6-4 《胸躍る夜の密会》
「――アレは、どういうことだ?」
「アレって?」
「……【魔王】のことだよ」
「おや、意外だ。拍都、そんなところが気になるのかい?」
わたしはまた、夜を待って拍都の部屋を訪れていた。
今日は送り込んでいた【サブヒロイン】をまた大暴れさせてやった。
排除できた【勇者】は5,6人くらいだったか。狙い通り、【勇者】の動きはどんどん悪くなっている。
今回も【サブヒロイン】を倒したのは拍都だ。
その手に持つ漆黒の刀であっさりと首を斬られていた。
昨日までは良い顔を向けていた相手に対し、躊躇うどころか、「自分の獲物だ」と言わんばかりの積極性すら見える。
他の誰もが避けたがっている【サブヒロイン】を殺す役を、この名姫 拍都は最初から今まで、ずっとこなし続けている。誰にも譲ることなく……
凄まじい、確固たる殺意だ。
やはり彼は何かが違う――
そんな拍都が、【魔王】が自分達の中にいる、という事実をそこまで重要視するのは意外に思えた。
この前ここに来て、なんとなく伝えたその事実が、案外拍都には気にかかっていたらしい。
「自分達の中に潜む敵、というなら【サブヒロイン】だって同じじゃないか。
拍都、いっつもアレらをゴミみたいに斬り捨ててるだろう?
きみなら【サブヒロイン】だろうが【魔王】だろうが、『正体を現したその時に殺せばいい』ぐらいは言うかと思ったけど」
一応、【魔王】は切り札の一つだったのだけど、拍都があまりにもあっさりと、葛藤も無さそうに【サブヒロイン】を排除するものだから……
思ったより効果を発揮してくれないんじゃないかと認識していたが。
「……【サブヒロイン】だって、そんな簡単にやってるつもりはない。
ソレよりも強そうな【魔王】が、同じように僕達に紛れてるってんなら、気になりもするだろ」
「へぇ……それこそ意外だ。もう完全に割り切ってるものだと。
覚悟キマッて、血も涙も無い殺戮マッスィーンに愉快な変貌を遂げたかと思ってた」
「なんじゃそりゃ」
「え、というかマジかい?
今日もあんなバサーッと殺っておいて、葛藤とかしちゃってる感じかい? ウケるね!」
「……そりゃそうだろ」
……なんと。
殺戮マッスィーンになりきっていなかったのか。
内心他の【勇者】どもみたいに、「殺したくないのにぃ~」とか思ってるってことか?
そこだけ聞けば凄くマトモっぽいな。
「見た限りでは簡単そうだけどなぁ……じゃあ【魔王】のことを明かすのももっとインパクト強めに伝えるべきだったかぁ……
あーあ、失敗したなぁ!
……しっかし、そんなに辛いって言うんなら、何でいっつも【サブヒロイン】を殺す役を買って出ている?
他のヤツに任せてられるかと言わんばかりに、真っ先に動いてるように見えてるのだけど?」
「・・・・・・・・・・・・」
わたしの質問に沈黙し、じっとこちらを見つめてくる拍都。
答えるべきか迷っているのか? まぁ今のところ敵同士だし、そんな心境を伝えてやる義理など無い、と思われているのかも知れない。
この夜のおしゃべりも、ほとんどわたしが一方的に話したいことを話しているだけで、思えば彼の方から何かを言うことはほとんど無かった。
だが、わたしは自分のことを彼に知ってもらいたいのと同じくらい、彼のことを知りたい。
何せ興味がある。
そこだけ切り取ればまるで恋する乙女だ。
――――――じゃあこうやって夜この部屋に忍び込んでるのはいわば夜這いか? 笑っちゃうね。
「……確かに、他の人には任せておけない気がする。
【勇者】のみんなは……何と言うか、あー……その、なんだ? 優しすぎる」
優しすぎる。
なんだかその言葉が心にも思っていないことを言ったような違和感があった。
本当はもっと酷い表現だったのに、共に戦う仲間に対しての表現だから気を使った……みたいな。
……なるほど。
前から、「理想の世界」を体験していない拍都はあの集団の中で浮いてるんじゃないのかと思っていた。
彼らはその圧倒的な力と抱負な成功経験からか、何となくいけ好かないというか、必死さ、泥臭さというものが感じられないヤツが多い。
自覚があるのかないのか定かでは無いが、拍都はヤツらに対して苛立ちのようなものを感じているのかも。
(そういうネガティブな感情を仲間に持っているのなら、やっぱりこちらについてもらえないものかねぇ?)
