについていけるとこまでついていって、【サブヒロイン】になっちゃったら潔く死のうと思ってた。
そもそももう死んでるんでしょ、わたし。
もう死人だから、良いように利用されちゃって、使い潰されるしかないんだって。
……でも、やっぱり嫌になってきたなぁ。
こうも何もかも上手くいかないと、もう全部――台無しになるくらいに。暴れたくなってきたよ。無茶苦茶にしてやりたい」
言っている事に反して、口調だけは穏やかで、だからこそ圧倒された。
「自分がどう動くかを、悩んで、考えて、決断して……
そんなことをどこまでやったって、ただの偶然でわたし達は死ぬ――
……死んだ経験があるからかな。なんだか自分の身の安全とかそーいうの、全部どうでも良い気がしてくる。
――そうだ。そうなんだよ、きっと。
だからきっとわたし、今なら『飛ぶ』ことができるんじゃないかって気がしてるんだよ」
自分の言葉に納得がいったのか、妙に晴れやかな顔になったリリィは「ん~~~」と両腕を空に伸ばした。
「へっへっへ。
そうだよね、命の価値なんか、みんなが思ってるより無いよ。
トんじゃおトんじゃお、今度はわたしが花ちゃんを置き去りにしてやるんだ。
いや、あの時の花ちゃんなんか目じゃないくらいに、ぶっトんじゃお~~~」
「お、おいおい……」
やばいおクスリでもキめたかのように、「トぶぞトぶぞ~」とニヤニヤ笑うリリィ。
ドン引きだよ。アタシよりもヤベー。
ドン引きしていると、ふと彼女がグルン! と勢いよく振り向いてきた。
「羨ましい?」
「……何でそーなる」
「地べたを這いずり回る人風情はいつだって鳥になりたいって思いがちでしょ」
「べっつに。鳥って飛ぶ為に体を出来るだけ軽くしたいから、頻繁にクソを垂れ流してるらしいよ。そのいくつかは最悪、人間にヒットしてきたりもする。そんなきたねぇ生き物になりたくない」
「妙に辛辣だね。もしかして実際食らったことあるの? ウケるね」
「やっかましい」
「いいじゃない、クソッタレな人間共にクソをぶちまけてやるんだね。
もう盛大にやってやる」
「アタシが言うのも何だけど女子の話題じゃねぇ……」
「――【サブヒロイン】であることがどうせ変わりないんだったら。花ちゃん達と敵になることが変えられないのであれば。
わたしはいっそのこと、【サブヒロイン】として大暴れすることに全力を尽くすよ。
クソの代わりにみんなの中身をぶちまけてやるんだ」
「ゑ?」
いきなりぶっこまれた衝撃発言。
呆気に取られているアタシを気にもせず、リリィは言葉を継ぐ。
「本来は死人。何もできない残せない無意味無価値な立ち位置。
それに比べれば、本当に【サブヒロイン】だったとしてもわたしにしてみれば『まだマシ』ってとこだよ。
わたしは今飢えているんだ。命なんて簡単に消し飛んじゃうってわかるから、だからこそ何かを残すことに飢えている。
落ち込んでなんていられない。
がむしゃらに暴れ回って、誰かの記憶に、少しでも深く残りたい。
『【サブヒロイン】の一人』じゃ全然物足りない」
「――え、は……い、いやいや、だ、だからって……」
あまりにも理解できないリリィの言葉に、アタシは完全にパニックになってしまった。
これもう宣戦布告のようなものじゃないか……!?
でも一番理解できないのが、こんな馬鹿げた事を言っているのにも関わらず、見かけはまったく、不自然な程に平静で、凪のようなおだやかな彼女の様子だ。
至って「普通」に、何の気負いも感じさせず、しかし確かに。
彼女は「飛ぶ」ことを宣言した。
「流石に、『そういう』状況にならなかったらやらないけどね。
もし最後まで、わたしが正常でいられるなら、大人しくしてることにする。
でも、『時』が来たら――」
彼女が静かにアタシの肩に手を乗せる。
「勝負しようね、花ちゃん。
……うん、気づいちゃったんだけど、わたし、あのバンジーの時から花ちゃんに敗北感みたいなのを感じてたんだ。
ふふ、目の前の相手より優れていたい、なんて当たり前の感情だよね、きっと。
生きてた頃にはできなかった、『飛べる』花ちゃんと勝負がしてみたい。白黒つけないとどこかモヤモヤする。
あぁでも、今の花ちゃんは『飛べない』んだったか。
……どうしようかなぁ。勝負って、勝てるに決まってる相手だとつまんなさそうだよね。
――ねぇ……花ちゃん。
その気になったわたしに、追いついてくれる?」
>>>
……そこから先の記憶は曖昧だ。
リリィの問いにどう答えたか、その後どういう流れでお開きになったのか。
そこから何を思って部屋に戻り、どんな夢を見たのか――
ふと気づいた時には。
「――おいお前……まさか……」
誰かの震えた声が聞こえた。
まさか、と言うわりに、そこに驚きのニュアンスは無い。
危機に震える恐怖と……やはりそうか、という諦め。
周りには【勇者】のみんなが勢ぞろいしていて、その誰もがビリビリとした緊迫感を漂わせながら、敵に向き合っている。
圧倒的な実力を持つ彼らの敵意にも、「彼女」はやはり動じない。狂ってはいない。狂ってはいないのに、「普通」なのに、狂人ですら躊躇うような一線を越えようとしているのが見て取れた。
「――まぁ、ありきたりですよね。
なんだか始める前から飽きちゃいそうなぐらいに想像通りというか……
もうバレバレじゃないですか、萎えてくるぐらい。
……あぁ、こんな感じなんですね。
ころせー、ころせーって……センスもひねりも無い命令が頭の中を跳ね回っちゃってるカンジです。
……うぅん、頑張ったら、もうちょっと我慢できそう。
今まで自覚が無かったパターンの【サブヒロイン】の方って、抵抗してたっていうか、あからさまに『こんなこと望んでないのに~』なんて悲壮なオーラ漂わせてたって話でしたっけ。
わたしもきっと、そういう動き方を求められてるってことなんだろうなぁ……」
「彼女」は笑った。不敵に笑った。
待ちわびた、とでも言いたげに。
「気に食わないですよ。本当につまらない流れです。
物語であれば駄作です。クソです。素人が3秒で考えたような脚本です。
でもしょうがないです。スポットライトが当たったからには演じなければ。踊らなければ。
わたしは死人です。贅沢は言ってられないんです。どんな稚拙な舞台だろうが、無いよりはマシだって言うことを強いられるんです。
でも、やっぱり腹は立つんです。死人でも人間のつもりですから――」
両手を高く掲げて、役者のように滑らかに「彼女」は訴えかける。
その顔に、「馬鹿馬鹿し過ぎてやってられない」という感情が見えた。
それでも、「彼女」は止まらなかった。最後まで――
「だから、怒り狂った人間らしく振舞います。えぇ、結局わたしだってセンス無いんです。
こんなどうしようもない場所じゃあ、いっそ滅茶苦茶に暴れ回れるぐらいしか……やりたいことが見つけられない――」
アタシのなんでもない友達だった、彼女は、リリィは――
たった今、地獄に向けて飛び立った。




