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天国に堕ちた勇者ども  作者: 新崎レイカ(旧:れいかN)
第五章 シカタガナイ
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5-4 「できることなら、だだでさえ薄味の日常を引き延ばして、ペラペラに生きていたかったのだ」

 ――それはいつもと変わらない朝だった。


「皆様、おはようございますですわ~!」


「おうアリス、おはようございますデスワ~」


「おはようございますデスワ~、アリスっち!」


 大広間に入ってきたアリスさんのエセお嬢様口調をマネして、朝の挨拶を返すみんな。

 そこにイヤミな気配は無い。親しみを込めてからかっているのがよくわかる雰囲気で、彼女がこの場に良く馴染んでいて、周囲の信頼を得ている証拠のように思える。


「もう、マネしないでくださいまし!」


 頬を膨らませる彼女のリアクションに、場はドっと湧いた。


「ほんとアリスはいつも元気だなぁ、偉いよ。おれぶっちゃけ朝は苦手なんだよな~

 なんか秘訣? みたいなのある?」


「うふふっ、ありますわよ! 睡眠の前にある事をすれば、とても質の高い休息ができますわ!」


「へぇ、そんなのあるんだ? あたしも朝弱いからさぁ、ぜひ聞きたいねぇ」


「ではお教えしましょう――その『ある事』とはズバリ――愛する人とイチャイチャすることですわ~!」


「おいおい、お前なぁ!」


「それもちょっとやそっとじゃ駄目ですわよ? 1から10まで、AからZまで! じっくりねっとりと! ラストまでイっちゃうことがとても重要で――」


「アリスちゃん、朝から言うことじゃないってばー!」


「ヴェネ兄様好き過ぎるだろ、アリス!」


「とーぜんですわ!」


 ……よくもまぁ、短期間でここまで馴染めるものだ。

 元から明るい人達が集まってる集団だったけど、アリスさんが来てからさらに賑やかになった。

 この【勇者】だらけの中で、【黄金具現】を経ていないにも関わらずしっかりとした立ち位置を確保している彼女には感心するしかない。

 さらに【勇者】としての理想の肉体をもたないにも関わらずトップクラスの戦闘力まで持ち合わせている、ときた。


「――はぁ~……なんつーか、格の差? ってやつかねぇ……アタシ、肩身が狭いよう」


 朝食を食べている僕の隣で溜息をつく花子ちゃん。

 同じ新入りでこうも違うと、確かに荒れるのも仕方がないのかもしれない。


「――や、拍都君、花子ちゃん、おはよう!

 ごめんね、騒がしくして」


 朝食の載ったトレイを持ったヴェネさんがやってきて、花子ちゃんの向かい隣に座った。

 その爽やかな笑みは昼間と何ら変わらない。この人も朝に強い。既に仕上がっているのだ。


「あ、おはようございます。全然気にしてないですよ」


「おはよーございまっす。いやまぁ~アタシみたいにヒクツなよりよっぽどいいんじゃないですかねぇー」


「あはは、それこそ別に気にすることないよ花子ちゃん。キミはキミなりにやっていけばいいさ!」


 花子ちゃんはアリスさん程この集団に馴染めてはいないが、それでもおじさんや僕、灯姉の周りにいることが多い隊長格のメンバーとはそれなりに話をするようになっていた。

 特にヴェネさんは花子ちゃんがアリスさんと自分を比べてモヤモヤしているのに敏感に気づいていて、ときどき気にかけているのを見かける。


「というか、花子さんも劣ってるってわけじゃないと思うよ」


「そーなんです?」


「静瑠からキミの訓練の経過、よく聞いてるんだけど……ボクの【蜜】初心者時代の時とあんまり変わらないぐらいの力量に見えるよ?

 静瑠もジュニも『順調』って思ってるし」


 虹色のジュース(調理はいつも通りマジさん。不気味な見た目だけどスッキリとした味わいで飲みやすい)を飲みながら、花子ちゃんのフォローをするヴェネさん。


「こんな短期間で、結構長く【蜜】と関わってるボクと同格になるなんて――――――天才……なんてどころじゃないよ」


「・・・・・・・・・・・・?」


 ヴェネさんの表情にほんの少しの翳りが見えた気がした。

 今の言葉も単純に愛しの妹を褒める口ぶりとは違うような――


「ふへぇ、すげーなぁ~アリスさんは……少年漫画の主人公かよ~う」


 ……花子ちゃんは特に違和感を感じないようだった。


「あぁ! アリスは『すげー』のさ! 流石はボクのアリス……っ!」


「まーた始まったよ、この人……」


 妹への愛に頬を桃色に染め出すヴェネさん。


「拍都君、またと言われようが何だろうが、僕は何度でもアリスへの愛を語るよっ!

 昨夜のアリスも実にえっっっちだった……なんだったらもう完全に手玉に取られた感ある……正直、今日は起きれるか不安だった程に!」


「ぶっは! ヴェネさん朝からトばすねぇ!」


「いやいや、だからそーいう事他人に言いふらすんじゃねぇよこの兄妹は!」


 ゲラゲラ笑う花子ちゃんとドン引きする僕。


 もしや、さっきのちょっと暗い表情って、疲れてただけ?

