6-3 「――それは、貴方を不幸にする為だけの物語」
「『自分が作り上げた最悪の世界に憎い相手を叩き込み、復讐する』――世界を創る【蜜技】は、そんな用途の為に産み出されたのさ。
想像してみたまえ。
世界そのものが、自分にとって最悪の悲劇を次から次へと叩きつけくる。
世界そのものが自分と敵対し、逆の意味で『ご都合主義』な、非現実的な程の悪夢を見せてくる。
……そんな場所に人を叩き込むなんて、およそ考えられる限り最悪の形での暴力だろうね。
まったく、何をされればそんなことをしようと思うのやら」
「えっげつないなぁ……」
【黄金具現】は自分にとって都合の良い世界を創るのが目的だったけど、それのちょうど真逆か。
まさに地獄に堕とされるようなものなのだろう。
「さて、その【蜜技】を作った男は、それを使って自分が気に食わない者を次から次へと最悪の世界へ叩き落とした。
人々はその男の悪行に恐怖し、絶望しきっていた。
そんな最中、一人の少女が男を打倒する為立ち上がった。
彼女には特に秀でた能力は無かったが、その心の清らかさはちょっと類を見ないものだったらしい。聖人飛び越して狂人とまで呼ばれる程に。
少女は男を止める為、独学で【蜜技】を学び、男と同じ世界を創る【蜜技】を扱える境地にまで至った。
そして少女は男と相対し、自分の創った世界に引きずり込むことに成功した。
その時創られた世界こそ――【天秤地獄】なのさ」
【天秤地獄】が、恐ろしい男を止める為に作られた……?
なんだかその表現だと、まるで【天秤地獄】が有益というか、善玉側の思想で形作られているように思える。
「……そうさ、きみ達はどうせ、この【天秤地獄】がただ恐ろしく、悪辣で理不尽な世界に見えているんだろうけど。
元をただせば悪人であったその男を倒す為のモノだったんだよ。醜悪で悪趣味な欲望が元となったワケじゃない。
さて、ようやくこの【天秤地獄】における【勇者】と【魔王】について語れる。
【天秤地獄】は、数多く創られたほかの世界と比べるとかなり異質でね。
【勇者】はその少女なんだが、【天秤地獄】程の世界を創り出すには少しばかり力が足りなかったようでね。
彼女は力を補う為の代償として、その意志を失くし――君らが今求めている【天秤地獄】最奥の財宝、【アーティファクト】の一種でもある――【天秤】へと姿を変えることになってしまった。
『人』から意志無き『物』へ。ほぼ『死』と同等であるその重い重い代償を払うことに彼女は一切の躊躇が無かったそうだ。
『世界を守りたい、自分を犠牲にしてでも』――そんな願いを持った彼女だからこそできる事だね」
……自己犠牲の極みだ。
確かにソレは、「聖人飛び越して狂人」と言われるのに足りる。
尊いけれど、きっとほとんどの人間には理解ができない願いだろう。
「しかし、彼女もただただぶっ飛んだ聖人ってわけじゃあなかったみたいでね。
まず彼女は結構な欲張りでね。
その男だけでなく、将来現れるであろう、世界のバランスを崩す【蜜技】の使い手にも対抗できるようなシステムを【天秤地獄】に組み込むことを望んだ。
そのシステムの一つが、きみもその餌食になった、人々を引きずり込む機能さ。
数多の世界から人々を引きずり込み、殺し、その命を【蜜】とし――有事の際に使う為の資源とした」
「命を……【蜜】に?」
「森羅万象、【蜜】を持ち得ないモノは無いからね。
その中でも生命ってのは多量の【蜜】を持っている。
【天秤地獄】は、世界を創る【蜜技】を作った男のような、とんでもなくヤバイ敵に対抗する為に多くの【蜜】を必要とする。
生命体を狙うのは【蜜】を多く得る手段として理には適っているのさ」
「お、おう……
いや、そういう話ならまぁ、効率は良いだろうけど……」
「得た【蜜】の使い道は【天秤】の運用だ。
【天秤】はきみ達も知っている、『世界中の【蜜】を思いのままにできる』という機能の他にも、この【天秤地獄】のコアとも言うべき役割をも果たしている。
しかし【天秤】はその力を行使する度に、自身の内の【蜜】を大量に【蜜】を消耗してしまう。
だからこそ、【天秤】は命を犠牲にしてでも【蜜】をかき集めているんだ」
誰かの命を奪ってでも目的を為す――その有り様は、悪を打倒しようとしたその少女のイメージに反するように思えた。
……あ、「聖人飛び越して狂人」だったか?
