5-3 「転校してきたヤツがハイスペックなのは物語のお約束で、現実の転校生はソレに大いに悩まされる……ちなみに関西出身者なら一発ギャグとかを求められるゾ!」
僕ら【天秤地獄】攻略隊に加わった新しい仲間、アリスさん。
新入りで、【蜜】を使った戦いにも慣れていない彼女には、とりあえず式鐘おじさんの直属であるエース隊に入れられることになった。
戦闘時では、同じような立ち位置である花子ちゃん、トップであり殺されるのを最も避けたいおじさんと一緒に安全な後方で待機する形だ。
【蜜】の扱いを指導する役は兄であるヴェネさんに。
親しい……どころじゃない者同士なら上達も早いだろう、という判断だった。
「――そういや、花子ちゃんはどの程度上達したの?」
「ベンチプレス200kg持ち上げられるくらいかな……」
「んー……普通だったらスゲー! って感じだけど」
「ジュニせんせー曰く、『200なんて【蜜】無しでも鍛えた人間なら上げれないこともないくらいっすよ! 【蜜】を使う人間として1000は上げてもらうっす! もっと熱くなるっすー! せんぱいは富〇山っすー!』だそうな」
「ジュニは松〇修造氏リスペクトだったか……」
「想像を具現する」という随分と都合の良さそうな【蜜】だったが、人間が本来できることを大きく飛び越えるような力は想像しづらいものなので、思った以上に難しいそうだ。
そう考えるといきなりそれっぽく戦えるようになった僕には相当な才能がある――とおじさんが言っていた。
自覚無くあっさり使えてたけど、いきなり参戦できた僕は実のところかなり恵まれていたらしい。
そして、ここ【天秤地獄】での戦いは敵も味方も人間の限界ラインをぶっちぎってるような人ばかり。
数日前から練習してる花子ちゃんでもまだまだ、といった所なのだから、アリスさんも実際に戦えるようになるまでは大分かかるだろう。
そう、思われていたのだが――
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「――いいえ、いけます、やってみせますわ! 兄様の力になりたいから……っ!」
そう言ってアリスさんが戦いに加わったのは、何と彼女が加わって三日後の事だった。
アリスさんが加わってから襲撃を再開した【ヒロイン】との戦いの最中――彼女はヴェネさんと全く同じの、銀模様の弓を産み出し、【ヒロイン】に向けて一矢を放ったのだ。
威力も十分、【ヒロイン】に手傷を負わせる程だった。
驚くべき新人の一撃を食らった【ヒロイン】は、ニヤリと笑って――即座に退却していった。
「うお、さっきのヴェネ隊長か!?」
「いや違うわ、アリスちゃんよ!」
「えええっ!?」
「あの子来てからまだ2,3日だよな!?」
「信じらんねぇ、天才だ!」
「とにかくナイスよ、アリス!!」
部活動の大会で得点した選手を褒めたたえるように、みんなにもみくちゃにされるアリスさん。
それを茫然と見ていた花子ちゃんが、ボソっと呟いた。
「――――――アタシ、立場無くね?」
「……いや、ほら、天才らしいぞ彼女。大丈夫大丈夫、花子ちゃんはフツーだフツー」
「やっぱアタシ、【蜜】の扱いも『絶妙に微妙』ってやつなのかしら?」
「お、遅咲きってヤツだろ?」
「ここって言っちゃえば殺し合いの場でしょ? 咲くまでに死なない保証は?」
「……え、えーと……」
「――うわぁぁぁん、平等なんかどぉ~こにもねぇ~なぁ~!!」
……強く、イキロ。
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基本的に気の良い【勇者】のみんなは、アリスさんのことも気持ちよく受け入れていた。
実の兄と関係を持っている――というのも知れ渡っていたが……
「【勇者】ならちょっと常識外れなぐらい、なんてことない」
と言う考えの人がほとんどのようで、特別気にされることも無かったみたいだ。
おじさん曰く――
「ま、結局のところ【勇者】ってのは、自分が元いた世界を捨ててるヤツらだもんなァ。
そりゃ、元の世界に希望なんざ持っているヤツはもうだいぶ少ないだろうが、実際に捨てるとなると覚悟がいる。
そんな覚悟が出来ちまうぐらいには『色々ある』ヤツらってことだ。一々言いもしねェし問いただすこともねェだろうが……
自分達がフツーじゃねェのに、同じくフツーじゃねェヤツにグダグダ言うのは矛盾してるってもんだろ?」
――だそうな。
彼らはきっと、「みんな」と違う人、異なるモノへの拒絶反応なんてのは無いのだろう。
元の世界じゃ「普通と違う」というだけでいじめやら何やらが起こることもあるくらいだったりするが……
彼らはいちいち異物を貶めたり攻撃したりする必要が無いくらいに、「余裕」がある。
心が広い、ってヤツ?
