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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第六章 オマエノセイ
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6-1 「そしてぼくらは、零れ落ちていく命に対して何も思わなくなる」

「――お、おい……お前ら一体誰なんだよぉ~……チクショー……」


「・・・・・・・・・・・・」


 アリスさんとの戦いの後、一日休んでまだ行軍を始めた僕らはまた、「新入り」と出会った。……出会ってしまった。


 そばかす顔で、赤毛のショートカットがやんちゃな印象の女の子だった。

 オーバーオールみたいな服を着ていて、牧場仕事でもしていそうな雰囲気。

 僕らが何とも言えなさそうな顔をしながら取り囲んでいるからか、言葉使いこそ乱暴だが気押されているようだった。



 「新入り」を招き入れるかどうかで、ひと悶着あった。


「【サブヒロイン】だったらどうするんだ!?」


 先の戦いで受けたショックは大きかった。

 味方だ、と思っていた人が、実は僕らを殺す敵であったこと。

 しかし望んで立ち塞がったのではなく、操られていたこと。

 ……そして、助けを求められたのに、救うことはできなかったこと――


 きっと、【黄金具現】によって辿り着いた「理想の世界」で、「本当に望んだ相手を助けられなかった」なんて苦い経験をした人はいなかったんだろう。

 なんでも、思い通りにしてきたに違いない。そしていつしか、それが当たり前になっていたのだろう。


 そこに、あの【サブヒロイン】だ。

 救えなかったという悲劇。なまじ力を得ていて、「挫折」というものに遠くなっていたからこそ……効いたのだろう。


 あの戦いの後、おじさんが言った事を信じるのならば……【天秤】さえあれば現段階では失われていくしかない【サブヒロイン】やその毒牙にかけられた人々の命も()()()()できる可能性はあるが。

 「可能性」であって確定はしていないし、もし明確な事実だったとしても親しい者と殺し合い、死なせる事を通ることに変わりはなく、感情的に「どうせ後で元通りにするから」と割り切れはしない。

 正体を現すまで完全な味方のようにしか見えない、というのも厄介だ。いつ襲い掛かってくるのかと警戒し続ける事自体が心身を摩耗させる。


 【サブヒロイン】であれば仲間に入れない方がいいだろう。

 いやアリスは操られていただけだ。もし同じ事情なら彼女に悪意は無い。それを放っておくのか。

 だからと言ってできることなんてないだろう。

 そもそも【サブヒロイン】かどうかもわからないのでは。

 ただの一般人なら、放っておくのは見殺しにするのと同じじゃないか――


 色々な意見が飛び交っているが、みんな内心は揺れている。

 手を差し伸べるべきか、そうでないのか。

 ほとんどの【勇者】が決めかねていたが――


「何にせよ、放置はできないだろ……一応【蜜技】で検査して確かめるぞ」


 式鐘おじさんの鶴の一言で、これからの「新入り」の処遇が決まった。

 ありったけの【蜜技】で「新入り」を調べる。

 武器を持っていないか、特殊な技能はなにかあるか、殺意や悪意を隠し持ってはいないか――

 そういうものを探る【蜜技】というのは沢山あるらしく、おじさんと他何人かの【勇者】がそれらを使って確認したところ……


「害は無い――自分達にわかる範囲では」


 という結果になり、「新入り」の彼女は僕らに加わることにあった。





 >>>





 ――さっさと結論から語ってしまおう。


「――バァ~~~カ!! まんまと騙されてくれやがったナァ!? ぎゃっハハハァ!!」


 ニッキ、と名乗った赤毛の彼女は、そう高らかに笑っていた。

 これがあの「新入り」を招き入れた結果である。


 彼女が加わってから2週間後、いつも通り【天秤地獄】の奥へ進む道中で、【ヒロイン】が立ち塞がった。

 日を追うごとにその数を増していく【輝使】の軍勢と戦っていた最中に、彼女はその本性を現したのだ。


 最初はニッキのことを警戒していたみんなであったが、彼女は乱暴だが気の良い少女だった。

 素直では無かったが、自分の出来ることをしようと色々な雑用を進んで行い、僕らの役に立つために健気に頑張っていた。

 あと結構なドジっ子で、あまりにも派手に失敗するものだから、みんな何となく放っておけなくなってしまって……

 結局、なんやかんやでみんなはニッキを受け入れ始めていた……という段階で、コレだ。


「ちょっとマヌケなところを見せりゃあすぐに緩むんだからヨォ! 助かったゼェ? 

