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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第六章 オマエノセイ
54/78

6-7 《リリィ》

 リリィがアタシ達に加わってから1週間。


 状況は一向に好転していない。

 今日も、普段なら無双とも言える強さを誇る【勇者】の何人かが犠牲となった。


 とにかく雰囲気が悪い。

 【サブヒロイン】のもたらす悪影響が彼らの両肩に重くのしかかっているように見えた。

 身内を疑い、精神をすり減らしながら進むこの道のりを行くことはさぞかし苦痛だろう。

 そんな精神的な重りを背負いながらの戦いがどうなるのか、なんて……素人のアタシにすら「ロクなことにならない」とわかるってもんだ。


 そんなみんなの中にいるアタシは何をやっているのか、というと……何もやっていない。

 多少は【蜜】を扱えるようになったとはいえ、敵も味方も次元が違い過ぎて結局何もできないのが現状だ。

 鍛えてくれていた静瑠さんとジュニさんは、アタシの事を【サブヒロイン】じゃないかと疑い出してからは当然、何もしてくれなくなっていた。


 式鐘のおっさんは代わりの指導者を用意しようとしてくれたけど、辞退した。

 その代わりの人だって心変わりしてアタシを殺そうとしてこないとは限らないし、何よりアタシ自身が、自分の事を【サブヒロイン】じゃない、と信じきれなくなってきたからだ。


 今まで【サブヒロイン】だった人達の中には、その自覚が無かった人も少なからずいた。

 自分だけはそうじゃない、と信じられる程アタシは楽観的にはなれない。


「――これまで【サブヒロイン】の相手をしてくださっていた拍都様も、その女が相手となると動きも鈍りそうだし――」


 静瑠さんの言葉を思い返す。

 確かにアタシは一応、拍都クン、式鐘のおっさん、灯さん……というこの集団の中の重要人物と古い付き合いのある人間だ。

 自分で言うのもなんだけど、アタシが【サブヒロイン】になっちゃったらこの3人は普段よりも揺らぐと思う。


 ……いやどうだろう。自信無くなってきた。

 最近の拍都クンとかやっばいもん。【サブヒロイン】にもマジ容赦ねぇから。むしろ生き生きしてるようにも見えるくらい。どういう感情なんだアレは。

 アタシに近い方の人間だと思ってたけど、最近ちょっとわからなくなってきてる。結構サイコさんだったりするかい、拍都クン。


 でも事実だけ見れば、彼はバケモン揃いのこの【天秤地獄】攻略隊の切り札、とも言える存在になっている。

 それ自体はとんでもなく大したもんである。アタシと一緒に無気力な馬鹿話をしていた拍都クンが、ねぇ。

 比べてアタシは……なんて思いがほんの少し頭をよぎったりもする。どうしてここまで差がついちゃったのか、と。


 そう、アタシにだって、「何とかしたい」という気持ちが無いってワケじゃない。

 無いってワケじゃなないけど……自分自身への疑惑を抱えたままで何か大きい行動を起こそうって気にはなれなかった。


 【サブヒロイン】じゃないか、という疑いをかけられてからのアタシは、それまでよりもさらに役立たずで、足手まといにならないように気を付けることしかできなくて。



 その癖「何かしなければ」と焦ったふりをしてるけど実際のとこは焦ることもできておらずにただ無気力に時間を浪費する……いわばヘタレであった。



「はぁ~~~……」


 憂鬱になって溜息をつく。


 ……今アタシは、夜の拠点を歩いている。

 他のみんなはほとんどがベットの中だ。

 背を丸めてとぼとぼと、目的地を目指す。

 外に繋がる広間の扉を開けると、今日の見張り番の人に声をかけられる。


「……花子? どうした、こんな時間に?」

「――っ……あ、えーと……」


 返事をしようとして相手に顔を向けた瞬間、言葉に詰まってしまった。

 アタシの気のせいかも知れないが……見張りの彼の瞳に疑いの色が混じっているように見えてしまったから。

 確かこの人は、【サブヒロイン】疑惑をかけられたアタシを殺すことに反対していたグループの中の一人だったと思うが……やっぱり、完全に信用しているわけじゃないのだろうか。