悪を滅する為なら非人道的な手段でも選択する辺り、確かに狂人らしいかも知れない。
「さらに彼女は、自分が意志の無い【天秤】となり果てた後も、【天秤地獄】を上手く回していく為の管理者を必要とした。
それが【ヒロイン】と言う訳だね」
「【勇者】が【天秤】、【ヒロイン】が管理者……」
「そうそう。そして最後に――【魔王】なんだが、その正体は――【天秤地獄】における【勇者】でもある彼女自身の『憎悪』なんだ」
「……『憎悪』?」
思わずオウム返しで聞き返してしまった。
【ヒロイン】は僕の困惑した表情を見て、満足気に頷いた。
「あぁ、ちょっと変だろう? 自分を犠牲にしてでも世界を守りたいなんて願う彼女にしてはさ。
まぁ、結局彼女もどうしようも無く『人間』なんだろうね。
身勝手に【蜜】を大量消費する【蜜技】を行使するその男に対して。
その悪行に抵抗することも無く、自分に任せっきりで震えてばかりのヘタレな人々。
きっとそれを見ている内に、段々と――憎悪が彼女の中で育ってきたのだろう。
彼女は自分自身の中で育ってきた憎悪を恐れ、不気味に思っていて――――――
コレを【魔王】とし、引きずり込んだ者を殺す為に利用できればどんなに心強いだろうと考えた」
……いや、どういう発想だソレ?
呆気に取られていると「いいねぇその反応」と言いたげに【ヒロイン】は微笑んだ。
「うんうん、ここがこの話で一番面白いところだ。私も初めて知った時は思わず笑ってしまったよ。
だが、実際にこの【天秤地獄】はこの荒唐無稽な話の通りの成り立ちをしているんだ。
【天秤】である【勇者】。
【勇者】に変わる管理者――支配者とも言える――【ヒロイン】。
引きずり込んだ者を殺す一助となる【魔王】」。
【魔王】が敵対しているはずの【勇者】、【ヒロイン】を一見助けるような形になっているのは……まぁまた違う話になるかな。いい加減説明パートが長過ぎるから、また今度話そう。うん」
「中途半端なトコで止めやがった……」
長~い説明台詞にウンザリしてたけどこうもあからさまに重要な事を後回しにされるとビミョーにモヤモヤするな……と不快な気分になった。
「とりあえず、きみ達の敵は【ヒロイン】だけじゃなく、【魔王】もそうだ、という事が今日伝えたかったんだよね」
「……む」
随分遠回りさせられた気分だが、重大な事実だ。
この【天秤地獄】の元になった「重要設定」――【天秤】の【勇者】、【ヒロイン】に並ぶ存在である【魔王】が僕たちの敵。
……あぁ、絶対に「ヤバイ」ヤツなんだろうなぁ。【ヒロイン】だけでも十分に面倒くさいのに【魔王】、と来たか。勘弁してくれ。
そうウンザリしていると、「あぁ、そうだ」と今思い出したような、どうでも良い事実のような気楽さで――
【ヒロイン】は、【勇者】にとって最低最悪の事実を、唐突に僕に告げた。
「今【魔王】ってさ、キミ達【勇者】の中に紛れているんだよ。知ってたかい?」