彼はわたしの興味すらそそるヤツだ。
拍都と一緒に楽しく【勇者】どもを嬲り殺すのは、そこそこ程度には楽しい想像だった。
「……それに、何と言うか。
殺し合いって、ああいうものだろ? 使える手段は何だって使う。非人道的なモノだって……
【サブヒロイン】は……そのタチの悪さが、いかにもそれらしい。
実感が湧くんだ。僕らはそのぐらいの事をしなきゃ手に入らないようなモノを目指してるって」
「……実感、ねぇ。
なんだかきみは、目標達成において苦労や犠牲は絶対に必要で、そーいうのが【サブヒロイン】という明確な形で目の前に現れたことを肯定しているように聞こえるのだけど?」
「・・・・・・・・・・・・流石にそこまでじゃないぞ」
何の苦労も無く手に入る望みが手に入るなんて、胡散臭いし達成感も無いってことか?
宝箱の前にはモンスターや罠がむしろ合って欲しいと。
苦労を乗り越えた先に得る物にのみに信頼を置いているのか。
なかなか面倒くさい思想だ。
――拍都、きみに【黄金具現】は似合わなかったんじゃあないかな?
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「……僕のことはもういいだろ?
それで、【魔王】は――」
「――前も言った通り、きみ達の中に潜んでいる。途中参加組じゃあない。
きみが加わる以前から、【勇者】達の中に紛れ込み……正体を現し、最大の被害をもたらすタイミングを計っている。
一人の人間の『憎悪』を源に産み出された【魔王】には決まった実体がない。魂のみの存在だ。
幽霊みたいなものかな?
都合の良い誰かに憑りついて支配し、この【天秤地獄】に引きずり込まれた者どもを殺す為に動き、倒されればその肉体を離れまた新しい憑りつく先を探す……
その力量はこのわたし、【ヒロイン】の切り札と呼ぶに相応しいもの。【サブヒロイン】とは比べ物にもならないと言っておこう。
覚悟したまえ、【魔王】が動き出した時、きみ達は誰一人として生き残られないかも知れない。
――で、ほかに質問は?」
「……む。えーと……」
「ちなみにだけど、誰が【魔王】か、なんて教えないよ。
せいぜい『あいつか? いやこいつか? それともそいつかぁ!?』と疑心暗鬼になりまくりたまえ!」
「・・・・・・・・・・・・」
ふむ、やっぱり【魔王】の正体を知りたかったのかな。
言う訳ない、とわかっているだろうに、それでも問わずにいられなかったか。
「連続して送り込まれる【サブヒロイン】がきみ達の精神と戦力を削り、【魔王】という切り札までが仲間達に紛れ込み、機をじっと待っている。
――なぁ拍都、これじゃあ【勇者】側に勝ち目なんて無いと思わないかい?
どうかな、今からでもわたしに寝返ることを検討しても――」
「嫌だ」
「即決かぁ! いやいや、ま~たフラれたよ。つれないねぇ。
それじゃ今日はこの辺で。フラれて可哀想なわたしはふて寝でも決め込むとしよう――」
絶望的な状況なのに、未だに拍都は折れない。本当につれないなぁ、と思いつつ。
【魔王】と向き合う【勇者】名姫 拍都ってのも、ちょっと見てみたかったりする――