 言葉は普段通りだけど、その警戒心が明確に感じられる。


 その表情に気圧されて答えに窮していると、みるみる内に彼の表情は険しくなっていった。

 ……これはヤバい。

 何か言わないと、あぁでもどう答えたらいいかわかんなくなってきたどうしよどうしよ――とパニクっていると、


「――わたしが呼んだんです」


 穏やかな声が割り込んできた。


「……利理」


 見張り番の彼は、厳しい口調で彼女の名を呼んだ。


「そうそうわたしです、栄田 利理です。花ちゃんみたいにリリィって呼んでくれても良いですよ?」


「・・・・・・・・・・・・」


「うぅん、貴方は穏健派だったと思っていたんですが……何の根拠も無く信じてくれるほど能天気じゃない、ってことですか」


「そりゃ、な……疑わしいからいきなりぶっ殺せ、とまで割り切れないが……

 悪いが、完全に信用はできない。今までの流れから考えると……」


「わたしも――えっと、何でしたっけ――【サブヒロイン】、とか言う人達の一人であると。どこかで貴方達を裏切るかも知れないと」


「……そうだ」


「まぁ、その可能性は高いでしょうね。自覚は無いですけど、話を聞いてたらそうなのかなーって、自分でも思っちゃいます」


「――っ!?」


 自分が【サブヒロイン】なのかも知れない、という疑惑に対して、あろうことか彼女自身が賛成しているその様子を見て、アタシと見張りの彼は驚愕に息を呑んだ。


「だけど、いくら自覚が無かったとしても言い切れます。

 ……今じゃないと思いますよ。わたしが【サブヒロイン】になっちゃうのは。

 少なくともこの夜の間は、意地でも。

 ただの『リリィ』であり続けます――」




 >>>




「は~……

 ごめんね花ちゃん。やっぱり面倒をかけちゃったよ」


「……や、別に……」


 アタシとリリィは屋根の上に並んで腰かけていた。

 ぎこちないアタシと対照的に、リリィは妙に落ち着いた雰囲気だ。

 見張りの彼は、あまりにも穏やかなリリィに呑まれたのか、そのままアタシ達への質問を止めてくれた。


「わ、わかった、いいだろう……だが話の内容は遠くで聞かせてもらうぞ? ……流石に今の状況で何もしない、という訳にはいかないからな。

 ……いいな?」


 ――とだけ言い残して。

 きっと今も、外からの襲撃に備えながら、耳だけはアタシ達に注意を向けているのだろう。


「完全に二人きりで話したかったんだけどねー……

 まぁそうはいかないか。わたし、敵かも知れないんだし」


「え、あー……ま、まぁ、そうと決まったわけじゃないじゃん?」


「うーん、どうかなー」


 くすっ、とリリィが控え目に笑った。なんでもないことのように。


「――見た目だけは、良いところだよね」


 リリィの視線につられて、アタシは視線を上に向ける。

 洞窟の天井に空いた、妙に正確な円の形をしている大穴。

 そこからは星空が見える。ここに来る前に見たソレよりも、ずっと見事な星空が。


 優しい月明りと、それを受けて輝く洞窟を構成する宝石と合わさって、一瞬ここでの苦労を忘れるぐらいの神秘的な光景になっていた。



 ここでは、景色だけがアタシ達に優しい。



「こんなところで、昼間はあんな戦いをしてるなんて……なんだかもったいないというかなんというか。


 ……知ってる、花ちゃん?

 式鐘さんが話してるの聞いちゃったんだけど、ここにいる人達、もう100人いないらしいよ。

 最初はジャック、クイーン、キングの各隊に50人いたから……まぁつまりは150人以上いたってこと。

 それがもうそれぞれ30人そこそこしかいなくて……今で97名だって」


「へ、へぇ~……」


 リアクションしづらい事実に引き攣りながらなんとかアタシは返事を返す。

 その様子が面白かったのか、リリィが小さく笑った。



 月明りに照らされるリリィは、なんだか妙に美人に見える。

 それで余計に、アタシは上手く喋れないでいた。


 元々リリィは、顔の造りは悪くない方だった。

 ただ印象に残りづらいタイプだったように見える。

 例えるならば、漫画で隅っこの方に書かれてる綺麗めなモブ、って具合の。

 整い過ぎていて、これ! と言うぐらいの、人を惹きつける強い特徴が見受けられなくて……

 普通に美人なんだけど、普通過ぎて記憶に残りづらい感じ。

 そんなんだから、「絶妙に微妙」なアタシと二人並んでいても案外違和感が無かったのだと思う。


 だけど今はどうだろう?

