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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第五章 シカタガナイ
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5-7 「薄幸の美少女が悲劇の末に命を落とすのもまぁお約束か?」

「――クソ、どうなってんだ!? 全然元に戻らねぇ!?」


「あ、諦めないでよ! きっと何か方法が――」


 【サブヒロイン】という怪物と化したアリスさんを元に戻そうとする、【勇者】達の試みは難航しているようだ。

 こちらにも向かってくる【輝使】達を【終幕】で斬り捨てながらチラリと、見やると、自分を必死に抑え込んでいる彼女の顔が苦痛にグチャグチャに歪んでいた。

 自分の怪物としての衝動を封じるのはそれほどまでに困難なのだろう。


 そしてそこから解放するのもまた困難なのだろう。

 あの【ヒロイン】が切り札っぽく出してきた一手が、そう簡単にどうにかできるワケは無い。

 だが、普通の【勇者】ならともかく……式鐘おじさんの【蜜技】ならどうだろうか?


「よォし、整った――《モノイ・ソクイ・チスラ》!」


 その詠唱に合わせて、【サブヒロイン】の脳天に小さく真っ白な雷が叩き込まれる。

 それに反応した【サブヒロイン】はガクガク、と体を震わせ――


「肌の色が戻っていく……っ!」


「おお、流石式鐘さん!」


 回復していっているような様子に、みんなが期待にざわめいた。

 だが、それも……


「あ、あ、あ……ガっぐ! あぁアギッぃ!!」


「・・・・・・・・・・・・そんな」


 ――まるで映像を巻き戻したみたいに元の黒い肌に戻っていった。


「……ウソだろォ……? これでも無理だとか、一体どういう【蜜技】にやられたってんだよ……!?」


 【黄金具現】を編み出し、【蜜技】に長けているであろうおじさんにすら手が出せないらしい。


(……これは、もうどうしようもないか……)


 【終幕】を持つ手に力がこもった、その時。


「・・・・・・・・・・・・いいや、まだだ……このままでは……ボクは一生後悔するなんてどころじゃあない……」


「――ヴェネさん!?」


 倒れていたヴェネさんが、青い顔をしながらではあるが――立ち上がっていた。


「ヴェネ!? 無理をするな!」


「――はぁ~……いやいやフォーデ君……ぐっ! ……ここで無理しなかったらいつするんだい……回復ありがとう、ギリギリ動けるようにはなった――」


 フォーデさんが先ほどから行っていたらしい回復で、何とか持ち直したらしいヴェネさんが、【サブヒロイン】に弓を向けた。


「戻って、おいで……戻ってくるんだ――

 元の、あの可愛らしいアリスに、戻ってきて……お願いだ――」


 うなされたように呟きながら構え、放った矢。

 それはいつもと違い、淡く、優しく――桃色に輝いていた。


「――《ラヒイ・イリリ・ラテ》」


 ――矢が【サブヒロイン】の脳天に突き刺さる。

 その光景は、何故だかとても柔らかで、穏やかなものだった。


 彼女の顔にあった、苦痛故の歪みが、すっ――と、幻みたいに消え去り。

 肥大化した両腕には力がはいっておらずだらん、としていて。

 ヴェネさんの放った矢が効果を表しているのがはっきりとわかった。


「良い子だ――そう、落ち着くんだよ――」


 微笑みながら。ふらつきながら――

 ヴェネさんはゆっくりと、静かに語りかけながら、【サブヒロイン】に歩み寄っていく。

 彼のアリスさんへの愛が表れたようなその様子は、ここが殺し合いの場であることを一瞬忘れるぐらいの神聖さ、静謐さが感じられる程だった。

 ほんの少しの間だったが――襲い掛かってくる【輝使】の対応も忘れ、みんなの視線が釘付けになる――




「……駄目だ……! ――全員、離れろォーーーっ!!」


「っ!?」




 一瞬の穏やかさは、式鐘おじさんのその絶叫に引き裂かれた。

 きっとみんなは、ヴェネさんの【蜜技】が、アリスさんの人としての心を取り戻させたような、そんな期待、希望を抱いていたのだろう。

 そういう「流れ」だって、楽観していたのだろう。


 だから、その真逆の結果を伝えるようなおじさんの指示に反応するのが遅れた。いや、と言うより……信じたくなかったのだろう。


 その時の【サブヒロイン】の表情は、先ほどまでとは違い、完全に「無」であった。

 それを見た瞬間、僕は先ほどまでの怪物的な様子は、むしろ人間的な葛藤から来ていたのだ、と悟った。


 むしろ、今の方が余程()()に近い――


「――あっ――」



 逃げ遅れた【勇者】の一人が息を呑む。


 グルリ、と彼女が一回り。

 まるで熟練の踊り手のように優雅だった。

 体の回転に従うように、振るわれた腕。

 その指先にある大きな爪が、周囲にいた【勇者】の何人かをあっさりと切り裂いた。




「・・・・・・・・・・・・あぁ――――――」


 ヴェネさんがガクン、と膝をつく。

 何人もの【勇者】が【サブヒロイン】を元に戻そうとし、この集団のトップである式鐘おじさんも、この中で最も強く彼女を救いたかったヴェネさんでも、手の施しようが無かったのだ。



「なぜ、誰もどうにもできないのかわかるかい?」


 いつの間に近づいたのか。

 ヴェネさんのすぐ隣に、【ヒロイン】が現れていた。


「あらら、酷い顔だね――」

「・・・・・・・・・・・・」


 絶望に沈むヴェネさんの顔を覗き込みながら、【ヒロイン】はクスクス笑う。

 一方のヴェネさんは、一番に討つべき相手がすぐ傍にいるにも関わらず、ピクリとも動かない。


「――おっと」


「なにっ!? ――オオっ……っ!?」


 フォーデさんが【ヒロイン】の背後から不意を討とうと杖を構えて突っ込んでいたが、彼女は背中に目が付いているかのように察知していた。

 虫を手で払うように手を大きく振るうと、その腕に巻き付いていた鎖が伸び、背後の敵を強く打ち、吹き飛ばす。

 地面に叩きつけられた彼は即座に起き上がるものの、そこに【輝使】が集中して突撃し、足止めする。


「頑張るねぇ、フォーデ。

 そんなに仲間が大事かい? それほどまでに【天秤地獄】を出たいかい? きみ自身の理想の世界へと帰りたいと――

 ハハッ! いや、どうしてなかなかやるじゃないか。

 だけどわたしは、きみのようなヤツですらあっさり蹴散らせるぐらいの力を貰っている――さて」


 膝をつくヴェネさんの肩に【ヒロイン】が上から圧をかけるように手を置く。


「――くそっ……こいつら邪魔過ぎる!」


 僕も他のみんなもヴェネさんの元に向かいたいが、ここにきてさらに【輝使】達が数を増していた。

 さらに【サブヒロイン】も今や一切の躊躇を無くし戦場を暴れ回っていて、対応する【勇者】達には元に戻すどころか抑え込むことすら困難に見えた。


「あぁもう、いつまでやってれば――!」


 ……僕は焦れていた。

 【輝使】は一体一体は弱いが次から次へと襲い掛かってくるし、【サブヒロイン】は倒してしまう訳にもいかないみたいだし……


(――結局、僕は()()()いいのか? それともこのまま、おじさんと花子ちゃんの護衛をすればいいのか?)



 おじさんの顔を見ると、彼自身すら迷っているような表情だった。

 本当にどうしたものか……?

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