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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第五章 シカタガナイ
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5-10 「別れひとつ」

 ――結論から言うと、この【終幕】にとってはほとんどカモと言っていい相手だった。

 チート武器頼みの自分にとっては本当に助かる。


「――っ、よっと……」


 巨大な腕での攻撃を大きく動いて躱す。

 大振りな攻撃ばかりだ。

 その力任せな動きは、最初から最後まで何も変わらなかった。


 さっきから動いているのを見て気づいていたが、攻撃の対処の仕方も原始的というか、技術が見受けられなかった。

 なりふり構わず避ける。避け切れないようならその腕を盾にして耐えるだけ。


 毎日特訓で相手をしてもらっている灯姉と比べるとあまりにも稚拙だ。

 あの人の守りは受けながらにして、僕が剣を振ったその隙を責め立てるような動きをする。

 攻撃したのはこっちなのに、ずっと追い詰められているような感覚すら抱く程だ。


 最小限の動きで対処し、追い詰めるその手際にいつも僕は歯が立たない。

 それを思えば、この【サブヒロイン】の動きは力が強いだけで何も怖いところが無い。

 打ち込めそうなタイミングがあり過ぎて逆に困るぐらいだ。


 一応念を入れて、動きを見ていたが……もう終わりにして良さそうだ。


「――ここ」


 右から薙ぎ払うように振るわれた腕の飛び越すように躱しながら、刃を入れる。

 空ぶった腕の前腕部分が、真ん中辺りで両断されて飛んでいく。

 流石は【終幕】。ほとんど当てただけで、あの頑丈そうな腕を真っ二つにしてしまった。

 さらに、飛び越した勢いのまま、僕は両手を振りかぶり――


「もらったっ」


 二振りの【終幕】で、そのまま【サブヒロイン】の両肩を叩き斬る。

 彼女の武器である、腕が地面に落ちた。

 もう目の前の敵は、何もできない――


 やはりこの武器は圧倒的だ。

 単純な力勝負をするなら、この【サブヒロイン】は強敵だろうが……

 この防御すらできない刀、【終幕】にかかればパワーの差なんて関係ない。

 避けられない限り、この剣は敵の肉体の部位を次々と斬って落とし、瞬く間に相手の攻撃手段を削いでいける。

 頑丈さと筋力が売りであろうコイツでは、まるで対応できないはずだ。


「……――――――――――」


 【サブヒロイン】は、無くなってしまった肩から先をチラリと見やった。

 やはり、何の感情を見られない。

 ただただ、自分がどうなっているのかを確認しただけ、と言った様子で……


「……全く、詰んだってのにな~んにも表情が変わらないんだね……」


 首筋に【終幕】を当てる。

 やっぱり、すぐに終わってしまった。

 目の前の彼女は……この状況を理解すらしていないのだろうか。

 ついこの間まで元気に笑っていた彼女はやはり、死を恐れる理性すらを失った怪物になってしまったのだ。


「これだったら、怪物になる前のアリスさんと戦う方がよほどきつかったかも知れない」


 こんなものは、出来るだけ手早く、なんてことのないように。

 終わらせようと手に力を入れたその時――


「ありがとう――」


 そうつぶやいたのが聞こえた。


(ここで、『ありがとう』と来たか――)


 刃が肉を通っていく。感触すら無い。


(貴方は大した人だったみたいですね、アリスさん……)



