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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第五章 シカタガナイ
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5-8 《意志無き反逆者》

 ……どうした、ヴェネ=アイバ?

 きみ達が倒すべき憎き敵――この【ヒロイン】がすぐ真後ろにいるんだよ?

 だと言うのに石化の【蜜技】でも使われたみたいにピクリとも動かないじゃないか。

 もちろん動けたとしてもみすみすやられるつもりも無いけど、努力ぐらいはするべきだろう?


「――うーん? やる気、無くなっちゃったのかい? この【サブヒロイン】って駒、そこまでぶっ刺さっちゃったかい?

 自分の大好きな妹であり恋人である女をこんな風にされて、心がぽっきりいっちゃったという?」


「・・・・・・・・・・・・」


「う~~~ん?」


 ……あぁ、これは本当に闘争心というものを失ってしまっているね。

 今までの戦いから、【勇者】達の中に「隊長格」と呼ばれる、中心メンバーがいるのはわかっていた。

 この「ジャック隊」の隊長であるヴェネはその一人であるのだが――


(――底は知れたな)


 確かに、この中では強い力を持っているようだが……まぁ、こちらの想定を崩す程では無かったらしい。


(むしろフォーデが意外にも出来るな。ただの格好つけたがりにしか見えなかったが)


 戦闘初めの一斉攻撃時に、ヴェネとアリスが欠けていることにすぐに気づいた。

 アリスが【サブヒロイン】だった、と判明した時、真っ先に行動し始めた。

 誰にも気づかれずにここまで近づいたわたしに、即座に攻撃をしかけてきた――


 案外隊長格の中でも特に周囲の者を引っ張れる人材なのかも知れない。

 どこかのタイミングで、コイツにも特別な処置をする必要がありそうだ。


(あとは、里来多 本気……辺りか。ヤツもなかなか底が知れない)


 意外と戦闘になったら目立っていないが、【勇者】のほとんどが動揺しちょくちょく動きが鈍っているこの状況で、しっかりと自分の役目を果たし続けている。

 ……本当に何考えているかわからないな。見た目からして謎過ぎるし。幸いにも単純な実力は飛び抜けているって程じゃない。

 集中して多数の【輝使】を差し向けていれば、とりあえず動きは止められるはず。

 他の者を殺した後に、じっくりと相手をしてやろう。


「――アリスがわたしの元にやってきたのは少し前のことだった。ああいう駒が与えられることは知っていたけど、実際に見たのは――うーんと、きみ達と初めて戦った後ぐらいだったか?」


 しかし、この【サブヒロイン】という駒は、主人公気取りの【勇者】どもにはよく効いたようだ。

 実力的にはぶっちゃけ、強力とはいえ【勇者】の集団にしてみれば十分に対処可能な相手だろうが、一時は仲間であった、というのが彼らの動きを鈍らせている。


(まったく、なんてヌルい相手だ。目の前の人間を生かすも殺すも自分の都合次第だったが故か?

 共に楽しい時を過ごし、しかも操られているような相手を殺すのは後味が悪いってことか? まぁ楽で助かるよ――)


「アリスが、きみ達の居た世界でどんな人生を歩んできたかはすぐに知れた。

 【サブヒロイン】のパーソナルを把握できるのは【ヒロイン】の特別な力の一つなんだ」


 【蜜技】を使い、戦闘の最中でもわたしの言葉が周囲によく聞こえるように細工する。

 【サブヒロイン】という存在、そしてその意味が、彼らの心に深く刻み込まれるように。


「両親の離婚。離れ離れになった兄。その兄との恋。自身を引き取った母の薬物への傾倒、そしてその薬が発端となって起こった事故で命を落とした。

 ――おやどうしたヴェネ。何か不思議なことでもあったかい?」


 未だに動かないものの、わたしの言葉を聞いた彼にほんの少しの「揺れ」を感じた。


「【サブヒロイン】に選ばれる者は、本当に気の毒さ。

 なんせ【サブヒロイン】は記憶をいいようにいじくられる。自分が【ヒロイン】の駒の一つだって自覚が無い場合すらあるらしい。

 アリスもその自覚が無いようだった。

 【勇者】の集団に溶け込んでいったのも、力を得て役に立とうとしたのも、そこに悪意などなく、だからこそきみ達は彼女を歓迎した。

 だが実のところ、その動きは【サブヒロイン】としての役目を効率的に果たすための、本人の意志とは違うところで定められたというだけだった……」


 【サブヒロイン】を気の毒に思うのは心からの本心だ。

 転生者で無かろうが、排除すべき目標に対して効率的に近づけると判断されれば、【天秤】は無理矢理にでもその魂を引っ張って好き勝手に利用するのだから。


「――【サブヒロイン】を産み出すのに必要なのは、死者の魂。どうも生者の魂より自由にしやすいそうだ。

 それも排除したい目標が大切に思っていた者の、ね。


 だから、元に戻す、というか、きみ達が望んでいる状態にするには、死者をどうこうする【蜜技】でなくてはいけなかったんだ。

 既に死んだ相手の、怪物となる為に入念に仕込まれたその魂を元に戻さないといけない。

 生きている相手を正気に戻す、なんて事よりよっぽど難しい。死者を蘇らせるのと同じくらいにはね。

 【蜜技】でもほぼ不可能とされる業を実現しなければならないのさ。


 あぁ、()()さ……ヴェネ。

 アリスはきみ達に嘘をついた。その自覚も無く、ね」


 本当に我がご主人様はタチが悪い。

 だが、ここまでしなければ狩れない転生者がいるということだ。

 あいつらは本当に反則だ。上回るにはそれなりにダーティーなやり方で無くてはね。


「『大学』とかいう謎の組織ヅラした奴らに拾われて治療されて、命を救われたはいいものの実験体として拘束されていた――だっけ?

 いやはや、『大学』とはね。なかなか便利じゃないか。よくわからない事情を通すときは『大学がどったらこうたら~』と言えばいいワケだ。

 実際、そういうことはよくやってるらしいし。

 きみ達の中にも実際その毒牙にかけられた者までいる。

 

 その実態を良く知る者は少ないが、どこか底知れないというイメージがあって、裏でおっかない事をしていた、と言えばなんとなくそれらしく納得できてしまう」


 ヴェネの肩に乗せた手に、強く力を込める。

 コイツの心を軋ませるように――


「結論から言っちゃえば、きみの愛しのアリスは、最初にきみが思っていたように……あの事故で、間違いなく、死んでいる。

 その現場に都合良く、大学の関係者なんて居合わせてはいなかったのさ。

 死して肉体から離れた彼女の魂は、きみ達を追い詰める人材として大抜擢ということだね。


 で、どうかな?

 死んだと思っていた彼女が生きていたと希望を掴まされ、その実ソレはただのまやかしだったと知った――今のご気分は、ヴェネ隊長……?」


 ――こんなところか?

 【サブヒロイン】の脅威は【勇者】どもに十分に伝わっていっただろう。

 これから先も()()()()()()していこう。

 何回も繰り返せば、彼らの心をゴリゴリとすり減らしていけるだろう。

 それは確実に戦いに影響していく。最終的には、小突いただけで崩れ去るほどに脆くなってくれるはずだ。


「さて、わたしはそろそろ退かせてもらおう。

 戦いの様子はアリスを通して観察しておくよ。

 哀れな、あまりに哀れな彼女を、理想の世界でなにもかも思い通りに生きてきた、温室育ちのきみ達がどう対処するのか、見物するさ」



 さぁ、下手したらこのまま全滅だ。

 一番の注目は、どこかの「仲間外れ」な誰かさんがどう動くのか――

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