 命を落とし、誰にも見ることが出来なかったはずの彼女の成長したその姿。

 確かに特徴といった特徴は見られない。

 整い過ぎていて逆に描写に困るのは確かにリリィその人だ。


 だけど、それでも……今の彼女を見て惹きつけられない人はいないのでは無いか。

 夜の闇の中、風に肩ぐらいの黒髪をなびかせながら、屋根に腰掛けて星空を眺める彼女の姿。

 まさに「絵になって」いた。



 見た目だけじゃない。

 リリィが来てから、アタシは彼女にどういう言葉をかければいいかわからなくて。

 最低限の、無難な会話しかできていなかった。何だったらちょっと避けてたまである。

 その微妙な雰囲気は彼女も感じ取っていたと思う。


 それなのに今日、リリィはまっすぐ、迷いなくアタシの方におもむろにやってきて、


「今日の夜、ちょっと話さない?」


 と一切の淀みなく誘ってきた。

 あまりに自然で、だけど堂々としていて。

 自然過ぎて、逆に圧倒されてしまうぐらいで――

 アタシは自分でも意識しないうちにこっくりと首を縦に振っていた。


 さっきだって、見張りの彼の疑惑に満ちた視線を正面から受けていたのに。

 萎縮するでも虚勢を張るでもなく、ただただ静かに、平坦に。

 状況に不釣り合いな程に「普通」の対応だった。

 「普通」な対応も、あんな緊迫感のある状況であっさりとこなされると迫力が出る。


 【サブヒロイン】という恐ろしい疑惑をかけられているのにこのブレなさ。

 何だか、かつて毎日のようにしょーもない話をしていたリリィが「遠い」存在になってしまったように思えた。


 ……拍都クンといい、リリィといい。

 何だかここに来てから覚醒でもしたかのように変わっていく。



 ――で、アタシだけは何にも変われない。

 置いて行かれた、ってヤツだろうか。まぁ自業自得かなぁ……?



「――バンジージャンプ」


「……へ?」


 唐突にリリィが口に出した単語に、アタシは間抜けな声を上げた。


「覚えてない?

 小学校の時の遠足か何かで、バンジージャンプの体験をしたの」


「……え、あ~……あったっけ、そんなこと……――いや、あー。あったような、気がする。6年の時だっけ?」


「そうそう。小林先生の時」


「あ、あぁー、いたなぁコバちゃん先生。

 あの人ヤバかったね、小学生の教師にあるまじき爆乳でさ。

 しかもドジ属性とかラノベかよって。多分クラスの男子、あの一年で全員性癖バグっただろうねアレ」


「性癖って。……あぁ、確か卒業した時告白した子もいたって」


「マジで? オネショタ展開になったん? いやコバちゃん先生だとショタオネになりそうだよね、押しに弱いしさ」


「なんでそんな発想になっちゃうの……? いくら小林先生でも流石に断るでしょ。実際そうだって聞いたし……」


「やー、あの天然ドスケベ教師は絶対ムッツリだよ。

 よくえっちなことはダメですってばぁ~って涙目でよく言ってたけど、裏じゃ興味津々よきっと。爆乳だし。

 イケない展開にハマるタイプだって絶対。

 小学生男子との倫理的にアウトな恋愛とかドストライクじゃない?」


「ば、爆乳への偏見が凄いわね……」


「あとぜってーマゾだよ。

 年下の男の子の思春期丸出しな無垢かつえっちな要求になんやかんやでホイホイ答えるんだろうね。

 性欲が芽生え出した頃の好みって、結構アブノーマルなことも多いらしいし……案外結構エグイ事してたりとか。

 知ってるリリィ? ウル〇ラマンが性の目覚めってワリとメジャーらしいよ?

 あのテカテカボぼでぃ~が怪獣とくんずほぐれつしてんのとかやべーって――」


「~~~っ! 

 あぁはいはいなんやかんやいきなり変なスイッチ入っちゃうトコは全然変わってないよね花ちゃんは!

 どんどん本筋から離れていくじゃん!」


 ……しまった。

 なんか話題がいつの間にか普通というか馬鹿話っぽい雰囲気になっちゃったからついやってしまった。

 多分、マジメな話を始めたかったんだろうなぁ。

 これはきっと、コバちゃん先生が爆乳なのが悪いんだと思う。アタシは悪くねぇ。



 ……隣で頭を抱えているリリィを見ていると、さっきまで気まずく思っていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 なんだ、話してみりゃあどうにかなるじゃん。アタシとリリィは、元々友達だったんだから。

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