6-6 《確信に近い予感》
「――美人でもブサイクでもなく、かといって普通と言うにはどこか物足りない――なんというか花ちゃんって、『絶妙に微妙』って感じだよね」
「こ、このアマっ!! そのディス小学生が言うしてはキツ過ぎるぞ! お綺麗なツラしてるワリにドギツイ事言うようになりやがったなぁ『リリィ』!」
「……多分だけど、花ちゃんと長い間一緒にいるせいでこうなっちゃった気がする……」
遠い昔の彼女との会話をふと思い出した。
小学校の頃からずっと同じクラスで、アタシの安定しない言動に溜息をつきながらもずっと付き合ってくれた友達――リリィ。
ドラマチックな友情エピソードは何もないけれど、一緒にいることに何の違和感も感じない間柄。
あの頃アタシは、何の根拠も無いけれど彼女とは一生の付き合いがありそうだと感じていた。
「――交通事故だって」
笑ってしまうくらいにありふれた話だった。
遥か昔、【理力】が見出されてすぐの頃は、「地球の反対側にすら一瞬で移動できる転送装置」なんて馬鹿げたものさえあり、それまでの移動手段の一つだった自動車なんかは一気に見なくなったそうな。
それにともなって「交通事故」なんて言葉も忘れ去られかけていたのだけど、それも【理力】が枯渇しそれ以前の技術にもう一度頼らざるを得なくなってからは再びその脅威が目立つようになってしまった。
23世紀終わりごろには、21世紀前半と同じように車道を多くの車が走るようになり、事故もそれによる死者も増加した。
つまり、「アクセルとブレーキを踏み間違えた」という冗談にしか聞こえないような原因で、勢い余って歩道に乗り出してきた車に、当時中学生になったばかりだったリリィがぶっ飛ばされた、なんて話は珍しいことでもなんでもなかった。
まだ慣れない中学校の教室に入り、席に座って、授業を何とかやり過ごして迎える休み時間。
それを何度繰り返しても、リリィがアタシの席にやってくることはもう二度と無い、と実感が持てるまでだいぶかかった。
友達を失ったアタシは周りの大人達――先生だか近所のおばさんだか母親だか良く知らん人だかに、「可哀想にね」とかなんとか言われた。
……いや、具体的に誰に何を言われたのかあまり思い出せない。
ただ、正体のはっきりしない彼らの顔が、その癖妙にくっきりとした「悲しみ」の表情を浮かべていたのが印象的だった。
そう、「人が死ぬ」ってことはどれだけありふれていようが当然、「悲しいこと」だ。
だから彼女を知る人達はみんな涙を流した。
もちろんアタシだって悲しくて、とても明日以降の人生を生きていけるような余裕を持てる気はしなかった。なのに――
葬式が終わるといつもの生活が「お前の都合など知ったことか」と言わんばかりにやってくる。
アタシはそれをこなし続けなければならない。
リリィの居ない日々を、心にぽっかりと空いた穴を気にする暇もなく続けていかなくてはならない。
昨日まで話していた友達を失うのはどうしようもなく悲しいことだ。
あれで最後だとわかっていれば、もっと、こう……大事な話でもしておくべきだったような気がする。
もっと話したいこと、話すべきがあったのに。
その事実だけでも、膝を折り二度と立ち上がりたくなくなる程だ。
「当たり前だから」「仕方がないから」というだけで、アタシはリリィの居ない人生をこなしていかなければならなかった。
耐えられない、と思った。他の誰もが出来ても、アタシには出来ないと。
こんなことをアタシに強いるなんて世間ってのはどれだけ残酷に出来ているんだと所構わず怒鳴り散らしてやりたかったが、同時にそうやって暴れたって何も変わらないことが想像できないほどの馬鹿にはなれきれなかった。
我慢ならない、耐えられない、もう嫌だ、終わりにしてくれ。
そんなことは何度も、数えきれないぐらいに頭をよぎった。
だけど、いつの間にか――
何かきっかけがあったわけでもないのに、アタシは気づけば以前と変わらないように日常をやり過ごすことが出来るようになっていた。
その辺りで拍都クンや式鐘のおっさん、灯さんと出会い、遊んでヘラヘラ笑えるようにもなった。
