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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第六章 オマエノセイ
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6-8 《バレバレ》

「ご、ごめんよぅリリィ……

 で、なんの話だったっけ? バンジージャンプが性のトリガーになるか否かという話だっけ?」


「全然悪いと思ってないよね……

 正直この流れでマジメな話するの凄く嫌なんだけど」


 経緯はどうあれ、だいぶ気が抜けたから雑に話を本筋に戻した。

 いや実際に戻ったかどうかはともかく戻そうという意志は見せたつもり。

 「ほれほれ」と促すと、リリィは溜息交じりに話し始めた。


「……あの時、クラスのみんな凄く怖がってたよね。当然だけど。

 男子だって口ではなんやかんや言っても誰も進んでやろうとしなかった」


「まぁ、そもそも小学生に学校行事でバンジー体験させようって事自体がまぁまぁイカれてるでしょ今考えたら。

 もし事故ったら責任取りようが無くね?」


 基本学校行事なんて、時勢的なこともあって学校側も生徒側も「事なかれ」というか、無難に終わらせたがってた節があった当時としては結構珍しい話だと思う。

 誰も彼もが無気力なこの時代で、無駄にリスク取ってまで「行事を通して豊かな精神をどーたら」なんて目標を達成しようとするヤツが何人いるか。


 そりゃクラスのみんなだって二の足を踏むよ。

 今までやってもやらんでも変わらんぐらいの事ばかりさせられてたと思ったら、いきなりバンジージャンプだそら飛べ! って言われても困り果てるしかない。


「うーん、たまたま予定に合ってたとか、決めた人のなんとなくの気まぐれとかだったんじゃないかな?