――正直なところ、そういう所が「遠い」と感じることは多々ある――
アリスさん自身も人当たりが良いタイプで、さらに以前の戦いで見せた【蜜】の扱いの才覚の高さも相まったのか。
彼女はここに来たのがほんの数日前とは思えない程に僕らに馴染んでいた。
ヴェネさんの妹らしく、性格に多少癖はあるし独自の思想のようなものはあるけれど。
それをむやみに押し付けることはないし、明るく、親しみやすいタイプなのだろうと思う。
それと比べれば花子ちゃんはちょっとまだ馴染み切れてない感じはある。
元々知らない人とすぐに仲良くなれる気質じゃないし。
……実は未だに、内心ちょっと気後れしてる自分が言うことじゃないが。
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アリスさんが来て一週間。
彼女の【蜜】の扱いはさらに凄みを増していた。
「あぁアリス、やはり君は最高だよアリス! もうボクとほぼ同等と言ってもいい……っ!」
ヴェネさんにそう言わせる程。
ジャック隊の隊長である彼と同等、なんて相当だ。
明らかに日々の戦闘が楽になったと感じる。
エース隊からジャック隊に正式に加わった彼女は、今や他の隊員達に交じって堂々と戦い、戦果を挙げていた。
ヴェネさんアリスさんの兄妹コンビによる、光輝く弓矢の連射はとんでもない制圧力である。
【ヒロイン】の兵隊、【輝使】達は毎回まるで歯が立たず蹂躙されていた。
「まさかこんな優秀なヤツが途中参加してくれるとはなァ……嬉しい誤算ってやつだぜ!」
トップであるおじさんにそう言わせる程の彼女は、今や誰にも文句が言えないくらいにこの集団の中心メンバーの一人だった。
「……いやマジで立場無いアタシ! 戦いでも日々のコミュニケーションでも勝てるとこないんですが!?」
「別にみんなそれで花子ちゃんに嫌み言ったりとかしないと思うけど……」
「それはそれで辛かったり! 良い人だらけ過ぎて性格も能力も良くない自分の至らなさに泣きそうになる!」
「……まぁわかる」
「まぁ~別に劣等生扱いには慣れてるんでもう気にしないけど。
あ~あ、【黄金具現】しても変わらないもんは変わらないなぁ~『絶妙に微妙』な花子ちゃんのまんまじゃん~アハハハ~ど~せアタシは主役の引き立て役、エキストラでございますよコンチクショウ~」
「落ち着いて?」
アリスさんの躍進に比例するかのように花子ちゃんが荒れていく。
……いやぶっちゃけいつも通りな気もする。ってことはコイツ、いっつも荒れてたってことか。なんか納得。
棚ぼた的に新戦力を得た僕ら。
【天秤地獄】の最奥に辿り着ける可能性が確かに大きくなった、とみんなは浮かれているように見える――
……後にして思えば。
ソレはあまりにも都合が良すぎる話だった。