結局のところ、どれだけ嫌だ嫌だと駄々をこねても、世の中はいつまでも待ってはくれず。
大波が砂の城を流すように、人間一人のちっぽけな「ひっかかり」など、理由もなく、時間が経ったくらいで消えていってしまう。
そう、人の生き死にも、その周りの人間のあれやそれやも、「そういうもん」なのだ。……いや「どういうもんだよ」と言われても困るけど。
だけど、アタシは今こう思う。
「そういうもん」なんてフワッフワした言葉で終わらせるべきでは無かった、と。
「当たり前だから」「仕方がないから」と流してきたモノは、きっとどこかで自分に戻ってくるように出来ているのだ。
そんな場面になってようやく、「自分はこれまで何してたんだ?」なんてダサい後悔を抱くことになる――
「――――――花、ちゃん……?」
「・・・・・・・・・・・・マジで?」
たった今、この【天秤地獄】で出会った――当時より随分と成長しているが、その面影を確かに感じられる、その女は――
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「――じゃあ何か? この女は花ちゃん、オマエの死んだはずの友達だって言うのか?」
「……うん」
「栄田 利理――だったか? オイ嬢ちゃん、何でもいい、何か覚えていることは無いか? ここに来る前何してた、とかよ」
式鐘のおっさんが彼女に問う。
いつも通りの、「新入り」に対して行う面談だ。
「……すみません、何も……気づいたら、ここにいて。
えっと、花ちゃんの言う……事故のことも、覚えてないです……」
「ふゥむ……」
……死んだはずの友達に再会した時の振る舞いってどうすればいいんだろうね。
何かを言わなくてはいけない、何かを言いたい、でも自分の心の中にあるモノは何一つ言葉になってくれやしない。
人のことどころか、自分自身すら何もわからなくなってしまったようなこの感覚。どうしてくれようか。
どうしようもないか。
だけどアタシの心情など知ったことか、と周囲はざわつき、うごめくのだった。
「さっさと――今すぐに――殺すべきだし……っ!!」
「……ジュニも静瑠せんぱいに賛成っす。どうせコイツも【サブヒロイン】……同情したり、信用したらダメな相手っす。
ジュニ達が甘い対応をすれば、【サブヒロイン】は容赦なくその隙をついてくるっす……」
今までの【サブヒロイン】は「新入り」としてアタシ達に潜り込んできている。
その通例によって既に疑われているアタシの友達、ということでリリィにも当然疑惑の目が向けられた。
何度も【サブヒロイン】による被害を受けた結果、「新入り」を即座に排除すべきだ、という考えを持つ人は段々と増えている。
アタシの体感、そっち側の人はもう総数の半分くらいになってるように思える。
……無理も無い。アタシ達はもう【サブヒロイン】に良いようにやられ過ぎている。
アリスさん以降の「新入り」はみんな【サブヒロイン】だった。
「そうとは限らない、証明できない」という言葉はもうほとんど説得力を持っていない。
操られているだけだろうと何だろうと、もう綺麗事だけではどうしようもない状況なのはアタシでもわかる。
きっと理屈ではみなわかっている。
見破る方法などが無い今の状況では、さっさと「敵」ということにして、殺すしかないと。
【サブヒロイン】とはそういう存在なのだと。
だけど、彼女達はその正体を現すまではどうしようもなく無害で、敵意もなく……殺意を向けるのはどうしても躊躇われる。
人間として当たり前に持っている良心、倫理観が、機械的な「最適解」を拒むのだ。
……殺されるのは嫌だけど、ジュニさんや静瑠さん達は立派だとも思う。
みんなが嫌がる事実を、為さねばならないことをキッパリと主張し続けているのだから。
反対派が「落ち着け、落ち着けってば!」なんて言ってるのは、ただ本能的な忌避感に突き動かされているだけにしかアタシには見えない。
結局いつも通り、様子見という結論になったが、これがただ問題を先送りにしただけなのは誰もが理解していただろう。
「近い将来ロクでもないことになる」という確信に近い予感が、アタシ達を包んでいた――