 ――そぉら、これで10人目だ! ハッ、動き鈍り過ぎだろ馬鹿どもガァ! オヒトヨシも大概にしとけ!!」


 アリスよりも強力な【サブヒロイン】だったと思う。

 はっきりとした知性があり、こちらの動揺を突くような言動で翻弄した。

 最終的には僕の【終幕】で仕留めたが――その前に、何人もの【勇者】を死に至らしめた。





 >>>





 二人目の【サブヒロイン】、ニッキの登場によって、どうも【サブヒロイン】というのは何人も用意でき、しかもその動き方も決まっていないモノらしい、ということが判明してしまった。

 アリスのように自覚が無かったタイプ、ニッキのように狙いすまして窮地に陥れようとするタイプ。

 そして――


「誰か、誰か……ガフッ! 傍に来て、ちょうだい……信用されなかったのはわかるけれど……わたし……もうなにもできないわ――わかるでしょう……?」


 ――何もできずに死んでいくタイプまでいるらしい。


 この人は、ミラという。

 妖艶だが怪しい雰囲気の美女だった。

 「悪の女幹部」とか「マフィアの女ボス」とかそういうイメージだ。


 どこか他人を見下したような言動をしていて、彼女に対してはほとんどの【勇者】が距離を置いていた。

 道徳的な意味で放っておけないという意味で拾いはしたものの、信頼することなく、常に見張りが付けられた。


 彼女は体内を少しずつ溶かされていく毒を仕込まれていたと言う。

 気丈に振る舞いながらも、隠し切れない苦しみに耐える様子を見るのは決して愉快なものでは無かった。


 別れの2,3日前にはそれまで一言も外に出さなかった弱音を漏らすようになっていく。

 助けなどこっちから願い下げだ、と言わんばかりに振る舞っていた彼女が弱さを見せてくる……どうしても、哀れみの情が湧いてきてしまう。


「――どうして……どうして、こんな……苦しいの……」


 助けを求められても、「【サブヒロイン】なのでは?」という疑惑が手を差し伸べることを躊躇わせる。

 結局、ある日の【ヒロイン】の戦いの後、彼女がとうとう息絶えてしまうまで僕らはなにもしなかった。


 死の間際に傍にいた僕は、ミラさんから指輪を預かる事になった。


「あなた……なんで、あなただけはわたしを――怖がらないの……? 他の人はみんな、『裏切るかも知れない』って……わたしを遠ざけていたのに……」


「裏切られたらその時殺せばいいですし」


「ふ、ふふ……恐ろしいぐらいの割り切りっぷりね……一つだけ、お願いがあるの……」


 彼女がそう言って僕に渡した指輪は、彼女が元居た世界にいる恋人に貰った品だそうだ。


「もし……あなたがあの世界に行くことがあって、偶然でもあの人に出会うことがあったら……渡して欲しいの……

 わたしは、最後まで……あなたを愛していた、って――」


「――そんな偶然、無いと思いますけど。……まぁ預かっときます」


 僕らに怪しまれ続けたミラさんは、最後まで僕らに手を出すことなく――独りで死んでいった。



 後に【ヒロイン】自身から、ミラさんは直接僕らに手を出さなかったが確かに【サブヒロイン】の一人である、と明かされた。

 敵かも知れないと疑い、何の救いも与えなかった相手が、その実ただの被害者であった――という事実は、相当な後味の悪さを残していく。


 色々な世界から呼び込まれる、死んだ女性の魂を使って産み出された――その本人と同じ容姿の【サブヒロイン】。

 初対面の相手の時もあれば、アリスさんのように僕らの誰かが知る人物の時もある。

 様々な事情を持った女達が、それぞれ異なる絶望をもたらしてくるのだ。


 【サブヒロイン】の役割は、僕らを精神的に追い詰めることなのだろう。

 意にそわない怪物に堕ちたのを救えなかった。

 信頼していた相手は最初から自分を騙そうとしていた。

 疑心暗鬼に捉われて、ただの被害者でしかなかった者を見殺しにした。


 毎回流れは違うものの、最後は望まない死別を迎えるということは同じだ。

 そんな陰鬱な経験を何度も何度もさせられれば、【勇者】達の精神はすり減っていく。

 心を追い詰める為の、特に「理想の世界」で【勇者】なんてやっていたみんなには痛烈に効く戦略だったと言えよう。

 自分が「救いたい」と思った者はいつだって救ってこれた人達だろうから――


 精神の摩耗は、【勇者】たち自身のパフォーマンスにも大きく影響した。

 【サブヒロイン】が襲ってきたときは、死者ゼロで済むことはなかったし、その時以外でもケガや死人が出ることは珍しくなくなってきた。

 みんな、明らかに動きが鈍っている。肉体も精神も、酷く疲労していた。


 それでも、式鐘おじさんの【アーティファクト】によって死者達の魂は確保されており、【天秤】があれば蘇らせられる可能性があるかも……という希望があるおかげで、【勇者】達は歩みを止めることは無かった。

 ……「なまじ希望があるせいで」なんて表現の方が近いかも知れないが。


 今の【天秤地獄】攻略隊の雰囲気は……正に最悪。出発時の面影はどこにもない。



 だが、本来はこんなものだろう。

 コレは、人を引きずり込んで殺すという――そんな地獄の最奥を目指す旅路なのだから。

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