 静寂の中――やけに大きく響く首が落ちる音。――それがこの戦いの幕引きとなった。





 >>>





 【サブヒロイン】が討たれると、残っていた【輝使】達はすぐさま撤退していった。

 僕達は生き残った。【天秤地獄】の本意気が露になったこの戦いに、いくらかの犠牲を出しながら……


 凄惨な戦いの後処理の最中、僕らは誰も彼も無言で、やるべきことが終わってからはさっさと拠点で眠ってしまった。

 負傷者多数。死者は15名。

 ケガは【蜜技】ですぐに治る。何事もなかったように。

 だが死者は蘇らない。


 その時に知ったことだが、ここ【天秤地獄】で死んだ者の肉体は残らない。

 煙となって消えてしまう。

 上へ上へと立ち上っていく煙を茫然として眺めていたみんなだったが、ある事に気づく。


「何だアレは……蛍、みてぇなの……」


 煙と一緒に、真っ黄色に輝く光点がフワフワと浮かんでいるのが見えた。


「あァ……? おい、ありゃあまさか……回収だ!」


 おじさんがハッとした表情を見せたかと思うと、どこからともなく黄金で出来た鳥かごのようなものを高く掲げた。

 すると、昇っていた光点達がおじさんの方に引き寄せられるようにして動きを変える。


「肉体から離れたばかりの死者の魂を回収する【アーティファクト】だ」


 説明を求められる前に、おじさんが話す。


「と言っても、ほぼ役立たずのガラクタみてェなものなんだが……

 魂が可視化できる状況でしか効果を発揮しェし、そんな状況なんて数多の異世界を旅してきたオレでも今まで遭遇したことは無かった。

 この【天秤地獄】ってのは、死者の魂を取り扱う為の場所でもあるのかも知れん……さっきの【サブヒロイン】も死者の魂を利用したって話だしな。

 何にせよ、コレなら散っていった仲間達や、アリスの魂も回収できる――」


「回収してどうするんだ?」


 そう聞くと、おじさんは慎重な顔つきになった。


「オレでも現時点で、死者の魂を使って何かをするのは難しいんだが……【天秤】があれば、例えば……そこから蘇らせる、なんてことも出来るかも知れん……」


 その言葉に、みんながビクッと肩を震わせて反応した。


「聞け、オマエら……

 最奥に辿り着く為の理由が一つ増えたぞ。こいつらを救うんだ。


 オレ達は今日、酷く傷ついた。この【天秤地獄】の恐ろしさを思い知った――だが、それでも、全ての希望が失われたわけじゃねェ。

 これから先も、犠牲は増え続けるだろう。戦いはさらに激化し、苦痛の日々を送ることになるかも知れん……

 だが、それでも――最後には勝つぞ。勝って、【天秤】を手に入れたら――あとはオレが無理矢理にでも大団円にしてやる……っ!」



 後になって思うのは……この時の、この言葉が無ければ、僕達は戦い続けることはできなかったかも知れない、ということ。

 「最後にはきっとどうにかなる」という一筋の希望が、僕らの歩みを導いていた。





 >>>





 おじさんのおかげで、多少は持ち直したものの……

 今日の出来事が、これからの【天秤地獄】での戦いの過酷さを僕らに強く実感させ、精神を摩耗させたのは確かだった。


 ほとんどの【勇者】達が普段よりも早く就寝しており、拠点は静寂に包まれていた。

 明日の行軍は休みになった。みんなの精神的なショックが大きいのを感じ取ったおじさんがそう決めたのだ。

 せめて体は休めておけ、ということだろう。


 僕も例に漏れず疲れ切っていたが――


(……眠れない)


 心がどうにもざわついて落ち着かない。

 今回の戦いは今までとは明確に違う。


 最初にここに堕ちてきたとき、姿を変えていた【ヒロイン】に騙され、助ける為に怪物を斬り殺した。

 その後は【ヒロイン】に対して何度も【終幕】を殺意を込めて振るった。


 殺したり、殺そうとしたり。

 そんな機会はあれど、今日とはまるで思うことが違う。

 だけど、その違いを上手く言葉にすることは出来そうにない。


 照明が落ちた拠点の中を進んでいく。

 目的の部屋に辿り着き、扉を開くと――


「……拍君」


「……ありゃ、灯姉先に来てたんだ。ごめん」


「気にするな――」


 ここはおじさんが指定してくれていた、灯姉との個人特訓の部屋だ。

 今日は休みにするか、と提案してくれた灯姉だったが……


「拍君の方はいいのか? 今日は、その……疲れただろう」


「まぁそりゃ、いつもより疲れたけどね……」


「キツい役目を負っていたようだな……代われなくて、済まない」


「いやぁ、僕が戦ってた時、一番沢山の【輝使】を相手にしてたじゃん灯姉。倒した敵の量だけ言えば、灯姉が今日のMVPみたいなモンじゃない?

 むしろ灯姉の方が大丈夫なの?」


「問題無いさ。……いや、私も疲れてはいるが……眠れそうにない」


「僕もだ」


 そう言って、いつも通り【終幕】を構えようとすると――


「――今日からはこっちだ」


 灯姉が二振りの竹刀を差し出した。


「え?」


「今までは問題無かったが……今の拍君なら当てられる可能性がある。持ち替えてくれ」


「お、おぉ~……そうなんだ……」


 成長した、ってことなんだろうか。あんまり実感は無いけど……

 おずおずと僕は竹刀を受け取る。


「今日の、あの【サブヒロイン】との戦いが……拍君を変えたようだな」


「・・・・・・・・・・・・上手く言えないけどさ。

 ようやく締まってきた、って言うのかな。『こういう話』だって実感が持てるようになって、切り替わった感じ。

 なんとなく想像でしかなかった戦いの過酷さが、ようやく身に染みてきて――っと!?」


 いきなり不意をついて打ちこまれた竹刀を不格好ながらも受ける。気を抜きすぎた。なんて様だ。

 衝撃で腕がしびれる。油断していたのを差し引いても、凄まじい攻撃――

 って、あれ? 受けれた?


「ようやく、出発点だな――」


 そう言って、灯姉がほんの少しだけ笑った。

 儚いような、悲しげなような。見逃してしまいそうなぐらいに僅かで、小さな笑みだった。



 それからひたすらに、僕達二人は打ち合った。

 ぶっ続けで20戦程続けた結果……1勝19敗。

 一度だけ、ほんの少し掠ったぐらいだったが、僕の竹刀が灯姉に触れたのだ。

 個人的にはあんなの勝ちでも何でもなかったが……灯姉は「見事だ」と褒めてくれた。



 強くなった、ということなんだろうか。

 しかし高揚感は薄く、心はただ冷たく――静かだった。

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