5-9 「たまには、観客のいない舞台で踊り狂いたい」
――遠くに去っていく【ヒロイン】の後ろ姿が見えた。
(くそっ、いかにも余裕そうに……っ!)
【輝使】達が数を活かして次から次へと襲い掛かってきて、【サブヒロイン】が自陣ど真ん中で暴れ回っていて。
みんなの動きもどこか浮足立っていて、ヴェネさんに至っては完全に放心状態。
この状況で【ヒロイン】に動かれたら、全滅もあり得るような――自身にとっての絶好の機会を彼女はあっさり捨ててみせた。
(何考えてるのかわからないけど、助かった……あとは【サブヒロイン】さえどうにかすれば!)
【輝使】達は数こそ多いが、それだけならみんなにとって大した相手じゃない。
大暴れする【サブヒロイン】に気を取られてるだけで、普通ならすぐにでも全滅させられるはずだ。
だが……
(あぁぁ、まったく……はっきりしてくれよ!)
突き抜けた手を打てないもどかしさでじりじりする。
腹いせに【輝使】を思いっきり叩き斬りながら、状況を見ていると――
「あ、やばいっす……っ! ヴェネせんぱいっ!」
完全に感情を失ってしまったらしい【サブヒロイン】は、もう唸り声すら上げない。
何も語る事なく、冷徹に。
彼女は、硬直してしまっているヴェネさんに向かって襲い掛かっていた。
そこに割って入ったのはジュニ。
得物のハンマーを【サブヒロイン】が突き出した巨大な腕に叩きつけて無理矢理軌道を逸らすが――
「わわっ――ッ!!」
「ジュニ!?」
衝撃を殺しきれなかったのか、吹き飛ばされてしまっていた。
何とかヴェネさんを【サブヒロイン】の攻撃から守ることは出来たものの……
「ジュニ、ケガしてるのか!?」
「だ、大丈夫っすよ~拍都せんぱい……お腹、ちょっとかすっただけっすから……」
「……っ!」
【サブヒロイン】の爪が当たっていたのか、ジュニは腹の辺りに3本線の痛々しい傷を負っていた。
かすっただけ……なのは事実だろうが、あの爪は見るからに殺傷力がある。
軽傷と呼ぶには表現が軽過ぎる……
「・・・・・・・・・・・・駄目だ、もう限界」
「せ、せんぱい?」
「――――式鐘おじさん!!
もう【サブヒロイン】を元に戻す方法は無いよな!? 思いつく手は全部打ったよな!?」
……叫んでいた。
今はっきり自覚した。
自分は今、どうしようもなく――もう我慢ならないってぐらいに、苛立っている。
「は、拍ちゃん……?」
「どうなんだよ!? 今、何か他の手が思いつくのか!」
急かすと、おじさんは一瞬目を伏せた後――
「――無い。オレに思いつく手はもう何も無い」
「よし! じゃあやるしかないよな!」
――ようやく、動けるようになった。
自分一人だったらさっさと判断できたはずだったけど、集団だと全体の希望を考えないといけない。
それが凄く面倒だ、と思った自分はきっと、組織ってやつに向いていない、不出来な人間なのだろう。
しかしまぁ、よくもみんな揃いも揃って無駄なことばかりしていたもんだ、と心の片隅で思う。
どれだけ傷ついて、どれだけ死んだんだ。
最初は怖かったけど、無意味に犠牲になっているその様子には、一周周って腹が立ってきた。
もちろん、自分自身ではマジメにやっているつもりだろうから、悪く思うのはなんだか申し訳ないけど。
でも、何と言うか、覚悟が決まってないというか、ヌルくてぶち壊しにしたくなるというか……
絶望しきってる時に、薄っぺらい歌詞のJ-POPでも聞かされてるみたいな。
ただただ明るいだけ綺麗なだけ、無責任で根拠もない何かでどーにかしよう、って姿勢が気に食わなくてたまらない。
地獄なら地獄だとはっきり言え。
尋常じゃない場面だと、命だとか何だとかを賭けてようやく土俵に上がれるような、エグい場面だとはっきりと――!
「――理想の世界でなにもかも思い通りに生きてきた、温室育ちのきみ達が――」
去り際の【ヒロイン】のセリフを思い出す。
温室育ち。やっぱりそういうことなのか?
何もかも思い通りにしてきたから、いっつも自分の行動ばっかりが通るんじゃないかって気になってるのか?
目の前の敵がどれほど必死になったって、結局勝つのは自分だと?
【ヒロイン】のこと、舐めてたってことなのか?
自分達こそが正義だとか、背負っている何かがあるだとか、敵はただ立ちふさがっているだけの存在で、何も特別な事情ってのが無いんだろうとか?
そんなバカな、と思う。
ソレが何かはわからないけど、【ヒロイン】にだって僕らと同じように何かを背負っているに決まっている。
ゲームのNPCじゃあるまいし、意志ってのが確かにあるだろう。
負けられない理由、みたいなのが。
譲れないものがあるから戦うんだろうが!