 夜にガンバリ過ぎちゃったから? 気にして大いに損した。

 やっぱりヴェネさんは妹狂いの変人なのかぁ……




 ――やはり、それはいつも通りの朝だった。

 仲間の個性あふれる言動に少し振り回される程度がせいぜいの、【天秤地獄】なんて恐ろしげな場所にいることを一瞬忘れるぐらいに穏やかな――





 >>>





「おおし、今日も張り切って進むぜぇ~」


 「う~す」「はいは~い」「りょ~かいで~す」――などなどと言った気の抜けた返事で、おじさんの号令に応えたみんなは、今日も【天秤地獄】の最奥を目指し歩を進め始める。


「アリスくん、今日もよろしく頼みますよ?」


「あ~りすっ、がんばろうね!」


「はい! 今日もガンガンいきますわ~!!」


 周りのジャック隊メンバーの期待に、アリスさんが元気良く応えている。


 初日以降、【ヒロイン】の戦い方は一貫して小細工抜きだった。

 特別な戦略は何もない、まさに正面激突。

 初日で中途半端な絡め手はあっさり察知されてしまうと悟ったからだろうか?


(それとも、その必要もないと思われているか――)


 【ヒロイン】の真の実力――その一端を経験している僕としては、どうにも気が気でない。

 ……ちなみに、いまだにあの夜のことは誰にも話せていない。


 今の僕らの隊列は、【ヒロイン】のシンプルな戦い方に合わせた単純なものだった。

 先頭からクイーン隊、キング隊、ジャック隊の順に並べただけ。


「もし後方から来ても、こいつらならすぐ対応できるしなァ……もうコレでもいいんじゃね?」


 式鐘おじさんは至ってテキトーな態度でそう言う。

 集団戦闘に向けて特別な訓練を受けているような人ばかりでもなし、これぐらいユルい方がまだ連携が取れる……との考えらしい。


 クイーン隊が敵を押し止め、その間にジャック隊が遠距離攻撃で一方的に仕留める。キング隊はその2部隊の間で援護とフォロー。

 心配になるくらいに単純な戦い方ではあったが、【ヒロイン】の軍勢を追い返すには十分だった。

 繰り出される【輝使】の数は、奥に進むにつれて少しずつ増えているように思えるが……それでも今まで負傷者の一人もいないぐらいだ。

 その快進撃の一番の要因は、やはりアリスさん擁するジャック隊の活躍か。


 思わぬ新戦力――それも隊長のヴェネさん並みの実力者を得たジャック隊は今ノリにノッている。

 どの部隊も士気は高いが、その中でもジャック隊のテンションは良い具合に見えた。


「【輝使】共を完全に押しとどめるクイーン! 完璧なバックアップをこなすキング! そして我らがジャックの一方的で高火力な長距離攻撃!

 ふはははっ、圧倒的だな我らは! そろそろ総大将の【ヒロイン】を打ち倒しても良いのではないかっ!?」


「はぁ――油断すんなや、おっさん」


「そーそー、油断は禁物禁物っ! ま、わかんなくもないけどねぇ~」


「ヴェネ隊長とアリスさんの弓矢連射であちらさん、すーぐガッタガタになっちまうもんな」


「もうすぐ【ヒロイン】を倒せる……というのもあり得なくはないな、客観的に」


(うーん、楽勝ムードだなぁ……)


 色々複雑な気分になっていると、ヴェネさんがパンパン、と手を叩いて自分に注目させ、隊に向かって良く通る声を響かせる。


「はいはいみんな、もう一度気を引き締めなおそうか!

 あっちだって何か奥の手を持っているかも知れないんだから!

 第一、ここまでやられているのに【ヒロイン】に焦りの色が見えないのも違和感がある……

 そろそろ、動きを変えてくる頃合――――――」



 ――――――来た。

 唐突に、いつも通りに……濃密な殺気が場を満たしていく。

 ヴェネさんの言葉を気配だけで遮ったソイツが、僕らの前に姿を現す。




「――ご名答、ヴェネ隊長! いい加減ヌルゲー展開にも飽きた頃だろう!?

 そろそろ【天秤地獄】の本意気をお見せしようじゃないか!」



 隊列の前方、すこし間を空けた所にヤツがいた。

 宙高くに浮き上がりながら、【天秤地獄】の支配者、【ヒロイン】が余裕たっぷりの笑みで僕らを迎える。

 いつもと違うのは――


「真っ白い、【輝使】?」


 この洞窟と同じ材質であろう、灰色の宝石で出来た体を持つ普段の【輝使】と趣が違う。


 雪のように汚れ一つない、白い宝石でそれは形作られていた。

 しかも、そいつらの背には翼のようなものがあり、僕らより高い位置に浮かぶ【ヒロイン】の周りを飛び回っていた。



 ……わかりやすい。

 とてもわかりやすく――【ヒロイン】はようやく、状況を一変させる準備をしてきたことを、僕らに伝えてきたのだ。

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