 ともかく、行事とはいえボイコットした方がまだマシってみんな動かなくなっちゃって……先生達も困ってた。

 でも、その時花ちゃんはさっさと現地の係員のとこに行っちゃったかと思ったら、あっさり飛んじゃったんだよね、バンジー。誰よりも先に」


「……え、マジで? そうだったっけ?」


 正直全然記憶に無いんだけど。

 小学生のアタシ、馬鹿だったんじゃなかろうか。


「『なんかみんないつになってもやらないし、待つのめんどいから勝手に先やっちゃお』って。

 アレは痛快だったよ。体格の大きい男の子でさえ躊躇ったのに、『絶妙に微妙』な花ちゃんに先越されたから気まずい顔しちゃってさぁ……」


「……そりゃあ悪いことしたなぁ……」


 先を越されたヤツらは「臆病者」って言われたような気分になったかも知れないし。

 多分アタシ、頭が悪すぎて自分がやることのリスクをちゃんと考えられなかっただけだろうし。


「ただのおバカが結果的に一番度胸がある、みたいになったんでしょソレ? 迷惑なヤツだな当時のアタシは」


「えぇ? 悪く思うような事かなー?」


 リリィがアタシの反省に疑問の声を上げた。


「他のみんなは飛べなかった。

 花ちゃんは飛べた。

 どういう経緯であれ、それは変わらないよ。

 花ちゃんは確かにおバカかもだけど――」


「オイ」


「――他のみんながヘタレっていうのは間違いのないことでしょ?」


「……それはちょっと乱暴過ぎるような」


 危険から身を遠ざけたいなんて、子供でも考えることだ。

 いちいち「ここで退いたら負けな気がする」とか言ってその都度立ち向かってたら命がいくつあっても足りない。

 しかし、リリィはアタシの反論なんてあっさりと切って捨てる。

 その様子はどこかヒートアップしているようにも見えた。


「小学生向けのバンジージャンプ体験なんて、確かに珍しいけど昔からやってるとこはやってるよ。

 先生からも『安全面は万全、ここで事故はただの一度も起きてない』って説明もあった。

 みんな小学生ながらももっともらしい事言いながらゴネてたけど、アレってそんな大層な信念があったわけじゃないんだと思う。

 ただただ怖くて飛ぶ気になれないのを誤魔化してただけ。普通に『怖い』って認めるよりダサいよ」


「そ、そうなん……?」


 当時の記憶がおぼろげなアタシは、圧倒されてそう相槌を打つしかなかった。

 しかし、リリィはそこで気が抜けたように息を吐く。


「……まぁ、そう考えるようになったのはここに来てからなんだけど」


「え? ……あ……」


「ここに来てから」――つまりは、事故に遭って……命を落としてから。


「それまでは花ちゃんの事、『ネジがぶっ飛んでるよこの人やっば』くらいにしか思ってなかったんだけど……

 なのに、ここに来てから、何度も……その時の光景を思い出すんだよ。


 何でもないことのように、わたし達の手の届かない所に、あっさり飛んだ花ちゃんのあの姿を。


 『飛べる』と『飛べない』にはきっと、眩暈がするくらいの差がある。

 そして、花ちゃんは『飛べる』人だった――」


「・・・・・・・・・・・・」


「――――――でも、『だった』なんだよ花ちゃん。

 今は『飛べない』側だね」


「へ?」


 ――唐突だった。

 何のとっかかりも無く、自然に。

 リリィのその言葉には、アタシに対する冷え切った何かが込められていた。

 突然の変化に、アタシは間抜けな声を上げるしかなかった。


「――ふー……

 実を言うと、ここに来てからずっと腹が立ってるんだよ、わたし。

 なんか全然話してくれないし。

 他の人に【サブヒロイン】かもだからどーだこーだって言われても何も言い返さないし。

 戦いじゃ後ろに引っ込んでばかりの役立たずだし……」


「うっ……」


 怒る気にもならないぐらいに事実ばかりで言葉に詰まってしまった。


「【蜜】とかいうご都合主義な力があるんでしょ?

 もうばーん、って、無理矢理全部ぶっ飛ばしてどうにかしちゃえばいいじゃない」


「い、いや流石にそれは無理!」


「要は精神の戦いなんでしょ、アレって。愛と勇気が力になっちゃう世界観よね。だったらとっとと覚悟キメてやっちゃえばいいのに」


「て、敵だって同じ条件なんだよう」


「敵よりも気合入れたらいいじゃん」


「そんな簡単な話じゃないでしょ……そんだけ言うんだったらリリィがやれば……?」


 あまりにもあまりな言い分に、ついそんなことを言うと彼女は「それなんだよね~」と困ったように笑った。


「あんまりにも花ちゃんの現状にムカついたから、もう自分がーって思ってたんだけど。

 なんか気持ちが昂らないんだよね。

 ……と言うより、そもそもそんな機能が無いのかも」


「機能が無い……?」


「これまで、みんなの戦いに何回もついていって、その度にがむしゃらに敵のど真ん中に飛び出してやろう、って思った。

 でも、いつもいつもその直前で意識が途切れるんだ。

 次に気が付いた時にはもう戦いが終わってる」


「い、意識が無くなってる!? でも――」


「……うん、多分わたし、その間も他の人から見れば普通に動くし、受け答えもしてるんだよね。

 式鐘さんに聞いたら大人しく後方待機してたって言うし。

 きっと、そういう風に『決められてる』ってことなんだと思う」


 『決められてる』。

 リリィ本人の意志に関係無く。

 その事実がアタシの胸に嫌なとっかかりを感じさせていた。


「意志の力でどうにでも出来る力がある、って教えられてる。

 その存在も感じ取れる。扱えるという確信に近い予感がある。

 でも、いざ行動を起こそうとしたら、自分の意志ごと封じ込められる。

 ……このもどかしさ、わかる?

 自分のなにもかもが、結局は誰かの掌の上にあるような、どうしようもない不快感。


 で、ふと思い出したのが、【サブヒロイン】の話。

 死者の魂を元に産み出され、時に自覚も無くみんなに牙を向く者。

 最初の【サブヒロイン】だったアリスさんは最初は助けを求めていたのに、結局は【ヒロイン】の意志のままに人を殺した――


 似てるような気がするんだ。

 自分の意志で動けない今のわたしと――」


 ……今すぐ耳を塞ぎたい。

 だけど本当に耳を塞いだって意味が無い。

 ずっとそんな気はしていたんだ。

 なんだったら心のどこかで、絶対に「そう」だろうと思っていたし、「そう」じゃない理屈なんて一つも思い浮かばなかった。


 怖くて「飛ぶ」気になれないだけなのを、根拠も無く誤魔化していた。

 飛べなくなったヘタレなアタシには、真実を目指して、断崖絶壁にバンジーすることが出来なくなっていたのだ。


「……やっぱり、これはアレだよね。

 自覚も記憶も全然無いから、今でも実感湧かないけど。


 事故で呆気なく死んだわたしは、【ヒロイン】に利用されていじくられて、良いように動く【サブヒロイン】になっちゃったんだろうね」



 わかっていた。なんだったら、バレバレだった。

 なのに、いざリリィ自身にハッキリ言われると……思ったより、重いモノが心に堕ちている――

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