譲れないヤツ同士がぶつかるのが、戦い、殺し合いってものなんじゃないのか!?
……【ヒロイン】の譲れない一線を超える為には、こちらも覚悟を決めなければ――!!
「――んんむぅっ!? 拍都きゅんやる気? 犯る気で殺る気モード? モーチェインユー?」
「うおっ! マジさん!?」
マジさんがいつの間にか背後に立っていた。
やっぱりいきなり絡まれるとドキドキするなぁ色っぽくない意味で。
「今夜はキミとあの娘だけのステェェジぃぃぃ……ヤジウマ、いーず、DIE!!
――目の前の敵にだけ集中しろ。他の雑魚共は抑えておく」
「……唐突に正気に戻らないでぇ……」
この人は相変わらずよくわからないが、どうやらあの【サブヒロイン】と1対1の状況を作ってくれるらしい。
「――静瑠と……あとジュニ、動けるか? 他何人か集めて、オレと一緒に戦えなくなったヤツを守る役目を頼む。
灯は――あの様子じゃあ手が離せねェか」
「……了解だし」
「――灯せんぱいはさっきからずっと【輝使】の大群を差し向けられてるからっすからねぇ……ジュニはまだ動けるっす、りょーかいっす!」
式鐘おじさんが隊長格に指示を出していく。
どうやら、僕がやりたいことを察してくれたらしい。
――そう。
僕は今から、元はアリスさんだった【サブヒロイン】を……斬って殺す。
「流れで拍都がやることになっているが――」
フォーデさんもいつの間にかやってきていた。
いつもは見せない神妙な顔つきで、僕を静かに見据えている。
「殺せるのか、拍都――我輩が変わってやっても」
「できます」
「・・・・・・・・・・・・なんということだ……よりにもよってこんな役目を任せることになるとはな。
どういう思いを抱いているのかは知らんが、止められんな……」
溜息をついたフォーデさんは、僕から視線を外しておじさんに向き合った。
「……我輩はマジ閣下と共に【輝使】共を押しとどめておく」
「おゥ、頼むわ――」
「――ま、待ってくれ……っ!」
そこにヴェネさんが割り込んでくる。
放心していたが、流石に妹を殺されるとなると何も言わないで通すことはできなかったらしい。
「……アリスは、あ――アリスは!
さっき言ってたじゃないか……たすけてって……」
普段からは見られない、完全に余裕を無くした表情だった。
天使みたいなか顔つきのヴェネさんも、こういう時は至って人間らしい。
だからか、僕は彼の言葉を冷静に切り捨てられた。
「確かにそうですけど、今は様子が違います。
あの何の感情も見受けられない、あの様子――手遅れです。いや、最初から手なんか無かった」
「なっ――!」
さっきの【ヒロイン】の言葉を信じるのなら、既に死んでいたアリスさんの魂を使って【サブヒロイン】は作られたのだ。
この【天秤地獄】で僕らが出会った時には――彼女は既に死んでいた。
アレは【サブヒロイン】として、自覚もなく、それらしく動いていただけ。
……救うも何もない。最初から終わっていた。
――だったら、せめて。
死んでからもこんな風に利用されているぐらいなら……ここで断ち切るのが彼女の為だろう。
だが僕にならともかく、ヴェネさんが簡単にそう思えるはずも無いだろう。
きっと、彼女がここに現れた時――僕らが見てわかるよりもさらに深く希望を実感したに違いない。
そして、それが手のひらから零れ落ちていくのは……
「や、やめてくれ! ――――――いや、やめろ拍都!!」
懇願の声を上げられても、僕の決意は揺るがない。
それを悟ったらしいヴェネさんは、いつも敵に向けてきたその弓を、僕に向けた。
「……ふざけるなよ……ふざけるんじゃない!! アリスを、僕の愛するアリスを殺すと言うのかぁっ!!
そんなヤツとは思わなかった……お前には人の心が無いのか……っ!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「何とか言え、この腐れ外道がぁっ!! お前がアリスを殺すと言うのなら、さ、きに――――――」
唐突にヴェネさんの言葉が途切れ、そのままガクリ、と膝を折った。
「やめて! 我輩の為に争わないで☆」
「……マジさんの為じゃないかなぁ~……」
ヴェネさんの背後に位置取っていたマジさんは、――どこから取り出したのか――1mくらいはありそうな馬鹿デカい注射器を抱えていた。
針の太さが凄い。まさかアレをぶっ刺したのか。中に入っている液体はやはり虹色。
ヴェネさん、死んだんじゃない……?
「……反対者はログアウトしちゃったし。ちょっとサクっと殺ってきますんで、後はよろしくです」
どうも変な雰囲気になってしまったので、誤魔化すように軽くそう言って僕は【サブヒロイン】の方に歩み出した。
二振りの漆黒の刀、【終幕】を握り直す。僕自身は大したことが無くとも、簡単に命に幕を下ろせるこの剣がある。
何も問題無く、あっけなく――すぐに終わるだろう。




